ある冬の日、TV局の一室で男が二人向かい合って座り険しい表情で話していた。 

それはテーブルの上に雑誌が置かれ、開かれたページの記事についてだった。 

目の鋭い男「カズさん困りましたね、こんな記事が出たらもう双子は使えませんよ。」 

カズと呼ばれた男は、忌々し気に記事を見た。 

その内容は双子の出ている番組のやらせ疑惑で、 

元番組関係者や出演経験のある芸能人が匿名でインタビューが書かれていた。 

そして大人でも過労死するかもしれない時間労働を未成年である双子に強要し、 

更に必要な教育を受けさせていない虐待疑惑も書かれていた。 

記事の後半で専門家は真相を調査して明らかにしたほうが良いと言っていた。 

目の鋭い男は、更に言った。 

目の鋭い男「今回の件で本社やスポンサーが、

 双子を入口にして警察の手が入るかもしれないとナーバスになっていましてね。 

 出来れば…、警察と双子が接触する前にカタをつける様に…と。」 

そう言うと、厚みのある封筒を雑誌の上に置いた。 

カズはそれを手に取り素早く中身を確認すると、横に置いていた鞄の中にしまった。 

そして足を組み、少し背もたれに身体を預けると世間話を始めた。 

カズ「うちの双子は15歳で、世間では高校に行くような年齢でね~。 

 その年頃になると親への反発もあって、 

 悪い友人とつるんで何日も帰って来ない事も良くあるんですよ。 

 それこそ、何日も家に帰らなくても不思議じゃない。 

 まあそのうち帰って来るでしょうから、 

 その度に捜索願なんて出さないんですよ。」 

目の鋭い男「あぁ反抗期中なら仕方ないですね、親は苦労するでしょう。 

 私もこういう職業柄10代の子供達を沢山見ていますが、 

 思った通りに動いてくれなくて苦労しているんですよ。 

 もう新番組の企画も動いていますので、楽しみに待っていてください。」 

そう言うと、二人は意味ありげに笑っていた。 

数日後… 

双子は番組の収録の為に、スタッフ数人と某山の中腹にある山小屋に向かっていた。 

夜の収録という事で、夕暮れの出発となった。 

山の麓に車を止めると待機組は残り、 

双子とハンディカメラを持ったスタッフの3人で山道に入った。 

山道は薄暗く、目を凝らさないと良く見えない。 

暫く進むと、周囲の草が高くなり山道に覆いかぶさって獣道のようになった。 

一時間ほど進んだ所で、スタッフは言った。 

スタッフ「あれ?カメラの予備バッテリーを車に忘れて来ちゃった。 

 このままだと、撮影が途中で止まっちゃうから取りに行ってくるよ。 

 あと30分歩けば山小屋に着くから、君達は先に行っていて。 

 急いで取りに行ってくるから、また後で。」 

そう言うと、スタッフは急ぎ足で戻って行った。 

残された二人は、お互いに頷きあうと山小屋に向かって歩き出した。 

30分…1時間…、いくら歩いても山小屋は見えなかった。 

海里「おかしいな…、もうとっくに着いていても良さそうなのに。」 

空太「道を間違えちゃったのかな?…疲れたから少し休もう。」 

二人は、大きい木の根元に座った。 

日はほぼ暮れている為、自分達が何処にいるかも分からなかった。 

忘れ物を取りに行ったスタッフは、 

山小屋に着いて二人が居ない事に気が付いて探してくれているかもしれない。 

でも、道を逸れてしまったなら見つけられないかも。 

今夜はここで動かずに、明日日が昇ったら山を下りて帰ろう。 

二人はそう話し合うと、身を寄せ合った。 

心細さはあったが、互いの温もりで励ましあった。 

日が完全に暮れて真っ暗になると、気温が急激に下がってきた。 

まだ3月…、初春とはいえ夜は冷える。 

二人は収録の為、薄い衣装を着て上にコートを羽織っただけだった。 

5℃を下回り0℃近くになると、ガタガタ震え始め手足の先から冷たくなってきた。 

暫くすると、海里は空太がぐったりしているのに気が付いた。 

慌てて呼ぶと、うっすら目を開き力無く言った。 

空太「…、…ごめん…少し眠いんだ。 

 沢山…歩いて、疲れた…みたい…。」 

そう言うと再び目を閉じ、海里が何度呼び掛けても起きる事は無かった。 

海里はぎゅっと抱きしめると、少し苦しそうに空太は身じろぎした。 

空には星が輝き、夜も更けてきた。 

海里は空太を抱きしめていたが、寒さの感覚が無くなってきた。 

頭がぼんやりしてくると、少しずつ意識が遠ざかっていった。 

暫く経って、黒い影が二人に近づいてきた。 

それは、一人の男だった。 

二人を探していた訳では無く、任務の為に近くを通った。 

その時微かな呼吸音を聞き、確認しに来たのだった。 

男は二人を見て一瞬驚きの表情を浮かべたが、 

すぐに手袋を外し生きているか確認した。 

その後、無線で仲間に連絡し保護すると担いで移動した。 

作戦本部のあるテントに運び込み寝かせると、医療スタッフが簡易治療を施した。 

医療スタッフが、男に話しかけた。 

医療スタッフ「二人共、軽度の低体温でした。 

 こんな時期に素人が、山中で野宿なんて自殺行為ですよ。 

 しかも、瘦せすぎていて栄養失調の疑いもあります。 

 一番近い集落は10キロ以上あるし、

 来ている衣服から地元の子供ではないと思います。 

 …うーん、あまり考えたくは無いですが…。」 

男は、話を聞き肩を竦めると二人を見た。 

その時、男の部下が話しかけてきた。 

部下「田原隊長、この子供たちはどうしますか? 

 警察や普通の病院では、保護した経緯を聞かれそうですよね。 

 明るくなったら記憶処理を施して、下山させるのが現実的ですかね?」 

田原「しかしこの状況を考えると、帰してもまた同じ事になるだろう。 

 今回は任務中に偶然発見できたが、我々が来なければ確実に命を落としていた。 

 …とりあえず朝になる前に撤収しなければならないから、 

 組織の関連病院に連れて行こう。」 

隊員達は撤収の準備を始め、二人は組織関連の病院に送られた。 

3日後…、双子と面会できる旨を聞き田原は病院を訪れた。 

医師からは順調に回復しているので、

あと3日もすれば退院できるだろうと告げられた。 

しかし精神的なケアはまだ必要なので、心療内科の通院は継続するらしい。 

田原はお礼を言い、病室へ向かった。 

病室に入ると顔色の良くなった二人は半身を起こして雑談していたが、 

田原に気が付くと怯えた表情に変わった。 

一緒に来ていた看護師から、 

助けたのはこの人だと教えてもらうと二人はペコリと頭を下げた。 

田原は笑いながら、気にしないように言うとベッドの横の椅子に座った。 

田原「君達は…、海里君と空太君か。 

 どこかで見た事がある気がするが…、まぁどうでも良いか。 

 とりあえず君達の今後についてなんだが, 

 こちらとしては君達の意志を出来るだけ尊重したいと思っている。 

 家に帰りたいなら、その準備をするがどうしたい?」 

もし帰ると言われれば、記憶処理をして近場まで送っていくつもりだった。 

しかし未成年であるはずの二人の捜索願は、 

保護してから今まで調べたが出されていなかった。 

田原は二人の境遇にいたたまれなさを感じたが、それを表情に出す事は無かった。 

二人は田原を見ていたが、ふと何かに気が付くとお互い頷いた。 

海里「僕達、家に戻りたくないんです。 

 田原さんと同じ職場で働きたいんですが、住み込みで働く事は出来ますか?」 

田原はその言葉を聞いて、やはりそうきたかと思った。 

予想はしていたので受け入れるのは可能だが、 

先にもっと詳しい身辺調査が必要になる。 

田原「分かった、受け入れる準備があるからそろそろお暇しよう。 

 二人共しっかり身体を休めるんだ、じゃあまた来る。」 

田原は笑顔で病室を出たが、廊下に出た時には既に真剣な表情になっていた。 

病院の外に出ると、携帯を取り出し部下に電話を掛けた。 

受け入れの旨と調査の続行を頼むと、田原は通話を終えた。 

車に乗りサイトに戻るまでに色々な疑問が過ったが、 

田原はくだらねぇと呟くと思考を切り上げた。 

退院後、田原は双子を連れて自分の部屋に戻って来た。 

数日預かり、その間に性質を見極め適正のある訓練所に送るつもりだ。 

双子には思ったより準備に時間がかかる為、数日自分の家に泊まるように伝えた。 

扉を開け中に入ると、見覚えのある靴が置いてある。 

またか…、と小さく呟くと靴を脱いでリビングに向かった。 

リビングに入ると、見慣れた女性が笑顔でお帰りと言った。 

田原「お蝶…また夫婦喧嘩したのか、もう少し話し合ったらどうなんだ?」 

それを聞いたお蝶は、不機嫌そうに言った。 

お蝶「あいつが悪いんだよ、頭ごなしに反対しやがって…。 

 向こうが謝ってくるまで、オレは帰らないからな。」 

それを聞いた田原は、半ば呆れながら言った。 

田原「お前たち夫婦…いや家族は何かあるとすぐオレの家に来るが、 

 ここは駆け込み寺じゃないぞ。」 

お蝶「あぁ…この前のか、でも仕方ないじゃん。 

 蓮の事で意見がぶつかりまくるからさ、悪いとは思っているよ。」 

実際お蝶の家族は、何かあるとすぐ田原の家に転がり込んできた。 

滞在時間はまちまちだが、長い時は1週間も居座った。 

残された方も、田原の家にいるなら大丈夫だろうと慌てる様子も無い。 

最近の喧嘩の原因は蓮の進路についてだが、 

少し前も自宅にいるのに嫌気がさして蓮が来た。 

蓮「田原おじさんこんにちは、今日は家出してきたよ。 

 父さん達が喧嘩しているのを見てるのか嫌になっちゃって、 

 暫くここに居るからね。」 

田原は、知らない所に行くよりはと部屋に上げた。 

お昼用に作っておいた軽食を出し、蓮が夢中で食べている隙に電話を掛けた。 

田原「あぁお蝶か、蓮がうちに来ているんだが…。 

 そうそうその件だ。あまり子供の前で喧嘩をするのはよせ。 

 …あぁ分かった、今日は泊めるから明日迎えに来いよ。」 

田原が通話を終えると、ちょうど食べ終わった蓮が振り向いた。 

蓮「美味しかったよ、ご馳走様。 

 …、お母さんに電話してくれてありがとう。 

 もうすぐ日本を離れるから、楽しい思い出いっぱい作りたいのにな…。 

 喧嘩ばかりで、嫌になっちゃうよ。」 

田原「行くのは、決まったのか?」 

その問いに、蓮は神妙な顔で頷いた。 

蓮はまだ10歳だが、高校3年までの課程は既に修了していた。 

蓮の父は、能力をもっと開花させるべく海外の大学へ留学する準備を進めていた。 

お蝶は学習よりも、もっと年相応の経験をさせるべきだと喧嘩している。 

蓮は自分の意志が介入出来ない事は理解しているが、 

本心では家族と一緒に暮らしたい様だった。 

田原の家に来たのも、微力な抵抗心のようなものだった。 

当の二人には、伝わっていないようだが。 

田原は連の頭を撫でると、夜は好物にしてやろうと買い物に出かける事にした。 

ご馳走でも作ってやろうとしたのだが、炒飯が良いと言われてしまった。 

次の日迎えに来たお蝶に蓮を渡し、解放された田原は安堵のため息をついた。 

その後双子の事件が起き、帰ってきたらこの状況だ。 

田原は、諦めたようにため息をついた。 

お蝶は、双子をまじまじと見て納得したように笑った。 

お蝶「この二人は…、もしかして隠し子か?」 

田原は慌てて否定すると、今までの経緯を説明した。 

お蝶「お前達、名前は?」 

双子が自己紹介した後、お蝶も名乗ると田原を見た。 

お蝶「こいつらの受け入れ先だけどさ、 

 前話していた部署を立ち上げたら入れてくれ。 

 見て理解した、こいつらは鍛えれば伸びる。 

 それじゃあ、晩飯が出来る迄部屋に居るよ。 

 あぁメニューは炒飯で良いぞ、じゃあまた後でな。」 

そう言うと立ち上がり、

入るなと書かれたプレートが掛けてある部屋に入っていった。 

空太「田原さん、あの人は妹さんなんですか?」 

そう聞くと、田原は複雑そうな顔をした。 

田原「妹じゃないんだが、元同居人って感じが当てはまるのか…? 

 確かに妹は居たんだが、入れ違いで入ってな…。 

 いや…恋人じゃない、ちょっと複雑なんだ。」 

そう言うと話を切り上げ、双子に寛いでいるように言うと奥の部屋に入っていった。 

数日後、適性の判定が終わり訓練所から担当者がやってきた。 

担当者は田原にお蝶がすでに根回しして、ガイドルートが決まっている事を伝えた。 

田原は内心複雑だったが、おくびにも出さず双子を見た。 

二人は警戒心の解けた顔で笑顔で手を振ると、

担当者に連れられて訓練所に向かった。 

訓練内容は田原ですら二度とやりたくないと思わせるものだったが、 

何とかクリアして成長した姿を見せてくれる事を願った。 

そうして何年かの後に再会した二人は逞しい青年になっていた。 

あどけなさは消え失せていたが、田原を見ると駆け寄ってきた。 

既にあの時話していた部署は立ち上がり、二人は所属する事が決まっていた。 

再会の歓迎会をすると言った田原に、二人は顔を見合わせてから言った。 

海里「歓迎会も良いんですが、僕達は田原さんの作る炒飯が食べたいです。 

 訓練で辛い時や苦しい時に、

 田原さんの励ましとその時に食べた炒飯を思い出して

 卒業したら絶対に会いに行くと頑張ってきたんです。 

 なので、田原さんに作って欲しいんです。」 

それを聞いた田原は少し照れくさそうに頷くと、二人を連れて寮の部屋に向かった。 

そこで食べた炒飯は変わらず美味しくて、 

やっと地に足着いたような安堵感を得られた。 

 

カイは思い出に耽った一瞬の後、リクの方を見た。 

作業が終わり席に戻ったリクは、 

上着を脱ぎ濡れたハンカチで汚れた場所を擦っていた。 

カイ(あんなに擦ったら、余計落ちないだろう…。) 

ため息をついたカイは立ち上がると、リクの所へ行き染み抜きを渡した。 

何度もお礼を言うリクに、気にするなと伝えると自分の席に戻った。 

その時唐突に、自分の感情を理解した。 

カイとクウは、生まれてからずっと一緒だった。 

苦しい時も辛い時も、お互いの存在に励まされ依存していた。 

田原やお蝶に会い、自分達の世界に居心地の良い調和が出来た。 

そこへ、リクが入って来た。 

調和が乱れ、違和感を覚えた。 

それまでお互い依存していたクウが、 

自分よりもリクを優先しているようで寂しさを覚えた。 

その焦りから、仕方のない状況でリクを責めた。 

しかしカイもまた、今のリクを見ていられず手を差し伸べた。 

依存していたクウ以外にも目を向けた事で、 

カイの心はやっと実年齢に…子供から大人へ変化し始めたのだった。 

リクが更に染みと格闘しているのを見て、カイは初めて優しく笑った。 

二日後、クウが出勤してきた。 

リクはクウの体調を心配したが、笑って大丈夫だと答えた。 

クウ「本当は昨日から来ても良かったんだけど、 

 カイが絶対休めって言ったから大人しく寝ていたよ。 

 でも暫くお蝶さんも居ないし、 

 二人で大変かなって思っていたけど心配いらなかったね。」 

それを聞いてリクは、お蝶が暫く姿が見えなかった事を初めて疑問に思い質問した。 

カイは、呆れながらも答えてくれた。 

カイ「まったく、何日も経って初めて疑問に思うなんて抜けているなぁ。」 

リク「すみません、正直に言うとクウさんの方が気になっていました。」 

それを聞いたクウは、微笑みながら言った。 

クウ「心配かけて、ごめんね。 

 それでお蝶さんなんだけど、 

 僕が入院した次の日から有休をとってそのまま出張に行ったみたいだよ。」 

クウが小さなホワイトボードを指さすと、名前の横に日付と出張と書いてあった。 

リク「出張って、遠くにいる異常存在でも見に行ったんですか?」 

カイ「違う、全国各地で行われる合同企業説明会に行ったのさ。 

 そこには沢山の人が集まり、就職を希望している。 

 素質のある人材を見つけやすいし、確保しやすいだろ。 

 現地の組織関連企業の職員と、合流して参加するんだ。」 

言われてみるとリク自身も説明会に参加して、内定をもらった事を思い出した。 

それから数時間後、カイが一つの報告書を見て悩んでいた。 

クウが近づき、カイの手元にある報告書を見るとあぁと言った。 

カイ「この案件の調査なんだけど、早急に解決して欲しいらしくて…。 

 でも、お蝶さんはまだ戻らないしどうするかな~。 

 推定LVは低そうだから、事前の調査だけでもしておこうかな…。」 

クウ「僕も行くよ。」 

カイは首を横に振った。 

カイ「だめだよ、まだ本調子じゃないだろ? 

