9/11トリック-「テロ」は起きなかった(Part 2/5) マック・レイカー | Ghost Riponの屋形(やかた)

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江原元氏の「9.11トリック「テロ」は起きなかった」
笠井一朗改変20100901江原元「9.11トリック「テロ」は起きなかった」 テキスト版
http://gomisoji.web.fc2.com/index20.html

パート2:

9/11トリック-「テロ」は起きなかった
マック・レイカー

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そして事件前月の8月25日には、米空軍のために開発された高精度自動着陸システム(JPALS)によるテスト飛行が、ニューメキシコ州ホロマン空軍基地で民間航空機ボーイング727-200型機を使って実施されていた。JPALSは米軍需大手メーカーのレイセオン社が独自に開発した、全地球測位システム(GPS)ベースの精密プログラムに基づいて航空機を安全に自動着陸させる相対GPS地上局である。レイセオン社のボブ・エッケル副社長は、テスト飛行の成功を「わが社の誇り」と自慢してみせた(Space Daily, "Civil-Military Interoperability For GPS Assisted Aircraft Landings Demonstrated")。

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なお付け加えておけば、ペンタゴン最高財務責任者(CFO)ドヴ・S・ザケイムが1997年から2001年にかけてCEOを務めていたシステム・プランニング社(SPC)は、一度に8機のハイジャック機をオペレータが地上または空中から「ハイジャック」して遠隔自動操縦で安全輸送できる精巧なテクノロジー、「コマンド・トランスミッター・システム」(CTS)および「フライト・ターミネーション・システム」(FTS)をすでに開発している。ザケイムはユダヤ教会のラビで、アメリカとイスラエルの二重国籍を持つシオニスト。前述のPNAC文書『アメリカの防衛再建』のメンバーリストには彼も名を連ねている(System Planning Corproation, "Command Transmitter System"/Truth Seeker, "The Mastermind Behind 911?"/Truth Seeker, "Dov Zakheim and the 9/11 Conspiracy")。
Boeing KC767 Global Tanker | Source: Boeing
Boeing B-1 Bomber | Source: U.S. Air Force

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WTCビルが標的にされた理由の2つめは、地上建造物としてどのビルよりも超高層にそびえて当てやすかったことである。そして驚くべきことに、WTCビルに突入した航空機はいずれも米軍基地から飛び立ち民間航空機に見せかけた無人のダミー機だった。遠隔誘導されたダミー機はビル壁面に照射された誘導用レーザーマーカーの反射光を探知しながら攻撃目標に見事命中、しかも格子状に組んだ頑丈な鋼鉄の外壁パネルを突破する攻略として胴体底部のポッドからミサイルまで発射していた(かねてからボーイング社は民間旅客機をベースにミサイル装備の哨戒爆撃機を製造する準備を進めていた)。ビル壁面に照射されたレーザー光スポットはカメラプラネットやMSNBCのビデオ映像で、またミサイルが発射されたことを示すオレンジ色の閃光は、フランス人カメラマンが撮影した有名な「消防士ビデオ」(消防士に変装した特殊工作員誘導のもと偶然を装って撮影させた)やドイツ・シュピーゲルTVのビデオ映像などで明瞭に確認できる(Prison Planet.com, "Were 'Pod Missiles' Used in the World Trade Center Attack?"/batcave911, "WTC 911 South Tower Plane Video Stills. Flight 175"/Breaking News, "911 Plot Uncovered"- mirror site/Mysteries of 9/11/911 Foreknowledge, "Jules Naudet's 9/11 Film was Staged"/Boeing, "Boeing Flight-Tests B-1 Equipped With New Targeting Pod")。

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2機目の衝突を目撃したFOXニュースリポーターのマーク・バーンバックはこう証言する、「確かに民間旅客機のようには見えなかったし、機体側面に窓がなかった」「空港で見たことのある通常のフライトではなかった」「機体前部に青色のロゴがあり、この辺では見かけない飛行機だった」と(How fortunate for leaders that men do not think, "FOX News reporter Mark Burnback, describing the second World Trade Center impact live")。またNASAドライデン飛行研究センターで航空宇宙プロジェクトのディレクターを任されるなど37年以上の実績がある元NASA上級幹部およびアメリカ航空宇宙学会(AIAA)アソシエート・フェローのドウェイン・A・ディーツはこう考察する、「WTCタワー2号棟に衝突した175便は、ボーイング767-200型機だった。レーダー情報の分析に基づき、米国家運輸安全委員会(NTSB)は510ノットで衝突する直前の対地速度を報告しているが、最大360ノットの運用速度および最大410ノットの急降下速度をはるかに超えていた。私の考えでは可能性は以下のとおり、(1)これは標準の767-200型機ではなかった(2)レーダー情報にいくらか障害が起きた(3)NTSBの分析に誤りがあった(4)767型機は飛行エンヴェロープ(飛行可能な速度・高度の範囲)をはるかに超えて飛び、コントロールが可能で、比較的小さなターゲットに何とか命中した」(Pilots for 9/11 Truth, "NASA Flight Director Confirms 9/11 Aircraft Speed As The 'Elephant In The Room' ")。

