2日後・・・ 

仕事を終えて帰ろうとする一博士を中条博士は呼び止めた。 

中条博士「一博士、今日はもう仕事終わったよね? 

 折角仲良くなったんだし遊びに行こうよ! 

 明日休日なのも把握してるからもうチケット買っちゃったよ! 

 君が一緒に行ってくれないとチケットが無駄になっちゃうよ・・・。」 

一博士は帰ってやる事があると言おうとしたが、 

あまりにも期待を込めた眼差しで中条博士が見つめてくるので

思わず了承してしまった。 

中条博士はにっこり笑うと準備してくるから10分後に正門の前で待ち合わせて

遊びに行くと一方的に伝え足取りも軽く研究室に戻ってしまった。 

一博士はため息をつき財布の持ち合わせを確認する為、

一度自分の研究室に戻る事にした。 

 

10分後・・・ 

一博士が正門の前で待っているとゴゴゴ・・・

という音と共に中条博士の声が聞こえた。 

中条博士「一博士お待たせ~、さあ遊びに行こう!」 

一博士が振り向くと目を大きく見開き驚愕した。 

そこには大型の異常存在を移動させる時に使う超大型トレーラーがあり、 

中条博士が運転席の窓を開けて手を振っていた。 

一博士は驚愕しながらもなんとか平静に声を出した。 

一博士「この車で遊びに行くって・・・

 何か大型の異常存在でも捕獲しに行くんですか?」 

すると中条博士は一瞬きょとんとした表情をしたがにっこり笑って答えた。 

中条博士「せっかく仕事が終わったのに、また仕事なんてしたくないよ。 

 遊びに行く時の移動はドライブが良いってネットで見たから、 

 私が運転出来る車を借りてきたよ!」 

それを聞いた一博士は心底脱力し、ため息をついた。 

一博士「どこの世界にもそんな超大型トレーラーで遊びに行く人は居ませよ・・・、 

 そんなの聞いた事も無いですし乗りたくもありません。 

 ドライブならもっと小さな車で良いので返してきてください、待ってますから。」 

中条博士は納得した様子で車を交換しに行った。 

暫く待っていると見るからに高級そうな深紅のスポーツカーが走ってきて

目の前に止まった、 中条博士が車の中から手招きをしている。 

トレーラーよりはましだと車の助手席に乗ったが、ふと疑問を口にした。 

一博士「そういえば業務用では無さそうですが、どうしたんですかこの車?」 

にっこりと意味ありげに笑う中条博士に嫌な予感を覚えつつも答えを待った。 

中条博士「何十連勤もしてずっと放置されていたから借りてきたよ。」 

一博士「本当に誰のですか・・・」 

不安を覚えた一博士だったが、これ以上は言っても無駄と思い考えないようにした。 

薄暗くなった住宅街を抜けて海沿いの道を走っていると、 

中条博士がルームミラーをチラッと見てにっこり笑った。 

そして一博士に面白い物があるから後ろを見るように言った。 

一博士は嫌な予感がしたが中条博士に促され後ろを見ると・・・ 

ランニング姿のじいさんが車を睨みながら同じスピードで追いかけていた。 

理解の範疇を超えていると頭を抱えた一博士をよそに、

楽しそうな中条博士の声が聞こえた。 

中条博士「車と競争して勝てなかった無念で異常存在化したのかな? 

