ある冬の日、TV局の一室で男が二人向かい合って座り険しい表情で話していた。
それはテーブルの上に雑誌が置かれ、開かれたページの記事についてだった。
目の鋭い男「カズさん困りましたね、こんな記事が出たらもう双子は使えませんよ。」
カズと呼ばれた男は、忌々し気に記事を見た。
その内容は双子の出ている番組のやらせ疑惑で、
元番組関係者や出演経験のある芸能人が匿名でインタビューが書かれていた。
そして大人でも過労死するかもしれない時間労働を未成年である双子に強要し、
更に必要な教育を受けさせていない虐待疑惑も書かれていた。
記事の後半で専門家は真相を調査して明らかにしたほうが良いと言っていた。
目の鋭い男は、更に言った。
目の鋭い男「今回の件で本社やスポンサーが、
双子を入口にして警察の手が入るかもしれないとナーバスになっていましてね。
出来れば…、警察と双子が接触する前にカタをつける様に…と。」
そう言うと、厚みのある封筒を雑誌の上に置いた。
カズはそれを手に取り素早く中身を確認すると、横に置いていた鞄の中にしまった。
そして足を組み、少し背もたれに身体を預けると世間話を始めた。
カズ「うちの双子は15歳で、世間では高校に行くような年齢でね~。
その年頃になると親への反発もあって、
悪い友人とつるんで何日も帰って来ない事も良くあるんですよ。
それこそ、何日も家に帰らなくても不思議じゃない。
まあそのうち帰って来るでしょうから、
その度に捜索願なんて出さないんですよ。」
目の鋭い男「あぁ反抗期中なら仕方ないですね、親は苦労するでしょう。
私もこういう職業柄10代の子供達を沢山見ていますが、
思った通りに動いてくれなくて苦労しているんですよ。
もう新番組の企画も動いていますので、楽しみに待っていてください。」
そう言うと、二人は意味ありげに笑っていた。
数日後…
双子は番組の収録の為に、スタッフ数人と某山の中腹にある山小屋に向かっていた。
夜の収録という事で、夕暮れの出発となった。
山の麓に車を止めると待機組は残り、
双子とハンディカメラを持ったスタッフの3人で山道に入った。
山道は薄暗く、目を凝らさないと良く見えない。
暫く進むと、周囲の草が高くなり山道に覆いかぶさって獣道のようになった。
一時間ほど進んだ所で、スタッフは言った。
スタッフ「あれ?カメラの予備バッテリーを車に忘れて来ちゃった。
このままだと、撮影が途中で止まっちゃうから取りに行ってくるよ。
あと30分歩けば山小屋に着くから、君達は先に行っていて。
急いで取りに行ってくるから、また後で。」
そう言うと、スタッフは急ぎ足で戻って行った。
残された二人は、お互いに頷きあうと山小屋に向かって歩き出した。
30分…1時間…、いくら歩いても山小屋は見えなかった。
海里「おかしいな…、もうとっくに着いていても良さそうなのに。」
空太「道を間違えちゃったのかな?…疲れたから少し休もう。」
二人は、大きい木の根元に座った。
日はほぼ暮れている為、自分達が何処にいるかも分からなかった。
忘れ物を取りに行ったスタッフは、
山小屋に着いて二人が居ない事に気が付いて探してくれているかもしれない。
でも、道を逸れてしまったなら見つけられないかも。
今夜はここで動かずに、明日日が昇ったら山を下りて帰ろう。
二人はそう話し合うと、身を寄せ合った。
心細さはあったが、互いの温もりで励ましあった。
日が完全に暮れて真っ暗になると、気温が急激に下がってきた。
まだ3月…、初春とはいえ夜は冷える。
二人は収録の為、薄い衣装を着て上にコートを羽織っただけだった。
5℃を下回り0℃近くになると、ガタガタ震え始め手足の先から冷たくなってきた。
暫くすると、海里は空太がぐったりしているのに気が付いた。
慌てて呼ぶと、うっすら目を開き力無く言った。