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元米空軍大佐ジョージ・F・ネルソンは航空機整備の分野において30年のキャリアを持ち、航空機事故調査委員会メンバーをも歴任したエキスパートであるが、数多くのビデオクリップや写真を精査した上で彼は次の見解を述べた、「南棟タワーにぶつかった飛行機はユナイテッド航空175便ではない」「それは民間旅客機ではなく、替え玉である」と。また、20年以上の熟練パイロット、グレン・スタンディッシュも様々なビデオクリップを観察した結果、その航空機は「胴体の底部に余分な装置が取り付けられているように見えるところから、ユナイテッド航空175便ではありえない」と述べ、やはり20年以上の経験を積んだ定期航空パイロットのニラ・サガデヴィンも、崩壊したWTCビルの現場で見つかったエンジンの写真を検証し、「貿易センターで見つかったエンジンはCFM-56というもので、それはボーイング767型機で使われているものではない。南棟タワーにぶつかったのは175便ではなく、別の航空機とすり替えられたものだ」と答えている(PRWeb, "High Ranking Military Officers and Airline Pilots agree that the South Tower was not hit by Flight 175"/Amics21, "The plane that hit the South Tower was not Flight 175")。
Source: Rob Howard, New York Magazine
Source: Pavel Hlava
Source: Evan Fairbanks
Flash Movie (Google Video) | Source: CameraPlanet
Source: MSNBC
Left: WTC1- QuickTime Movie (questionsquestions, 1.3MB) | Source: NDR/Naudet
Right: WTC2- QuickTime Movie (questionsquestions, 3.6MB) | Source: CNN
Left: WTC1- QuickTime Movie (911blimp, 680KB) | Source: NDR/Naudet
Right: WTC2- QuickTime Movie (questionsquestions, 940KB) | Source: Spiegel TV

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そうなると、実際に就航していたはずの民間航空機はどうなったのかという疑問が残る。これを解くカギはアメリカ運輸統計局(BTS)の「航空機離発着記録」にあった。当局の公式発表によれば、WTCビル1号棟に突入したアメリカン航空11便(ボーイング767-223ER型機、92名)はボストンを出発、ペンタゴンに突入した同航空77便(ボーイング757-223型機、64名)はダレスを出発し、ともにロサンゼルスへ向かったことになっているのだが、実際はどうだったか? 通常11便と77便は定期便として就航しているが、なぜか9月11日だけ記録が抜け落ちて(No data found)運航スケジュールになく、その両機の代わりに臨時便と思われる記録のない航空機がそれぞれ離陸していることがBTSの「航空機離発着記録」 *6 から判明したのである。
*6 2003年11月にこの事実が明るみに出ると、翌年その記録内容が書き換えられ参照できなくなったが、そのオリジナル・データは9/11リサーチャーのジェラルド・ホルムグレンが保持し、Serendipity websiteで確認することができる。

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BTSデータベースによると、事件前日の9月10日、11便と同じ機体登録番号(N334AA)を有するアメリカン航空198便がサン・フランシスコからボストンへ向けて出発したことになっているが、翌11日のデータを確認してみると到着時表示が「0」になっており、198便はボストンに到着していなかった。同じく77便と同じ機体登録番号(N644AA)を有する民間旅客機も、8月と9月、ボストンとダレス、そのどちらともBTSデータベースにリストアップされてなかった(ただし8月終わりから9月初めにかけて77便は機体登録番号N624AAを有することが多く、9月10日は181便としてボストンに就航している)。以上から判断すると、11便と77便は事件当日就航していなかったことになる。通常、破損した航空機は24時間以内に登録が取り消されるが、11便と77便の機体登録番号(N334AA/N644AA)にかぎっては、2002年1月14日に登録が取り消されていた(Brad's Team 8 Plus, "BTS data and tail numbers"/Sydney Indymedia, "What really happened to American Airlines Flights 11 and 77 on Sept 11, 2001"/Serendipity, "Evidence that Flights AA 11 and AA 77 Did Not Exist on September 11, 2001"/Webfairy, "Gerard Holmgren's Sept 11 Writing and Research"/Killtown, "9/11 Hijacking & Military Response Chart")。
Flight 11 from Logan, Boston on the 10th Sept 2001 | Source: BTS
Flight 11 from Logan, Boston on the 11th Sept 2001 | Source: BTS
Flight 77 from Dulles, Washington DC on the 11th Sept 2001 | Source: BTS
Flight 11, N334AA | Source: FAA
Flight 77, N644AA | Source: FAA

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また、2号棟に突入したユナイテッド航空175便(ボーイング767-222型機、65名)はボストンからロサンゼルスへ、ペンシルヴェニア州ピッツバーグ郊外で墜落したユナイテッド航空93便(ボーイング757-222型機、44名)はニューアークからサン・フランシスコへ飛び立ったことになっているが、なぜかBTSデータベースにはどちらも滑走路上で25分~27分間待機した後、到着地変更(Diversion)になっており、どこへ向かったかは記録に残されていない。では到着地変更された93便と175便はいったいどこへ行ったのか?

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ここに興味深い記事がある(GlobalFreePress, "911: The Cleveland Airport Mystery")。それによると、9月11日午前10時10分に69名の乗客を乗せたデルタ航空1989便が、ついで午前10時45分には200名の乗客を乗せた「謎の旅客機」(Flight X)がオハイオ州クリーヴランド・ホプキンス空港に緊急着陸したという。175便と同じボストン発ロサンゼルス行のデルタ航空1989便は通常の滑走路に着陸したが、なぜか「謎の旅客機」の方は通常の滑走路ではないNASA施設内のまだ計画中だった滑走路に着陸した。午前11時15分、後に到着した「謎の旅客機」の乗客から先に解放され、1989便の乗客は着陸2時間20分後の午後12時30分になってようやく機内から解放された。それから1989便の乗客はFAA空港ビルに移ったが、「謎の旅客機」の乗客らはNASAグレン研究センターへと連れて行かれ、FBIエージェントによるインタヴューを受けている。空港内にいた人たちはただちに帰宅するよう命じられ、自分の車やバスを利用することも禁じられた。マイケル・R・ホワイト市長は記者会見で、「爆発物を積んでいる恐れのあるボストン発ボーイング767型機をクリーヴランド・ホプキンス空港に緊急着陸させた」「空港の安全なエリアに移動し、避難させた」と述べたが、結局爆弾は見つからなかった。AP通信が伝えた記事によると、ユナイテッド航空の見解として「その飛行機は93便と判明」「もう1つのフライト、175便についても深く憂慮している」、つまり93便は安全に着陸し、175便はWTCビル突入から2時間経っても依然行方不明のままだという。だが後になって、この記事は「不正確な事実だった」と撤回、削除された(WCPO-TV, "Plane Lands In Cleveland; Bomb Feared Aboard")。
Sept 10th 2001
Flight 0078 (591UA) arrives in Newark from SFO (San Fransisco) at 6:54 wheel on time
Flight 0507 (591UA) departs Boston Logan for ORD (Chicago) at 7:39 wheel off time