 目的地まではまだあるから少しなら付き合ってあげても良いよ。 

 これでもレースゲームは得意なんだよ・・・っと」 

中条博士がハンドルを切ると車のあった場所に小石がこつんと音を立てて落ちた。 

どこから出しているのか分からないが、 

じいさんは何か叫びながら小石を車に向かって投げつけてた。 

中条博士「報告書で舗装した道しか走ってないのに、 

 車の後方下部に石がぶつかった後があると見た事はあるな・・・

 こいつの仕業かな?」 

車に向かって投げる小石をかわす度に車が振られるので、 

中に乗っている一博士は必死に体を支えていた。 

ふと中条博士を見ると首にかけてるヘッドホンが淡く光っているのが見えたので、 

一博士はなんとか舌を嚙まないように質問をした、 

一博士「な・・・なんかそのヘッドホン光っていませんか?」 

中条博士「ああ動体視力と反射神経に作用して、 

 弾丸が止まったように見える位まで身体能力を上昇させてるんだ。 

 昔の映画でそういう風に表現してる場面があってね、 

 楽しそうだから発明品に機能を組み込んでみたんだ。 

 それよりも・・・目的地が近くなってきたからそろそろ終わらせようか。」 

そう言うとキャンディ風の何かを取り出し、 

包み紙を外し窓を開けると外に向けて手を離した。 

それは一度地面でバウンドすると白い網の様なものが広がり、 

後ろから来るじいさんの足に巻き付き盛大に転んでしまった。 

じいさんは足に絡まった網の様なものを解きながら何かを叫んでいたが、 

車は止まらず走り去ってしまった。 

じいさんの姿が見えなくなり車の運転が安定すると、 

やっとひと息をつけた一博士は気になっていた事を聞いた。 

一博士「なぜ動きを封じた異常実体の捕獲をしなかったんですか?」 

すると中条博士は不思議そうに首を傾げた後質問に答えた。 

中条博士「業務が終わった後なのにまだ仕事をしようと思うなんて真面目だね~ 

 オフは心身共にしっかり休めたほうが良いよ、 

 次の仕事のパフォーマンスが上がり効率的だ。 

 作戦達成率も上がる、そしてそれは組織の為にもなる。 

 という事で担当してない異常実体なんて、 

 そのうちエージェントが見つけて対処するから放置しておけばいいと思うよ。」 

納得出来なさそうにしている一博士を見てにっこり笑うと 

中条博士「心配しなくても危険度上位クラスの異常実体なら、 

 報告する位はするから安心して良いよ。」 

そして車はある建物に隣接する駐車場に入った。 

車を停めて中条博士が降りたので一博士も続けて降りた。 

辺りを見回している一博士を見てにっこり笑って話しかけた。 

中条博士「さあ着いたよ、ここは水族館さ。」 

首を傾げる一博士に中条博士は当然のように言った。 

中条博士「遊びに行くおすすめスポットにここが良いと書いてあったんだ、 

 チケットはもう買ってあるから早く行こう。」 

中条博士は楽しそうに一博士の背中を押しながら水族館の入り口に向かった。 

様々な魚が泳ぐ水槽を見ながら嬉々とした声を出しながら指を指した。 

中条博士「一君凄いよ!魚が頭の方向に泳いでる。」 

一博士は最初何を言っているのか理解出来なかったが、

すぐに思い出し小声で言った。 

一博士「前に確保した異常存在の見過ぎで忘れたんですか? 

 魚は頭の方に向かって泳ぐのが正常なんですよ。 

 ただこの場所は仕事場では無いので不自然な言動は控えて下さい・・・ 

 所で先程の呼び方は?」 

中条博士は一博士の方を向いてにっこり笑った。 

中条博士「君の言う通りここは仕事場の外だ、 

 だからこそ呼び方も一般的なものに合わせたほうが良いだろう?

