こんにちは。

 

今日は、趣を変えて、IT会社っぽく、AI(人工知能)について書いてみたいと思います。かなり長くなりましたが、面白いと思うのでぜひ最後までご覧ください。しかし、当社はAIの専門業者ではありませんので、ご了承を^^

 

現在のAIブーム・・・ブームと呼んでいいかわかりませんが・・・は、2006年頃からと言われており、「ディープラーニング」とか「深層学習」とかという言葉がよく聞かれるようになりました。定かではありませんがIBM社のWatsonが今回の火付け役になったのではないかと思います。

 

「深層学習」についても簡単に触れておくと、AIは人間の脳をモデリングして作られています。脳にはニューロンという細胞があって、これがシナプスというもので繋がれている構造をしています。そしてある刺激がニューロンに与えられるとシナプスを伝わって別のニューロンに伝達される訳ですが、実はシナプスとニューロンの間には微妙な隙間があって、あるレベルに達しないと伝わらないようになっています。1つのニューロンからは沢山のシナプスが枝のように出ていて、それぞれのニューロンに対するレベル(重み)が異なっています。そしてこのレベル(重み)が経験などによって強化されたり弱めたりします。これが学習です。どのニューロンが発火(興奮)したかが振る舞いや思考結果として現れます。

この仕組みをニューロラルネットワークといい、色々な種類のAIがありますが、基本にはこの仕組みをモデル化しています。そして、このニューロラルネットワークは、人間の脳の中で、1つの平面ではなくて、幾重にも層になっています。私がAIを勉強した第2次ブームである1980年代の終わり頃は、コンピュータの処理速度も今ほど高くなかったですし、クラウドコンピューティングのようなものも一般的ありませんでしたですから、「層」の数はたかが知れていたのですが、コンピュータの性能向上によって「深層」が実現したという訳です。もちろんそれ以外にも色々と技術的に進化している部分もありますが、基本原理はそんなに大きく変わらないのではないかと思います。


 

さて、自動運転などにも欠かせないAI技術ですが、では人間を超えることはできるのか? 将来本当にAIによって多くの仕事が失われるのか?

その答えは、

 

YesでありNoである

 

と私は思います。深層学習といえども原理的には人間の脳を単純なモデルに置き換えただけで、確かに計算能力はコンピュータに分があるようにも思いますが、複雑な人間の仕組みには勝てないと思うからです。一説には「3歳の壁」というのがあって、AIはまだこの壁を超えていないとも言われています。また、AIの得意分野は、ざっくり言ってしまうとパターン認識であり、人間のような創造性を持たせることは現時点では不可能でないかということです(創造しているように振舞わせることはできます)

ただ、この創造性に関していえば、人間であっても「本当の意味で創造しているか」ということに関しては、議論の別れるところかと思いますので、この1点だけで議論するのは早計のようにも思います。

現状はそんな状況ですので、そこだけで議論するればNoである、と私は考えています。AIが仕事を奪うというのも(実際に一部の仕事は既にそうなっているかも知れませんが、)現実的ではないと思います。「電話交換手」という仕事は「自動電話交換機」に奪われました。このようなことはAIに限らず常に起こっております。

 

しかし技術の進化に不可能はないと思ってますので、近い将来には実現不可能でも、未来には実現可能ではないかと思います。そいう意味ではYesです。

そして、ここからが本題ですが、
 

詳しくは「意識は幻想か?―「私」の謎を解く受動意識仮説」(慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科における講義「システム生命論」の一部です。)という動画をご覧いただきたいのですが、これによると、我々に自由意志なるものは存在しないとうことです。「意識」という脳の中心部のようなものがあって、そこが命令を出して我々をコントロールしていると考えがちですが、というか普通はそう考えますが、そうではなくて、発火したニューロンが意識に登だけであるというのです。

 

ちょっとわかりにくいと思いますので、例えばなしをすると、自分がある会社の社長で部下に色々と命令して会社を経営している(トップダウン)というのは社長の幻想で、本当は、部下たちがそれぞれの担当をこなした結果を社長に報告している(ボトムアップ)だけというのが真実であるというのです。社長は自分がコントロールしていると錯覚しているというのです。いかがですか? 驚きですよね? そんなバカなと思われた方も多いのではないでしょうか? 私自身も初めて聞いた時にはそう思いました。