空太「…、…ごめん…少し眠いんだ。
沢山…歩いて、疲れた…みたい…。」
そう言うと再び目を閉じ、海里が何度呼び掛けても起きる事は無かった。
海里はぎゅっと抱きしめると、少し苦しそうに空太は身じろぎした。
空には星が輝き、夜も更けてきた。
海里は空太を抱きしめていたが、寒さの感覚が無くなってきた。
頭がぼんやりしてくると、少しずつ意識が遠ざかっていった。
暫く経って、黒い影が二人に近づいてきた。
それは、一人の男だった。
二人を探していた訳では無く、任務の為に近くを通った。
その時微かな呼吸音を聞き、確認しに来たのだった。
男は二人を見て一瞬驚きの表情を浮かべたが、
すぐに手袋を外し生きているか確認した。
その後、無線で仲間に連絡し保護すると担いで移動した。
作戦本部のあるテントに運び込み寝かせると、医療スタッフが簡易治療を施した。
医療スタッフが、男に話しかけた。
医療スタッフ「二人共、軽度の低体温でした。
こんな時期に素人が、山中で野宿なんて自殺行為ですよ。
しかも、瘦せすぎていて栄養失調の疑いもあります。
一番近い集落は10キロ以上あるし、
来ている衣服から地元の子供ではないと思います。
…うーん、あまり考えたくは無いですが…。」
男は、話を聞き肩を竦めると二人を見た。
その時、男の部下が話しかけてきた。
部下「田原隊長、この子供たちはどうしますか?
警察や普通の病院では、保護した経緯を聞かれそうですよね。
明るくなったら記憶処理を施して、下山させるのが現実的ですかね?」
田原「しかしこの状況を考えると、帰してもまた同じ事になるだろう。
今回は任務中に偶然発見できたが、我々が来なければ確実に命を落としていた。
…とりあえず朝になる前に撤収しなければならないから、
組織の関連病院に連れて行こう。」
隊員達は撤収の準備を始め、二人は組織関連の病院に送られた。
3日後…、双子と面会できる旨を聞き田原は病院を訪れた。
医師からは順調に回復しているので、
あと3日もすれば退院できるだろうと告げられた。
しかし精神的なケアはまだ必要なので、心療内科の通院は継続するらしい。
田原はお礼を言い、病室へ向かった。
病室に入ると顔色の良くなった二人は半身を起こして雑談していたが、
田原に気が付くと怯えた表情に変わった。
一緒に来ていた看護師から、
助けたのはこの人だと教えてもらうと二人はペコリと頭を下げた。
田原は笑いながら、気にしないように言うとベッドの横の椅子に座った。
田原「君達は…、海里君と空太君か。
どこかで見た事がある気がするが…、まぁどうでも良いか。
とりあえず君達の今後についてなんだが,
こちらとしては君達の意志を出来るだけ尊重したいと思っている。
家に帰りたいなら、その準備をするがどうしたい?」
もし帰ると言われれば、記憶処理をして近場まで送っていくつもりだった。
しかし未成年であるはずの二人の捜索願は、
保護してから今まで調べたが出されていなかった。
田原は二人の境遇にいたたまれなさを感じたが、それを表情に出す事は無かった。
二人は田原を見ていたが、ふと何かに気が付くとお互い頷いた。
海里「僕達、家に戻りたくないんです。
田原さんと同じ職場で働きたいんですが、住み込みで働く事は出来ますか?」
田原はその言葉を聞いて、やはりそうきたかと思った。
予想はしていたので受け入れるのは可能だが、
先にもっと詳しい身辺調査が必要になる。
田原「分かった、受け入れる準備があるからそろそろお暇しよう。
二人共しっかり身体を休めるんだ、じゃあまた来る。」
田原は笑顔で病室を出たが、廊下に出た時には既に真剣な表情になっていた。
病院の外に出ると、携帯を取り出し部下に電話を掛けた。
受け入れの旨と調査の続行を頼むと、田原は通話を終えた。
車に乗りサイトに戻るまでに色々な疑問が過ったが、