 理解したかい一君。」 

頷くと一博士は改めて周囲を見た。 

一博士「確かに仕事以外で外に出るのは何年ぶりでしょうか・・・おや?」 

一博士が歩き出したので中条博士も横に並んで歩いた。 

そして大きなフロアの中央にある円筒状の水槽の前で足を止めた、 

その水槽は見上げるほど巨大で回遊魚を始め様々な魚が泳いでいる。 

水槽の中を何度も覗き込み何かを探している一博士に、

中条博士はにっこり笑って質問した。 

中条博士「一君どうしたの?何を探しているんだい?」 

戸惑いながらも腑に落ちない一博士は少し考えて答えた。 

一博士「いえ・・・

 先程この水槽で一瞬魚以外の何かが見えたような気がしたんですが・・・ 

 気のせいだったようですね。」 

それを聞いた中条博士はにっこり笑うと、 

首にかけていたヘッドホンを外し一博士に差し出した。 

中条博士「これを着けてもう一度水槽の中を見てみると良いよ。」 

不思議に思いながらヘッドホンを装着して水槽を見た。 

すると沢山の魚に紛れるように異質な物が見えた。 

上半身が人で下半身が魚・・・まるで人魚のような姿だった。 

体調は30㎝位、そしてこちらが見ているのに気が付くと近づいてきた。 

近くまで来て姿が鮮明になった時、一博士は目を疑った。 

その上半身の人物は一博士の幼い頃に亡くなった彼の父親だった。 

言葉を発する事も出来ずに呆然としていると、 

中条博士がヘッドホンを外し自分の首に掛けた。 

中条博士「大丈夫かい?一君、面白い物が見れたようだね。 

 私には教授が人魚の姿になってたけど、一君も同じ物が見えたかい?」 

一博士「いえ・・・私には別の人物が見えました。」 

中条博士「もしかして私が見えたとか?」 

一博士「期待に沿えずすみませんが君では無いです。」 

それを聞くと中条博士は思案し始めた。 

中条博士「通常は魚に見えるように周波数を設定しているが、 

 それを解除するとそれぞれの記憶している人物を投影すように

 別の周波数を打ち込む・・・ 

 しかもまだ真の姿を隠している・・・フフフ・・楽しませてくれるね。」 

そう言うと中条博士は近くの長椅子に跨ぐ様に座ると、 

ヘッドホンを外し目の前に置きウエストポーチから工具を取り出すと改造し始めた。 

一博士が中条博士の手元を覗き込むとヘッドホンから目を離さずに話し出した。 

中条博士「私の予想では個々に投影される人物は、

 見た者の嫌う人物ではないかと思うんだ。 

 自然では自分の嫌いな物や苦手な物を見ると逃げ出すからね、 

 同じ事をしているんじゃないかな?・・・私は教授の事嫌いだし。 

 一君も嫌いな人物が見えたんじゃない? 

 ・・・おっと、ごめん集中するから君は適当に休んでて。」 

中条博士が作業に没頭してしまった為、一博士は近くの壁に寄りかかり水槽を見た。 

一博士(私には父の姿が見えた・・・ 

 本当に中条博士の言うように私は父を嫌っているのだろうか・・・。 

 父が亡くなった後・・・教授が生活の支援はしてくれたが、

 それでも母は大変そうだった。 

 私に隠れて泣いていたのも気が付いていた。 

 だから早く母が笑って生活出来るように勉学に勤しんだ。 

 私が研究者になれば母も教授も喜んでくれるだろうし、 

 教授に頼らなくても母を支えられると信じてここまで来た。 

 私は・・・父を本当に嫌っている?・・・いやそんな事は無いと思う。 

 幼い頃は分からなかったが自分が研究者になって初めて父の偉大さを理解したし、 

 亡くなった時に皆に惜しまれていたのも分かる。 

 そうだ!私は父を嫌ってはいない、それどころか尊敬してる。 

 中条博士に教授が見えたのも本当は尊敬してたのに

 裏切られたような気分になって、表面上はそう言っているに違いない。 

 野生の動物なら中条博士が言う事も間違ってはいないだろう、 

 しかし知性のある人間に限るなら、嫌な物や苦手な物は排除する。 

 それなら正体を見破られた異常実体がとる行動と矛盾する。 

 身を守るならリスペクトする人物になるのが正解だろう、 

 人間はリスペクトすれば保護し危険から遠ざける・・・だから・・・」 

その時思考を遮るように制服を着た男に声を掛けられた、 

その男はこの水族館の警備員のようだった。 

警備員「ちょっと聞きますが、あの長椅子に座っている人物と知り合いですか?」 

一博士はいきなり話しかけられて驚きつつも返答した。 

一博士「ええ職場の同僚ですが、どうかしましたか?」 

その言葉を聞き警備員は心底呆れたように言った。 

警備員「どうしたじゃないよ、 

 こんな公共の場所であんな機械弄ってたら不審者扱いされても仕方ないだろう。 

 そもそも何をしているんだ?」 

一博士は内心焦りながらも出来るだけ平静に答えた。 

一博士「いや、一緒に魚を見ていたんだが急にヘッドホンを分解し始めて・・・」 

警備員「じゃあ一緒に行って確認してもらいますよ、 

 ・・・ちょっと良いかな?君が何をしているか教えてもらえるかい? 

 最近は物騒だから確認したいんだ。」 

中条博士は手を止めて一博士と警備員を見るとにっこり笑って答えた。 

中条博士「もちろん良いとも! 

