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耄碌爺のひとこと

何しろ永いこと生きてきたので、思いでやら書きたいこと山ほどあって、支離滅裂・前後左右あたふたとやらせてもらいます。

 先ほどTVを見ていたら、博多駅近くを通る人に尋ねてていた。

 

 50人の内14人が当たり前に答えたのだが、後の人たちは、知らなかったようだ。

 

 日本が滅ぶ前に死を迎えて、僕は幸せなのかもしれない。

反日の人々(日本の国籍を持った人で、日本が嫌いな言動をしてきた人たち)はどうするのだろう。

 

この分だと(ひょっとすると)彼らの考えや行動が、見たり聞いたりできるかもという微かな期待がある。

 

 「自衛隊は違憲だから、戦争をしてはいけん」とか、この前の大東亜戦争当時のように、敵方に内通したりとか、心待ちにしてはいけないのだろうか。

 

 安倍総理大臣殿

 

 北朝鮮と開戦すると支那はどう出てくるかご覧になりたいと思いませんか。

 

大東亜戦争時我が国と戦争もしていないのに、勝手に戦勝国を気取っている中国共産党と、どちらが戦勝国かこの際決着を着けませんか。

 

 

僕の机の引き出しを開ければ、古いパスポートがある。

 

昭和45年8月25日 日本政府総理府の発行のものである。

 

開くと、本土と沖縄との間を旅行する

日本人であることを証明する。

 

     内閣総理大臣

                   とある。

 

 1970年9月4日 僕は沖縄に行った。夜、那覇の何処ともはっきりしないところにおでんを商っている屋台が有ったので、同行の友人と屋台でおでんを頂いて一杯飲んだ。

 

 屋台のおばさんは、当然のことだが日本語を話した。

 

 僕たちが、九州から来たことを告げると、大歓迎してくれた。

 

 お客さんが増えた。「本土復帰」で大いに盛り上がった。

今でも、そこにいたおばさん、若い人たちを思い出す。みんな、間違いなく「日本人」であった。

 

 翁長さん、いい加減に「本心」をしゃべって下さい。