 心配しないで、一人でも行けるから。」 

今度は、クウが首を横に振った。 

クウ「僕の体調は万全だよ、 

 カイの事を心配しながら待っている方が身体に悪いよ。 

 不安ならリク君にも一緒に来てもらえばいいよ、最近頼もしくなってきたから。 

 僕が、田原さんに申請してくるよ。」 

そう言ってクウは田原に話に行ったが、案の定心配された。 

しかしクウは、引き下がらずに許可をもらってきた。 

カイは諦めて、明日の夜向かう事にして準備を始めた。 

 

次の日の22時になる頃、3人は目的の場所に着いた。 

リクは、ふと疑問に思った事をクウに聞いた。 

リク「そう言えば、なんでこんな夜中に始めるんですか?」 

クウ「一番は人目かな、今回は山中だけど前回は住宅街だったよね。 

 夜なら暗闇で誤魔化せることもあるし、秘密裏に行動しないといけないから。」 

その後3人は、手馴れた様子で準備を始めた。 

準備が終わると、カイが言った。 

カイ「今回の件はパトロンの孫が友人と肝試しにここに来たんだが、 

 途中で具合が悪くなって車に戻って横になった。 

 そして、今日に至るまで目を覚まさないらしい。 

 組織関連の病院に搬送されて検査した所、原因不明の診断が出た。 

 関連があるか分からないが、少しでも可能性があるならと調査する事になった。」 

クウは、少し考えてから言った。 

クウ「まあ最終判断はお蝶さんが戻ってからだろうけど、お孫さんは心配だね。 

 少しでもスムーズにやる為に、LV判定と仮報告書作成をしよう。 

 まぁ問題も無さそうだし、気負わずに行こう。」 

3人は、鳥居をくぐり参道を進むと少し開けた場所に出た。 

広場の奥には、苔むした台座があり小さな社が鎮座していた。 

社に使っている木材は風化し所々欠けたり黒ずんでいる、 

朧気た雰囲気のある場所だが、 

広場自体は掃き清められていて誰かが管理しているようだった。 

3人が慎重に社へ近づくと、突然周囲の空気が変わった。 

カイとクウは、いつもの様に集中して気配を探った。 

カイ「陰の気がLV1って所かな、戻って報告書を…。」 

話の途中でカイは口を噤み、後ろを振り返った。 

そこには空間が歪み、押し潰されそうなほどの圧迫が3人に迫っていた。 

カイ「リク!車に戻って田原さんに連絡するんだ!」 

リクは反射的に頷き、車に向かって走った。 

カイ(リクを追いかけないという事は狙いはこっちか、 

 背中を見せてくれれば何か手を打てたのに…。) 

ふとクウを見ると微動だにせず、空間に魅了され囚われているようだった。 

そして空間の歪みが裂け目になると、中から黒い靄の様な溢れ出しクウに迫った。 

カイはクウの前に立ち、守ろうとしたが指一本動かせない。 

カイ「クウ!逃げてくれ‼頼む…動いてくれ!」 

黒い靄がクウに触れようとした時、 

ポケットに入れた沢山の札が次々と白紙になり地面に散らばった。 

そして…、札が全て白紙になりクウは成す術も無く靄に飲み込まれた。 

その瞬間は、カイにとって永遠に感じられる苦痛だった。 

カイは何度もクウの名前を呼び、身体を無理に動かそうとして全身が軋んだ。 

急に身体が自由になったカイは、

バランスを崩しそうになったが何とか踏みとどまった。 

クウの方を見ると、うつ伏せで倒れているのが見えた。 

慌ててクウの胸に耳を当てると心臓の音が聞こえ安堵したのも束の間で、 

意識を失っているようだった。 

抱き起し何度呼んでも反応は無く、溢れてくる涙を拭おうとせず強く抱きしめた。 

カイはクウを抱えると、力の抜けそうな足を前に動かして何とか車まで辿り着いた。 

車ではリクが田原に何とか説明をしようとしていたが、 

慌てすぎて支離滅裂になり要領を得ずにいた。 

クウを後部座席に寝かせた後、カイが事情を説明して救急車を手配してもらった。 

暫くすると、組織関連の病院から普通車に偽装した救急車が到着した。 

クウが救急車に乗るのを確認したカイは、 

車と報告をリクに任せると告げ一緒に病院に搬送されて行った。 

残されたリクは、言われた通りにサイトに戻る事にした。 

オフィスに戻ると田原が出迎えてくれたが、報告を聞き険しい表情になった。 

田原「リク、ご苦労だったな。 

 後の事はこっちでやっておくから、とりあえず帰って休め。 

 聞いた感じだと、明日はカイも休むだろう。 

 明朝の作業は、リク一人になるが頼んだぞ。」 

リクは、頷くと帰る事にした。 

外に出て空を見上げ、今夜は寝られない気がした。 

しかし寝ぼけて手を抜く事は出来ないと、深く深呼吸して帰路についた。 

オフィスでは、田原がお蝶に連絡を取っていた。 

田原「…という訳だ、まだ数日あるが戻って対処してくれ。 

 …あぁ、すまないが頼む。」 

話し終わった田原は少し考えていたが、荷物を纏め病院へと向かった。 

次の朝リクがオフィスに来ると、すでにお蝶が居て報告書に目を通していた。 

リク「おはようございます、今日は早いんですね。」 

お蝶はリクに一瞬目を向けたが、すぐに報告書に視線を戻した。 

お蝶「向こうのサイトで、車を出してもらったからな。 

 病院で田原と合流して、カイから詳しい話は聞いた。 

 その後ここに来て、報告書の内容を照らし合わせているんだ。」 

リクはお茶を入れ、お疲れさまですと言って机の上に置いた。 

お蝶は、お茶を一口飲むとリクを見た。 

お蝶「今回は上手く立ち回れたようだな、少しずつだが成長している。」 

その言葉に、リクは首を横に振った。 

リク「俺は…、カイさんとクウさんが危ないのに逃げるしか出来なくて…。 

 全然、上手く立ち回れていません…。」 

俯いたリクを見て、お蝶は淡々と言った。 

お蝶「もしお前がその場に留まったとして、

 状況をひっくり返す事が出来たと思うか? 

 もしお前が躊躇して逃げずに全員倒れれば、それだけ発見が遅れる。 

 どんな状態でも3人生きて戻ったから手遅れじゃない、 

 まだまだ半人前なんだ、焦る必要はない。 

 だから、そんなに自分を責めるな。 

 話は変わるが…、朝の業務が終わった時点で現場に行く。 

 状況を説明出来るのは、お前しか居ないから頼んだぞ、」 

リクは頷くと、気合を入れなおし作業に戻った。 

朝の作業が終わり、リクの運転で現場に向かった。 

少し離れた駐車場に車を止め、二人は歩き出した。 

社への参道に差し掛かった時、老人が奥の方から歩いてきた。 

その老人は不機嫌そうな顔で、 

手には箒と塵取りそれに沢山の紙が入ったごみ袋を持っていた。 

お蝶は、笑顔で話しかけた。 

お蝶「おはようございます、少しお話を伺いたいのですが。」 

老人は怪訝そうな顔をしていたが、 

渋々頷いてくれたのでお蝶は名刺を取り出し話を勧めた。 

お蝶「私は、こういう者です。 

 依頼人の息子さんの足取りを追っていて、 

 こちらに来たという情報を入手してここまで来たんです。 

 何か変わった事があれば、教えて欲しいのですが。」 

それを聞いた老人は、名刺とお蝶を交互に見た。 

老人「あんた探偵か?TVで見るのとだいぶ違うな。」 

にっこり笑って、お蝶は答えた。 

お蝶「正確には、情報収集専門の社員ですけどね。 

 探偵の先生は結構忙しいので、 

 現地に行くまでに必要な情報は全国に居る契約社員に集めさせているんですよ。 

 まぁ私も、その一人なんですけどね。」 

腑に落ちた様子で頷くと、老人は話し始めた。 

老人「ここはだいぶ前から若者の間で、心霊スポットとか言っているらしくてな。 

 夕方や夜中関係なくやって来て、肝試しとか言って大騒ぎしているんだ。 

 それだけなら近くに民家も無いから誰も気にしないんだが、 

 荒したり壊したり、ごみを捨てて行ったりで迷惑しているんだ。」 

お蝶「あなたは、ここの管理をしているんですか?」 

老人「今は儂だが、氏子が持ち回りで管理しているんだ。」 

お蝶「そうなんですか、ご苦労様です。 

 もしかしてその手に持っている袋の中身は、現地に落ちていた物ですか? 

 差し支えなければ、譲ってほしいのですが。」 

老人は、首を傾げた。 

老人「これは社の前に散らかっていた紙だ、 

 捨てるだけだから構わないがこんな物が欲しいのか?」 

お蝶「勿論です、実は大きな声じゃ言えないですが一件ごとの報酬は固定なんです。 

 でも手がかりになりそうな物を提出出来たら、追加報酬がもらえるんですよ。 

 なので現場にあった物なら、ゴミでも良いんです。」 

老人は頷くと、袋を手渡した。 

お蝶「あとは現地を確認したいんですが、許可は必要ですか?」 

老人「そんなものはいらんが、掃除したばかりだから汚さなければ良いぞ。 

 そうだ、せっかく行くのなら手位合わせてくれよ。 

 管理している者以外、まったく訪れないからな。」 

お蝶とリクはお礼を言うと参道を奥へと歩き出した。

 ふと疑問に思ったリクは立ち止まり質問した。 

リク「そう言えば、さっきの探偵ってどういう事です? 

 渡した名刺は、偽物だったんですか?」 

お蝶は、一枚取り出すとリクに見せた。 

お蝶「この名刺は本物だ、ちゃんと実在している。 

 この探偵事務所を運営しているのは、組織の人間だがな。 

 こういう仕事をしていると、表と裏の情報が集まりやすい業種は重宝するんだ。 

 それに探偵なら、情報収集しても怪しまれないだろ。 

 ただ、誰でも取得できる訳じゃない。 

 登録申請をして審査が通った者だけに、この名刺は発行される。 

 条件として名刺を使用した場合、 

 日時・案件№・名刺を渡した人物とその経緯を毎回提出する。 

 提出された情報は、組織のデータベースに保存される。 

 名刺を受け取った人物が後日連絡してくると、 

 探偵事務所からデータベースにアクセスし代わりに対応してくれる。 

 その後、こちらに通知が来る。 

 人によっては事務所が実在しているのを確認したり、 

 後から思い出した情報を提供してくれたりする。 

 分かったなら行くぞ、今夜決行する為には事前準備は不可欠だからな。」 

立ち止まって話していた二人は社に向かって歩き出した。 

老人(「儂は…走るのが好きでな、毎日村やその周辺を走っておった。 

 早く走るのが自慢でな、村で儂に勝てる奴は居なかった。 

 そうだ…、徐々に思い出してきた。 

 ある日部屋で寛いでいたら、孫が村の子供達と話しているのが聞こえてな。 

 儂が前に走りでは誰にも負けないと言ったのを、親から聞いたんだろう。 

 どんなに早くても自動車には勝てないだろうと、孫にからかう様に言ったのさ。 

 孫が悔しそうに反論していたが、からかいが酷くなっていった。 

 流石に儂が出て行って止めようと思った時に、孫の涙交じりの声が聞こえてきた。 

 じいちゃんなら、絶対勝てると…。 

 4つの子供のやり取りだ、無視しても良かったが…。 

 儂は、孫にとってのヒーローでありたかった。 

 次の日から、朝早く出かけては車に勝負を挑んだ。 

 村には車を所有している者は無く、通勤の為に村外れの道を通る車に目を付けた。 

 平日の毎日同じ時間に通る車を止め、事情を説明し勝負を挑んだ。 

 その車に乗っていたのは、役所勤めの中年の男で高尾(たかお)と言った。 

 高尾に年寄りの冷や水だ、やめておけと言われたが何とか説得し了承してくれた。 

 次の日から高尾は5分早く出て、

 村外れの道を儂と競争する為に時間を作ってくれた。 

 高尾は、毎日勝負に付き合ってくれた。 

 最初こそ呆れていたが、徐々に真剣に取り合ってくれた。 

 暫くして儂は高尾を家に呼び、酒を飲んで語り合ったりした。 

 ある冬の日、儂は熱を出し寝込んでいた。 

 しかし勝負の時間が迫り、布団から這い出した。 

 家族が止めるのも聞かず、いつもの場所に向かった。 

 高尾は家族から儂が熱を出して寝込んでいたのを聞いていたようで、 

 来るとは思わずにそのまま走り去った。 

 儂は力の限り追いかけたが追いつけず、 

 悔しさに足元に落ちていた小石を車に向かって…投げて…。」)  

老人が急に苦しみだすと同時に、不穏な空気が広がった。 

クウと同じ場所に待機していたリクは、 

老人が悲しそうに呻き膝を付いたのを見て無意識に駆け寄ってしまった。 

急に走り出したリクに気が付いたクウは、 

素早く追いかけ反転するとリクを抱きしめるように庇った。 

その直後クウの背中に鋭い痛みが走り、 

一度仰け反るように呻き声をあげるとそのまま倒れ込んだ。 

カイ「クウ‼」 

カイは慌てて駆け寄りクウの背負った機材を外し抱き起すと、 

呆然とするリクに叱咤して機材を車まで運ぶように言った。 

カイがクウを車の後部座席に寝かし上着を脱がすと、 

鍵爪でつけた様な3本の傷が付いていた。 

その傷は赤黒く腫れ上がり、蚯蚓腫れのようだった。 

カイはアイシングで冷やした後、

お札を何枚も傷を覆う様に貼り付けると包帯を巻いた。 

リクがその後ろで呆然と立ち尽くしているのにカイが気が付くと、 

舌打ちして怒鳴りつけた。 

カイ「急に対象に駆け寄るなんて死にたいのか!! 

 お前が余計な事をすれば全員の命に係わるんだ!!クウもお前のせいで…」 

その時、話を止める様にカイの腕をクウが掴んだ。 

クウ「カイ…それ以上…は、リク君…に…は良い…経験にな…ったと思うから…。」 

カイ「でも!!」 

クウ「ボクは…生き…てるよ、だから…」 

それ以上は話す事が出来ず、クウは気を失ってしまった。 

カイはリクの方を向かず、俯いたまま言った。 

カイ「おい…お前の仕事はここに居る事じゃない、

 その機材を持って持ち場に戻れ…、 

 お蝶さんが今は一人でやっている、サポートが誰も居ない状態にするな。 

 ボクはクウの容態を見ながら、田原さんに連絡を入れる。」 

車のドアを閉められ呆然としていたリクは、

俯いていた顔を上げてお蝶の元に向かった。 

お蝶はクウ達のやり取りに気が付いていたが、 

集中を緩めず老人が苦しんでいる様子をじっと見ていた。 

老人の感情が落ち着きそうになったのを見計らい、お蝶は更に深く探った。 

老人は血の涙を流し呻き声を上げた後、頭を抱え蹲った。 

丸くなった背中から、ゆっくりと黒い靄が立ち昇り徐々に形を成していった。 

その姿は筋肉質の中年で顔は黒く塗りつぶされ、表情は読み取れなかった。 

ただ目の有りそうな場所は窪んでいて、血の様な赤い光が見えた。 

赤い光はお蝶を見据えると、更に深い色になった。 

男は唸り声をあげていたが、

お蝶の方へ手を伸ばそうとしたが見えない壁に阻まれた。 

そして壁に触れた瞬間足元から光が手を撃ち、焼かれた様に皮膚が爛れた。 

男が地面を見ると、札が円を描くように配置されていた。 

お蝶は、男の赤い光を凝視し深く探った。 

その瞬間男は苦しみだし何とか外へ出ようと暴れたが、 

壁に触れる度に傷が増えついには動けなくなった。 

動けなくなったのを確認すると、新たな札の束を取り出し男に向かって手を離した。 

札は男の全身に張り付き、黒い靄が立ち昇った。 

お蝶は小さな器を取り出し蓋を開けると、

黒い靄は男から離れ全て吸い込まれて行った。 

全て入ったのを見計らい蓋を閉じると、麻縄で縛った後少し小さい札を張り封じた。 

男は、ふらつくと膝を付いた。 

顔を塗りつぶしていた黒い靄が無くなり、苦しそうな表情が見えた。 

その男を見た老人は、驚愕の表情を浮かべ何とか言葉を絞り出した。 

老人(「稔(みのる)!!」) 

咄嗟に近づこうとしたが札に阻まれ、稔は老人を睨みつけ顔を背けた。 

老人は、成す術も無く呆然と立ち尽くしていた。 

その時戻って来ていたリクは、

空間が落ち着いているのを感じ恐る恐るお蝶に訊ねた。 

リク「すみません、ただいま戻りました。 

 先程は黒い靄だったのに、今は人の姿に見えますが全て終わったんですか?」 

お蝶はリクをチラッと見て、すぐに視線を戻した。 

お蝶「視覚が少し強くなったか…まぁそれは後だ。 

 山場は越えたが、気を抜くにはまだ早い。 

 これから更に集中するから、静かに大人しくしていろ。」 

そう言うと、お蝶は深呼吸して集中した。 

お蝶(「おい爺さん、オレの声は聞こえるか? 

