耄碌爺のひとこと -6ページ目

耄碌爺のひとこと

何しろ永いこと生きてきたので、思いでやら書きたいこと山ほどあって、支離滅裂・前後左右あたふたとやらせてもらいます。

 誠にもって情けない時代になり果てたものだ。

 

 国会議員になるためだけが目的の輩が多すぎる。それもこれも本人の資質を見極めて投票する有権者が少なくなったからであろう。

 

 政治を志す者が、有権者と接し語り合う機会がほとんどなくなってしまった。

 

 それは、候補者が選挙民を相手とする選挙をしなくても、党公認になりさえすればその時の風で「馬鹿」でも当選するから有権者のほうを見てなくても良いからである。

 

 まるで企業への就職運動のように、公認になること(内定をもらう)のみを目的とする政治活動しか出来ないやつらが多すぎるから、議員の程度が最悪の時代になったのだろう。

 

 良くも悪くも凄い議員が見当たらなくなってしまった。

 

 中選挙区制に戻すほかに無い。

 

 無所属で立候補して、程度の悪い公認候補にとって代わる選挙を行わない限り、政治家の質は向上しない。

 

 このままだと

     国を思い英知を傾けて政治を行う

                  本物の政治家は出てこない。

 

 

 

 沖縄県が何やら怪しげなパンフレットを我々の税金で発行したとニュースで見た。

 

 もううんざりだと思いませんか。

 

翁長さん、そんな金が有るならば、県の予算の半分以上を国からもらい、尚且つ防衛庁から破格の給付金?貰ってることをきちんと公表したうえで、県民の投票により

 

  ①日本にこのまま残るか。

  ②独立するか

  ③元のアメリカ統治に戻るか

     お決めになられては如何ですか。

 

 

 

日本国憲法第二十五条 すべての国民は、健康で文化的な最低限の生活を営む権利を有する。   とあります。

 

 最低限の生活というのはどの程度の生活なんだろうか・・・と、考える。

 

 北朝鮮に拉致されている人達は、健康で文化的な最低限の生活を営んでいるのだろうか。それとも、拉致されている人々には日本国憲法第二十五条は適応されないのだろうか。

 

 今の日本国憲法の下では、朝鮮に万一の事件が発生しても、助けに行くことは出来ない。

 

 「平和」憲法と名付けて喜んでいる人達は、自分に関係ないと思っているのだろうか。