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BTSデータベースによると、事件前日の10日、93便と同じ機体登録番号(N591UA)を有する民間旅客機が2機、同時間帯に存在していたことになっている。1機(78便)はサン・フランシスコからニューアークに午前6時54分到着、もう1機(507便)はボストンからシカゴへ向けて午前7時39分に離陸していた。その日ボストンにN591UAが到着したという記録はなく、ニューアークの方だけ午後7時40分に離陸した記録が残されている(Portland
Indymedia, "Flight 93 (or was it) backtracking tail #'s the 2 591's")。

FLIGHT 11
John Alexander Ogonowski, pilot, apparently STILL ALIVE.
Thomas Francis McGuinness Jr, copilot, apparently STILL ALIVE.
N334AA Serial 22332
Registration: Cancelled/ plane destroyed on 1/14/2002

FLIGHT 77
Charles Frank Burlingame, pilot, DECEASED as of September 11, 2001
David Michael Charlebois, copilot, apparently STILL ALIVE.
N644AA Serial 24602
Registration: Cancelled/ plane destroyed on 1/14/2002

FLIGHT 93
Jason Matthew Dahl, pilot, apparently STILL ALIVE.
Leroy Wilton Homer Jr, copilot, apparently STILL ALIVE.
N591UA Serial 28142
Registration: Valid/ PLANE STILL ABLE TO FLY.

FLIGHT 175
Victor Saracini, pilot, DECEASED as of September 11, 2001
Michael Horrocks, copilot, DECEASED as of September 11, 2001
N612UA Serial 21873
Registration: Valid/ PLANE STILL ABLE TO FLY.

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また、社会保障死亡者索引(SSDI)とFAAデータベースを調べていたTeam 8+メンバーのデュルセ・デコラムは奇妙なことに気付いた。すでに亡くなったはずのパイロットがまだ何人か生存しており、93便と175便の機体登録番号(N591UA/N612UA)と同一の民間旅客機が事件後もずっと運航しているというのだ。その機体登録番号は2005年9月28日まで有効だったが、その後登録抹消された(Democratic
Underground, "The pilots and the planes")。


Flight 93, N591UA | Source: FAA

Flight 175, N612UA | Source: FAA

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これらのデータから読みとれるのは、公式に伝えられている「ハイジャック機」の飛行経路や航空管制レーダー情報には大きな疑問符が付くということである。1973年にペンタゴン入省、2003年まで30年間にわたって米政府に在籍し、テロ対策・安全保障担当の大統領特別補佐官も務めたリチャード・A・クラークは、著書『爆弾証言-すべての敵に向かって』(Simon & Schuster, "Against All Enemies- Inside America's War on Terror" by Richard A. Clarke)の中でこう書き記している、「9/11事件でシークレット・サービスは、FAAのレーダースクリーンをリアルタイムで見ることができた」と。具体的には、マサチューセッツ州クインシーに拠点を置くコンピューター・ソフトウェア企業ピーテック社の開発したバックドア型スパイ・プログラム「プロミス」(Promis)を使えば、FAAのネットワーク・システムに侵入し、見せかけの輝点(False Blips)を誤表示させるなどレーダースクリーンに介入することさえ可能である。この「プロミス」は、ホワイトハウス、シークレット・サービス、米空軍、FAAのシステムに組み込まれ、それらすべてのデータベースにリアルタイムでアクセスできる仕組みになっていた。ピーテック社創設時の投資家の1人、サウジアラビア実業家のヤシン・アル・カディは、米財務省作成の「特別国際指名手配テロリスト」にリストアップされるなどアル・カイダへの資金援助が濃厚に疑われている人物。事件後のインタヴューで彼はこんなことを話している、「私は(サウジアラビアの)ジェッダで、当時国防長官だったチェイニー副大統領と会ったことがある。彼とは長時間話し合った。今でも親密な間柄だ」(From The Wilderness, "PTECH, 9-11, and USA-SAUDI TERROR PART II"/Conspiracy
Planet, "Israel - Mossad- RSA Security & Ptech Run US Govt Computers")。

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なお付け加えておけば、ブッシュの弟マーヴィン・P・ブッシュは1999年から2002年にかけて航空保険引き受け会社HCCインシュランス・ホールディングスの重役を務め、また1993年から2000年にかけてはWTCビル、ワシントンのダレス空港(77便)およびユナイテッド航空の電子セキュリティ・システムを請け負っていたセキュラコム社の重役でもあった。セキュラコム社はその後ストラテセック社に社名変更し、2002年10月アメリカン証券取引所のリストから外れることになるが、その会長兼CEOを務めていたのはハート・D・ウォーカー三世、マーヴィン・ブッシュの従兄弟である。そしてボストンのローガン空港(11便と175便)とニュージャージーのニューアーク空港(93便)のセキュリティ管理を任されていたのが米ハントレー社(モサドのフロント会社)で、その親会社はオランダ・アムステルダムに拠点を置く航空および輸送の警備会社ICTSインターナショナルNVだった。主に2人のイスラエル人によって経営されており、オーナーの1人はメナヘム・J・アツモン。かつて彼はイスラエルのアリエール・シャロン首相やベンヤミン・ネタニヤフ元首相らの右派リクード党に資金援助していたイスラエル開発基金(IDF)の社長を務め、1996年違法な資金調達により有罪判決を受けていた。そしてもう1人は、モサド共同創設者および秘密警察シン・ベト初代長官のイッサー・ハレルと同じ名を冠するエズラ・ハレル。ICTS職員にモサドやシン・ベトの元担当官が多いのはその縁故か。主要なビジネス・パートナーには、IDFのスティーヴン・L・フリードマンや、米化粧品会社エスティ・ローダー会長で世界ユダヤ人会議(WJC)やユダヤ民族基金(JNF)などシオニストとしても精力的に活動するロナルド・S・ローダーらがいる(Common Dreams, "Bush-Linked Company Handled Security for the WTC, Dulles and United"/Truth Seeker, "All 911 Airports Serviced by Same Security Firm"/SF Indymedia, "Illegal U.S. Funding of Sharon's Likud"/Information Clearing House, " 'Frauds-R-Us' The Bush Family Saga")。
F15-MPEG Movie (AttackOnAmerica.net, 1.8MB) | Source: FOX News
JASSM | Source: Federation of American Scientists

