


ラリー・モンテカルロ
https://ja.wikipedia.org/wiki/ラリー・モンテカルロ
ラリー・モンテカルロ(仏: Rallye Automobile Monte Carlo)は、モナコ公国を中心に行われる世界ラリー選手権 (WRC) のイベント。1911年より行われている、ラリー競技の雛形となった歴史的イベントである。
F1のモナコグランプリと同じく、モナコ自動車クラブ(Automobile Club de Monaco、ACM)がラリーを主催する。初開催されたのはインディ500初開催年と並び同年となる1911年で、現在行われている国際モータースポーツイベントの中でも最も古い部類に入る。格式も高く、いわゆる世界三大レースにも匹敵すると言われている。
例年1月下旬に開催され、新年のモータースポーツシーズンの幕開けを告げるイベントでもある。世界ラリー選手権 (WRC) では開幕戦として行わることが多い。
特徴
舗装された公道を走るターマックラリーであるが、真冬の山間部は天候が変わりやすく、路面状況もドライ、ウェット、アイス、時にはスノーと刻々と変化し、タイヤ選択が非常に難しいことで知られる。アイスノートクルー(偵察班)の事前報告に基づくペースノートの修正、難しい路面状況でも慎重にタイムロスを抑える運転など、車の性能よりも選手の経験や技量がものをいうイベントである。
ワークスチームの台頭
サーブ以外にBMC (British Motor Corporation)がミニMkⅠを1960年に投入。1962年・1963年とミニ・クーパーへと進化させると、ラウノ・アルトーネンらが上位に食い込む活躍を見せる。この頃、後に英国フォードで手腕を発揮するスチュワート・ターナーがBMCワークスのマネージャーとなり、「ペースノート」、「レッキ」、「サービス計画」などの近代的なラリーシステムの骨格を導入し、モンテカルロでは後に常識となる「アイスノートクルー」をはじめて起用した。ハンデを考慮し、マイナーチェンジしたモデルを複数クラスへ分散エントリーし[注釈 5]、共倒れのリスクを避けるためコンサントラシオンのスタート地点を分けるなど、一歩先を進むオペレーションが行われていくことになる。
クーパーSへ進化すると、1964年にパディ・ホプカークがミニで初めての勝利を獲得。1965年はヘルシンキでBMCディーラーを営むティモ・マキネン、1967年はアルトーネンも勝者となる。1966年も1、2フィニッシュしていたが、主催者のACMがヘッドライトの規定違反として「失格」とし、スキャンダルとなった[注釈 6]。この世代前後、FF車とRR車が約20年近く上位を独占する様になると「モンテではプロペラシャフト付きのクルマは勝てない」というジンクスが流布し、1980年代初頭までの時流となっていった[注釈 7]。
ミニMkⅠから60年らしい?
小さくて、軽くい車は、都内の裏道に向いていると思う。
ミニが雪のモンテカルロでポルシェを抜く
最近のミニは、大きくなり、BMWになってしまった(笑)
MINI 60 years - 1965 Monte Carlo Rally
1965 Monte Carlo Rally winner - AJB 44B
MINI 60 years - 1965 Monte Carlo Rally
https://www.youtube.com/watch?v=clv370XsFik
1965 Monte Carlo Rally winner - AJB 44B
https://www.youtube.com/watch?v=fPI20LGY4Ic
素晴らしい出来であった↓
1967モンテカルロ モーリスミニクーパー雪のチュリニ峠
https://hobbycom.jp/my/6ab45866da/photo/products/28037


タミヤ1/24ミニクーパーラリー1967年のモンテカルロラリーで
ポルシェやランチアなどの格上をブッチギッて優勝した伝説の車です
ホントに1/24かと思うほど車が小さくていろいろ大変でしたが
何とか完成しました。
ボディカラーはサンデーのシャインレッド ルーフもサンデーのバニラホワイト
クリアー2回です。
ヘッドライトと4連のドライビングランプは小型のLEDで電飾しました、
6~10枚目はナイトステージの風景です。
ジオラマはスチレンボードで造形し その上に薄く軽い粘土で肉付けし、
アクリルガッシュで筆塗り、木はNゲージ用のシーナリーを小さく切って着色
雪は軽い粘土とタミヤのテクスチャーペイントを混ぜて薄く塗りました。
大英帝国に唯一ラリーで勝利をもたらした小さいけれど偉大な1台です。