 疑問に答えてやるから、気持ちを落ちつけろ。」) 

老人は頷くと、稔に向けていた視線をお蝶に向けた。 

お蝶(「まず、この男は爺さんの息子だと言う事は理解しているか?」) 

老人は、もう一度頷いた。 

お蝶(「爺さんが走り始めた理由…、孫の為だったな。 

 実は爺さんが死んだ後、孫も死んだ。 

 爺さんが無理をしなければ孫は死ななかった筈だと、 

 この男は恨んで悪霊になったのさ。」) 

すると、それまで黙っていた稔が口を開いた。 

稔(「俺は、親父を絶対に許さない。 

 タロ坊は、親父に殺されたようなものだ。」) 

そう言うと稔は、遠くを見つめ思い返した。 

 

親父が走り始めて3か月経ち、山も色づいてきた。 

走る事になった経緯を聞いていた俺は、 

子供同士の戯言で車になんか勝てる訳無いから止めていた。 

しかし親父は自分もそうだが相当な頑固者で、

一度決めた事は簡単には覆さなかった。 

村の者も親父と車の競争を年寄りの冷や水だと噂していたが、 

毎日の日課になるにしたがって日常の事になり誰も気にしなくなっていった。 

車の運転手を家に招いて俺と親父の3人で飲んだが、 

切符の良い男で話が弾み大いに語り明かした。 

ある初冬の日、親父が熱を出した。 

前の晩に酒をたらふく飲んで暑かったからか、布団を剝いで寝ていたようだった。 

医者の見立てでは、 

只の風邪だったが年も年だし安静にするように言われ薬を出してもらった。 

俺は高尾さんに連絡し、風邪をひいたので治るまでは競争は中止する事を伝えた。 

高尾さんは風邪が治ったらまた酒でも飲みましょうお大事にと言っていた。 

俺はそれを伝える為に、親父が寝ている部屋に行ったが布団は蛻の殻だった。 

側には寝巻が脱ぎ捨てられていて、俺は思わず舌打ちした。 

親父の事だ…、競争を中止するのが嫌でいつもの場所へ行ったに違いない。 

あの状態で体力が落ちているのに、あんな海風の強い場所で耐えられる筈が無い。 

俺は最悪の想像が外れていて欲しいと願いながら向かうと、 

道の真ん中でうつ伏せに倒れて微動だにしない親父を見つけた。 

急いで親父に駆け寄り抱き起すと、譫言の様にタロ坊すまないと繰り返していた。 

俺は親父を背負い、家に向かった。 

家に近づくと、お袋と嫁が心配そうに外で待っていた。 

親父の様子に血相を変えた嫁は、もう一度医者を呼びに走った。 

部屋は暖めてあったので、すぐに布団に寝かせたが意識は無かった。 

お袋は手を握ると、親父の名前を呼び続けた、 

そのうちに、嫁が医者を連れて戻って来た。 

医者は、親父を見るなり首を横に振りため息を吐いた。 

診察が終わり、医者が告げた言葉に皆が息を飲んだ。 

医者「大きな病院で詳しく検査した方が良いが、おそらく重度の肺炎だろう。 

 今の医学ではここまで悪化した症状を、完治させる事は出来ない。 

 年齢の事を考えても、大きな病院への移動に身体が耐えられない。 

 こんな田舎の診療所では解熱剤を投与する位しか手段が無い…残念ですが。」 

そう言うと医療鞄から少しの薬を取り出し袋に入れ、 

服用の仕方を書き込むと嫁に渡した。 

医者は鞄を持って立ち上がり玄関へ向かうと、嫁は見送る為後ろからついていった。 

重い空気の立ち込めた静かな部屋に親父の荒い呼吸だけが響き、 

その場にいる誰も言葉を発する事が出来なかった。 

お袋は医者の座っていた場所へ移動し、涙を流しながら親父の手を握った。 

俺は親父から目を逸らすと外に出た、 

日は高いが風が冷たくじっとしていると寒さが身に染みる。 

稔「親父…馬鹿野郎が…」 

戻って来た嫁が、泣きながら駆け寄ってきた。 

嫁「お父さんは、ここ2・3日が峠だろうってお医者様が…。」 

表情を硬くしている俺に気が付くと、嫁は涙を拭い家の中へ入っていった。 

その後、親父は一度も意識を取り戻す事も無く息を引き取った。 

慌ただしく葬儀の準備をし、夜は親父の寝てる続きの間に村の男衆が集まった。 

部屋の襖を閉め、男達は円状に座り酒を飲んだ。 

女衆は台所を使い、酒と肴を用意しては忙しく配膳をしていた。 

男達は酒を飲みながら、生前の親父の事を話していた。 

俺は、時折慰められながら無言で酒を飲んだ。 

村の男1「それにしてもあの親父は、一番長生きしそうだったのにな~。」 

村の男2「あの頑固者がタロ坊の事、

 目に入れても痛くない程に可愛がってたからな~。 

 孫の為にって、あんなに必死になってよ~。」 

村の男3「んだども死んじまうまでやるか?あのバカ野郎がよ。 

 昔から勝手な奴だったが、あんなにバカとは思わなかっただ。」 

村の男4「稔が居るから、儂は好きな事が出来るなんて言ってよ。 

 心配かけてばかりだったが最後まで変わらなかったな。」 

村の男2「稔達もなかなか子宝に恵まれなくて、30超えてからやっと出来たからな。 

 孫を諦めていた分、余計タロ坊の為って無理しやがってな~。」 

そんな懐古的な会話が続いたが、0時を回ったのでお開きになった。 

皆が帰り静かになった後、 

俺は親父の寝ている隣に座り立ち昇る線香の煙を眺めていた。 

暫くしてにわかに騒がしくなったと思ったら、 

嫁が顔面蒼白になりながら部屋に駆け込んで俺にしがみついてきた。 

稔「どうした?何があった?」 

嫁は涙を流し嗚咽まみれだったが、何とか声を絞り出した。 

嫁「タロ坊が…何処に…も居なくて…、

 うう…寝か…しつけた時は…確か…に居たの…。」 

俺は、嫌な予感がして立ち上がった。 

親父を一瞥すると、タロ坊が寝ている筈の部屋へ向かった。 

部屋は蛻の殻で小さな布団をはいでそのまま出て行ったのか、 

掛布団が無造作に置かれていた。 

家の外へ飛び出すと、ちょうど庭を探しているお袋が居た。 

お袋「あぁ稔!!タロ坊が…タロ坊が居ないの!! 

 お父さんがあんな事になったばかりなのに、あの子に何かあったら!!」 

追いかけてきた嫁とお袋に落ち着くように言った後、道向こうの暗がりを見た。 

稔「良いか、お前は長老の家に行ってこの事を伝えるんだ。 

 その後、他の家を巡って探すのを手伝ってもらえ。 

 お袋は、タロ坊が戻ってくるかもしれないから家に居てくれ。 

 俺は、先に行って村の中を探してくる。」 

稔は、暗い農道を走りながら考えていた。 

稔(タロ坊の奴は皆の話を聞いて、 

 親父が死んだのが自分のせいだと思っていないだろうな? 

 家に居づらくなって抜け出したのかもしれない、 

 見つけたらお前のせいじゃないって教えてやらんとな。) 

その間にも村のあちらこちらで明かりが灯り、タロ坊を呼ぶ声が聞こえ始めた。 

稔はその声に感謝しながらも目線を絶え間なく動かし、 

少しの変化でも見逃さないようにしていた。 

その時、ふと親父とタロ坊が遊んでいる光景が過った。 

更に嫌な予感がして、海沿いの道へ方向転換した。 

海へ向かう道中にはいくつも沼があり、幼い子供が暗い中歩くには危険すぎた。 

稔(親父頼む!!タロ坊を連れていかないでくれ!!頼む‼) 

半ば叫びにも似た祈りを、胸中に走り続けた。 

突然稔は足を止めた。 

その視界には真新しく草が倒れており、 

むき出しになった土には何かが滑り落ちた様な跡があった。 

そして、そのまま視線を先に送ると…。 

その姿を見た稔は無我夢中で沼に飛び込み、 

腰まで浸かりながら必死に水をかき分け小さな体を引き寄せると何とか沼から出た。 

そして口と胸に交互に耳を当てていた稔の目には、 

みるみる涙が溢れ出し小さな体を抱きしめた。 

血の気が無く身体を預けているその姿に、 

既に事切れているのは容易に想像できた。 

稔は涙を流しながら、何度も何度も譫言の様に呟いた。 

稔「ごめんな…寒かっただろう、 

 見つけるのが遅くなってなぁごめんな。 

 親父…あんなに連れていかないでくれと頼んだのに…、 

 あんなによぉ…頼んだのに…連れて行っちまってよぉ…。 

 俺は絶対許さないからよぉ…、親父の事…絶対に…絶対に…。」 

暫くすると、稔の声を聞きつけた村の衆が集まってきた。 

泣いて動こうとしない稔を促し、皆で村に戻った。 

しかし、稔の不幸はこれで終わらなかった。 

年遅い夫婦にやっと恵まれた子供だった為、 

嫁は精神的ショックで酷いノイローゼになってしまった。 

そしてある雪の降る朝、 

通りかかった村人がタロ坊と同じ場所で嫁を発見した。 

最初は同情的だった村の衆も、度重なる不幸に距離を置くようになった。 

山間に福寿草が芽吹く頃、家の居間で繕い物をしている母に稔は話しかけた。 

母は憔悴しきった稔を見ると、作業の手を止めた。 

母「どうしたんだい?そんなに思いつめた顔をして。」 

稔の頬はこけて、瞳は力なく身体は震えていた。 

稔「お袋…、俺はもう駄目だ。 

 親しかった村の衆も、皆遠巻きに見るだけで実際村八分と変わらない…。 

 俺は生きていくのが辛いし、こんな目に合わせた親父を絶対に許せない。 

 ただ…、俺が死んだらお袋が一人ぼっちになっちまう。 

 ごめんな…、俺はお袋を残しては逝けない。」 

それを聞いた母は、優しく微笑むと稔の頭を撫でた。 

母「本当に…、本当に今まで良く我慢したねぇ。 

 私を、気遣ってくれてありがとう。 

 向こうで会えるとしても、黄泉の旅路は一人じゃ寂しかろうさ。」 

そう言うと母は目を瞑り、稔は震える両手を前に出した。 

 

お蝶に無理やり記憶を引きずり出された稔は、力なく膝を付いた。 

その視線の先には老人が涙を流し、何度も何度も謝罪していた。 

老人(「すまなんだ…、本当にこの通りだ…。 

 儂が…、死んだ後にそんな事になっていたとは…。 

 儂のせいで…、残されたお前達がそんな目に合っていたなんて…。 

 すまん…、この通りだ。 

 すまなかった、許してくれ…本当に…本当にすまなかった。」) 

そう言うと、お蝶の方を向き懇願した。 

老人(「こいつは何も悪くない!全て儂の頑固が招いた事だ! 

 儂が全ての罪を償うから息子を助けてくれ!頼む! 

 後生だから!息子は見逃してくれ!頼む!」) 

お蝶は、ため息をつくと首を横に振った。 

お蝶(「残念だが…、罪を肩代わりする事は出来ない。 

 …出来ないが、成仏できない訳じゃない。 

 二人共、これから長い時間をかけて罪を清算するんだ。 

 それが終わった時、あの世からお迎えが来る。」) 

尚もそこを何とかと縋ろうとする老人に、稔は止めるように言った。 

稔(「俺が犯した罪は、自分で償う。 

 親父があんなに憎かったのに、今は何も感じない。 

 俺自身で罪を償わないと、あの世で家族に合わす顔が無い。 

 俺の事は考えなくて良いから、親父も自分の罪を償って来いよ。」) 

お蝶(「本来は、やらないんだが…。」) 

そう言うと、髪を結んでいる紐を解き様々な色の中から橙色の紐を抜いた。 

残りの紐でまた髪を結ぶと、ポケットから札を3枚取り出し橙色の紐で一つに括った。 

何かを唱えながら、括った札を老人の隣に投げた。 

すると空間が歪み光が現れ、それが徐々に人の形を象っていった。 

光が薄くなっていき、年老いた女性が現れた。 

驚愕している老人と息子に、お蝶は言った。 

お蝶(「怨霊であるお前達とこの人では、本来同じ空間に存在できないんだ…。 

 この人はな、本来ならとうにあの世に行ってもおかしくはなかったんだが。 

 お前達が心配で、ずっと側にいたのさ。 

 少しの間なら、会話も可能だ。」) 

二人は息を飲んだ、そして同時に上ずった声を何とか絞り出した。 

老人(「お前…。」) 

稔(「お袋…。」) 

その声を聴くと、年老いた女性は優しく微笑んだ。 

年老いた女性(「まぁ二人共、やっと正気に戻れたのね。 

 私には何も出来なかったけど、心配だから側でずっと見ていたの。 

 でも、これで心残りは無くなったわ。 

 私は先に逝っているから、二人共ちゃんと償ってからあの世に来るのよ。 

 頑張ったら私が出迎えてあげるからね、それじゃあまた会いましょう。」) 

そう言ってまた優しく微笑むと、淡く光り弾けて消えてしまった。 

二人は頷くと、お蝶に深々と頭を下げた。 

お蝶は光の道を呼んだ後、少し表情を柔らかくして言った。 

お蝶(「これから長い時間、気の遠くなるような長い時間だ。 

 自分で自分を供養しないと逝けないが、やり切れると信じているよ。」) 

言い終わる頃には、二人は光の粒になって流れ始めていた。 

見えなくなると光の道も消え、元の暗い静寂に包まれた。 

お蝶は後ろで立ち尽くしていたリクに声を掛けると、 

散らばった白紙の札を拾い集め車に戻った。 

リクが機材をトランクに積み終える間、お蝶はクウの容態を見て

カイにそのまま組織が運営している病院に行くように言った。 

お蝶はバイクに乗り、後ろにリクを乗せるとその場を後にした。 

オフィスに戻ると、田原が出迎えてくれた。 

二人は報告を済ませると、リクは明日の準備の為に机に戻った。 

お蝶も机に戻ると、手早くスーツケースに書類をしまい早々に帰ってしまった。 

リクが準備を終えると、田原に話しかけられた。 

田原「おぅ、リクご苦労さん。 

 色々あったみたいだが、まぁ気にするな。 

 失敗しながら一人前になる、同じ事をしなければ良いだけだ。」 

リクは、首を横に振った。 

リク「でもクウさんは俺を庇って怪我しちゃって…、合わす顔が無いですよ。」 

田原は、少し考えてからリクの肩を叩いた。 

田原「とりあえず場所を変えるか、ずっとここに居ても気分は晴れないだろう。」 

そう言うと帰り支度を済ませ、リクについてくるように促すと建物を出た。 

田原の後をついて行くと、寮の中に入っていった。 

その内の一つの扉の前で立ち止まると、鍵を開けて中に入った。 

続けてリクも中に入ったが、ファミリー向けなのか自分の部屋よりも広かった。 

リビングに案内されるとこたつで寛いでいるように言われ、 

田原は奥の部屋に入っていった。 

リクは、ため息をつきこたつに入った。 

電源を入れたばかりなので少し暖かい程度だが、 

それでも落ち込んだ気分が少し薄れた様な気がした。 

リクはぼーっと周囲を見ると、田原が入っていった扉とは別にもう一つ扉があった。 

その扉には【入るな】と書かれた花の形のプレートが掛けられていた。 

他に家族がいて一緒に暮らしているのかと考えていると、 

いつの間にかタンクトップとジャージに着替えた田原が、 

大きなお盆に皿とコップを乗せて戻って来た。 

慣れた様子でこたつの上に並べると、2つのコップに麦茶を注いだ。 

そして中央に鍋敷きを置くと、大きな中華鍋を置いた。 

鍋の中には大量の炒飯が入っており、熱い湯気と香りが辺りに広がった。 

田原は炒飯を大盛りに皿に乗せリクの前に置くと、

自分の皿にも大量に乗せた。 

田原「腹が膨れれば気も晴れるだろう、とりあえず食え。」 

田原は向かいに座ると、リクに食べるように勧めた。 

リクは一口食べた、香ばしくて熱くて美味しかった。 

しかし二口目を食べる気にはなれず、スプーンを置き俯いた。 

田原は困ったように笑った後、リクに問いかけた。 

田原「なぁリク、お前の夢はなんだ? 