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今回の軍事テロ作戦では、マサチューセッツ州オーティス空軍基地から2機編成のF-15戦闘機が飛び立ち、WTCビルへ向かう航空機をしっかり追尾していた。むろんビルに衝突するのを阻止するためではなく、万一突入に失敗したケースを想定し、不時着機をステルス巡航ミサイルJASSM(AGM-158 Joint Air to Surface Standoff Missile)で爆撃するつもりだった。もっともNORADは公式見解として「175便が突入したときF-15戦闘機はまだWTCビルから8分もしくは71マイル(114キロメートル)離れたところに位置していた」と主張するが、175便の突入直後にF-15戦闘機が横切る姿をFOXニュースの映像が捉えている。そして予定どおり航空機がビルに衝突したあとは、爆弾処理班によって事前に仕掛けられた軍用高性能プラスチック爆薬(C4)および軍用高性能テルミット爆薬(TH3)を外部からの無線遠隔操作で制御発破させる手筈になっていた。WTCビル2号棟97階にある投資顧問会社フィデュシャリー・トラストのオフィスに勤務していたスコット・フォーブスの証言によれば、事件直前の9月8日から9日の週末にかけて、WTCビルのコンピューター帯域幅を増加させるための「情報通信配線改修工事」が、ニューヨーク州港湾管理局の通達により実施されていたという。改修工事に先立つ9月5日には爆弾探知犬が引き上げられ、工事の間ビル上層階は前例のない36時間もの電力供給停止措置がとられた。停電によってドアのセキュリティ・ロックや監視カメラシステム、ID管理システム、上層階へのエレベーター稼働はパワーダウンとなり、その間ふだん見かけたことのない「つなぎ服姿のよそ者たち」が建設ギアや道具箱などを運び込んで自由に出入りしていた、とフォーブスは述懐する(Prison Planet.com, "Another Ignored 9/11 Clue: Bomb Sniffing Dogs Removed From WTC Days Before Attack"/Global Research, "Pre-9/11 World Trade Center Power-Down"/Killtown, "Scott Forbes Interview")。このWTCビルはセキュラコム社が830万ドルを拠出して1996年から2000年にかけて新しい電子セキュリティ・システムを導入、また事件当日ACEエレベーター社による「近代化プログラム」システム移行のため、83人のエレベーター整備士たちが現場に入っていたが、ビル崩壊前には撤退していた(Elevator World, "Drive to the Top"/USA Today, "Mechanics left towers before buildings collapsed")。そして事件後、監視カメラのビデオテープやメンテナンス記録はすべて行方不明となった(AP, "WTC surveillance tapes feared missing")。

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WTCビルの「制御解体」はほぼ計画どおりに実行された。まず地下にあるエレベーター・シャフトの底部から発破をかけて土台を脆弱にし、ついで主体構造であるセンターコアを指向性爆薬で完全に骨抜きにする。あとは上層階から数階おきに順次発破、そのままビルの質量をうまく利用して自重崩落へと至らせた。要はWTCビルの構造メカニズムを知りつくした上で効率的に倒壊させたわけである。全倒壊させてしまえば、爆破した証拠も後に残らないで済む。ただ想定外だったのは、WTC2号棟に衝突した航空機が中心よりも右側に逸れてしまったため、ジェット燃料の大半が大気中へばらまかれ、先に衝突した1号棟よりも早く火が消えかかっていたことだった。それでやむをえず急きょ計画を変更して、2号棟の方から先に倒壊させることにしたわけだ。おまけに、爆破によって230フィート(70メートル)も「水平方向へ」重力に抗って勢いよく吹き飛んでいった鋼鉄部材やコンクリート塊、最大600フィート(180メートル)も「水平方向へ」吹き飛んでビルに埋まった何トンもの大量の鋼鉄の破片、下層階の至るところからフライングで噴き出した爆煙が写真や映像にしっかり撮られてしまったことも大きな誤算だった。手がかりとなる痕跡を残す愚を犯したのだから…(Prison Planet.tv, "Strategic Explosives In The Twin Towers: The Evidence"/911 We Know, "9/11 Mysteries" Flash Movie)。
Left: WTC1- QuickTime Movie (250KB) | Source: CBS
Right: WTC1 | Source: Richard Lethin
Left: WTC2- MPEG Movie (9-11 Research, 4.4MB)| Source: Unoriginal.co.uk
Right: WTC2- MPEG Movie (820KB) | Source: FOX News
WTC2- MPEG Movie (9-11 Research, 4.9MB) | Source: ABC