田原はくだらねぇと呟くと思考を切り上げた。
退院後、田原は双子を連れて自分の部屋に戻って来た。
数日預かり、その間に性質を見極め適正のある訓練所に送るつもりだ。
双子には思ったより準備に時間がかかる為、数日自分の家に泊まるように伝えた。
扉を開け中に入ると、見覚えのある靴が置いてある。
またか…、と小さく呟くと靴を脱いでリビングに向かった。
リビングに入ると、見慣れた女性が笑顔でお帰りと言った。
田原「お蝶…また夫婦喧嘩したのか、もう少し話し合ったらどうなんだ?」
それを聞いたお蝶は、不機嫌そうに言った。
お蝶「あいつが悪いんだよ、頭ごなしに反対しやがって…。
向こうが謝ってくるまで、オレは帰らないからな。」
それを聞いた田原は、半ば呆れながら言った。
田原「お前たち夫婦…いや家族は何かあるとすぐオレの家に来るが、
ここは駆け込み寺じゃないぞ。」
お蝶「あぁ…この前のか、でも仕方ないじゃん。
蓮の事で意見がぶつかりまくるからさ、悪いとは思っているよ。」
実際お蝶の家族は、何かあるとすぐ田原の家に転がり込んできた。
滞在時間はまちまちだが、長い時は1週間も居座った。
残された方も、田原の家にいるなら大丈夫だろうと慌てる様子も無い。
最近の喧嘩の原因は蓮の進路についてだが、
少し前も自宅にいるのに嫌気がさして蓮が来た。
蓮「田原おじさんこんにちは、今日は家出してきたよ。
父さん達が喧嘩しているのを見てるのか嫌になっちゃって、
暫くここに居るからね。」
田原は、知らない所に行くよりはと部屋に上げた。
お昼用に作っておいた軽食を出し、蓮が夢中で食べている隙に電話を掛けた。
田原「あぁお蝶か、蓮がうちに来ているんだが…。
そうそうその件だ。あまり子供の前で喧嘩をするのはよせ。
…あぁ分かった、今日は泊めるから明日迎えに来いよ。」
田原が通話を終えると、ちょうど食べ終わった蓮が振り向いた。
蓮「美味しかったよ、ご馳走様。
…、お母さんに電話してくれてありがとう。
もうすぐ日本を離れるから、楽しい思い出いっぱい作りたいのにな…。
喧嘩ばかりで、嫌になっちゃうよ。」
田原「行くのは、決まったのか?」
その問いに、蓮は神妙な顔で頷いた。
蓮はまだ10歳だが、高校3年までの課程は既に修了していた。
蓮の父は、能力をもっと開花させるべく海外の大学へ留学する準備を進めていた。
お蝶は学習よりも、もっと年相応の経験をさせるべきだと喧嘩している。
蓮は自分の意志が介入出来ない事は理解しているが、
本心では家族と一緒に暮らしたい様だった。
田原の家に来たのも、微力な抵抗心のようなものだった。
当の二人には、伝わっていないようだが。
田原は連の頭を撫でると、夜は好物にしてやろうと買い物に出かける事にした。
ご馳走でも作ってやろうとしたのだが、炒飯が良いと言われてしまった。
次の日迎えに来たお蝶に蓮を渡し、解放された田原は安堵のため息をついた。
その後双子の事件が起き、帰ってきたらこの状況だ。
田原は、諦めたようにため息をついた。
お蝶は、双子をまじまじと見て納得したように笑った。
お蝶「この二人は…、もしかして隠し子か?」
田原は慌てて否定すると、今までの経緯を説明した。
お蝶「お前達、名前は?」
双子が自己紹介した後、お蝶も名乗ると田原を見た。
お蝶「こいつらの受け入れ先だけどさ、
前話していた部署を立ち上げたら入れてくれ。
見て理解した、こいつらは鍛えれば伸びる。
それじゃあ、晩飯が出来る迄部屋に居るよ。
あぁメニューは炒飯で良いぞ、じゃあまた後でな。」
そう言うと立ち上がり、
入るなと書かれたプレートが掛けてある部屋に入っていった。
空太「田原さん、あの人は妹さんなんですか?」
そう聞くと、田原は複雑そうな顔をした。
田原「妹じゃないんだが、元同居人って感じが当てはまるのか…?
