ここしばらくパソコンを開く暇もなかったのは、コレのせい。


日曜に娘のTUTAYAカードで、17巻一気に借りてしまった。

睡眠時間を一時間半削り、読破中。


いつも読んでいる『週刊ヤング・ジャンプ』連載中であるが、恥ずかしながら気づかなかった。

初めて読んだのは「第160登 魔王」だった。

その時から「いつか借りて読もう」と決めていた。


先日、仙台の岩盤浴にいったら置いてあった。

つい第一巻を読んでしまったのが運のつき!


この忙しい中の強行軍となった次第である。

今日、ようやく第16巻まで到達。

第二巻からずっと気になっていた原くんが死体で登場したのには驚いた・・・。



実は恥かしながら、これも原作を読んでいない。

高校生の頃に『強力伝』は読んだと思うケド・・・・。



主人公「森(加藤)文太郎」の不器用ながらも真摯に己と向き合う様が心に響く。

その過剰さに歯噛みしながら読んできた。

その独特の坂本さんの描き方は、好みの分かれるところだが私は嫌いではない。


一瞬そのストイックさに「バガボンド」を連想するが、その作風は独特である。

師匠が江川達也さんと聞いて納得したのは私だけだろうか。



読み応えのある作品である。




「ロック・クライマー」「登山家」「アルピニスト」呼び方は様々だが、その「命」を賭けた生き方について思わざるを得ない。

それは「アスリート」と言い換えてもいいだろう。


全然レベルは違うが私も幼い頃から山とは親しんできた。

たまたまだが、命を失いかけたことも、命を救ったこともある。

しかし、元来利己主義な私には「命」を賭けたストイックさがない。

「生きる」こと前提の努力しか考えられないしょうもない人間には、そこに横たわる河の流れに呆然とするしかない。


各巻の巻末に、著名な「ロック・クライマー」「登山家」「アルピニスト」たちが紹介されている。

第2~17巻で16人が紹介されているが、その半数が故人である。


そのなかで唯一二度取り上げられているのが、かのラインホルト・メスナーである。

そう私でも知っている。

「人類初8000m峰14座無酸素登頂」の彼である。

しかも、生きている!


最後にその彼の言葉を紹介したい。


「山に登る際に私たちが経験するのは、人間と自然の対立、あるいは自然に対峙する人間の関係です。それに際して、もし間違いを犯すとすればそれは常に人間の側です。雪崩や地震など、災害は自然の中で当たり前に起きるもので仕方ありません。注意深く備えなければならないのは人間の側です。自然は常にそこに存在し、自然は間違いを犯すということはないということを最後のメッセージにしたいと思います。」( 『孤高の人』 第16巻から )


これが大震災の前に話されたのかどうかは個人的に知りたいところだが、私も全くの同感である。


その重さとともにこれからも生きていきたい。