p-51
事実、仕掛けられた爆弾による爆破を裏付ける有力な証言がある。WTCビルに15年勤務している大工のマルレーネ・クルズは、WTC1号棟の地下で起きた爆発のせいでニューヨーク市ベルヴュー病院に担ぎ込まれた最初の負傷者であるが、ABCニュースの顔として知られるピーター・C・ジェニングスのインタヴューを受けた際、貨物エレベーターで移動中に爆発が起きてドアが吹っ飛び、降下していったが階と階の間で停止して運良く助かったと証言した。またWTCビルで定置機関運転技師として勤務するマイク・ペコラーロと同僚らは1号棟の地下にいた時に爆発音のあと部屋中白煙が立ちこめていったと証言、彼らの職場である地下の機械工場は完全に破壊されて瓦礫となり、約300ポンドはある鋼鉄とコンクリートでできた防火扉までがアルミホイルのようにひしゃげて床に倒れているのを目撃し、爆弾がビル内部で爆発したと確信を持った。またWTC1号棟の地下4階で保守管理要員として働いていたホセ・サンチェスは、航空機がぶつかるのと同時に地下で爆弾のような爆発がしたのを聞き「ビルの中で爆弾が爆発したぞ」と叫んだのを覚えていて、貨物エレベーターから噴き出した火の玉で自分の髪が焼け、救助した同僚も足を負傷したという。同じく保守管理要員としてWTC1号棟地下1階の事務所にいたウィリアム・ロドリゲス(=写真 William Rodriguez's Website)も「航空機がぶつかる直前に地下でものすごい爆発音を聞いた」と話し、居合わせた職場の同僚14人とも皆そう感じたという。最後の生還者でもあったロドリゲスは、独力で15人を救助したことによりホワイトハウスからその英雄行為を称えられ、故国プエルト・リコからは「国民の英雄」なる称号も受けているが、9/11調査委員会で先の爆弾証言を行うと一転して無視され、最終報告書にそれが記載されることはなかった。「亡くなった犠牲者、愛する人を失った家族のために、真実がつまびらかにされるまでずっと語り続けていく」、そう彼は決心を固めた。そして事件から3年後の2004年10月22日、ロドリゲスは米政府を「組織犯罪処罰法(RICO法)」違反で提訴した(Arctic Beacon, "Second WTC Janitor Comes Forward With Eye-Witness Testimony Of 'Bomb-Like' Explosion in North Tower Basement"/Idaho Observer, "Official 9/11 story crumbling under foundational eyewitness testimony"/Chief Engineers, "We Will Not Forget"/Aftermath News, "New Eyewitness To WTC Basement Level Explosions"/Conservative Voice, "William Rodriguez, a 9-11 Survivor"/911FortheTruth, "RICO - Rodriguez vs. Bush")。

p-52
実際のところ、現場へ駆けつけたニューヨーク市消防局(FDNY)スタッフの間でも爆弾によるビル爆破の報告は相次いでいた。その1人、ハーレム地区第47団消防隊のルイ・カッチオーリ消防士はこう話す、「私たちは飛行機が突入したあと最初にWTC2号棟に入っていきました。働いている人たちを避難させる指揮に当たるためエレベーターで24階に上がり、仕事にとりかかろうとした矢先に爆弾が爆発したのです。ビルに爆弾が仕掛けられていたと私たちは思っています」。ちなみに前出のロドリゲスもWTC1号棟の20階から34階の間で爆発音を何度も聞いている。また事件当日収録されたビデオで、現場の消防士は「ビルに爆弾が仕掛けられているぞ。引き上げろ」と叫び、別のFDNYスタッフも「何人かを救出しようとしていた時に2次爆発があり、その結果倒壊した」とコメントしている。FDNY安全局長アルバート・チュリは「2次装置の1つはビルの中に、もう1つはタワーに衝突した飛行機の中にあったかもしれない」「それらの2次爆発であまりにも多くの人が亡くなった」と報告し、消防司令補エヴァンジェリスタと消防コミッショナー補佐スティーヴン・グレゴリーはともに「ビルが倒壊する前に2号棟の低層階で複数の閃光が瞬くのを目撃した」「その閃光はビルを爆破する時に見るようなものだった」と答え、緊急医療隊(EMS)隊長カリン・デショアは「WTCビルの中層階あたりでオレンジと赤色の閃光が瞬き、最初は1つだったのがビルの端から端まで閃光が弾けていき、爆発が始まった」「爆発はますます大きくなり、ビルの上下からやがて全体へと広がっていった」と発言している。これら「爆発音を耳にした」「閃光を目撃した」という重要な証言は、WTCビルから脱出した生存者をはじめ、警察官、消防士、TVリポーターなど数多くの目撃者が現場で報告していたにもかかわらず、主流メディアは事件翌日から報道管制を敷いて封印、9/11調査委員会の最終報告書にも一切取り上げられることなく事実上無視された(People, "NY Fireman: There were 'BOMBS IN THE BUILDING!' "/911blimp, "FDNY collapse survivors"- QuickTime Movie/911blimp, "FDNY man says 'explosions' "- QuickTime Movie/Prison Planet.com, "NBC: FDNY Chief of Safety Reported Bombs Both Within the Towers and on the Planes on 9/11"/SF Gate, "World Trade Center Task Force Interview"- PDF Document/Prison Planet.com, "CBS News Channel Eyewitness Describes 'Secondary Explosions' in the WTC"/American Free Press, "Some Survivors Say 'Bombs Exploded Inside WTC' "/911 Review, "Witnesses to the Towers' Explosions"/Medium Records, "Explosion Sounds and the World Trade Center - Twin Tower Collapse"/PlaguePuppy's Caf, "First-hand Accounts of Underground Explosions In The North Tower"/What Really Happened, "Eyewitness Reports Of Explosions Before WTC Collapses"/What Really Happened, "Evidence of Demolition Charges In WTC 2")。

p-53
ことに興味深いのは、ニューヨーク州コロンビア大学のラモント・ドハーティ地球観測所(LDEO)の地震計が示す観測記録である(Original Record)。地震計は、WTC1号棟に航空機が突入した午前8時46分40秒(公式記録)の14秒前にあたる午前8時46分26秒(マグニチュード0.9)と、2号棟に航空機が突入した午前9時03分11秒(公式記録)の17秒前にあたる午前9時02分54秒(マグニチュード0.7)にそれぞれ振動が記録されている。また、午前9時59分04秒(マグニチュード2.1)と午前10時28分31秒(マグニチュード2.3)には地震波のピークが記録されており、前者は2号棟が、後者は1号棟が「崩れ始めた時」、つまりビル自体の崩落が地面を打つ寸前に最大エネルギーのスパイクが地面に入った瞬間を示している。これらの説明できない地震データは、WTCビルの倒壊が爆破によって引き起こされたということを実証的に裏付けるものである(American Free Press, "New Seismic Data Refutes Official Explanation")。