 目標でも良いが、何かあるか?」 

俯いていたリクは、少し考えてから口を開いた。 

リク「俺は…、俺は…。」 

田原「目標があれば立ち止まっている暇は無いだろう? 

 失敗をいつまでも引きずらないで反省として次に生かせば良い。」 

それを聞いたリクは、俯いたままぽつぽつと話し出した。 

リク「俺は…、そんなに立派な目標も目的も無いんです…。」 

リクは家庭環境も普通、成績も中の下位の目立たない少年だった。 

虐めにあう事こそ無かったが、クラスの中心人物達を羨み疎外感を感じていた。 

リク「俺は才能も特になく、ヒーローに憧れるだけのただのモブなんですよ。 

 でもここに入社して、

 霊感という一部の人しか持っていない能力がある事を知って…。 

 今まで俺に見向きもしなかった人々を、見返してやれると思って…。 

 そうなれたらいいなって位の軽い気持ちだったから、 

 目標の為に頑張るとかそういう感じは無いんです。」 

リクは、更に俯き黙った。 

田原「別にそれで良いんじゃないか? 

 見返してやりたいと思うのは立派な目標だ。 

 誰が何と言おうがな、だがそうだな~。 

 その目標を達成した後、どうするんだ? 

 仕事もそうだが、夢にも短期目標と長期目標がある。 

 見返したいもそうだし、好きな道のプロになるのも短期目標だ。 

 達成が難しそうなら、修正案を出せばいい。 

 上手く目標が達成出来たら、次の長期目標を短期目標に置く。 

 そうしたらまた、次の長期目標を設定する。  

 そうする事で達成した後満足して、喪失感を感じる事を防ぐんだ。 

 リクがやるべき事は、もう少し手の届きそうな事に目標を設定しなおす事だな。 

 お前は何も失っていないんだから、いくらでもやり直せる。 

 そうだな~直近の短期目標は、 

 今日やってしまった失敗を次はやらないで良いんじゃないか?」 

それを聞いたリクは、小さく頷いた。 

田原は豪快に笑い冷めるから食べろと言うと、 

すごい勢いで食べ始めたのでリクもスプーンを手に取った。 

 

次の日の早朝。 

リクがオフィスに着くと、すでにカイが作業をしていた。 

弾かれた様にカイの側まで来ると、リクは深々と謝罪した。 

カイ「謝罪する相手は、僕じゃないだろう。」 

そう言うと作業を再開したので、リクは急いで手伝った。 

一生懸命作業をするリクを見て、少し言い淀んだ後カイは言った。 

カイ「…クウは命に別状は無いって、怪我が治ったら退院できるらしいよ。」 

それを聞いたリクは、安堵のため息を吐いた。 

作業が終盤になった頃、カイがリクの腕を見てぽつりと言った。 

カイ「君の袖に米粒が付いているけど、食事の時は上着を脱いだほうが良いよ。」 

リクは、袖を見て慌て始めた。 

リク「昨日田原さんの家で炒飯をご馳走になった時のだ! 

 これだけシミがついていたらクリーニングに出さないと…。」 

一人で慌ててるリクを横目に見ながら、カイは自分の席に戻った。 

カイ「田原さん家で、炒飯か・・・。」 

ポツリと呟いたカイは、昔の事を思い出していた。 

 

カイとクウは幼い頃、TVである番組で顔になる程人気があった。 

双子の霊能者としてゲストの悩みにアドバイスしたり、 

噂になっている場所に実際赴いて検証する番組だった。 

双子の可愛らしい見た目も相まって、視聴率も平均20%。 

華やかに楽しそうにしているTVの姿とは反対に、 

双子の家庭環境は酷いものだった。 

物心つく頃には、父親しか居なかった。 

父親は酒癖が悪く、気に入らなければ暴言や暴力を振るうような人物だった。 

母親はそれに耐えかねて、双子を置いて出て行ってしまった。 

双子に霊感がある事に気が付くと、 

知己だったTV関係者に売り込んで稼いだお金を全て娯楽と酒につぎ込んだ。 

学校にも行かせず、週一の家庭教師が教える時間以外は全て仕事に当てさせた。 

大人でも倒れかねない仕事量を、 

双子はお互いを励ましあいながら逆らう事も出来ずこなしていた。 

TVでの要求は次第にエスカレートし、 

双子の能力以上の事を無理やりさせるようになった。 

ある日子役の少女がゲストとして来る事になり、 

打合せ前に双子に覚える様にと資料を渡された。 

その資料には少女の家族構成や好き嫌い、最近の悩みなどが書かれていた。 

年が近い事もありクウは少女に疑問を口にした。 

クウ「僕達は、霊を視たり聞いたりする事しか出来ないんだ。 

 君の事を透視して、プライベートを見る事なんて出来ないんだ。 

 こんな、見ている人達に嘘をついているみたいで苦しいんだ。 

 君もこんな事されて、嫌じゃないの?」 

すると少女は、呆れながら言った。 

少女「あんたね~、TVに出るというプロ意識が足りないんじゃないの? 

 たとえ本当じゃなくても、与えられた役をしっかり演じないといけないわ。 

 私達の代わりは、沢山いるの。 

 そんな事を気にするより、 

 他に変わりが居ないと思わせる演技を身に着けるようにしなさい。 

 私がこの番組に出た事によって更に上を目指せるように、 

 踏み台らしくしっかり人気者になりなさい。」 

そう言うと、詳しい打ち合わせをする為に自分の席に移動した。 

その後も忙しい日常を送り、双子は15歳になった。 

同年代の子供達は進路を決め、その準備を進めている頃だろう。 

しかし双子は未来が不確定のまま、相変わらず言われた事をこなしていた。 

終業時間になり、田原が3人に声を掛けた。 

田原「時間になったから、リクの歓迎会に行くぞ。」 

3人は頷くと、帰り支度を終わらせ席を立った。 

田原について行き、建物の外に出ると正門とは別の方へ向かった。 

少し歩くと、敷地の隅の方に二階建てのコンクリートの建物が見えてきた。 

その建物は凹凸の無い四角い建物で窓も無く、夜に紛れて威圧感を漂わせていた。 

唯一入口から漏れる微かな灯が、唯一安心出来る場所に思える。 

近づいて見ると、入口は2重扉になっていたが外側の扉は金属製で開いたままだった。 

内側の扉は飲み屋の引き戸になっていて、田原は扉を開き中に入っていった。 

リクも双子に続き扉の中に入ると、 

そこには柔らかい光に室内が照らされて賑やかな空間が広がっている。 

カウンター席とテーブル席、奥には階段があり2階は個室と書いてあった。 

店内に居る人々は、賑やかに又は静かに楽しんでいるようだ。 

リクは思わず言った。 

リク「ここは会社の敷地内ですよね? 

 こんなにちゃんとした居酒屋があるとは思いませんでした・・・。」 

田原はニヤッと笑うと、3人をテーブル席に座らせた。 

自分も席に座ろうとした時、

カウンターに座っていた客が田原に気付き話しかけてきた。 

カウンター席の客「おぉ田原ちゃんじゃないか、久し振りだな~。 

 いつもは向こうでしか会わないが、それでも前の会議以来かな。」 

田原「内山(うちやま)さんじゃないですか、 

 ここの計画を出した時は随分悩んでいましたからね。 

 使用してもらえて、安心しましたよ。」 

内山「まぁ普通に考えて会社の敷地内に居酒屋を作りたいなんて、 

 正気の沙汰じゃないと思うだろう。 

 会議でも大分揉めたしなぁ。」 

田原「でも様々なメリットを提示したからこそ、 

 内山さんを始め上が納得してくれましたからね。 

 このサイト限定の試験運用ですが、成果も上々ですし安心しましたよ。 

 それでは、ゆっくり楽しんでください。」 

内山「おぉ、またな。」 

田原が席に座ると、リクが聞いた。 

リク「この店って田原さんのアイデアなんですか? 

