さっき、ETV特集を観ました。

あの番組、いろいろと興味深い特集やるので、結構好きでよく見ます。

私の研究領域とかぶる内容の特集も結構多いし、かぶらないのでも、おもしろそうなのを見て、それが思わぬ着想につながったみたいなこともあります。


そのETV特集、今日は「神聖かまってちゃん」特集でした。

彼らの名前は、去年の秋くらいからHMVとかでよく目にしていたので、気になってはいたんですが、

デビューに至る経緯とか、メンバーのこととか、全然知らなくて、もちろん曲も聴いたことなくて・・・

なんとなく、見てみた、という感じです。


うん・・・

いろいろなことを考えさせられるバンドです。

見ていてずっと、あのボーカルの人は、きっと生きてるのがしんどいんだろうなぁっていうのが伝わってきた。

そして、そういうしんどさがあるからこそ見える景色、歌える言葉があるんだろうけど、

それを「仕事」として、番組のキーワードのように使われていた「現実」の中でやっていくというのは、

それこそしんどいだろうけど、それだからといって、全部が自分の思い通りにいくわけでもなく・・・

大変だろうなぁ、ああいう人。みたいな。


そんな中で、あの地震があって、彼らの公演も中止になったりするんですが、

そうした状況を前に、そのボーカルの人は自分なりの仕方で「現実」と関わろうとしていく。

そんなところで、番組は終わりました。


この間も書いたように、今の日本は「分かりやすい応援ソング」しか受け入れられないところがあるから、

彼の行動、その「わかりにくさ」は、たたかれることもきっとあると思います。

でも、私は、「わかりやすい」<正義>とか<愛>とか<癒し>とかいったものをごり押しする、2000年以降の風潮が、

片方で紛争や厳罰化といった社会の流れを、他方で音楽や文学の商業主義を推し進めたと思っているので、

やっぱ、彼らのような人たちが歌っていける環境とか、それを好きと思う人たちとかいった、

社会の「余地」が残っていて欲しいと思う。


そういう「余地」が一切なくなったら、いろいろな点で社会はすごく生きづらくなると思うから、

私はそういった「余地」を守ろうとしている人たちを応援したいです。


って、そういう使命感みたいなのから超越したところで、表現をしようとするのが、彼らの魅力なんだろうなぁって思いますが。。


そんなことを考えたりしました。

うん・・・

そんな感じです。


おしまい。

何か区切りというわけでもなく、あの日の前のような感覚でブログを書けるようになったというわけでもなく、ふと書きたくなったので再びブログを書くことにしました。

それで、書いていたら、完成直前に全部消えました。

いきなり、これなので、あんまり感傷的にならずに、率直に自然体で書こうと思います。


今日は、5月2日なので、hideさんのHurry Go Roundを聴きました。


日本中が、「自粛」と「不謹慎」という言葉にあふれ、歌番組やテレビのBGMでも分かりやすい「応援ソング」が流され続けていた時期、

私はなぜか、あの曲が頭をよぎることが何度もありました。

あの曲は決して、「分かりやすい応援ソング」ではなく、むしろ、絶望的な喪失を味わった人や社会にとっては切なすぎる歌詞だと思います。

なので、私自身も、日本がこんな状況のときに、こんな曲を思い出すとか自分は、それこそつらい状況の人の気持ちがわからない「不謹慎」な人間なんじゃないか、と思ったりもしました。


でも、私は、あの曲を初めて聴いたときに、自然と「輪廻転生」という言葉が思い浮かんで、

切ない歌詞だけど、救いに満ちた温かい曲だと思って、一瞬で好きになりました。

歌詞だけじゃなく、リズムの使い方も、まさに「Go Round」で、「季節は巡ってくる」ということを伝えたいんじゃないかなって、

直感的に思ったし、今もそう思っています。

なので、「分かりやすい応援ソング」ではないけど、決して後ろ向きな曲ではないと思います。


そんなHurry Go Roundを、今日この日に聴きました。

hideさんが今、この日本にいたら何を想ったのかなとかいろいろ考えました。


あの曲は、やはり、今聴くのは切なすぎる人がいてもおかしくないような一節もあるとは思いますが、

でも、それはhideさんが人のつらさを想っていないからというのではなくて、

むしろ、どんなつらさの先にも「救い」や「再開」「再会」があることを誰よりも信じて、願っていたからこその歌詞だったんじゃないかと思います。


だからやっぱり、私はあの曲が好きだし、あの曲が歌う、決して分かりやすいわけではない希望を信じたいと思います。

特に、去年の今日、TERUさんもブログに書いていた「また 春に会いましょう」という歌詞は、

人間、どんな状況の時も、1人1人、一つ一つ、一日一日、一歩一歩、前に進んでいくしかないし、いけばいい、

そうして、「また 春に会いましょう」というメッセージを感じて、信じて生きていきたい。


そんなことを思った日でした。


おしまい♪

まだまだ日本全国落ち着かず、私の住んでいる東京も燃料不足でバスは間引き運転だし、モノによってはあんまり売ってないし、研究会が相次いで中止になるし、常に停電の時間を意識して研究なり家庭教師なりしないといけないし・・・という状況で、

そういう状況だからこそ、いろいろなことを考えて、いろんな思いを残しておきたいなと思ったりする。

でも、こうしてパソコンいじっている時間も、ある意味、節電した方がいいのかなとか思ったりもする。


で、気付きました。ってか、決めました。

どうせ、私は有名人じゃないので、私のブログで誰かを元気づけたり、混乱を鎮めたりとか無理だから、

日記をノートに書こうと。

そしたら、パソコン使わないから節電になるじゃん!って。

何かしら、自分的にどうしてもブログで書きたいことができたら、いつか停電が落ち着いたときにゆっくり打ち込めばいい。

ノートだったら、いつでもどこでも書けるし、字もうまくなるし、漢字も忘れないww

打つより書く方が遅いから、何か違うアイディアが浮かぶかもしれない。


というわけなので、明日から日記を書きたいときはノートに書きます。

「これ、いいなぁ」と思う音楽があったときだけ、ブログに書いちゃう気がしますが、

それ以外のことはノートに残します。

普通にブログできる日が来るのを信じながら。


おしまい。