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先のロドリゲスの証言が一向に無視されたのも無理からぬことだった。なぜなら9/11調査委員会 *7 こそ、むしろ調査が必要とされる真相隠蔽のための組織だったからである。サウスダコタ州選出の民主党リーダー、トーマス・ダシュル上院院内総務が2002年5月、NBCの討論番組『ミート・ザ・プレス』の中で「チェイニーからは1月24日に電話で、ブッシュからは1月28日にホワイトハウスの朝食会で、9/11の調査をしないよう頼まれた」と暴露したように、ブッシュ政権は調査委員会の発足を阻止しようと威圧・妨害を計ったが、9/11遺族運営委員会の強い要請に抗しきれず、事件の1年2か月後にようやくヒアリングが開かれたという経緯がまずある(CBS News, "Bush Opposes 9/11 Query Panel"/Mike Hersh.com, "Bush and Cheney Block 9-11 Investigation")。そしてこの調査委員会の事務局長になったフィリップ・D・ゼリコウというのがまた曰く付きの人物で、第一次ブッシュ政権誕生と同時に国家安全保障会議(NSC)政権移行チームのメンバーとして、9/11事件後にはホワイトハウスの大統領外交諜報諮問会議(PFIAB)に属するなど政権中枢に身を置き、「イラク侵攻の主たる理由は、中東の信頼できる同盟国イスラエルに対する脅威を取り除くことにある」という見解の持ち主だった(IPS, "IRAQ: War Launched to Protect Israel - Bush Adviser")。2002年9月の「先制攻撃ドクトリン」(Bush Doctrine)および9/11調査報告書の両草案を手がけ、「目付役」として調査委員会をコントロールしていたのがこのゼリコウだったわけだが、ニューヨーク・タイムズのワシントン支局記者フィリップ・シェノンが出した告発本『委員会:9/11調査の検閲されざる歴史』(Twelve, "The Commission: The Uncensored History of the 9/11 Investigation" by Philip Shenon)によると、9/11調査報告書の作成にあたってゼリコウは、コンドリーザ・ライス国家安全保障担当大統領補佐官(ゼリコウとは共著書もある旧知の仲)やカール・ローヴらと連絡を密に取り、ブッシュ政権の責任が問われないよう水面下で画策していたという。その疑惑の人物ゼリコウを筆頭に、トーマス・H・キーン委員長とリー・H・ハミルトン副委員長を含め、実に委員の約半数はデイヴィッド・ロックフェラーが名誉会長の米シンクタンク・外交問題評議会(CFR)メンバーであり、ことにキーン委員長は、アル・カイダに資金援助を行っているオサマの義兄カリド・ビン・マフーズとかつて石油ビジネスでパートナーを結んでいた。だから調査の結論はその顔ぶれを見れば出来レースも当然だったのである、かつてケネディ大統領暗殺事件でウォーレン委員会が幕引きを図ったように…(Scoop, "UQ Wire: Who's Who on the 9/11 Commission"/Scoop, "9-11 Inquiry Chair Tied To Osama's Brother In Law"/Global Research, "The 9-11 Cover-up Commission")。
*7 9/11調査委員会の委員長には当初ヘンリー・キッシンジャーの就任が決まっていた。しかし議会がそれに強く反発、彼が代表となっている国際コンサルタント会社キッシンジャー・アソシエーツの顧客名簿提出を要求したところ、頑としてそれに応じようとせず、わずか2週間余で降板するに至った。キッシンジャーもCFRメンバーの1人。
TRAC Team "Behind-the-Scenes: Ground Zero" Book Cover

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では火災にも衝撃にも耐える構造を持つはずのブラックボックスがいまだに公表されていないのはなぜか? 公式の報告では「発見できなかった」とされるWTCビルのブラックボックス、すなわちフライト・データ・レコーダー(FDR)とコックピット・ヴォイス・レコーダー(CVR)は、4つあるうちの3つが、実はFBIとニューヨーク消防隊員らの捜索活動によって2001年10月、崩壊したWTCビルの瓦礫から見つかっていた(Philadelphia Daily News, "2 say they found 9/11 'black boxes' ")。しかしFBIエージェントは2人の消防隊員マイク・ベロンとニコラス・デマージに「口外するな」と箝口令を敷き、結局ブラックボックス回収が公表されることはなかった。FBIとFDNYのスポークスマンはいずれも回収を否定、9/11調査委員会の報告書も「アメリカン航空11便とユナイテッド航空175便のCVRおよびFDRは見つからなかった」と結論づけた。だがデマージは、その後出版された追悼記録文集『舞台裏:グラウンド・ゼロ』(TRAC Team, "Behind-the-Scenes: Ground Zero")の手記ではっきりとそれを証言した(Summer of Truth, "Firefighter Said Black Boxes Were Found at Ground Zero")。

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ではいったいなぜFBIは公表に二の足を踏んだのか? むろん公表されるとまずいことがあったからにほかならない。彼らには分かっていた、回収されたブラックボックスには何も記録が残されていなかったということが。なぜなら外部からの遠隔操縦コードが働くと、緊急事態を伝えるトランスポンダー(CODE 7700)のスコーク発信は遮断されてしまい、CVRへの電源も切れ、データは空白となる仕組みだからである。NTSBの公式見解によれば、ブラックボックスはWTCビル倒壊にも十分持ちこたえられる状態にあるはずだという。またNTSBのスポークスマン、テッド・ロパトキェヴィチは「レコーダーが回収できなかったことはきわめて稀なことだ」「これまで見つけられなかったという他のケースについては記憶にもない」とコメントしている(American Free Press, "Black Box Cover-Up"/Arctic Beacon, "FBI Tells 911 Rescue Worker to 'Shut Up' Over Finding Airplane "Black Boxes.")。

