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愛知知多、日本文化をこよなく愛する
「おもてなし茶心花伝」平野ようこです。
最近、タイムスリップしてみたいと思ったことがある。
それは先日、阿久比町の平野家の墓参りの日だった。
お墓を清め、お花を飾り、墓石に水をかけている時だった。
平野家は、お墓が三つ並んで建っている。
苔むしているのか、石が変化したのか、古くてよくわからないものが2つ。
もう一つはよく見るタイプのお墓。
一番古い墓石の後に回って、よくよく見ると、「平野四郎座衛門」と彫ってある。
過去帳を見れば、四郎座衛門は、徳右衛門より分家し、一代目となっている。
彼は江戸時代、弘化2年と嘉永6年に共に1歳になる娘を亡くしている。
どんなにかショックだったでしょう。。。
ちなみにこの年はアメリカのぺりー来航の年にもなっている。
翌年、日米和親条約が結ばれ、ついに鎖国がおわった年で、
国内も海外からの圧力も大混乱になったギリギリの時代だそうだ。
江戸時代末期から明治時代の話。
ちょうど朝の連ドラ、「ばけばけ」や「風、薫る」とかぶる時代背景。
平野家は、2代目幸次郎と共に、近隣からは「しろこう」さんと呼ばれる
味噌屋を営んでいた時代。
また半田のミツカン酢とは、親戚関係にあったと義理母より聴いている。
150年以上前、どんな暮らしをしていたのだろうか。。。と。
もう霊山に旅立った義父母達に話を聴くことはできない。
その時代の平野家にタイムスリップしてみたいなと思ったお墓参りだった。