 これは僕が発明した僕が好きな音楽を自動で流してくれるんだけど、 

 ここに来て急にノイズが入るようになったから直そうと思って。 

 おじさんも聴いてみる?」 

警備員にヘッドホンを装着させると9つあるうちの一つのボタンを押した。 

警備員は音を聴いているようだったが、 

急に顔を顰めるとヘッドホンを外し中条博士に返した。 

警備員「確かに途中に耳障りな音が入るな・・・ 

 しかし何の音だ?ギャーギャーバサバサうるさかったぞ。」 

中条博士はそれを聞くと楽しそうに言った。 

中条博士「良いでしょ?ジャングルの動物たちの声、 

 聞いてるとわくわくするから気に入ってるんだ!」 

警備員は頷くと一博士の方を向いた。 

警備員「あまり紛らわしい事をしないように。 

 それとあんた、同僚かもしれないが

 未成年をあまり夜に連れまわさずに送ってやるといい。 

 次は別の疑いを掛けられるぞ。」 

絶句する一博士と楽しそうな中条博士を残し警備員は見回りへと戻って行った。 

一博士「とっさとはいえ、よくあんな嘘が言えましたね。」 

肩を竦める一博士を見て中条博士は一度作業の手を止めた。 

中条博士「まあ嘘も方便とはよく言ったものだよね。 

 その言葉は釈迦が信徒を導くために使った真実ではない言葉だけど、 

 それを言う事によって嘘をつかれた相手の為になるという言葉なんだよ。 

 今回の事に当てはめて言うと警備員の彼が真実を知ったら、 

 私は記憶処理をするために昏倒させるだろう。 

 そのうえで騒ぎが拡大しないように、この場所にいる全員意識を失わせる。

  そして映像から痕跡を辿れないようにこの場所の映像機械関連を

 全て破壊するだろう。 

 彼やこの場所にいる人間達は、 

 真実を知らないデメリットより被害を防げるというメリットの方が大きいんだよ。 

 何か損害を与える事が目的ではないしね、

 と言う事でもう少しで終わるから待っててくれ。」 

一博士はため息をつきもう一度壁に寄りかかったが、 

納得できないモヤモヤした気持ちを抱えながら中条博士を見た。 

一博士(確かに中条博士は童顔だが私と同じ年齢だ、 

 私が連れまわしているなんて酷い誤解だ・・・。 

 中条博士は155㎝と言っていたか・・・私は180㎝・・・、 

 見た目と言い大人と子供と勘違いされるのは仕方ないのか?) 