確かに妹は居たんだが、入れ違いで入ってな…。
いや…恋人じゃない、ちょっと複雑なんだ。」
そう言うと話を切り上げ、双子に寛いでいるように言うと奥の部屋に入っていった。
数日後、適性の判定が終わり訓練所から担当者がやってきた。
担当者は田原にお蝶がすでに根回しして、ガイドルートが決まっている事を伝えた。
田原は内心複雑だったが、おくびにも出さず双子を見た。
二人は警戒心の解けた顔で笑顔で手を振ると、
担当者に連れられて訓練所に向かった。
訓練内容は田原ですら二度とやりたくないと思わせるものだったが、
何とかクリアして成長した姿を見せてくれる事を願った。
そうして何年かの後に再会した二人は逞しい青年になっていた。
あどけなさは消え失せていたが、田原を見ると駆け寄ってきた。
既にあの時話していた部署は立ち上がり、二人は所属する事が決まっていた。
再会の歓迎会をすると言った田原に、二人は顔を見合わせてから言った。
海里「歓迎会も良いんですが、僕達は田原さんの作る炒飯が食べたいです。
訓練で辛い時や苦しい時に、
田原さんの励ましとその時に食べた炒飯を思い出して
卒業したら絶対に会いに行くと頑張ってきたんです。
なので、田原さんに作って欲しいんです。」
それを聞いた田原は少し照れくさそうに頷くと、二人を連れて寮の部屋に向かった。
そこで食べた炒飯は変わらず美味しくて、
やっと地に足着いたような安堵感を得られた。
カイは思い出に耽った一瞬の後、リクの方を見た。
作業が終わり席に戻ったリクは、
上着を脱ぎ濡れたハンカチで汚れた場所を擦っていた。
カイ(あんなに擦ったら、余計落ちないだろう…。)
ため息をついたカイは立ち上がると、リクの所へ行き染み抜きを渡した。
何度もお礼を言うリクに、気にするなと伝えると自分の席に戻った。
その時唐突に、自分の感情を理解した。
カイとクウは、生まれてからずっと一緒だった。
苦しい時も辛い時も、お互いの存在に励まされ依存していた。
田原やお蝶に会い、自分達の世界に居心地の良い調和が出来た。
そこへ、リクが入って来た。
調和が乱れ、違和感を覚えた。
それまでお互い依存していたクウが、
自分よりもリクを優先しているようで寂しさを覚えた。
その焦りから、仕方のない状況でリクを責めた。
しかしカイもまた、今のリクを見ていられず手を差し伸べた。
依存していたクウ以外にも目を向けた事で、
カイの心はやっと実年齢に…子供から大人へ変化し始めたのだった。
リクが更に染みと格闘しているのを見て、カイは初めて優しく笑った。
二日後、クウが出勤してきた。
リクはクウの体調を心配したが、笑って大丈夫だと答えた。
クウ「本当は昨日から来ても良かったんだけど、
カイが絶対休めって言ったから大人しく寝ていたよ。
でも暫くお蝶さんも居ないし、
二人で大変かなって思っていたけど心配いらなかったね。」
それを聞いてリクは、お蝶が暫く姿が見えなかった事を初めて疑問に思い質問した。
カイは、呆れながらも答えてくれた。
カイ「まったく、何日も経って初めて疑問に思うなんて抜けているなぁ。」
リク「すみません、正直に言うとクウさんの方が気になっていました。」
それを聞いたクウは、微笑みながら言った。
クウ「心配かけて、ごめんね。
それでお蝶さんなんだけど、
