子どもの頃、学校の校庭には土俵があるのが普通だと思っていた。

・・・少なくとも、津軽ではそうだった。


青森は相撲の盛んなところである。

「鏡里」「若乃花」(初代・2代)「栃ノ海」「隆の里」「旭富士」、6人の横綱は北海道に次いで多い。

私も物心ついたときには祖父の膝の上でNHKの大相撲放送を見ていた。
「柏鵬時代」のまっただ中である。
年六場所全ての取り組みを見、新聞に掲載される番付や成績表は切り抜いてスクラップしていた。


「巨人 大鵬 卵焼き」
天の邪鬼な私は、どれも好まなかったが、今思い出しても「大鵬」関の強さとオーラは別格だった。


個人的には「玉の海」関が好きだった。
「玉の島」時代から贔屓だった。
・・・彼の急死は今でも忘れられない。
小学4年か5年の時だったと思う。
茶の間の片隅にある勉強机で、晩御飯を待ちつつ私はマンガを描いていた。
突然、祖父が「玉の海、死んだじゃ。」そう言いながら入ってきて、夕刊を私に渡したのだった。
驚きと悲しみで真っ白になって、そのあと涙が止まらなかった。


家が精米工場で子どものころから米袋を運んでいたせいか、私は足腰が強く体格の割に相撲も強かった。
中学では柔道部だったが、大会になると相撲部に貸し出された。
得意技は無双と二枚投げだった。
・・・もっとも大会ではほとんど勝てなかった。


その私が大相撲から離れたのは大学に入ってからの放蕩生活が最大の原因だが、決定的だったのはいわゆる「若貴の確執」である。


もちろんコトの真相はわからない。
優れた力士である二人のどちらに理があり、どちらに非があるのか?
ただ、その報じられ方とワイドショーの画が私の愛した「相撲」の世界ではなかった。


外国人力士の台頭もさみしくはあったが、もっとも倦むべきは相撲界の「品格」の枯渇である。
暴行事件、八百長、薬物、etc・・・、根っこは同じような気がする。


その後、二人は引退し、時折TV番組などで見かけた。
「洗脳」が事実がどうか別としても「貴乃花」親方の物腰・言い方はあまり好きになれなかった。
理性的で論理的なのだが、何かが足りない気がした。
理事改選の時も、その主張や理念はわかるのだが「信じる」ところまでは行けなかった。


しかし、今回『情熱大陸』を拝見して、私の中で何かが動いた。
真剣な親方たちの姿に、あの「相撲」に焦がれた気持が蘇ってきたのだ。
そう、そこには私が愛した「相撲」がまだあった。
なんか、・・・嬉しかった。


きっと、またいつか「相撲」に再会できそうな気がする。
その日が楽しみである。