一博士がオーダーメイドのダークグリーンのスーツに対し、 

中条博士は黒のタートルネックに濃紺のパーカー、デニムにバッシュだった。 

一博士が理不尽さに悩んでいると作業の終わった中条博士が来た。 

中条博士「お待たせ!・・・何でそんな苦渋に満ちた顔をしてるんだい?」 

そう言うと一博士の返事も聞かず水槽の方へ歩いて行ったので、 

ため息をつきながら後を追った。 

中条博士「さあ君の真の姿を見せてもらうよ。」 

ヘッドホンを装着した中条博士は楽しそうに水槽の中の異常実体を見たが、 

すぐに興味が失せたように一博士にヘッドホンを渡した。 

一博士も異常実体を見ると・・・ 

人魚の形はそのままだったが人間だった部分は

クリオネのように半透明のゼリー状だった。 

一博士がヘッドホンを返すと

それを受け取った中条博士は出口に向かって歩き出した。 

慌てて追いかけた一博士がどうしたのか尋ねると、

中条博士はつまらなさそうに言った。 

中条博士「どんな謎も数式も解くまでが楽しいんだよ、

 解いてしまったら興味は無いよ。 

 それより思ったより長居しちゃったから、早く次の目的地へ行こう。」 

一博士「そうですか・・・ところでそのヘッドホンに

 どんな改造を施していたんです?」 

中条博士「ああ異常実体が脳に対して切り替えて送ってくる周波数に合わせて、 

 自動で検知してブロックし正常認識出来るようにしたのさ。 

 詳しく話すのは気分が乗らないからしないけど。」 

そして中条博士と一博士は再び車に乗り込み水族館を後にした。 

次に来たのはホテルの最上階にあるレストランだった。 

中条博士が予約していた窓際の席に座ると一博士もその向かいに座った。 

中条博士は英語で書かれたメニューを見て、 

慣れた様子で注文すると一博士を見てにっこり笑った。 

中条博士「ここもおすすめスポットとして書いてあったんだ、 

 外食なんて久しぶりだから楽しみだよ。」 

一博士は頷きそれから店内を改めて見た。 

高級感のある落ち着いた店内だが男女の二人組が多い 

・・・何のおすすめプランを参考にしたのか。 

一博士はため息をつき窓の外を見た、最上階だけあって美しい夜景が広がっている。 

すると同じように外を見ていた中条博士が、

ヘッドホンを外し装着するように促した。  

中条博士「面白い物を見つけたから、一君も見てごらんよ。」 

そう言うと一博士が装着したのを確認して、ヘッドホンのボタンを押した。 

すると目の前にスクリーンが展開され路地裏が映った、 

暗視対応しているらしくグリーンの画面だ。 

この夜景の中の一か所を映しているらしい。 

道路の脇に人影が見える・・・それは酔いつぶれて寝ている女性のように見えた。 

するとそこへ中年のスーツを着た男性が歩いてきた、

どうやらサラリーマンのようだ。 

男性は女性に気が付くと近づいて肩を叩き、 

こんな所で寝ないで帰るようにと言っているような身振りをしていた。 

その時街灯に照らされた女性の影が大きく広がり

背後から男性を覆い隠してしまった、 

黒い影は脈動しながら暫く膨張と縮小を繰り返していたが、 

影が女性の下に戻ると男性の姿はどこにも見当たらなかった。 

女性は横たわったまま動かず、次の獲物を待っているようだった。 

暫くすると4人の男性達が歩いて来るのが見えた。 

男性達が女性に気が付きそちらの方向に歩き始めた時、 

いきなり画面が黒くなり映像が消えて、

中条博士がヘッドホンを自分の首に掛けてしまった。 

慌ててもう一度窓の外を見たが夜景が広がるばかりで何も見つけられず、 

一博士が中条博士の方を見るとにっこり笑って言った。 

中条博士「料理が来たから観測は終わりだよ、美味しそうだね早く食べよう。」 

そう言って食べ始めた中条博士を見ながらも、 

先程の続きが気になる一博士はうわのそらで食べたので料理の味が分からなかった。 

食事が終わり移動する中条博士についていくと、ある扉の前で立ち止まった。 

中条博士に促されて部屋に入ると、リビングやベッドルームがある広い部屋だった。 

何故か大きなベッドが一つしかない事に不安を感じ、一博士は恐る恐る質問した。 

一博士「えーっと・・・もしかしてここに泊まっていくんですか? 

 ベッドが一つしかないんですが?

 ・・・私は用事があるのでそろそろ帰りたいんですが」 

それを聞いた中条博士はにっこり笑って答えた。 

中条博士「質問ばかりだね一君、良いとも一つずつ答えてあげよう。 

 まず一つ目、私と君はこの部屋で一晩過ごすのさ。 

 二つ目、ベッドが一つなのはこんな所になかなか来ないので 

 一番大きなベッドで寝てみたかったから。 

 三つ目、君の用事の予想はついているからここでも問題ないはずだ。 

 四つ目、君は先ほど見た異常存在を組織に報告したいと思っている。 

 どうかな?安心しただろう。 

 あの窓際の席に座って報告書を考えておけばいい。 

 私は疲れたのでシャワーを浴びてくるから、君もゆっくり過ごしてくれ。」 

 そう言うと中条博士はシャワールームに行ってしまった。 

一人残された一博士はそわそわしながら窓際の椅子に座った。 

一博士(彼に遊びに行くのを了承した手前、勝手に帰るのもな・・・ 

 中条博士が戻ってきて私が居なかったら明日から顔を合わせづらいし・・・ 

 まあ大丈夫さ、彼と私では私の方が力は強いし・・・) 

そんな事を考えながら報告書を作成する事にした。 

中条博士「おまたせ~!」 

戻って来た中条博士を見て一博士は言葉を失った。 

中条博士はカラフルな色の着ぐるみパジャマを着ていた。 

中条博士「可愛いでしょう?ワニのパステルカラー着ぐるみパジャマ、

 私が作ったんだ。 

 君が意外と可愛い物好きなのは知っているよ。 

 一君の分も用意したからシャワーを浴びて着替えてきなよ! 

 お揃いのパジャマなんて仲良しな感じがして良いよね!」 

そう言うとパジャマを渡されシャワールームに追い立てられた。 

一博士は手元のパジャマを無言で籠に入れシャワーを浴びる事にした、 

そしてシャワーを終えるとワニの着ぐるみパジャマを着てみた。 

するとサイズがぴったりで肌触りが良く市販品の様なクオリティだった。 

一博士(このパジャマが欲しいって言ったらくれるのだろうか・・・) 