 メリットを提示って言っていましたけど、どんな利点があるんですか?」 

メニューを広げてお冷を飲んでいた田原はリクの方を見た。 

田原「話は注文してからだ、待っている時間で説明してやるよ。」 

そう言うと田原は3人の希望を聞くと、 

テーブルの端に置いてあるセンサー付きタブレットに注文を入力した。 

その後ポケットから出したカードを、センサーに近づけて読み込ませた。 

リク「注文したのは分かりましたが、そのカードは?」 

田原「ここでの注文は社員証でやるのさ、 

 今回は課で来ているから経費で落とすけどな。 

 個人で来た時は、自分の社員証で給料から天引きされる仕組みだ。 

 先程メリットの話をしたが、

 組織だけでなく社員にも旨味が無ければ誰も使わない。 

 ここはカフェエリアと同じく社員割引が出来る、通常の半額程度だ。」 

リク「凄く安いですね!」 

田原「少し位の違いなら、なじみの店に行くだろう。 

 会社で運用しているから、必要経費以外取る必要も無いから安いんだ。 

 天引きの限度額も1回毎と月毎で自分で設定可能だから、

 生活に支障無く利用出来る。 

 しかし酒を飲みながら日頃の不満を口に出来ないなら意味は無い、 

 この場所での発言は組織が関与する事は出来なくなっている。 

 もしそれを理由に理不尽な行為をした場合は、

 使用した全員に減給などの処罰がある。 

 そうやって権利を守っているから、安心して利用できるんだ。 

 そしてここからが組織側のメリットなんだが・・・少し様子を見よう。」 

そう言うと田原は、先程話していた内山の方を見た。 

内山は泥酔してカウンターに突っ伏して熟睡しているが、 

それを見た店員がカウンター横の内線で何かを話した。 

暫くすると、担架を持った治安部隊の2人がやってきた。 

広くなっている通路に担架を置き店員と話し状況を確認すると、 

内山を担架に乗せ所持品は隊員が背負ってきたバッグに詰め込まれた。 

隊員は内山の持っていた社員証を、

腰に装備した機械にスキャンすると無線で話し始めた。 

隊員「こちらチーム06対象を確保、今から0地点から目標地点Bまで移送する。」 

通信相手「こちら本部、0地点からB地点までのルート確認をしました。 

 目標時間は480秒切って450秒、通信終了時より計測開始します。」 

通信が切れると隊員達は手際良く内山を固定すると、 

店内へ一礼して静かに担架を持ち店の外へ出て行った。 

リクは気になって、田原に質問した。 

リク「あの人は、何処に運ばれて行ったんですか?」 

田原「内山さんが、所属している課の付近にある仮眠室だ。 

 ここでは社員証で何処に所属しているか確認できるから、 

 寝てしまっても仮眠室まで運んでくれる。 

 そしてこれが、組織側の最大のメリットなんだ。」 

首を傾げるリクに、田原は続けた。 

田原「ここは公には出来ない組織だ、 

 扱う情報は重要機密であり漏洩などあってはならない。 

 だが人として生活している為、漏洩が無いとは確実に言い切れない。 

 そして漏洩の可能性が高い場所の一つが、飲酒を含む飲食店だ。 

 帰宅途中の電車で書類を紛失し漏洩するのはほぼ飲酒後、 

 まあ寮暮らしが多いから仕事のある日は少ないだろう。 

 危険なのは休日に外に飲みに行く場合、

 酔った勢いで情報を口にする可能性がある。 

 外部の者の目や耳に触れるのは、危険極まりないし問題だ。 

 しかし酒を断つように要請しても、隠れて飲みに行くかもしれない。 

 それならいっそ敷地内で飲ませた方が安全だ、 

 泥酔したら寝ていなくても荷物ごとサイトの仮眠室に運べばいい。 

 しかもメリットは他にもある、 

 先程の隊員達は機動部隊と治安部隊から

 新人ベテラン関係なく順番で出しているんだ。 

 これは有事の際の訓練にもなる、 

 絶対安静の患者をいかに迅速に安静状態を維持したまま移動させる。 

 扉の開け閉めや階段を、人を避けながら仮眠室まで運ばなければならない。 

 泥酔状態の者は身体のバランスを取らずに横になっている、 

 つまり意識不明の患者と一緒だ。 

 いかに必要最低限の振動しか与えずに移動するか練習する必要がある、 

 しかも目標時間付きだ。 

 もう一度言うが扉の開閉や階段もある、 

 揺らし過ぎて吐いたらその場の清掃は運んだ隊員がやるんだ。 

 さぞかし本気でやってくれるだろう。 

 本番では二次災害も考えて、迅速に行動する必要がある。 

 そこでは新人もベテランも関係ない、だから全員に重装備のまま練習させるんだ。 

 そして店をサイトの建物外に設置しているのにも意味があってな、 

 実はこの店の地下に巨大な冷凍場があり食料や水が保管されている。 

 平時はローテーションして消費しているが、 

 いざという時職員の非常食としての役割がある。 

 あとはここの店員達は、このサイトの職員でもあるんだ。 

 調理資格のある料理人3人と店員10名が基本的に回しているんだが、 

 産休や病気療養している職員もリハビリを兼ねて入っている。 

 その職員達は自由出社だ、託児所もあるので入りたい時に来てもらう。 

 それによって人間関係が希薄になるのを阻止し、復帰時のハードルを下げる。 

 まぁ臨時の職員については、

 他サイトの管理官に聞いた話を参考にさせてもらったが。 

 ・・・とにかく固定概念の塊を説得するのには苦労したが、 

 反対する者はそれが仕事だからな・・・。 

 反対意見には種類があってな、 

 ただ反対したいだけや自分が利用するイメージが持てないなどだな。 

 その中で問題提起(想像出来るトラブル)がある、

 これは絶対無視してはいけない。 

 たとえそりの合わない相手が、上から目線で言ったとしてもだ。 

 Yesしか言わないで出来てから文句を言うのではなく、 

 よりよい結果にする為にアドバイスしてくれていると思う事。 

 その反対意見も取り込んで、納得出来る案に修正していったんだ。 

 お互い妥協案が見つかるまで何度も議論してな、 

 そうして出来た場所だから皆が快適に利用できるんだ。」 

田原は運ばれてきたビールをぐいと飲み、にやりと笑った。 

田原「実は情報漏洩防止の為ジムとサウナも申請しているんだ、 

 身体から荷物が離れて紛失しやすいという理由でな。 

 だからこそ先に居酒屋を運営してもらい、

 新しい事に慣れてもらう必要があったのさ。 

 ほら固い話は終わりだ、お前達も楽しくやってくれ。」 

更に美味しそうに飲んでいる田原を見ながら、リクはぽつりと言った。 

リク「歓迎会って聞いていたから乾杯するかと思って待っていたのに、 

 なんか普通に始まっているんですが?」 

クウ「毎回こんな感じだから気にしても仕方ないよ、 

 ボクまだ飲んでいないから二人で乾杯しようか。」 

二人でこっそり乾杯していると、カイが口出ししてきた。 

カイ「田原さんが固い話していたからついでに話すけど、 

 毎日日の出30分前に出社して仕事しているんだ。 

 だから明日からリク君も来るんだよ、2時間仕事したら仮眠取れるから。」 

リクは慌てて時計を見た。 

クウ「大丈夫ボク達も一緒だから、明日から頑張ろうね。」 

にっこりと笑うクウを見てため息をつき、嫌な考えをビールで流し込んだ。 

次の日・・・夜明け前の薄明りの中、リクはオフィスに着いた。 

きっかり30分前に着いたはずなのに、部屋は照明が灯り双子が既に作業していた。 

リクに気が付くと、双子はにっこり笑って挨拶した。 

双子「「リク君おはよ~」」 

双子はそれぞれ縦2m幅1mのキャスターの付いたボードを隣の倉庫から出し、 

重ならないように窓際へ並べていた。 

リクも見よう見まねで手伝ったが、 

ボードは角度が付き白い布が掛けられているので運ぶのに苦労した。 

クウ「朝日が出たら布を外してね、畳んだらこのテーブルの上に乗せて。」 

リクは頷くと朝日が昇るのを待って、双子と一緒に布を外した。 

布を外して露になったボードには、透明なガラスの箱が隙間なく張られていた。 

箱の中には、白い和紙の様な紙が一枚ずつ入っている。 

ボードの反対側は四角いホワイトボードが設置されており、 

カイが正の字を1文字ずつ書き足していった。 

その後ノートを取り出し日時とボードに書いてある番号を書いた。 

クウは人数分の紙コップに、ホットミルクを入れて持ってくると二人に手渡した。 

クウ「二人共お疲れ様、リク君ボードは1時間このまま置いておくんだよ。」 

リク「これは何をしてるんですか?全然想像がつかなくって。」 

クウ「このケースに入っている紙は札の下地になるんだけど、 

 効果を最大限に発揮させる為に、晴れた日の朝日を100日分当てているんだよ。  

 在庫が無くならないように、日数をずらして作っているんだ。 

 1時間後に布をかけて倉庫にしまったら、朝の作業は終わりだから頑張ろうね。」 

雑談しながら時間をつぶし、1時間後に布をかけてボードをしまった。 

昨日と今朝の緊張があったからなのか、

リクは仮眠し始めると深く寝入ってしまった。 

そして毎日の業務に慣れ3か月過ぎた頃・・・。 

リクの写経が少しずつ上達し、視覚と聴覚もLV2程度になった。 

双子やお蝶に帯同した際の霊も、朧気だが把握出来るようになった。 

ある朝リクが仮眠から目が覚めると、お蝶が札に文字を書いていた。 

リクは慌てて起きると、すぐに顔を洗いに行き支度を済ませた。 

双子は既に外に出てしまったようで、他には誰も居ない。 

起こしてくれれば良いのに・・・とか内心思いながらお蝶の側に行き、 

挨拶をして向かいに座った。 

リクは墨が乾いた札から黒塗りの箱に入れていく、 

相変わらず何が書かれているか分からなかったが無心で作業する事にした。 

作業が終わり昼休みになると、元心霊課の職員が数人やってきた。 

そして白紙になった札を取り出すと、リクは同じ枚数分だけ札を渡した。 

その内の1人木村さんと仲良くなり、心霊課を移動した経緯を教えてもらった。 

木村「ここで能力を上げたけど、 

 色々な事情で使い物にならなくなった職員は別の課に移動する。 

 でも能力が残っていると日常生活に支障が出るから、

 ほぼ無い状態に抑えているんだ。 

 長い時間をかけて普通の人並みになるまで弱くしていくけど、 

 襲われないように定期的に札を補充する必要があるんだよ。」 

そう言うと、もらったばかりの札を大事そうにしまい部屋を出て行った。 

机や椅子が人数と合わない理由にリクが納得していると、 

一人の男性がひょこっと顔を出した。 

幼さの残る整った顔立ちに少しサイズの大きな白衣、手には小さな箱を持っている。 

キョロキョロと何かを探す素振りに、

筋トレをしていた田原が気が付き笑みを浮かべた。 

田原「おぉ蓮(れん)じゃないか!お蝶は出かけているがどうしたんだ?」 

田原が蓮に座るように言い、ソファに座ると蓮も頷き向かいに座った。 

田原「それで何の用だ?お前がこっちに来るなんて珍しいな。」 

蓮「田原おじさん、実は母さんがお弁当忘れちゃって。 

 昼休み前には持ってきたかったんですが、仕事が沢山で抜けられなくて。」 

田原はそれを聞くと、唸りながら言った。 

田原「あいつはまた伝え忘れたのか・・・、

 今日は夜に出るから伝えとけと言ったのに。 

 夜仕事する時は昼夜食わねーからな、 

 まぁ毎度の事だが間宮研究員に伝えておいてくれ。」 

蓮は頷き箱を紙袋に入れると、用意してもらったお茶を飲んだ。 

田原はこちらを見ているリクに気が付くと、手招きして自分の隣に座らせた。 

田原「蓮、こいつはここに来て3か月の新人リクだ。 

 長い付き合いになるかもしれないから、気にかけてやってくれ。 

 リク、こいつはお蝶の息子の蓮だ。 

 お前より年下だが、ここで働き始めて2年になる。 

 たまに顔を出すかもしれないから、仲よくやってくれ。」 

蓮はそれを聞いて、少し照れながら言った。 

蓮「嫌だなー田原おじさん、僕はもう子供じゃないんですよ。 

 そんな紹介の仕方されたら、リクさんだって困るでしょう。」 

田原は豪快に笑い。申し訳なさそうな素振りをした。 

田原「すまんすまん産まれた時から知っているから、

 どうしてもそういう目で見ちまう。 

 蓮、お前いくつになった?」 

蓮「17ですが、もうすぐ18になりますよ。」 

リク「その年で、ここで働いているんですか?」 

蓮「えぇ11の時に海外の大学に入り資格を取って、 

 父さんがここで研究員をしているので卒業後助手として働いているんですよ。」 

田原はお茶を飲み切ると、蓮に言った。 

田原「そういう事だから、わざわざ来たのにすまんな。」 

蓮はにっこり笑うと、会釈して部屋を出て行った。 

しばらくするとお蝶が戻ってきて、かったるそうにソファにもたれかかった。 

田原が先程の蓮との会話を伝えようとした時、勢いよく扉が開き男が入って来た。 

その男は白衣を着て髪を後ろに流し眼鏡をかけ、少し神経質そうに見えた。 

男「蝶子さん!今日は遅くなると蓮から聞きましたよ。 

 もう少し早く言ってくれたら、昨日の夕食もっと豪華にしたのに。」 

お蝶は、少し気まずそうに言った。 

お蝶「悪かった、言ったつもりになっていたんだ。 

 そういう事だから、夜は二人で済ませてくれ。」 

そう言われ、項垂れている男に田原は言った。 

田原「まあまあ間宮研究員、お茶を入れたからそこに座ってくれ。 

 お蝶のこう言う所は昔からだろう、

 まったくそれを見越して一週間前には伝えたのに。」 

お蝶はばつが悪そうに、そっぽを向いた。 

田原「ところで間宮研究員、最近はどうですか? 

 前に会議で言っていた新しい研究、 

 実用化出来れば心霊課としても大いに助かりますが。」 

間宮は眼鏡を押し上げ、鋭い視線を田原へ向けた。 

間宮「まぁ・・・少し難航していましてね、 

 蓮と二人で進めてますがしばらくかかるでしょう。」 

お蝶は盛大にため息をついて、間宮を睨んだ。 

お蝶「もう用事は終わっただろう?早く戻れよ、 

 だいたい何でオレが戻ってきて数分もたたずにお前が来るんだよ。」 

すると間宮は、得意気に言った。 

間宮「それは蓮から聞いて入口の方をずっと確認していて、 

 蝶子さんが戻ってくるのが見えたから急いでここに来たんですよ。」 

それを聞いたお蝶はさらに深いため息をつき、田原は豪快に笑った。 

田原「相変わらず愛されているな。」 

お蝶「五月蠅い言うな!おい用事は終わっただろう、さっさと戻れ‼」 

間宮は名残惜しそうにしていたが、お蝶に睨まれすごすごと戻って行った。 

リク「なんかお蝶さん・・・なんだろう、凄いですね。」 

リクの呟きを聞いた田原は答えた。 

田原「まぁ間宮研究員が、お蝶にアピールして押し切った形だからな。 

 結婚して相当経つのに変わらないのは、正直凄いとは思うよ。」 

リク「間宮研究員の一目惚れなんですか?」 

お蝶「違う。」 

怠そうにお蝶は言った。 

お蝶「あいつは合同調査の時に初めて会ったんだが・・・、 

 あんな研究しているのに幽霊なんて非科学的で信じないって言ったんだ。 

 だから調査の合間に、

 素人が肉眼でも見えるLVの場所に何か所か連れて行ったんだ。」 

リク「よく無事でしたね・・・。」 

お蝶「オレがそんな下手撃つ訳ねーだろ、・・・それで連れまわしたら・・・。 

 (間宮「あなたと一緒に居ると新しい発見や自分の認識を変える事が出来る」) 

 とか言ってしつこく着いてきたからいい加減面倒になってきたんだ。 

 それで脅せばもう近寄らないだろうと思って押し倒したら、 

 彼氏面始めてサイト中に知れ渡って

 更に面倒な事になって結婚を押し切られたんだ。」 

お蝶は一気に捲し立てると、盛大にため息をついた。 

お蝶「それからの腐れ縁だ、知りたい事は分かっただろ? 

 今日の作戦の準備でもしとけ、オレは仮眠してくる。」 

そう言うと、お蝶は部屋を出て行った。 

田原「まぁそんな訳だから、この話題にはこれ以上触れてやるな。 

 リクも自分の準備が終わったら、少しは寝ておけよ。」 

リクが頷いて自分の机に戻るのを確認した田原は、 

お蝶が出て行った扉を一瞬見るとまた筋トレを始めた。 

22時を過ぎた頃、

お蝶はリクカイクウを連れて住宅街を抜けた先にある海岸線に居た。 

車とバイク各1台で来ていたが、

作戦を確認する為カイはバイクを降りて車へ移動した。 

カイは書類に目を通した後、リクに言った。 

カイ「リク、この資料を読んでもう一度現状を確認しておくんだ。」 

リクは渡された資料に目を通した・・・。 

 

№246についての仮報告書 

 

このオブジェクトは霊に分類されるランニング姿の男性です。 

このオブジェクトはA地点からB地点に向かって走るように移動します。 

このオブジェクトは四輪の車に対して事象を行います。 

このオブジェクトに対していくつかの実験を行ったので下記に表示します。 

以降このオブジェクトは№246と表記します。 

№246が事象を行うのは四輪の普通自動車ですが、 

大型・バス・特殊車両・軽自動車では№246は現れませんでした。 

普通自動車1がA地点からB地点へ向かって走ると、 

№246は一定の距離を保ちながら追走します。 

速度を変化させても同じ速度に変化し、一定の距離を保ちます。 

A地点からB地点の中間にあるAa地点に到達すると、 

B地点に到達するまで叫びながら普通自動車1に小石を投げてきます。 

この小石は№246-Aと表記します。 

№246-Aは普通自動車1の後方下部に傷を付ける事が出来ますが、 

地面に落ちて10秒後には消失します。 

№246の追いかけている普通自動車1が別の普通自動車2を追い抜かすと、 

№246は普通自動車2を追いかけます。 

普通自動車2が急ブレーキをかけると、№246は距離を縮めることなく消失します。 

普通自動車2が急後退すると、№246は距離を縮める事なく消失します。 

№246の確保・解明は、今後の追加調査で実験予定です。 

 

読み終わったリクは、少し考えた後疑問を口にした。 

リク「お蝶さん、この異常実体を捕獲する必要があるんですか? 

 特に害も無さそうだし、危険とは思えないんですが。」 

書類を受け取ったお蝶は、ため息をついた。 

お蝶「それを決めるのは、オレ達じゃない。 

 上が判断するのに必要な情報を得るのが今回の目的だ、 

 調べて危険ならそのままやる事もあるが・・・。 

 お前は与えられた仕事をこなしていればいい、 

 とにかく場数を踏んで経験を積み重ねていく事だ。」 

話を切り上げたお蝶は、外を見て何か考えているようだった。 

作戦開始時間になり、カイはバイクに乗りお蝶は後ろに座った。 

クウは運転席に座り、リクは助手席に座った。 

お蝶が合図を送ると車は先行して走り始め、 

姿が見えなくなりそうな所でバイクも走り始めた。 

クウがルームミラーを見て、マイクに向かって話した。 

クウ「こちらクウ、500m地点を通過した所で対象が現れました。」 

カイ「こちらカイ、了解した。 

 少しずつ速度を上げて、対象が目視できる位置まで移動する。 

 …対象、目視した。」 

すると、それまで黙っていたお蝶が口を開いた。 

お蝶「カイ、奴に10mまで接近。」 

カイは、言われた通りに10mまで近づいた。 

対象はクウの運転している車に小石を投げながら何かを叫んでいた。 

その言葉は聞き取れず、悲鳴にも似た声だった。 

お蝶は対象に見据えた後、目を閉じて集中し始めた。 

暫くすると、クウの声が聞こえた。 

クウ「残り1kmでB地点です、

 そのまま通過し対象が消失した時点でA地点に戻ります。」 

そして車がB地点を通り過ぎると、同時に対象は消失した。 

目の前で消えたのを確認したカイは、バイクを止めA地点に戻る為Uターンした。 

リク達がA地点に戻ると、 

背中を向けて集中しているお蝶とそれを離れて見ているカイが居た。 

車が止まるとカイはバイクを降り、後部座席に乗ってきた。 

クウ「お疲れ様、お蝶さんは探り中?」 

カイは頷くと、まだ動かないお蝶を見た。 

クウ「いつもより時間がかかっているね…、これはそのまま処理する感じかな?」 

視線を動かさず、カイは呟いた。 

カイ「多分ね…。」 

リクは、会話について行けずクウに聞いた。 

クウ「今回の仕事は、№246の更なる調査なんだ。 

 霊的素養が無い職員が調査して作った仮報告書を元に、本報告書を作成する。 

 だけど下手に干渉してしまうと、現状が悪化する場合もあるんだ。 

 それを確認する為に、お蝶さんが№246にマーキングして調べるんだよ。 

 さっきリク君は危険じゃなさそうなのに、何故捕獲するのか聞いたよね? 

 今の所は大した被害が無くても、生きている人間に干渉できるのが問題なんだ。 

 もし放置して危険な存在になってから対処しても、 

 被害が出た後に解決するんじゃ遅いんだよ。 

 有名になると人の目が増えて、僕達が秘密裏に処理する事が難しくなる。 

 問題なければすぐ終わるんだけど…、 

 お蝶さんが探るのに時間がかかるって事は危険な可能性がある。 

 だから今は、お蝶さんの探索終了待ちなんだ。」 

そう言うと外に居るお蝶に目を向けたので、リクもつられて外を見た。 

暫くして、お蝶が車に戻って来た。 

お蝶「決めた、このまま実行する。」 

その言葉にカイとクウは頷くと、車のトランクを開けて色々な機材を取り出した。 

リクは二人が取り出した機材を、慎重に後部座席に置きながら質問した。 

リク「この機材は、何に使うんですか?」 

カイ「サーモグラフィやエコーとか、空間を視覚的に記録するものさ。」 

クウ「ほら僕達は問題ないけど、報告書を見るのは分からない人達だから。 

 理解しやすいように測定データを記録しないといけないんだ。」 

必要な機材を運び終えると、カイはノートPCを起動してファイルに入力し始めた。 

クウは運んだ機材を組み立て始め、リクもそれを手伝った。 

その間お蝶は先程迄居た方向を向いて、目を閉じ集中していた。 

組み終わった機材は固定した状態でベルトを通しリクに背負わせると、 

クウも別の機材を同じように背負った。 

リク「どうして機材を背負うんですか?普通は置いて使うと思うんですが。」 

クウ「地面に設置すると対象が移動した時範囲外になるし、 

 動き回ってぶつかって倒れたら正確なデータを取れなくなるからね。 

 僕達はお蝶さんのサポートだからね、だからカイもほら。」 

カイは後部座席で前に置いたモニターを見つめ、 

送られてくるデータをノートPCに都度入力していった。 

目を開くと、お蝶は言った。 

お蝶「準備は出来たか?」 

3人が頷くのを確認し少し後ろに下がるように言うと、ある一点に向かい歩き出した。 

その場所は住宅街の中なのに更地で、少し異様な雰囲気が漂っている。 

お蝶は立ち止まると集中し、何もない空間に向かって話しかけた。 

話しかけて少し経つと空間が揺らぎ始め、暗い影が浮かび上がった。 

黒い影は徐々に人の形を取り、ランニング姿の老人になった。 

お蝶は虚ろな目で佇んでいる老人に、もう一度話しかけた。 

お蝶(「オレの声が聞こえている筈だ、

 少し話を聞きたいからこちらに意識を向けてくれ。 

 何故車を追いかける?何故謝罪しながら石を投げる? 

 覚えている事だけで良いから、教えてくれないか?」) 

虚ろな目をしていた老人が、車という言葉に反応してお蝶を見た。 

少しの間訝しげに見ていた老人は、頷くと話し始めた。 

老人(「儂に話しかけているのは、お前さんか…。 

 もうどの位の時が経ったのか分からないが、 

 気が付いたらこの場に居て車を追いかけている。」) 

お蝶は、少し考えてからリク達に言った。 

お蝶「少し話したが、意識が混濁しているようだ。 

 オレがもう少し探って奴に思い出してもらうから、 

 何かあったらすぐ行動出来るようにしておけ。」 

3人が頷くのを確認すると、お蝶は掌を向けもう一度話しかけた。 

お蝶(「もう一度聞くが、お前は何の為に車を追う?何の為に石を投げる?」) 

お蝶が掌に力を込めると、老人は頭を抱え苦しみだした。 

暫く苦しんだ後、落ち着きを取り戻し先程より目に力が戻り話し出した。 

そして二人は無言で歩き商店街に差し掛かった、 

行きと違い学校帰りの学生が沢山歩いている。 

リクは道の隅の方を歩きながら、前方に黒い靄が浮かんでいるのに気が付いた。 

歩みを止めじっと靄を視ていると、

ゆらゆらと浮かんでいた靄が徐々に近づいてきた。 

寒気がして逃げたい衝動にかられたが、足が竦んで声を出す事も出来なかった。 

いよいよ目の前まで来て、助けを求めようとお蝶の方を見た。 

お蝶は無言で腕を組み、呆れた表情をしていた。 

黒い靄がリクに触れようとした時に、 

ポケットに入れてあった札が熱を帯び黒い靄は小刻みに震えながら離れた。 

その瞬間、リクの頭の中で声が響いた。 

リクはその声の主が、黒い靄だと気が付いて驚愕した。 

リク「お蝶さん、痛いとか怖いとか声が聞こえてきました。 

 ・・・もしかして、この靄がしゃべっているんですか?」 

そしてどうして助かったのかを聞こうとした時、札が熱くなったのを思い出した。 

取り出してみると、一枚が白紙に変わっていた。 

リクは白紙の札をもう一度ポケットに戻すと、改めてお蝶を見た。 

そのリクの様子を見て、お蝶はため息をついて話し出した。 

お蝶「説明しておいたのに忘れたのか?意識を向けたら気付かれるだろ。」 

少し俯きながら、リクは返事をした。 

リク「でもこんな黒い靄初めて遭遇したので、それでつい視てしまいました。」 

お蝶は、目の前で揺れている靄を見ながら話し始めた。 

お蝶「あまりみかけないのは当たり前だ、こいつは生霊だからな。 

 今はまだ繋がっているが大分薄くなっているから、 

 もうすぐ死者の仲間入りするだろうな。 

 まぁオレ達には関係ない、・・・行くぞ。」 

リク「そんな!もうすぐ死者の仲間入りなんて、あの子がかわいそうですよ。 

 まだ生きているなら、何とか出来ないんですか?」 

憤るリクを見てため息をつくと、お蝶も道の端に移動し少し小声で話した。 

お蝶「お前・・・簡単に何とかしろと言ったが、 

 あの生霊の状態を理解出来ていないだろう。 

 こいつはな、この道を毎日通る学生の一人だ。 

 視た感じ十代半ば・・・、中学か高校位か。 

 生きる事を拒否して、身体の所有権を明け渡したのさ。 

 死者の中にはまだ生きていたかったという未練の有る奴が、

 大量にうろついている。 

 老若男女問わず、それこそ身体を動かした事の無い奴も居る。 

 そんな中で身体を自由に使って下さいと、言っている者が居たらどうなる? 

