もう22時をまわり、ようやく先生が出て
来られて、説明が薬剤を投与しても、
なかなか血圧が安定しません。
このままいくと命が危ないので、
エクモに繋ぐ事になるかも
しれませんと。その時に医師から
リスクの説明をされました。
え、エクモってあのコロナの時に
最終手段と言われていた。。
そんなに悪いのか。。
しばらくすると他の医師が出て来て、心臓
近くの太い血管から、薬剤を投与したら、
血圧が安定し、エクモは免れましたと。
ホッとすこしして。でも意識はないままで、
ICUに入っていく際に
父本人を少し見れたけど、顔色も悪くて。
私は思わず声がけしました。
「お父さん、大丈夫だよ。待ってる
からね。きっと大丈夫❣️」と。
根拠はないですが、その言葉が
出てきました。母は少しひるんでか、
ショックか。
声がけする元気もない様子でした。
その後担当主治医から、映像を見ながら
病状の説明。ひどい肺炎と心筋梗塞でした。
とくに右側がひどく詰まっていました。
ただ、ガンの手術をする際の事前検査
では、心臓の結果は良いと医師のお墨付き
もらったと父が母に自慢していたそうです。
原因は特定できませんが、何となく
予想というか自分で推測は出来ました。
でもそれを今言っても過去には 戻れない。
今、目の前の出来る事を1つ1つやる。
しかないのです。父は病院、プロの方達に
お任せし、私は母のサポートに。
2人でつましく、仲良く平和に
暮らしていたのに、
急に1人になり、また父がどうなるか。
分からない状況で、母は特にショックをすごく
受けて、動揺🫨していました。
入院した病院はICUでは面会できず、
電話での問い合わせも遠慮してくれと。
何かある時はこちらから電話しますと。
10日か2週間は一般病棟に移るのに
かかるかもと。
母はそこを聞き逃していたために、
多少、パニックで、どうしたら良いものか。
甥に、電話で相談して、彼は医師では
ないのですが、医学博士なので、医師の
友人もいてツテがあるかもと。
そうしたら、細かく話を聞いてくれて、
さすがの質問もしてくれて、知識がやはり
あるなと。
人脈って大事だなと感じました。
また、その次の日私は実家に泊まり、
母に付き添い、入院の手続きに行ったり。
家の事などしてました。
実家は一戸建てなのですが、隣近所と
近所付き合いがあり、特に右隣の奥さんが
とても良い人で、食べ物をあげあったり。
通りの皆でランチ会したり。
交流があるのです。
家から救急車で運ばれたので、
お隣や、お迎えの人、通りの人が
母を訪ねてくれて、皆、心配して声をかけて
くれました。そんな母の姿を見て、少し
安心😮💨しました。社会と繋がりがあり、
家族以外にもお付き合いがあるのって
とても大切だなと思わされました。
つづく