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この他にも倒壊したWTCビルの残骸、とりわけ鋼鉄製の中心支柱47本と周辺梁240本は重要な物的証拠として見逃すことはできない。本来なら現場の保存および証拠物保全に努めなくてはならないそれらの建築資材が、わずか数時間後には現場から手際よく撤去されていき、あるいは計略的に盗まれ、まるでスクラップ同然にスタテン島のゴミ埋め立て処分場やリサイクル工場へと散財していった。つまりは瓦礫や残骸から爆薬による痕跡、硝煙反応(亜硝酸塩)が検出されたりしないよう、証拠保全・現場検証は怠りなくないがしろにされたわけである。そんな芸当ができるのも何のことはない、WTCビル爆破と瓦礫撤去の“マッチポンプ”を請け負っていたのが、オクラホマ連邦政府庁舎ビル爆破事件(1995年4月19日)にも絡んでいたコントロールド・デモリション社(CDI)という高層ビル爆破解体の専門会社で、オクラホマでも同様の手口で証拠隠滅を図るなど、まさしく名は体を表すとおり「計算どおりの解体」… になるはずだったが、ビル爆破解体のエキスパート、マーク・ロイゾーCDI社長は事件後に現場を視察し、アメリカン・フリー・プレスのインタヴューに応じる形で意味深長なコメントをいくつか残している、「(地下7階にあるメインタワーのエレベーター・シャフト底部で)熔鋼による高温のスポットが見つかった」(American Free Press, "AFP asked Loizeaux about the report of molten steel on the site. 'Yes', he said, 'hot spots of molten steel in the basements.' These incredibly hot areas were found 'at the bottoms of the elevator shafts of the main towers, down seven [basement] levels,' ")、「WTC7号棟でも熔鋼が発見された」(American Free Press, ibid., "He said molten steel was also found at 7 WTC, which collapsed mysteriously in the late afternoon.")、「もし私がタワーを倒壊させようとしたら、ビルの重さを利用して構造物を破壊させるため地下(基底部)に爆弾を仕掛けるだろう」(American Free Press, ibid., "If I were to bring the towers down, I would put explosives in the basement to get the weight of the building to help collapse the structure." by Mark Loizeaux)。

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このロイゾー社長の発言でとりわけ重要なのは、WTCビルのメインタワーはもとより、航空機がまったく突入してもいない7号棟の地下においても熔鋼が観察されていた点である。英国構造技術者協会(IStructE)の最高責任者キース・イートン博士は機関誌『Structural Engineer』(2002年9月3日号)の中で、「事件の数週間後になってもまだ赤く熱せられた熔鋼から厚さ4インチ(10センチ)の鋼鉄が大惨事で剪断され折れ曲がったものまでおよぶ、数多くの興味深いスライドを現場視察の時に見せてもらった」と書き記している(Structural Engineer, "ranging from molten metal which was still red hot weeks after the event, to 4-inch thick steel plates sheared and bent in the disaster" by Dr Keith Eaton)。またWTCビルの構造設計を担当したエンジニア、レスリー・E・ロバートソンの報告においても、「崩落後21日経過しても火は燃え続け、鋼鉄はまだ熔融していた」とある(SEAUNews, "As of 21 days after the attack, the fires were still burning and molten steel was still running." by Leslie E. Robertson- PDF Document)。これら3つのビル地下(基底部)で発見された熔鋼に関して、米連邦危機管理庁(FEMA)、米国立標準技術研究所(NIST)、9/11調査委員会のいずれもが言及すらしていない。
Source: CameraPlanet
Source: HBO
Source: Frank Silecchia

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ニューヨーク&ニュージャージ州港湾管理局のコンストラクション・マネージャー、フランク・A・ディマティーニはWTCビル倒壊の犠牲となり亡くなったが、2001年1月25日にビデオ収録された生前のインタヴューで、「WTCビルは、燃料を満載したボーイング707型機が衝突したとしても持ちこたえるように想定して設計されている。それは当時としては最大の旅客機だった。おそらく複数のジェット旅客機の衝撃にも耐えうると私は信じている。なぜならこの構造は、強度のある格子状になった網戸の防虫ネットに似ていて、さしずめジェット機はその防虫ネットに突き刺した鉛筆のようなもので、防虫ネットにはさほど影響がない」と語っていた(Prison Planet.com, "WTC Construction Manager: Towers Were Designed to Take Numerous Plane Crashes")。

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また先のレスリー・ロバートソンも、1966年当時最大の旅客機だったボーイング707型機がぶつかったとしてもその衝撃を吸収し耐えられるようにタワーは設計されており、それより大きい767型機でさえ持ちこたえることができた、と話している。ただし、鋼鉄を脆弱させ壮大な建造物を破壊させるほどの何千ガロンものジェット燃料の猛火に対処できる高層ビルは経済的・機能的に実現不可能だったとも付け加えた(MSNBC, "Painful and Horrible")。そしてこんな感想すら漏らしている、「ビルを壊す時にダイナマイトを仕掛け、コンピューター・コントロールして壊すのをテレビで見ることがあります。ビルが真っすぐ下に壊れていくのですが、今回はそれに似ています。あまりにも似ているので、爆薬を仕掛けられたのではという話も出たくらいです。しかし、あれだけすべてが壊れることがあるのでしょうか?」。

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米国建築家協会(AIA)に所属し、サン・フランシスコのベイエリアで20年以上にわたり鉄鋼ビルの構造設計を手がけてきた建築士リチャード・ゲイジ(=写真)は、2008年11月7日スペインのマドリッド建築学校で行った講演で、「鋼鉄製の建造物が支柱の破壊なしに自由落下速度で崩落することなどありえない」「タワーの突発的で自然発生的な崩壊は、制御解体でなければ不可能」「支柱は400メートルも離れたところで見つかり、人骨のかけらは隣接するビルの屋上から出てきた」「単純な崩壊なら、鋼鉄の高い山が築かれてしかるべきだ」と話した。「WTCビルが制御解体によって崩落したことを示す議論の余地のない証拠が山ほどある」、そう主張するゲイジをスペインの大手TV局テレシンコは興味深く取材し、全国ネットのニュース番組で彼のコメントと証拠の一端を取り上げて報じた(Architects & Engineers for 9/11 Truth, "Richard Gage, AIA on Madrid TV"/911Blogger.com, "(Spain) Richard Gage, AIA - on nationwide TV in Madrid")。