 落とした甘い菓子に向かう蟻のように、喜んで群がるだろう。 

 もっと分かりやすく言うなら、自転車みたいなものさ。 

 身体を動かすのにペダルを漕いで動かすのと一緒だと考えてみるんだ、 

 その自転車を動かせる権利が有るのは鍵を持つ本人だけだ。 

 本来鍵を持っていない者は、自転車を動かせない。 

 だが自転車を動かすのが辛いから、他人に譲りたい場合合鍵を作るのさ。 

 そして自分で動かさない事が楽だと感じると、 

 合鍵を本鍵にして自分のを合鍵状態にする。 

 実は複製した鍵は、同じように見えて少し違うんだ。 

 そして自転車の鍵穴は、一番使用する鍵に合うように変化する。 

 その状態が長く続いたら、どうなるか分かるか? 

 自分の持っている鍵が入らなくなる・・・つまり身体に戻れなくなるという事だ。 

 身体から長時間離れると縁・・・まぁ身体と魂が繋がっている線のような物、 

 それが薄くなり最後には切れる。 

 そうしたら死者の仲間入りさ、 

 ただ本人は死んでも身体は生きているから誰もその事に気が付かない。 

 供養もされないからあの世にも行けず、永遠に彷徨うのさ。 

 彷徨うだけなら良いが・・・向こうの看板の下に何があるかお前には視えるか?」 

リクが指示された場所を視た瞬間、全身に寒気が過り鳥肌が止まらなくなった。 

はっきりとは視えないが、赤黒い塊が渦を巻いているようだった。 

リクは少しの間動けなかったが、やっとのことで口を開いた。 

リク「あ・・・あれは何ですか?凄くやばい事だけは分かるんですが・・・。」 

お蝶はリクの様子を気にする事も無く、静かに答えた。 

お蝶「あれは地縛霊が更に負の感情を増幅させ、 

 沢山の浮遊霊を吸収したブラックホールだ。 

 あれはまだ小規模だが、もっと成長する為に近づいた霊を吸い込むのさ。 

 さながら餌を捕獲する為に、糸を張った蜘蛛の様にな。 

 浮遊霊は意思も無くただ流されて移動する、 

 つまり目の前に罠が有ってもそれを避けようとか思わないんだ。 

 まぁ前説が長かったが、そいつも線が切れたら吸い込まれて終わりという事さ。 

 あんなのは彼方此方に大量に有るから、どれかには確実にやられるだろう。」 

リク「線が切れていないなら、何とか助けてあげられませんか?」 

お蝶はため息をついた後、首を横に振った。 

お蝶「あんなのは沢山居るんだ、いちいち助けてもきりがない。 

 良いか?本人が望んで身体の所有権を手放した。 

 ブラックホールに吸い込まれて、永遠に悪霊の一部になっても自業自得なんだ。 

 ・・・いい加減に戻るぞ。」 

戻ろうと歩き始めたお蝶の前に、リクは納得出来ないと詰め寄った。 

リク「沢山居るから目の前のこの子を助けないなんて、全然納得できません! 

 ・・・こんなに怖がっているのに、俺に力があれば絶対に助けます。 

 見て見ぬふりなんて絶対にしない! 

 でも今の俺には助ける力は無いからお蝶さんにお願いしているんです・・・。 

 悔しいけど・・・お願いします、あの子を助けてあげてください。」 

お蝶はため息をつくと、腕を組み壁に寄りかかった。 

お蝶「お前は・・・いや分かった。」 

お蝶(本来はやらないが、新人研修の一環として見せておくか) 

生霊を視たお蝶は、そこから出ている線に目線を移しそれを掴んだ。 

お蝶「視えないだろうがこの線は身体へと繋がっている、 

 これを使って身体がこの場所に来たくなるように誘導した。 

 身体が来たら、中に居る奴と所有権の交渉をするんだ。」 

暫くすると女子高生が歩いて来て、お蝶の目の前で立ち止まった。 

しかし何故この場所に来たのか分からないという、困惑した表情を浮かべていた。 

女子高生にお蝶は、安心させるように笑顔で話しかけた。 

お蝶「初めまして、私は間宮という者だ。 

 君は●●さんだね、少しだけ話を聞いてくれないかな? 

 危害を加えるつもりも無いし、 

 人が沢山居る場所の方が安心だと思ってここで待っていたんだ。」 

女子高生は周囲を見て頷いた。 

お蝶は真剣な表情をすると、女子高生に話し始めた。 

お蝶「一つ確認するが、君は世間で言う多重人格であっているかい? 

 そして君達の言う主人格は、現在行方不明じゃないかな?」 

女子高生は驚いた後、小さく頷いた。 

女子高生「どうして知っているんですか?誰にも言っていないのに・・・。 

 私はナツと言います、年齢はたぶん成人しています。 

 主人格の●●ちゃんの代わりに、日常生活を担当しています。 

 いきなりこんな話をして、信じてもらえるか分かりませんが・・・。」 

お蝶は頷くと、笑顔を崩さずに話した。 

お蝶「勿論信じるよ、誰にも言えないと思うのは当たり前だ。 

 人は自分の理解出来ない事には、共感せずに排除しようとするからね。 

 変な事を言っていると思われたくなくて慎重になる、 

 それが原因で仲間外れになるかもしれない。 

 ナツの行動は、自分を守る為の普通の行動だ。 

 だが隠さなければいけないと言う不安は、相当辛かっただろう頑張ったね。」 

ナツは俯き泣きそうになるのを、堪えているようだった。 

お蝶は優しく微笑むと、ナツが落ち着くのを待っていた。 

ナツが落ち着くのを待っている間、お蝶はリクに小銭を渡しながら言った。 

お蝶「このお金を持って向こうに見える肉屋に行って、コロッケを2つ買ってこい。 

 もし肉屋で何か聞かれたら、

 オレとナツは知り合いで相談に乗っていると言うんだ。 

 聞かれなければ、言わなくて良いからな。」 

リクは頷き肉屋に行くと、店主があんな所で何をしているのか尋ねてきた。 

言われたとおりに答えると、 

地域の見守り活動をしているらしく心配で気にしていたと教えてくれた。 

リクはコロッケを2つ受け取ると、軽く会釈してお蝶達の所に戻って来た。 

少し先にあるベンチに移動すると、リクとナツに座って食べる様にお蝶は言った。 

リクはナツにコロッケを一つ渡すと、二人で食べ始めた。 

小腹も満たされすっかり落ち着いたナツに、お蝶は話し始めた。 

お蝶「落ち着いたようだから、用件を話すよ。 

 君には見えないかもしれないが、実はここに主人格の●●さんが居るんだ。 

 君に変わってもらう頻度が多くなった頃から徐々に身体に戻りにくくなって、 

 今は完全に戻れなくなったらしい。 

 だから現在は、君がその身体の主人格になっているんだ。」 

ナツ「そんな事急に言われても、どうすれば良いのか・・・。」 

俯いてしまったナツに、お蝶は言った。 

お蝶「どうすれば良いのか・・・、君には2つの選択肢がある。 

 一つは●●さんを見捨てる事・・・、 

 その場合は君がそのまま●●さんとして生きていく。 

 今は辛うじて繋がっている線が切れて、●●さんと言う人格は死を迎える。 

 もう一つは君が身体の所有権を放棄して、●●さんに身体を返す事。 

 その場合は●●さん以外の人格は、全て身体に留まる事が出来ない。 

 ●●さんの人格は一つになり、他の人格が表面に出るという事は無くなる。」 

ナツ「つまり私は死んじゃうんですか?」 

その問いに、お蝶は首を横に振った。 

お蝶「どちらの選択をしても、身体は死ぬ訳じゃない。 

 だから身体の所有権を持つ君に、選択権を委ねるのさ。」 

ナツは、少し考えてから口を開いた。 

ナツ「●●ちゃんと話せるなら、なんて言っているのか教えてもらえませんか?」 

お蝶「聞かなくても想像出来るだろうから言わないよ、

 聞いても余計悩むだけだろう。 

 それとすまないが切れてしまうまでの時間があまり無いから・・・、 

 出来れば10分以内に決めて欲しい。 

 選択肢によっては、準備が必要だからね。」 

ナツは落ち着かない表情のまま、唇をキュッと結び目を瞑った。 

お蝶は腕組をしたまま、意識を●●に向けて話しかけた。 

お蝶(「●●さっきからうるさいぞ、お前に選択権は無いと言ったはずだ。」) 

●●は納得出来ないと、大きな声で騒ぎ立てた。 

●●(「考える必要なんてないよ! 

 私の身体なんだから、返すのが当たり前でしょう。 

 勝手に身体を奪われて、勝手に所有権取るなんて信じられない! 

 そのせいで私が死にそうになっているなんて・・・絶対許せないよ! 

 早く追い出して、私を助けてよ!」) 

お蝶は一瞬ナツに視線を向けた後、もう一度●●を見た。 

お蝶(「こいつがお前の嫌な事を全部肩代わりしてくれたから、 

 この身体はまだ生きているんだ。 

 その事について、感謝とかは無いのか?」) 

すると●●は、項垂れて答えた。 

●●(「確かに嫌な事いっぱいあったから、 

 変わってもらった事は助かったと思っているけど・・・。 

 でも、自分が死んじゃうのは別・・・。 

 生きているのどうでも良いから死んだら楽かなとか考えた事はあるけど、 

 でも本当は死ぬのが怖い・・・早く返して欲しいって思ってる。」) 

お蝶(「お前と交代して追い出されたナツは、死んでしまうとしてもか?」) 

●●(「だって最初から生きてないでしょ? 

 私ならともかくなっちゃんは自分の身体じゃないんだから。」) 

お蝶(「お前の言い分は分かったが、決めるのはナツだ。 

 言っただろう、大人しく決断を待つんだ。」) 

●●はまだ騒いでいたが、お蝶は聞こえないふりをしてナツの決断を待った。 

ナツは大きく深呼吸して目を開き、少し震えた声で話し始めた。 

ナツ「私ね、●●ちゃんの別人格って自覚していて・・・。 

 ●●ちゃんの大変だと思う事を代わりにやっていたけど、 

 思うほど親も友達も酷くなかったんだ。 

 自分で思い込んで壁を作っていただけで、みんな優しかったよ。 

 確かに嫌な事言われたり嫌な思いもしたけど、

 楽しい事もそれなりにあったんだよ。 

 嫌な事を大きく考えすぎて、楽しかった事を無かったように思い込んでいたの。 

 私が居なくなったら、●●ちゃんは今度は自分で全部受け止めなくちゃいけない。 

 でも●●ちゃんが心を開けば、 

 優しくしてもらっている事に気が付けるんじゃないかなって思う。 

 ●●ちゃんと直接話せた事は無かったけど、 

 もし今聞こえているならありがとうって言いたいよ。 

 勿論怖いのもあるけど、●●ちゃんを死なせてまで生きていくのは違うって思う。 

 本当はね・・・、本当に怖いよ・・・。 

 なんで今なのかなって思うよ・・・、 

 みんなと・・・急・・・にお別れ・・・なんて・・。」 

ナツは涙を流しながら何とか話そうとしていたが、言葉に詰まり俯いてしまった。 

お蝶はナツにハンカチを渡すと、●●に意識を向けた。 

先程まで騒がしかった●●は、俯いて泣いていた。 

●●(「なっちゃんゴメン・・・、 

 私は自分だけ酷い目に合っていると思ってなっちゃんの気持ち考えて無かったよ。 

 自分の嫌な事を代わりにやってもらっていたのに、 

 いきなり死んじゃうとか聞いて怖くなっちゃって・・・。 

 なっちゃんにありがとうなんて言ってもらう資格無いよ、 

 ごめんねなっちゃん・・・。」) 

お蝶は頷くと、静かに言った。 

お蝶「では●●さんに身体を返す、という事で良いのか?」 

ナツは頷くと、目を閉じた。 

お蝶は、●●と身体を繋ぐ線を掴み力を込めた。 

消えかかっていた線と●●の姿が濃くハッキリと見えるようになった瞬間、 

初めから何もなかったように跡形も無く消えた。 

1分ほどすると、ナツだった女子高生が目を開き辺りを見回した。 

そしてお蝶と目が合うと、警戒した表情になった。 

お蝶は、にっこり笑って言った。 

お蝶「警戒しなくても大丈夫だよ、 

 君が歩いていて急にふらついたからここに座らせたんだ。 

 ぼーっとしていたから貧血になったと思うけど、 

 まだ調子が悪いなら病院に行ったほうが良いよ。」 

女子高生は平気だと言うと立ち上がり、会釈すると歩いて帰って行った。 

リクはお蝶の後ろでやり取りを見ていたが、 

女子高生の姿が見えなくなるとお蝶にどうなったのか聞いた。 

お蝶「・・・ナツの望み通りになったのさ、 

 ●●は身体に戻ったが生霊の時の記憶は残っていない。 

 これからは自分で全て受け止めていかなくてはいけない、 

 まぁ今回はイレギュラーだったから、次は無い・・・。」 

そしてお蝶は、先程まで●●が居た場所に視線を向けた。 

そこには20代位の女性が浮かんでいて、●●の様に身体から線が伸びている。 

お蝶は柔らかい表情をして、女性に話しかけた。 

お蝶(「ナツ、聞こえるか? 

 馴染み始めた身体から出たから、少しぼーっとするかもしれないが聞いてくれ。 

 ナツが所有権を取得していた状態で入れ替わったから、 

 今は生霊状態になっているんだ。 

 しばらくすれば線が消え浮遊霊になるんだが、 

 その前に●●がまた放棄したらナツがまた身体に入るだろう。 

 しかし・・・、オレは戻らなくても良いと思っている。 

 何故ならナツとして、生きていく事が出来ないからだ。 

 一生●●のふりをして、生きていかないといけない。 

 そんなの嫌じゃないか?誰もナツとして見てくれないんだ。 

 それよりはあの世に行って生まれ変わって、 

 自分の身体でみなに認識してもらう方が良いと思う。 

 ナツがそうしたいなら手伝えるが、このままで良いならこの話は終わりだ。 

 後で助けてと言われてもオレは助けない、さぁ決めてくれ。」 

ナツは目をぎゅっと瞑り、少し考えてから目を開けて頷いた。 

ナツ(「私はこれまで●●ちゃんの為に変わりをしてきたけど、 

 指摘されて私は私を皆に認識して欲しいって気が付いたの・・。 

 ●●ちゃんじゃなく、仲よくしているのは私だって気が付いて欲しかった。 

 お願いします、手伝ってください。 

 生まれ変わって今度こそ、私として生きたい。」) 

お蝶が頷くと、ナツは真面目な表情で言った。 

ナツ(「でも一言言わせてください、決めなきゃいけない時間が短すぎます! 