そんな事を考えながら部屋に戻ると中条博士はベッドで寝そべり、 

パステルカラーのワニがベッドで寛いでいるように見えて微笑ましかった。 

中条博士が一博士に気が付きベッドから出ると徐に説明を始めた。 

中条博士「ネットで友達ともっと仲良くなる方法を色々検索して、 

 今日のプランを考えたんだけど・・・ 

 どの検索結果でも最後はホテルで泊まってお楽しみとしか書いてなかった。 

 確かに個人の楽しみをサイトに羅列していったら、

 ページがいくらあっても足りない。 

 そこで私は考えた、友人としてお互いの事をよく知る為に

 夜明けまで語り合うのが良いと。 

 それこそ私と君がより親密になる方法に違いないと結論付けた、

 という事で・・・」 

中条博士はノートPCと大量の書籍をベッドの上に広げた。 

中条博士「これは君の書いた論文や私が気になっている理論の書かれている書籍さ、 

 私は常日頃から君の考え方に興味があってね。 

 今夜は楽しい討論会だ!受けてくれるかい?」 

にっこり笑った中条博士に対して、さっきまでの自分を笑い飛ばし一博士は頷いた。 

一博士「フフフ・・・良いでしょう、受けて立ちますよ。」 

中条博士はついでと言うように付け加えた。 

中条博士「そう言えば23時~24時までは休憩するから安心してくれ、 

 君の楽しみを邪魔するつもりは無いよ。 

 見るんだろう?大好きなネットアイドルのライブ配信。」 

驚き狼狽える一博士を見て中条博士は楽しそうに笑った。 

一博士「な・・・なぜ知って?誰にも言ってないのに。」 

中条博士「初めて出来た友人の事を知りたいと思うのは当たり前だろう? 

 君だって私の事を調べたんだろう?お互い様さ。 

 それにしても君の担当する収容実体の脱走事件は笑っちゃったよ。」 

1か月前の夜・・・ 

一博士(今日も問題なく業務が終わった、今から帰れば余裕で間に合うな。) 

その時バタバタと足音がして職員が数人慌てて一博士の研究室に入ってきた。 

職員「一博士大変です!異常実体№,188αが脱走しました!」 

一博士は無言で少しの間考えた。 

一博士(liveの開始時間は23時・・・ 

 シャワーや食事など始まる前に済まそうと思っていた事を

 終了後に変更したとして・・・ 猶予は30分か・・・

 録画予約もしてきてはいるが出来れば生配信で見たい・・・よし!) 

一博士は職員に向き直ると指示を出した。 

一博士「№,188αの脱走時に実行するプログラムは常に準備してあります、 

 皆さん行きますよ!30分以内に片をつけます。」 

颯爽と走り出す一博士に続く職員たちは、尊敬と頼もしさの視線を送っていた。 

そして宣言通り30分以内に事態を収拾させ、一層の評価が高まった・・・ 

にっこりと笑いながら説明する中条博士をジトっとした目をして一博士は言った。 

一博士「その件を含めAYAぴょんの事は内密にして下さい・・・。」 

中条博士「分かっているとも、私は秘密はその本人にしか言わない主義だからね。 

 ネットアイドルは大学時代に●●●さんから教えてもらったんだろう? 

 先輩も君がここまでハマるとは思っていなかっただろうね。 

 さて無駄話はここまでにして討論会を始めようか!」 

早く話題を変えたかった一博士はため息をつき頷いた。 

次の朝チェックアウトする為にエントランスのカウンターへ行くと、 

女性スタッフがにっこり笑って鍵を受け取った。 

女性スタッフ「これで鍵の受け取りとお会計の手続きは終了になります、 

 この度は当ホテルで快適に過ごせましたか?」 

それを聞くと中条博士はにっこり笑いながら言った。 

中条博士「もちろんだとも!快適すぎて寝不足になってしまったよ、ねえ一君?」 

一博士「そうですね・・・なかなか充実した夜を過ごせました、 

 たまにならこういう時間を設けても良いですね。」 

それを聞いた女性スタッフは何故か赤くなりながら言った。 

女性スタッフ「そうですか、お楽しみいただけたようでなによりです。 

 またのご利用をお待ちしております。」 

外に出て車に乗り込みエンジンをかけた中条博士は少し考えてから言った。 

中条博士「この近くに美味しい海鮮のお店があるんだけど、 

 先に車のメンテナンスにスタンドに行っても良いかな? 

 少し待つかもしれないが、昨日の余韻に浸りながら待っててくれ。 

 終わる頃には昼時になると思うし・・・ 

 ずっと動かしてなかったようだから音が気になるんだ・・・さあ行こう。」 

中条博士は言い終わると車を発進させ、駐車場を後にした。