最近、ラジオでこの1年であなたの心に残った曲は?

みたいな募集のCMが流れます。


うん・・・なんだろう。


とりあえず、1月2月の記憶があんまりないんですよね。

なんか消えてる。

2か月で3回もライブ行ってたから、GLAYはいっぱい聴いたなぁって思います。

あ、あと、その時期は結構、CDをいっぱい買っていたから、

いろいろ聴いてたんだろうな、たぶん。


で、3月のあの震災があって・・

多くの人はそれ絡みで「今年の心に残った曲」ってなるんだろうし、

私も、あの時期、何を聴いていたかなって考えるんですが、

とりあえず、直後の1週間くらい音楽をほとんど聴いてなかった。


私はちょうど、地震の時実家にいて、

ホントは14日くらいに東京に戻る予定だったんだけど、

いろいろ混乱してるし、計画停電の関係で図書館とか入れなかったので、

今、東京に戻ってもどうしようもないっていう状況になって、

そのうえ、19日くらいに京都に出張しないといけなくて、

下手に東京に戻ったら、京都に着けないかもしれないっていうのもあり、

結局、その出張まで実家にいたんです。

実家では、ネットもプレーヤーも自分のがないから、

自分だけで音楽聴ける環境がなくて、

しかもCDも東京に置きっぱなしだったので、

1週間ほとんど音楽を聴かなかった。


あの時期、一人でいたら、何を聴こうと思ったのかな、って今も考えます。

最新の情報が得たいから、ニュースを流しっぱなしにしたかもしれませんが・・・


ただ、その時期をよく思い出すと、

ふと、頭の中を流れていた曲は、

前から言っているようにhideさんの「Hurry Go Round」。

あと、マイケルジャクソンの「Heal the World」。

私、もともと、マイケルジャクソンで一番好きなのは、あの曲なんです

マイケルジャクソンが今生きてたら、

あの震災に対して、どんなふうに行動したのかなって何回か考えました。


とりあえず、私は別にあのとき、音楽に「元気」を求めていなくて、

今起きていることを、どうとらえたらいいのかっていうことの

答えを探す中で、ふいに思い出した曲なのかなって思います。

あと、両方ともどこか「祈り」っぽい世界観があるからっていうのもあると思います。


それに、やっぱ、賛否両論あるとは思いますが、

ああいう時期に、「わかりやすい応援ソング」ばっかり流すのはどうかと・・・

落ち込みたい人だっていると思うし、元気すぎる曲を押しつけられたら、

「どうせ自分のつらさはわからない」って殻に閉じこもる人もいると思うんです。

だから、テレビで流される「わかりやすい応援ソング」と

あと、ポポポポーン♪は、「もういいからww」って感じでした。


そういう意味で、よく言っているように4月の初めに原宿に行ったときに、

原宿は、そういう「空気を読んで、決められた型どおりの震災後の日本人をする」

というのと一線を画した雰囲気で、時間が流れていたので安心したし、

そのときに、ふと頭をよぎったのが、ソフィアの「街」でした。

「すべてのあり方を受け入れる」っていう一節があって、

もとから、その部分がすごく好きだったんですが、

あのとき、原宿で、「ああ、まさにこういうことだ」って思った。


もともと、あの曲は、GLAYのStreet Lifeに似た世界観を感じていて、

その点ですごく好きだったんですが、

なんか、あのときは歌詞の文言と、見てる風景がすごくマッチしてる感じがしました。


その後にも、すごくいろいろな曲を聴いたし、

最近では、とにかく、TERUが歌うエヴァが頭の中で

ずっと流れ続けていたり、

来週にはナイトメアとCRUSH 2を買わなきゃってことで、

まだこの1年、新しい曲にいっぱい出会う予定なので、

1曲選ぶって、たぶん、無理なんですよね・・・


ただ・・・

やっぱ、Hurry Go Roundは私の中で、

すごく「今年の曲」っていう感じがします。

震災後の4月、多くの人が「こんな年でも桜が咲く」

って感動したと思うんですが、

私は最近、「あぁ、今年もまた紅葉の季節が来るんだな」

って、なんかすごく考えさせられるところがあって、

Hurry Go Roundを初めて聴いたときに感じた

「輪廻転生」っていう世界観について、改めていろいろ考えました。


それに、ブログを再開したのもあの曲を聴いた日ですしね。

うん・・・決定。


別に、ここで私にとっての今年印象に残った曲を語っても仕方ないですが、

書きながら考えたこともいろいろあって、おもしろかったので、

残しておきます。


おしまい。

昨日、ラジオを聴いていて、すごく印象的な言葉に出会いました。

そのラジオ局は、土曜の夜はビジュアライゾーンって言って、

ビジュアル系の特集とかビジュの人たちの番組とかをやってるんですが、

その中の一つの番組の終わりの時に、DJの人が言ってた言葉です。

おそらく、その人、毎回言ってるんだと思うのですが、

私は、その番組、最後まで聴くことが今まで少なかったみたいで、

昨日、初めて、その最後の言葉までよく聞いたのですが・・・

すごく印象的でした。(2回目ww)