僕が入院した次の日から有休をとってそのまま出張に行ったみたいだよ。」
クウが小さなホワイトボードを指さすと、名前の横に日付と出張と書いてあった。
リク「出張って、遠くにいる異常存在でも見に行ったんですか?」
カイ「違う、全国各地で行われる合同企業説明会に行ったのさ。
そこには沢山の人が集まり、就職を希望している。
素質のある人材を見つけやすいし、確保しやすいだろ。
現地の組織関連企業の職員と、合流して参加するんだ。」
言われてみるとリク自身も説明会に参加して、内定をもらった事を思い出した。
それから数時間後、カイが一つの報告書を見て悩んでいた。
クウが近づき、カイの手元にある報告書を見るとあぁと言った。
カイ「この案件の調査なんだけど、早急に解決して欲しいらしくて…。
でも、お蝶さんはまだ戻らないしどうするかな~。
推定LVは低そうだから、事前の調査だけでもしておこうかな…。」
クウ「僕も行くよ。」
カイは首を横に振った。
カイ「だめだよ、まだ本調子じゃないだろ?
心配しないで、一人でも行けるから。」
今度は、クウが首を横に振った。
クウ「僕の体調は万全だよ、
カイの事を心配しながら待っている方が身体に悪いよ。
不安ならリク君にも一緒に来てもらえばいいよ、最近頼もしくなってきたから。
僕が、田原さんに申請してくるよ。」
そう言ってクウは田原に話に行ったが、案の定心配された。
しかしクウは、引き下がらずに許可をもらってきた。
カイは諦めて、明日の夜向かう事にして準備を始めた。
次の日の22時になる頃、3人は目的の場所に着いた。
リクは、ふと疑問に思った事をクウに聞いた。
リク「そう言えば、なんでこんな夜中に始めるんですか?」
クウ「一番は人目かな、今回は山中だけど前回は住宅街だったよね。
夜なら暗闇で誤魔化せることもあるし、秘密裏に行動しないといけないから。」
その後3人は、手馴れた様子で準備を始めた。
準備が終わると、カイが言った。
カイ「今回の件はパトロンの孫が友人と肝試しにここに来たんだが、
途中で具合が悪くなって車に戻って横になった。
そして、今日に至るまで目を覚まさないらしい。
組織関連の病院に搬送されて検査した所、原因不明の診断が出た。
関連があるか分からないが、少しでも可能性があるならと調査する事になった。」
クウは、少し考えてから言った。
クウ「まあ最終判断はお蝶さんが戻ってからだろうけど、お孫さんは心配だね。
少しでもスムーズにやる為に、LV判定と仮報告書作成をしよう。
まぁ問題も無さそうだし、気負わずに行こう。」
3人は、鳥居をくぐり参道を進むと少し開けた場所に出た。
広場の奥には、苔むした台座があり小さな社が鎮座していた。
社に使っている木材は風化し所々欠けたり黒ずんでいる、
朧気た雰囲気のある場所だが、
広場自体は掃き清められていて誰かが管理しているようだった。
3人が慎重に社へ近づくと、突然周囲の空気が変わった。
カイとクウは、いつもの様に集中して気配を探った。
カイ「陰の気がLV1って所かな、戻って報告書を…。」
話の途中でカイは口を噤み、後ろを振り返った。
そこには空間が歪み、押し潰されそうなほどの圧迫が3人に迫っていた。
カイ「リク!車に戻って田原さんに連絡するんだ!」
リクは反射的に頷き、車に向かって走った。
