今年三月を以て退職をされましたが、長きにわたって桐朋学園大学の非常勤講師を務めてきました。当然「新垣先生」となりますね。
また、作曲家 伊東乾さんの言葉を借り「日本で芸術音楽の作曲に関わる者で知らない人のない、彼の世代のトップランナーの1人」となれば、やはり「新垣先生」となります。
大学時代に遡っても、作曲やピアノ演奏の能力が秀でていたことから、同級生に「新垣先生」と呼ばれていました。
そして... 署名運動の賛同者の声からその一部を転載します。
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新垣先生と、同じ小学校・中学校に通わせて頂いていた者です。同窓生でありながら新垣「先生」とお呼びするのは、当時からそのようにお呼びしていたからです。
[ 中略 ]
当時から人柄も優れ、皆に慕われ、大切なコンクール前でも皆一緒の行事のための準備は万端にして下さるなど、givingの精神に満ちあふれた方でした。しかも、文句一つ言わずに引き受けて下さるので、私たちが、「実は新垣先生には大切なコンクールがあった」と知るのは、新聞報道で新垣先生の受賞を知った後、等という始末でした。学校での成績も優秀でありながら...
[ 中略 ]
新垣先生は、ご自分のことを、音楽しかない、とおっしゃるのですが、正確には、他のたぐいまれな才能や能力を全て音楽のためにシンプルにそぎきって、人生の全てを音楽に集中されてきた、と言うべきかとも思われます。
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私は「新垣先生」が中学生の時に作曲したヴァイオリンとピアノのデュオを聴いたことがあります。驚きました...その作曲技術はもちろんのこと、その美しさと包み込むような優しさに涙が出そうでした。(残念ながら曲名は失念してしまいました)
まさに早熟の天才『新垣先生』でありました。
次回は新垣先生の大学での処分白紙を訴えた、あの署名活動について書こうと思います。
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