 助けてくれる事には感謝していますが、 

 せめて実感する為の考える時間がもっと欲しかったです。 

 言ったらすっきりしました、よろしくお願いします。」) 

お蝶は苦笑しながら頷くと、ナツから出ている線を掴むと力を込めた。 

すると線がみるみるうちに薄くなり、完全に切れてしまった。 

そしてお蝶が目を瞑ると、ナツの目の前に光の道が現れた。 

お蝶(「さて準備が出来た、今から説明するから良く聞け。 

 ファンタジーなら、

 この光の道を通れば成仏して生まれ変われるんだろうが・・・。 

 これは現実だからな、そんなご都合主義の様な物は無い。 

 この道の先にはある寺があって、毎日お経が聞ける。 

 ナツには供養してくれる身内が居ないから、自分でやるしかない。 

 勿論うっかり流されて、蜘蛛の巣に引っかからないように固定はする。 

 成仏の準備が出来てお迎えが来るまで、何十年かかってもやり切るんだ。 

 供養されない分時間はかかるが、確実に成仏してあの世に行けるだろう。 

 今度こそ、自分自身の身体で生きていけるように頑張れよ。」) 

ナツはため息をつき、お蝶を見た。 

ナツ(「色々言いたい事は増えましたが・・・、 

 そう言う事はもっと早く言ってください!」) 

それを聞いたお蝶は、にやりと笑って言った。 

お蝶(「余分な情報をどのタイミングで言っても、決断は変わらなかっただろう? 

 まぁオレは大人だからな・・・そういうもんだと思って諦めてくれ、 

 ただ嘘は言っていない。 

 例え何十年かかったとしても、 

 自分を認識してもらい誰かのふりをしないで生きる方が良いだろう? 

 ナツならやり切れるさ、行ってこい。」) 

ナツは深呼吸するとにっこり笑い光の粒になると、光の道を流れて行った。 

光の道が消えお蝶は安堵のため息を吐くと、リクに向き直った。 

お蝶「まったく・・・、お前のせいで余分な労力使っちまった。 

 こんなのは普通はしない、やってもきりが無いからな。」 

リク「疑問なんですが多重人格の人って、

 皆別の魂が複数入っていたりするんですか?」 

お蝶は、ナツの消えた方を見ながら言った。 

お蝶「いや、一部そういうのが居るだけさ。 

 症状が似ているからな・・・木を隠すには森の中、つまりそういう事だ。 

 さて・・・これでサイトに戻るが、お前一人で帰れるか? 

 オレは野暮用が出来たからこのまま直帰する、田原に言えば分かる。 

 ・・・じゃあな、さっさと戻れよ。」 

そういうとお蝶はリクの肩をポンと叩き、サイトとは別の方へ向かって歩き出した。 

リクはため息をつくと、サイトに向かって歩き出した。 

リクが心霊課に戻ると、田原が筋トレしながら声を掛けてきた。 

田原「おぉ戻ったか、初めての現場は大変だっただろう。 

 ところで、お蝶はどうしたんだ?」 

リクが説明しようとする前に、カイが先に話し出した。 

カイ「お蝶さんは、野暮用があるって言ったんじゃないかな? 

 リク君の防御が厚くなっているし、札もだいぶ使ったようだね。」 

リクがポケットから札を出すと、半分以上が白紙になっていた。 

出した札をカイに渡すと、まじまじと札を見ながら言った。 

カイ「この感じだと・・・、大分面倒な事になっていたみたいだね。」 

田原「リク、とりあえあず何があったか説明してくれ。」 

リクが説明すると、皆の顔が徐々に固くなっていった。 

何か失敗したのかと、リクは混乱して身体が委縮してしまった。 

田原「状況は分かった、お蝶の事だから実際にやって教えたつもりだろうが・・・。」 

カイ「たぶん、全く理解してなさそうですね。」 

クウ「まぁ仕方ないんじゃないですか?お蝶さんの思っているLVに行って無くても。 

 まだ初日ですから、これから覚えていけばいいんですよ。」 

田原は頷くと、リクを見た。 

田原「とりあえず・・・依頼以外の事象を何故受けないようにしているか、 

 明日にでもお蝶に聞くと良い。 

 あと1時間で終業だから、少し休んでおくんだ。 

 終わったら歓迎会だから、楽しみにしておけ。 

 そんな顔していないで、気持ちを切り替えておけよ。」 

そう言うと田原は、筋トレグッズの手入れを始めた。 

ため息をつきリクは席に戻ろうとしたが、思い立って双子の元へ行った。 

リク「カイさんクウさん、明日で良いと言われましたがどうしても気になります。 

 理由も分からないままでは、気持ちを切り替える事も出来ません。 

 しっかり考えたいので、教えてくれませんか?」 

双子は顔を見合わせていたが、頷くと話し始めた。 

カイ「本当ならお蝶さんから直接聞いたほうが良いんだろうけど、 

 簡単に言うと・・・、そうだな~。 

 不治の病で苦しんでいる人達が見ている所で、 

 一人だけ完治させたら治っていない周囲の人達はどうすると思う?」 

リク「うーん・・・治した人に自分も治してくれって殺到・・・あ・・・。」 

カイ「お蝶さんがそれをやった事によって、

 周囲に居た霊が大量に集まって来るんだ。」 

リク「でもそんなに、沢山の同じ状態の霊が居るんですか?」 

カイ「視えないだけで、どこにでも沢山居るよ。 

 一日にどれくらいの人々が亡くなっているか、想像できるかい? 

 すぐ成仏出来る訳じゃないんだよ。 

 そして一か所に集まりすぎると、

 その場に居る生きている人の体調にも影響が出る。 

 もし成長途中の悪霊が居たら、その場所が大変な事になる。 

 だからお蝶さんは、その場に居る人に悪影響を与えないように離れたんだ。 

 たぶん自分に引き付ける為に、抵抗力をわざと下げたりしたと思う。 

 まぁお蝶さんなら問題なく処理出来るから、そんな顔をしなくても良いよ。」 

少し泣きそうなリクを見て、慌てたクウが慰めた。 

クウ「まぁリク君も理解出来ただろうし、もう良いんじゃない? 

 失敗して覚えていくものだし、お蝶さんも言葉足りない時もあるからね。」 

カイ「お蝶さんなら大丈夫でも、ボク達じゃ危険だから実際に見せてくれたんだ。 

 この課はお蝶さんが居ないと成り立たない、 

 出来るだけ負担を掛けないように皆でフォローするんだ。 

 どうして依頼以外で能力を使わないようにしているか分かったかい? 

 質問には答えたからゆっくり考えると良いよ。」 

そう言ってカイは机に戻り、書類の整理を始めた。 

クウ「カイは悪気があって強く言った訳じゃないよ、 

 リク君にこの課に所属する意味をちゃんと考えて欲しいんだと思う。 

 あとは、自分で考えてみて。」 

クウも席に戻り、作業を始めた。 

リクは少し俯いたまま席に戻り、

ぼんやり外を眺めながら今日の事を思い出していた。 

 

ここはある秘密組織のサイトの一つ・・・ 

その内部にある一つの扉を緊張しながら開けようとしている青年が居た。 

扉を開くと中はいくつかの机とソファが配置してあり、 

窓際に観葉植物が置かれたシンプルなオフィスがあった。 

青年が中に入ると、部屋の奥に居た体格の良い男が話しかけた。 

体格の良い男「ようこそ霊的異常実体対策課・・・通称心霊課へ、 

 君が今日から配属された新人だな。 

 俺の名前は田原(たばら)、ここの責任者だ。」 

青年は背筋を伸ばして自己紹介した。 

青年「私の名前は山岡 陸(やまおか りく)です、よろしくお願いします。」 

その様子を見て田原は豪快に笑った後話した。 

田原「そんなに気負わなくても良いぞ、 

 他と違って人数は少ないし上下関係も厳しくはない。 

 とりあえず今は俺しか居ないから他は後で紹介するとして、 

 君の席はそこだから暫く待機していてくれ。」 

そう言うと田原は自分の机の後ろに広げている道具で筋トレを始めた。 

それを見て山岡はつい突っ込みを入れてしまった。 

山岡「何で筋トレ始めているんですか!業務中ですよね?」 

田原はまた豪快に笑うと説明した。 

田原「心霊課は体力が必要だからな、普段から鍛えていないと身体がもたないぞ。 

 というのは建前で、これは俺の趣味だ。 

 ・・・しかし初日から俺に意見出来るとは、中々肝の座った新人が入ったもんだ。」 

満足げに頷くと田原は更に筋トレに熱中し始めたので、 

山岡はため息をつき席に座ると荷物を整頓し始めた。 

暫くすると騒々しい音を立てながら、

扉を壊しそうな勢いで部屋に入って来た人物がいた 

その人物は長い金髪を後ろで束ね、 

白いジャージとスニーカーというこの場所では違和感のある恰好をしていた。 

その人物は苛立たし気にソファに座るとローテーブルに足を乗せ悪態をつき始めた。 

金髪の人物「おい!クソ上司!よくもあんなつまらねー仕事受けやがったな! 

 オレが行った瞬間に逃げて痕跡も残って無かったぞ!」 

田原「まあそう言うな、

 お蝶には大したことが無くても毎日同じ時間に暴れられてみろ。 

 怖くて仕事に支障があったようだし、やらなければいけないだろう? 

 話は変わるが新人が入って来たぞ・・・彼が山岡君だ、

 お蝶も自己紹介位してくれ。」 

田原に言われてお蝶と呼ばれた人物が山岡を見た。 

その眼光は鋭く山岡は委縮し身体が竦んだが、なんとか声を絞り出した。 

思ったより大声で山岡が自己紹介した為に、お蝶は眉を顰めた。 

お蝶「声がうるせー・・・」 

ぼやいていたお蝶だったが田原に促されて渋々挨拶した。 

お蝶「オレの名前は間宮 蝶子(まみや ちょうこ)だ、まあ適当に頼むわ。」 

それを聞いて山岡はまた突っ込みを入れてしまった。 

山岡「間宮さん女性だったんですか? 

 オレとか言っているから声の高い男性かと思っていましたよ。」 

お蝶が睨んだ為、山岡は自分の突っ込み力を後悔して小さくなった。 

お蝶「オレが男しか使っちゃいけねー筈は無いだろ? 

 本来はオレやオラは自分を指す言葉であって男を指すものじゃない

 ・・・まったく。」 

悪態をついてるお蝶を見て、大笑いした後田原は言った。 

田原「お蝶あまり新人を虐めてやるな、お前の言っているのは只の屁理屈だ。 

 事実でも昔と今は違う、言われるのは仕方ないだろう。 

 それと山岡、ここではチームの連携が重要なんだ。 

 間宮さんなんて呼ばないでお蝶と呼ぶように、これは上司命令だ。」 

お蝶「何勝手に決めてんだよ・・・。」 

その時3人とは別の声が聞こえた。 

???「「ただいま戻りましたー!楽しそうな声が廊下まで響いていましたよ。」」 

声の主はスーツを着た双子の様だった、 

全てが同じで唯一違う所は片方が糸目で片方は普通に目が開いている。 

何も楽しくねぇと悪態をついているお蝶をスルーして田原は言った。 

田原「戻ったかご苦労さん、二人共新人が来たから自己紹介してくれ。」 

展開について行けず固まっていた山岡だったが、 

田原の声に我に返ると慌てて自己紹介した。 

双子「「そうなんだ、山岡君宜しくね。」」 

糸目の男「ボクの名前は、水ノ口 空太(みのぐち そらた)だよ。」 

目の開いた男「ボクの名前は、水ノ口 海里(みのぐち かいり)だよ。」 

双子「「山岡君の一年先輩でお蝶さんに直接指導してもらって、 

 最近二人で行動するのを許可してもらったんだよ。」」 

山岡「よろしくお願いします、空太さん海里さん。」 

田原「ダメだ。」 

その声に山岡は何かをしてしまったかと思い、また小さくなった。 

田原「お前達・・・チームの重要性を教えたばかりなのに他人行儀過ぎるだろ。 

 ああ良い事思いついた、お前らは陸海空トリオな。 

 これからお互いリク・カイ・クウと呼び合うんだ、 

 ニックネーム同士で呼び合えば早く連帯感が生まれるだろう。」 

双子「「了解しました!リク君、ボク達の事はクウとカイって呼んでね~。」」 

リク「俺の名前だけそのままなんですが・・・。」 

田原「よし、お互いの自己紹介は終わったな。 

 リクは暫くの間、他の者が仕事に行く時に帯同して仕事の流れを覚える様に。 

 それじゃあカイとクウ、仕事の報告をしてくれ。」 

双子「「はーい。」」 

二人から報告を聞き終わると、田原は思い出したように言った。 

田原「今日はリクの歓迎会をするから、うっかり帰るなよ。」 

そして田原は徐に箱を取り出すとリクを呼んだ。 

田原「仕事の流れを覚えるのは最優先だが、

 それ以外の時間はこれを練習するように。」 

リクが渡された箱の中を確認すると習字セットだった、 

それを後ろから覗き見た双子はあぁと言った後頷いた。 

双子「「懐かしいな・・・ボク達も許可が出るまで半年位かかったよ、 

 初めは大変かもしれないけど頑張ってね。」」 

田原「リク、写経する時はあの場所でやるんだ。」 

田原が指差した場所は窓際で畳が2枚敷いてあり、テーブルと座布団が置いてある。 

リク「写経って名前は聞いた事あるけど、やった事ないですよ‼」 

田原「だから練習するんだ、今時写経の経験がある若者なんて見た事ない。 

 とりあえず練習は明日からで良いから・・・、 

 タイミング良くお蝶が居るから講義でもしてもらうか。」 

お蝶「ったく・・・、新人が来る度に毎度毎度説明するの怠すぎる。」 

田原「お蝶以外に出来る奴がいるならそうするが居ないだろ、まぁいつも通り頼む。」 

お蝶は盛大にため息をつくと立ち上がり、 

入口の横にあるホワイトボードの前に立つとリクを睨んだ。 

リクは慌てて筆記用具を用意すると、 

ホワイトボードが正面に見える場所に置いてある丸椅子の一つに座った。 

お蝶「面倒だから何度も言わないぞ、一回で覚えろ。 

 ・・・まあそんなに難しい話じゃない、返事位しろよ!」 

リクが慌てて返事をすると、お蝶は頷き話し始めた。 

お蝶「この課の主な仕事は、依頼された任務の遂行。 

 仕事内容は心霊的な異常実体の調査・解決・報告だ。 

 他のサイトやパトロンなどから情報を集め精査し、

 必要と判断した依頼だけ処理する。 

 お前もこの課に配属されたという事は、

 多少なりとも能力があるんだろうが・・・。 

 オレの見立てじゃ双子には遠く及ばないからとりあえず足元位を目指せ、 

 そうしたら少しは使い物にはなるだろう。」 

そこまで聞いてリクは手を上げ質問した。 

リク「能力ってどうすれば強くなるんですか?」 

お蝶「基本的には、3つの方法がある。 

 一つ目は、能力の強い奴と長く行動を共にして感化させる。 

 二つ目は、能力強化の為の修行。 

 三つめは、霊場に長期間滞在する。 

 ここでは一つ目の方法を推奨している、 

 つまりオレや双子に帯同し上から引っ張り上げる。 

 残り二つは、非効率だからやらない。 

 理由は修行は個人差があるから、個別に合う修行を発見するのに時間がかかる。 

 また霊場に滞在も一人で対処出来ない状態で襲われても助けようがない、 

 うちは人数が少ないからわざわざその為に時間を割くのは時間の無駄だ。 

 質問に対する答えは以上だ、分かったら次に行くぞ。 

 今のお前の状態は、一般人よりは多少霊感はあるがそれだけだ。 

 ここでは通常の能力に加え、+αを取得していく事になる。 

 通常の能力とは第一感から第六感、 

 つまり視覚・聴覚・嗅覚・味覚・触覚・感覚(直感)だ。 

 あとはその派生である+αがあるが、種類が多いから割愛するぞ。 

 そしてどの能力が開花するかは、完全にランダム。 

 もちろん能力の運用方法はその都度指導するが、 

 指導する者が居なければデメリットしかない。 

 例えば視覚、対処方法が分からなければ常に見えるようになる。 

 生者と死者の区別が出来なくなる程強くなると、生きるのに支障が出てくる。 

 車や自転車で道を走っていると、いきなり人が飛び出したように見える事がある。 

 死者かと思ってそのまま行ったら、横断している生者の可能性も。 

 ちなみに誰かが見ていると視線を感じるよな?それと同じ事が死者とも出来る。 

 自分が見られていると自覚して、こちらを見てくるようになる。 

 至近距離で常に見られても対処する事が出来ず、ノイローゼからの発狂だ。 

 理解しやすいように視覚で例えたが、 

 他の能力でも対処方法が分からなければ生きていくのにデメリットしかない。 

 話を戻すが能力の強さを10段階で表すと、 

 双子のカイは視覚LV4でクウが聴覚LV4お前は視覚がLV1位かな。 

 人によっては複数強くなる場合もあるが・・・、とりあえずLV3が目標だ。 

 双子が依頼された場所へ行き、対象の難易度を十段階で判定する。 

 戻って上司に報告して誰が行くか判断する、

 その後解決して報告して終わりだ。 

 あとは都度指導するから、それだけ覚えておけばいい。」 

お蝶は話し終わると、かったるそうに移動してソファに座り時計を見た。 

暫く考えていたお蝶だったが、田原の方を見ながら言った。 

お蝶「おいクソ上司、確か1件依頼が入っていたな。 

 仕事終わりまで時間もある事だし、

 少し流れを見せてくるから先方に連絡してくれ。」 

田原は頷くと、にやりと笑ってリクに言った。 

田原「まあ何事も経験だ、気張らずに行ってこい。」 

リクは頷き、部屋を出て行くお蝶に慌ててついて行った、 

二人は外に出ると、そのまま依頼場所に向かって歩き出した。 

お蝶「さっき戻って来た時に、他の課の奴が車を持って行ったから歩いて行くぞ。 

 まぁ・・・1時間位歩けば着くだろうから、問題ないだろう。」 

リク(お蝶さんはジャージにスニーカーだから良いけど、 

 俺はスーツに革靴なんですよ・・・。」 

突っ込みたくなるのをじっと耐えていると、お蝶はリクの顔を見てため息をついた。 

お蝶「はぁ・・・、言いたい事があるならはっきり言えよ。」 

リクは慌てて、他の気になっていた事を聞いた。 

リク「そう言えば先程の講義で視覚に対してのデメリットは聞きましたが、 

 味覚と嗅覚はどんな感じになるんですか? 