カイ(リクを追いかけないという事は狙いはこっちか、
背中を見せてくれれば何か手を打てたのに…。)
ふとクウを見ると微動だにせず、空間に魅了され囚われているようだった。
そして空間の歪みが裂け目になると、中から黒い靄の様な溢れ出しクウに迫った。
カイはクウの前に立ち、守ろうとしたが指一本動かせない。
カイ「クウ!逃げてくれ‼頼む…動いてくれ!」
黒い靄がクウに触れようとした時、
ポケットに入れた沢山の札が次々と白紙になり地面に散らばった。
そして…、札が全て白紙になりクウは成す術も無く靄に飲み込まれた。
その瞬間は、カイにとって永遠に感じられる苦痛だった。
カイは何度もクウの名前を呼び、身体を無理に動かそうとして全身が軋んだ。
急に身体が自由になったカイは、
バランスを崩しそうになったが何とか踏みとどまった。
クウの方を見ると、うつ伏せで倒れているのが見えた。
慌ててクウの胸に耳を当てると心臓の音が聞こえ安堵したのも束の間で、
意識を失っているようだった。
抱き起し何度呼んでも反応は無く、溢れてくる涙を拭おうとせず強く抱きしめた。
カイはクウを抱えると、力の抜けそうな足を前に動かして何とか車まで辿り着いた。
車ではリクが田原に何とか説明をしようとしていたが、
慌てすぎて支離滅裂になり要領を得ずにいた。
クウを後部座席に寝かせた後、カイが事情を説明して救急車を手配してもらった。
暫くすると、組織関連の病院から普通車に偽装した救急車が到着した。
クウが救急車に乗るのを確認したカイは、
車と報告をリクに任せると告げ一緒に病院に搬送されて行った。
残されたリクは、言われた通りにサイトに戻る事にした。
オフィスに戻ると田原が出迎えてくれたが、報告を聞き険しい表情になった。
田原「リク、ご苦労だったな。
後の事はこっちでやっておくから、とりあえず帰って休め。
聞いた感じだと、明日はカイも休むだろう。
明朝の作業は、リク一人になるが頼んだぞ。」
リクは、頷くと帰る事にした。
外に出て空を見上げ、今夜は寝られない気がした。
しかし寝ぼけて手を抜く事は出来ないと、深く深呼吸して帰路についた。
オフィスでは、田原がお蝶に連絡を取っていた。
田原「…という訳だ、まだ数日あるが戻って対処してくれ。
…あぁ、すまないが頼む。」
話し終わった田原は少し考えていたが、荷物を纏め病院へと向かった。
次の朝リクがオフィスに来ると、すでにお蝶が居て報告書に目を通していた。
リク「おはようございます、今日は早いんですね。」
お蝶はリクに一瞬目を向けたが、すぐに報告書に視線を戻した。
お蝶「向こうのサイトで、車を出してもらったからな。
病院で田原と合流して、カイから詳しい話は聞いた。
その後ここに来て、報告書の内容を照らし合わせているんだ。」
リクはお茶を入れ、お疲れさまですと言って机の上に置いた。
お蝶は、お茶を一口飲むとリクを見た。
お蝶「今回は上手く立ち回れたようだな、少しずつだが成長している。」
その言葉に、リクは首を横に振った。
リク「俺は…、カイさんとクウさんが危ないのに逃げるしか出来なくて…。
全然、上手く立ち回れていません…。」
俯いたリクを見て、お蝶は淡々と言った。
お蝶「もしお前がその場に留まったとして、
状況をひっくり返す事が出来たと思うか?