 

 

我々が普段、意識だと思っているものは、実は無意識で並列に動くニューロン(部下)が発火したものが意識を司どる部分(社長)に報告されているだけで、それを我々がさも自分が考えたことのように錯覚しているというのです。

ちょっと長いですが、本当に面白い動画なので、そちらをご覧いただくのが良いと思いますが、もう少しだけ説明すると、面白い実験がありまして、右脳と左脳が分断された方に、右脳にだけ聞こえるように左の耳から歩いてくださいと指示をします。そして今度は、左脳だけに聞こえるように右の耳から、あなたはなぜ今歩いているのですか?と質問をします。

 

皆様、右脳と左脳が分断されたその方はなんて答えると思いますか?

右脳と左脳が分断されていて、左脳は右脳から情報を得られませんから「わからない」とかあるは「自分は脳に障害があるので・・・」などと答えが返ってくると想像されるかも知れませんが、実際には「自動販売機にジュースを買いに行こうと思ったのです」というような回答が返ってくるそうです。(実際の実験です)

左脳は歩いている状況と、喉が乾いているという状況、自動販売機が行く先にあるという状況を見て、これらの情報から「自動販売機にジュースを買いに行こうと思った」と後から解釈している訳ですが、これを自分がそう決めたかのように答え、本人はそう信じているというのです。

さらに、これは健常者の方でも普通に起きることですが、自分の意思で指を曲げたかのように思っていることも、実は、自分の「無意識」が指を曲げていて、その曲げるという情報を「意思」が受け取って、さも自分の意思で曲げたかのように錯覚するというのです。この辺の話はもう何がなんだか解らないと思いますが、実際の実験から本人が「指を曲げる」と意識した瞬間より、ごく僅かに(うる覚えですが0.35秒)指を曲げる指令が神経からでているというのです。つまり指を曲げると神経に指令を出した部下が、意識を司どる部分(社長)にも報告をしていて、それを社長が自分の指示で指を曲げたと思い込んでいるというのです。


たとえば、カブト虫などは、この「意識」を司どる部分(社長)がなくて、部下だけがいる状態だろうと言われています。そして、霊長類などは、進化の過程でこの社長を習得したのだと。つまり、社長が先にあって部下が発達したのではなくて、カブト虫などのように部下が先に発達して、その後に進化の過程で社長を習得したというのです。

では、なぜ進化の過程でこの機能を得たかということですが、この意識(社長)の役割は部下からの報告を受けて、記憶する部署に伝達するためにできたというのです。この記憶のことを「エピソード記憶」と言います。カブト虫にはくぬぎの木に行くと蜜が吸えるという「意味記憶」はあるのですが、この「エピソード記憶」はできないと考えられています。

 

エピソード記憶とは、文字通り出来事の記憶で、これがあるから私達は(私たちがカブト虫なら)あのくぬぎの木の蜜は昨日全て食べ尽くしたら今日行ってもないなと思えるというのです。これがあるから私達は効率的に行動することができて、優位性を持てたということだそうです。結果としてトラウマとなどのような負の側面も持つことになりましたが・・・
 

で、ここからが結論です。


AIにおいて「意識」とか「自我」と呼ばれるものは神が人間に与えたものであり、これを人工的に作り出すことはできないという考え方があり、そいう意味において、意志を持ったAIを作るのは不可能ではないかと思われてきました。しかし、前野隆司先生の「受動意識仮説」が仮説でないなら、我々が意識だと思っていたものは単なる情報処理装置の一端ということができますから、意識を人口的に作り出すことも不可能ではないのではないかとうことです。最もこの講義が行われたのは約10年前のことで、第三次AIブームである今(終焉したとも言われたりしますが^^)でも実現できてはいませんので、そう簡単な話ではないのかもしれません。でも私には、この発見がAIが人間を超える大きな手がかりになるのではないかと思えてなりません。こういう発見の繰り返しで、本当に人間を超える日が来るのではないかと思います。そういう世界はエンジニアとして興味がありつつも、一人の人間としては恐ろしくもあります。

あなたはどのように思われましたか?