 他のは何となく想像出来るのですが、その二つは考えても分からなくて。」 

リクの問いに、お蝶は前を向いたまま答えた。 

お蝶「まぁ通常は味覚と嗅覚以外で、9割以上を占めるから想像しにくいよな・・・。 

 まず味覚・・・どこに居ても霊の気配を感じると、 

 腐った水を口に含んでいるような感覚に陥る。 

 食事中だろうが就寝中だろうが関係ない、家の中でも外でもだ。 

 レモンや梅を見ると口の中が酸っぱくなる気がするだろ? 

 あれに近い状態で霊を感じる事で汚水を口に含んだ感覚に陥る。 

 嗅覚も似た感じで夏場の側溝みたいな匂いがするのさ、時と場所を選ばずな。 

 だから他の能力より発狂度が段違いに高いし、まともに生きる事が難しくなる。 

 見た事も無いしイメージしにくいのも分かるだろ? 

 だから対処も出来ないのに、好奇心で霊感を強くするのを勧めないのさ。 

 どの能力が高くなるかは完全にランダムで選べない・・・、 

 もし味覚や嗅覚に振り分けられたら・・・。 

 そう言う事だ、理解したか?」 

リクが頷いた後、二人は無言で歩き続けた。 

山を切り開いた工業団地に入っていくと、

ある工場を見渡せる外周の道路で足を止めた。 

お蝶が暫く建物を無言で見ていたので、沈黙に耐えかねたリクが聞いた。 

リク「依頼場所ってあの建物ですか?何で入っていかないんですか?」 

それでも無言のお蝶に対して少しイラついて、

先程よりも大きな声でもう一度聞いた。 

リク「なんで何も言ってくれないんですか‼ 

 あの建物が目的地なら早く行きましょうよ‼ 

 ずっと歩いてきたから疲れたし、凄く暑いんですよ‼」 

お蝶「うるせー‼今探っているんだから静かにしろ‼ 

 まったく・・・、分かった説明してやるから近くで睨むな鬱陶しい。 

 とりあえず・・・お前はあの建物を見て何か感じるか?」 

リクは急に話を振られて焦ったが、

深呼吸をして気分を何とか落ち着けて建物を見た。 

リク「うーん・・・何となく嫌な気配を感じるけど、それ以上は分からないです。」 

お蝶「それだけか?何か見えるとかは無いか?」 

リクが首を横に振ると、お蝶は少し思案してから説明した。 

お蝶「この工場はパトロンの一人が所有しているのだが、 

 清掃員が体調を崩してすぐ辞めてしまうらしい。 

 人によっては黒い影を見たと言う話も出ていて、こっちに依頼が来たのさ。 

 ここはLV2程度の難易度だから双子でも良かったんだが、 

 お前がどれくらい使えるか把握する為に連れてきた。 

 とりあえずこの場所から建物全体を見て、

 何処に行けば調査しやすいか確認していた。 

 分かったか?理解したなら移動するぞ。」 

返事も待たずにさっさと歩きだしたので、

リクはため息をつきながらお蝶を追いかけた。 

正門に居る警備員に来訪の旨を伝えると、入口に案内され暫く待つように言われた。 

少しすると扉が開き、受付の女性が二人を中に招き入れて応接室に案内した。 

そこには中年の男性がソファの横に立っていて、二人に話しかけた。 

中年の男性「私は本社から来ている関と申します、この件の責任者でもあります。 

 今回は実態解明の為にご足労頂き、ありがとうございます。」 

関は名刺を渡そうとしたがお蝶は交換を丁寧に断り、 

自己紹介を済ませて向かい合わせでソファに座り本題に入った。 

お蝶「それで、いつからこの現象が起きましたか?」 

関「その当時は気にもしていませんでしたが、 

 今思い返すと工場の稼働時から報告はあったように思います。」 

他にも気になる点を幾つか聞いた後、お蝶は頷いた。 

お蝶「必要な事は聞かせていただいたので、今から調査をします。 

 この建物の一番気になる場所で調査したいので、 

 工場内を移動してもよろしいですか?」 

関「工場内には無菌室もあるので立ち入り出来ない場所もありますが、 

 場所が分かれば案内します。」 

そう言うと関は、テーブルの上に工場の地図を広げた。 

お蝶は地図をじっと見ていたが、頷くと地図の一点を指さした。 

関「この場所なら工場の外から回って行けますよ、さっそく案内しましょう。」 

安堵のため息をついた関は立ち上がり、二人を連れて目的の場所まで案内した。 

その場所は山に隣接する荷物の搬入口の様だった、 

午後四時を過ぎているので山が影を落とし少し薄暗く、周囲に人も車も無かった。 

3人が立っている場所は、不気味な程の静寂に包まれていた。 

お蝶「今から始めますが、あなたはこの場所に居ないほうが良い。 

 予想が正しければ、あなたが次の標的にされるでしょう。 

 終わり次第連絡をしますので、避難しておいてください。 

 あと出来れば、誰も近づかない様にしてもらえると助かります。」 

関は頷くと建物内へ戻って行き、お蝶とリクの二人だけになった。 

リクはキョロキョロ辺りを見回すと、小さく身震いした。 

リク「なんか今まで暑かったのに、急に寒気がしますよ。 

 マイナスの気が辺りに充満しているみたいです、未だに何も見えないですが。」 

それを聞いたお蝶は、ため息をついた。 

お蝶「マイナスの気ってなんだよ、プラスとマイナスでもあるのか? 

 違いを説明出来るならしてみろよ。」 

指摘されて急に自信の無くなったリクだったが、お蝶に促されて説明した。 

リク「マイナスって言うのは、気味の悪い場所とかを感じた時の空気。 

 プラスって言うのは、清々しい場所とか安心出来る空気を 

 自分なりに区別して呼んでいました。」 

それを聞いて少し思案していたお蝶だったが、ため息をつくと頷いた。 

お蝶「なるほどな・・・まぁ言いたい事は分かったが、その知識は忘れろ。 

 そう感じるのはお前が自衛の手段を持たないから、 

 本能で危険を自覚させようとしているだけだ。 

 お前にはこの場所は脅威に思うかもしれないが、オレには危険を感じない。 

 この仕事をやっていくのにアドリブはいらない、正しい知識を覚えていくんだ。」 

その時動く人影が見えたので、リクは身構えた。 

人影は年老いた女性の清掃員で前の場所の清掃が終わり、 

次の場所へ向かう為にこの場所を通っているようだった。 

こちらに気が付いた清掃員は、二人に軽く会釈して通り過ぎた。 

通り過ぎる瞬間に、清掃員に纏わりついた黒い靄が見えた。 

リクは手を伸ばし声を掛けようとしたが、お蝶に制止されてそのまま見送った。 

清掃員が見えなくなった後、お蝶はため息をつきリクに聞いた。 

お蝶「おい、さっき何しようとした?」 

少し低くなったお蝶の声に、リクは内心焦りながら答えた。 

リク「えっと・・・黒い靄が纏わりついているので、 

 気を付けて下さいって言おうとしました。」 

それを聞いたお蝶は、さらに深いため息をついた。 

お蝶「お前・・・、それがどんなに危険な事か分かっているのか? 

 気が付かずに纏わりつかれているだけなら、体調を少し崩すくらいで済む。 

 しかし先程、視覚のデメリットを教えたよな? 

 見えたり感じたりしなくても、

 意識を向けるだけで気づいていると勘違いするだろう。 

 気が付いていると認識した奴らは、今よりもさらに影響を強める。 

 LV2程度と言ったが、お前じゃ手に負えない。 

 解決する事も出来ないのに、中途半端に手を出すな。 

 もしも言われた事を気にして、祓い屋にでも行ってみろ。 

 完全に解決出来ない祓い屋は、霊に痛みを与えるんだ。 

 痛みを受けた霊は、祓い屋と依頼した本人を恨むようになる。 

 恨みを持った霊は、周囲の悪意を吸収し怨霊へと変化する。 

 分かるか?体調を崩す程度の力しか無かった霊が、 

 生命を脅かすような存在になるんだ。 

 もしあの人がその怨霊にやられたら、間接的にお前の責任になる。 

 祓い屋は狙われる覚悟があるから構わないけどな、自分で対策出来るだろうし。 

 覚えておけよ、他の課より一般人を巻き込みやすく危害を与えかねない事を。」 

リクがすみませんとぽつりと言い項垂れると、お蝶はため息をついた。 

お蝶「・・・次にやらなければいい、正しい知識を身に付けていくんだ。 

 それじゃあそろそろ始めていくから、気持ちを切り替えていけ。 

 ・・・その前に、その状態を何とかしろよ。 

 話し合いの場に、刃物チラつかせながら参加している非常識な奴みたいだぞ。」 

リク「そんな事言われても、

 こんなに気味の悪い空間でリラックスなんて無理ですよ!」 

お蝶は呆れながら、髪を結んでいる紐を外した。 

その紐は1本の太い紐のように見えていたが、様々な色の紐で1m位の長さがあった。 

お蝶はその中の黒い紐を避けて、残りをまた束ねて髪に結んだ。 

そして黒い紐を中心で折ると、

素早く編み込んでリング状にするとリクの腕に結んだ。 

リクは黒いブレスレットを見た瞬間、何故か意識が引き込まれそうになった。 

お蝶に短冊状の紙の束を押し付けられ、リクは我に返った。 

お蝶「こいつはお前を守ってくれる札だ、 

 そのブレスレットで霊感を押さえて無防備になっているからな。 

 話し合いが終わるまで黙って立っていろ、声を出したら・・・知らねぇぞ。」 

お蝶はニヤッと笑うと、真剣な表情になり数回深呼吸した。 

そしてリクの目には、お蝶が黙って立っているように見えた。 

お蝶(「待たせて悪かった、・・・こいつは新入りなんでね。 

 これから仕込んでいくから、今回は大目に見て欲しい。」) 

口を動かさず、意識で会話をしているお蝶の目の前には数種類の動物達が居た。 

動物達が自分達の言い分を伝えると、お蝶は少し思案してから答えた。 

お蝶(「成程・・・山を切り開かれ住む場所が減り、

 食べ物が無くなり飢えて死んだのか。 

 自分達と同じ様に、住む事が出来ない様に影響を及ぼしたと・・・。」) 

お蝶は動物達と話しながら、その背後の山に一瞬視線を移したがすぐに戻した。 

お蝶(「お前達のボスは、そのサルか・・・。 

 ボスに聞きたいが、何故清掃員を標的に? 

 ・・・成程、ボスは縄張りを巡回するからか。」) 

清掃員が仕事の為に工場を巡回するのが、ボスの縄張り巡回と勘違いしたようだ。 

自分達の住処を奪った人間達のボスを、同じ様に苦しめようとしたらしい。 

お蝶はため息をつき、サルを見た。 

お蝶(「お前達のボスは、若くて力がある雄が普通はなるだろう? 

 年老いた雌がボスになれる訳が無いだろ、 

 ここのボスは沢山の縄張りを持っているんだ。 

 ボスの代わりに巡回しているだけだから、雌に嫌がらせをしてもすぐ次が来るぞ。 

 ・・・そうか理解出来たなら良いんだ、お前達の邪魔はするつもりはない。 

 あまり雌を虐めないでくれよ、・・・じゃあな。」) 

お蝶は動物達との話し合いを終えると関に連絡し、リクに話しかけた。 

お蝶「話は終わった、後は先程の男に軽く説明して戻ってから報告書作成だ。 

 ところで、先程渡した札を見せてみろ・・・。 

 3回触られたか、まぁ問題無いな。」 

お蝶はリクが持っていた札の束から3枚引き抜くと、文字が消え白紙になっていた。 

リクが疑問を口にすると、お蝶は黒いブレスレットを解き髪に結わえながら答えた。 

お蝶「札の文字は霊が無防備なお前に触れた時に、 

 悪影響を及ぼさないように身代わりになって白紙になったのさ。 

 本来持っている抵抗力もブレスレットで抑えたからな、 

 それくらいしないと警戒心の強い相手が話に応じなかった。 

 とりあえずブレスレットは外したから元に戻ったが、

 帰るまで残りの札は持っておけ。」 

ちょうど関の姿が見えたので、リクは慌てて札を上着のポケットに押し込んだ。 

再び応接室に案内されると、ソファに座りお蝶は話した。 

お蝶「今回の詳しい経緯は報告書を纏めた後で、

 同じルートで報告が行くと思います。 

 しかし責任者である関さんに報告が届くまで時間がかかるので、 

 簡単に現状を説明しますよ。」 

そして清掃員と動物達の関係を説明すると、関は思案して口を開いた。 

関「これは私の個人的な質問なのですが・・・。 

 そういう悪さをする霊は払って解決するものだと思うのですが、 

 何故現状維持なのですか?」 

お蝶「現状維持とは少し違うんですよ、清掃員は狙われなくなります。 

 代わりに若い男性に、ターゲットが行くだけですよ。 

 若ければあれくらいの影響は、本来持っている自己防衛力で十分無効化出来ます。」 

関「失礼な聞き方をしますが、わざと払わなかったか払えなかったのか・・・。 

 私はこの件を預かっているので、是非真実を話してください。 

 もし解決出来ないのであれば、早急に出来る人を頼まなければいけませんから。」 

お蝶はフッと笑いながら言った。 

お蝶「別の人に依頼しても構わないですよ、依頼者の権限ですから。 

 まぁ報告書に詳しく書くつもりだったので、 

 この場では軽く説明するだけにしようと思いましたが。 

 まず動物達だけなら、この新人でも払う事が出来るでしょう。 

 なのに何故、払わなかったのか・・・。 

 それは視られているんですよ、だから出来なかった。」 

関「・・・誰が見ているのですか?」 

お蝶「土地神とよく呼称されている存在ですよ、 

 その存在が動物と人間の動きを視ているんです。 

 別に動物達の味方という訳じゃない、かと言って人間の味方でもない。 

 この場所を開拓するにあたって、社を移動し地鎮祭を行った。 

 しかし、土地神は納得している訳じゃなかった。 

 なので開発によりエサが減り死んでしまった動物達が、 

 人間に悪影響を及ぼすのを視ているんですよ。 

 動物達の力では、体調を崩す程度だと理解している。 

 それでも人間に対して、動物達がやっているのを視て溜飲を下げているんです。 

 もし動物達を払えば、土地神が自ら動くでしょう。 

 その場合、この場所は常に危険な場所になる。 

 数人の体調不良ではなく、生死の問題になるんですよ。 

 気を付けて判断してください・・・、 

 目の前に居る弱いと思っている者達が、実は囮の可能性もある事を・・・。 

 それでは失礼します、報告書は後日送られてくるでしょう。」 

お蝶は青ざめて無言でいる関に軽く会釈すると、

リクも慌てて会釈し二人で外に出た。 

来た道を戻りながら、リクはお蝶に質問した。 

リク「さっきの話ですが、土地神が動くとか有り得なくないですか? 

 そんなに簡単に動くものなんです?

 しかも動物を囮に使っているなんて信じられない。」 

お蝶はため息をつくと、歩みを止める事なく答えた。 

お蝶「だから言っただろう、人間の勝手な行動に納得していないって。 

 地鎮祭もそうだ・・・、 

 本来は土地神に納得してもらう為に意思疎通出来る者が儀式を執り行っていた。 

 今は形骸化した行為をなぞるだけ、素養の無い者が祭りを行っても声は届かない。 

 だから、何かが起こるのさ・・・。 

 まぁ全員じゃないけどな、そこは間違えないでくれ。 

 そして今後あの工場がどういう行動を取るかなんて、オレの管轄外だ。 

 ・・・だがあの土地神の表情を見るに、下手に手を出さない方が良いな。 

 ・・・、触らぬ神に祟り無しだ。」