もしお前が躊躇して逃げずに全員倒れれば、それだけ発見が遅れる。
どんな状態でも3人生きて戻ったから手遅れじゃない、
まだまだ半人前なんだ、焦る必要はない。
だから、そんなに自分を責めるな。
話は変わるが…、朝の業務が終わった時点で現場に行く。
状況を説明出来るのは、お前しか居ないから頼んだぞ、」
リクは頷くと、気合を入れなおし作業に戻った。
朝の作業が終わり、リクの運転で現場に向かった。
少し離れた駐車場に車を止め、二人は歩き出した。
社への参道に差し掛かった時、老人が奥の方から歩いてきた。
その老人は不機嫌そうな顔で、
手には箒と塵取りそれに沢山の紙が入ったごみ袋を持っていた。
お蝶は、笑顔で話しかけた。
お蝶「おはようございます、少しお話を伺いたいのですが。」
老人は怪訝そうな顔をしていたが、
渋々頷いてくれたのでお蝶は名刺を取り出し話を勧めた。
お蝶「私は、こういう者です。
依頼人の息子さんの足取りを追っていて、
こちらに来たという情報を入手してここまで来たんです。
何か変わった事があれば、教えて欲しいのですが。」
それを聞いた老人は、名刺とお蝶を交互に見た。
老人「あんた探偵か?TVで見るのとだいぶ違うな。」
にっこり笑って、お蝶は答えた。
お蝶「正確には、情報収集専門の社員ですけどね。
探偵の先生は結構忙しいので、
現地に行くまでに必要な情報は全国に居る契約社員に集めさせているんですよ。
まぁ私も、その一人なんですけどね。」
腑に落ちた様子で頷くと、老人は話し始めた。
老人「ここはだいぶ前から若者の間で、心霊スポットとか言っているらしくてな。
夕方や夜中関係なくやって来て、肝試しとか言って大騒ぎしているんだ。
それだけなら近くに民家も無いから誰も気にしないんだが、
荒したり壊したり、ごみを捨てて行ったりで迷惑しているんだ。」
お蝶「あなたは、ここの管理をしているんですか?」
老人「今は儂だが、氏子が持ち回りで管理しているんだ。」
お蝶「そうなんですか、ご苦労様です。
もしかしてその手に持っている袋の中身は、現地に落ちていた物ですか?
差し支えなければ、譲ってほしいのですが。」
老人は、首を傾げた。
老人「これは社の前に散らかっていた紙だ、
捨てるだけだから構わないがこんな物が欲しいのか?」
お蝶「勿論です、実は大きな声じゃ言えないですが一件ごとの報酬は固定なんです。
でも手がかりになりそうな物を提出出来たら、追加報酬がもらえるんですよ。
なので現場にあった物なら、ゴミでも良いんです。」
老人は頷くと、袋を手渡した。
お蝶「あとは現地を確認したいんですが、許可は必要ですか?」
老人「そんなものはいらんが、掃除したばかりだから汚さなければ良いぞ。
そうだ、せっかく行くのなら手位合わせてくれよ。
管理している者以外、まったく訪れないからな。」
お蝶とリクはお礼を言うと参道を奥へと歩き出した。
ふと疑問に思ったリクは立ち止まり質問した。
リク「そう言えば、さっきの探偵ってどういう事です?
渡した名刺は、偽物だったんですか?」
お蝶は、一枚取り出すとリクに見せた。
お蝶「この名刺は本物だ、ちゃんと実在している。
この探偵事務所を運営しているのは、組織の人間だがな。
こういう仕事をしていると、表と裏の情報が集まりやすい業種は重宝するんだ。
それに探偵なら、情報収集しても怪しまれないだろ。
ただ、誰でも取得できる訳じゃない。
登録申請をして審査が通った者だけに、この名刺は発行される。
条件として名刺を使用した場合、
日時・案件№・名刺を渡した人物とその経緯を毎回提出する。
提出された情報は、組織のデータベースに保存される。
名刺を受け取った人物が後日連絡してくると、
探偵事務所からデータベースにアクセスし代わりに対応してくれる。
その後、こちらに通知が来る。
人によっては事務所が実在しているのを確認したり、
後から思い出した情報を提供してくれたりする。
分かったなら行くぞ、今夜決行する為には事前準備は不可欠だからな。」
立ち止まって話していた二人は社に向かって歩き出した。