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ペンシルヴェニア州ドイルスタウンにある爆破解体業協会(NADC)の事務局長マイケル・R・テイラーは、「WTCタワーの崩壊は典型的な制御解体のように見えた」と述べ(New Scientist, "Design choice for towers saved lives")、やはり同じ爆発物のエキスパートでビル・飛行機・その他の建造物の爆破影響を研究しているニューメキシコ鉱山技術研究所の副所長ヴァン・ロメロも、自分の意見はビデオテープをベースにした判断だがと前置きした上でこう語っている、「航空機がWTCビルに突入した後、ビルの中にあった爆破装置が両タワーの崩壊を引き起こした」「航空機が突入して起きた偶然の結果というには、建物の崩壊があまりにも秩序立っていた」「古い建物を取り壊す時に使われる制御された内破に似ている」「もし爆発がタワーの倒壊を引き起こしたとすれば、重要なポイントは、比較的少量の爆発物を仕掛ければ倒壊させることができる」と(Albuquerque Journal, " 'Explosives Planted In Towers,' New Mexico Tech Expert Says.")。だがそれから10日後、ロメロは「ビル崩落の原因が火災であるのは明らか」と急にトーンダウンした(Albuquerque Journal, "Fire, Not Extra Explosives, Doomed Buildings, Expert Says.")。

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それと歩調を合わせるかのようにFEMAは2002年、WTCビル倒壊の原因は航空燃料の引火した高温熱が鋼鉄の強度を脆弱化させ、過重に耐えられなくなって熱圧壊したという「トラス崩壊理論」(Truss Failure Theory)なるものを公式見解として報告。しかしこの理論にはすでに批判も出ている(Vancouver Indymedia, "The World Trade Center Collapse Hoax 'The Truss Theory' ")。たとえば125年の由緒ある消火技術専門誌『ファイア・エンジニアリング』は、FEMAの公式調査を「いいかげんな茶番劇」(Half-Baked Farce)と一蹴、「今回のWTCビル倒壊には問われなくてはならない非常に多くの疑問点が残っている」「いくつかの疑問は政治的なもので、いくつかは技術的なもの、その他は哲学的なものだ」「航空機のジェット燃料による爆発的な火災でツインタワーが倒壊した、とするだけでは説明は不十分」「耐火性のある鋼材がなぜWTCビルでうまく機能しなかったのか、もっと包括的で詳細な調査を行うべきだ」とFEMAに対して要求している(Fire Engineering, "WTC 'Investigation'?: A Call to Action")。またニューヨーク・タイムズ(2002年4月8日)は、WTC倒壊原因について新たな疑惑を報道。コンピューター・シミュレーションではなく、実地テストとして建築資材の熱抵抗試験を熔鉱炉で行った結果、鉄骨柱もコンクリートの天井も2000F(1093C)の高温域に耐えられるものであったという(New York Times, "Towers' Collapse Raises New Doubts About Fire Tests")。その後NISTが行った調査によって、この「トラス崩壊理論」では床梁トラスの連鎖崩壊もコア支柱群の破壊も説明できないとして支持されず、理論自体が脆くも崩壊した。

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電気や火災の危険に対して製品を試験する目的で設立された、世界で最も古く権威のある安全試験および製品検定証明機関のアンダーライターズ・ラボラトリーズ(UL)は広く「UL規格」で知られ、その耐火規格は世界的な安全基準のスタンダードとなっているが、そのULでWTCビルに使われている建築鋼材を検査・認証した当のケヴィン・R・ライアンは、NISTのフランク・ゲイル所長に対して文書で異議を申し立てている、「2000Fにもなる航空燃料の火災がWTCビルを崩壊させたというが、耐火性のない鋼材ですら3000F近い高温に達するまで熔けなかったほどだ」「WTCビルの鋼材は航空燃料の火災に十分耐えられるものであり、2000Fの環境にさらされたサンプルでの耐火試験ASTM E-119にも合格している」「構造用鋼が柔らかくなったか熔けたかのいずれにせよ、ジェット燃料の火災でWTCビルが崩壊するなんてことには合意できない」(911Truth.org, "UL Executive Speaks Out on WTC Study"/Boston Globe, "Steel type in WTC met standards, group says")。もっともライアンの内部告発は当のULによってすぐさま否定された、「もともと彼はその仕事には就いておらず、NISTの要請でテストを委託されているUL防火部署とも関係していなかった」と。ULはWTCビルを調査しているNISTを全面的に支持すると表明、ライアンは庇護されることなく突然解雇された。
Source: FEMA

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しかし興味深いと思われるのは、NISTのWTC首席調査官シャイアム・サンダーが「ジェット燃料はおそらく10分以内に燃え尽きた」と発言している点である(Firehouse.com News, "A Look Inside a Radical New Theory of the WTC Collapse")。FEMAの見解によれば、航空機が突入したフロアはジェット燃料による火災によって鋼鉄が脆弱になるほど高温高熱に達していたとされている。そんな“灼熱地獄”の中、WTC1号棟の航空機突入口にたたずんで助けを求めている1人の女性エドナ・シントロン(=写真)の姿を現場写真で確認することができる。また、WTC2号棟の航空機突入口78階にたどり着いたFDNY消防大隊長オリオ・J・パルマーは、ビル崩落直前の午前9時52分、息切れした声でこんな無線連絡を入れていた、「火災が2か所まばらに出ている。(消火ホース)2本で退治できそうだ」(The Memory Hole, "We've got two isolated pockets of fire. We should be able to knock it down with two lines." by Orio J. Palmer- MP3 Audio)。



9/11トリック-「テロ」は起きなかった(Part 1/5)
http://ameblo.jp/ghostripon/entry-12199581940.html

9/11トリック-「テロ」は起きなかった(Part 3/5)
http://ameblo.jp/ghostripon/entry-12199585323.html