「今夜も音楽があなたの味方でありますように」


聞いた瞬間、まず思ったのが、

音楽すら味方じゃなくなったら生きていけないわぁ・・・ってこと。

でも、その「音楽すら」の「すら」ってところがポイントだよなって思います。


音楽って、誰かの「敵」になることがない気がする。

少なくとも私の今までの人生では、

音楽が「敵」だったことはないなって思う。


中学で吹奏楽部に入ったときに、顧問の先生が言っていたことで、

今でも覚えてることなんですが、

「音楽はコンクールとか、他人と競うことはあっても、

他人の邪魔をしたり、他人を傷つけたりして、他人に勝つことはない」。

確かに、そうだよなぁって思います。

ファールとかないしねww


それに音楽って、ほとんどの場合、

誰かが誰かを傷つけるために作ってるわけではなくて、

その点は、すごく大きいんじゃないかなと思います。

歌には歌詞があって、歌詞は言葉でできているけど、

言葉自体は、やっぱ悪口とか侮辱に使われることもあって、

人を傷つけるツールになるところがあると思います。

ただ、アーティストなり作詞家の人が、

言葉というツールを歌詞として使うときには、

人を傷つけるという意図はないんじゃないかと思います。


音楽は、たとえばロックとかって、

いわゆる、わかりやすい「応援ソング」のような世界観を持った歌詞ばかりじゃなく

言葉づかいが汚い歌詞とか、一見、救いがない感じの歌詞もあるわけだけど、

でも、結局、その先にある明るい温かい、

希望とか優しさとか夢とかいった言葉じゃ表せないような

何かの存在を信じられなかったら、

その世界観を音楽として表現できないんじゃないかなって気がします。


だから、きっと、音楽は誰かの「敵」にはならない。

私はなんか、そう信じられる気がします。


もっともそうは言っても、

私も落ち込んでると、音楽すらうるさく思えることもあるし、

やっぱ、誰だって好きな音楽もあれば、そうじゃない音楽もあると思う。


そうそう、私、一時期、GLAYの「生きてく強さ」がそんな好きじゃなかったんです。

なんか、いろいろつらい時期、

あの曲の「努力が実れば そうたやすく もう迷わない」って歌詞に共感できないところがあって・・・

震災後に某音楽番組が、いろんなアーティストからのメッセージを

そのアーティストの「応援ソング」的な曲に乗せて流すときに、

GLAYは「生きてく強さ」がセレクトされてたんですが、

私、真剣に、いや、今この曲流すタイミングじゃないでしょって思ってました。

かつての私がそうだったように、

ホントつらいときに、あんな歌詞聞いたら、余計に思いつめちゃうよって。

でも、それから2週間くらいして、東京でちらほら桜が咲きだした時期に、

ウォークマン聴きながら歩いているときに、

偶然、「生きてく強さ」が流れてきて、なんか素直に「あ、いい曲だな、好きだな」って思いました。


そのときは、それがどうしてかわからなかったけど

今考えると、

私は、つらいときはつらさをそのまま歌にしたような曲がいいけど、

でも、つらいときほど、前向きな曲に励まされる人もいるはずだし、

本当に本当につらい状況のときには、もうそれを歌にしたような曲なんて

ないかもしれないし、あっても聴きたくないかもしれないな、って思うから、

なんか「生きてく強さ」の世界観が「腑に落ちた」んだと思います。


だから、この間の府中での「生きてく強さ」も、ホント、素直に楽しかった♪

良かった、あの曲、好きになれて・・・


そうやって、自分の状況や好みとかの関係で、

好きになれない音楽、聴いても共感できない歌詞も

絶対に誰にでもあるものだとは思う。

一生、好きになれない曲もきっと誰でもあると思うし。

まぁ急に挙げろと言われても思いつかないけど・・・


でも、やっぱ、音楽は誰かが誰かを傷つけるために作ったものではないから、

だから、誰の「敵」でもない。

いつでも、私の味方で、あなたの味方で、みんなの味方。

それだけは確かなことだし、信じられることなのかもしれないなって思います。


日本って、ほかの国以上に、刑務所とか少年院で

音楽に触れられる機会が制限されてるようだけど、

もっと、音楽に触れる機会を増やしたら、いろいろと大切なことに気付けるんじゃないかと思います。

矯正の場面だけじゃなく、教育とかいろんな面で言えることだけど、

誰にとっても「敵」じゃないものを人間が作れるってことの素晴らしさから

もっといろいろ学べることってあると思います。


そういうことをいっぱい考えながら、

今聴いているのは、GLAYの「すべて、愛だった」です。

大好き♪


というわけで、あのラジオの一言は

そのDJさんにとっては、決まり文句かもしれないけど、

私にとっては、すごく偉大な一言でした。

また来週も聴きます☆


おしまい。

昨日、買いたいCDの話をしたんですが、

もう一つあったことを思い出しました。


2CELLOSっていうチェロのCDです。

二人のチェリストがマイケルジャクソンやGUNS 'N ROSESをチェロで演奏したものが

収録されているという、今ちょっとした話題になってるやつです。


私、チェロって中学生くらいからすごく好きなんです。

中学高校と吹奏楽部でトロンボーンを担当していたので、

そのころから、チェロは音域が似てるからなんとなく親近感があったんですが、

そんな中学生時代に、

世界的チェリストと言われるヨーヨーマがピアソラのタンゴを、

当時まだ久米宏がやっていて「ニュースステーション」って言われていた番組で

生演奏しているのを聴いて、すっごく感動して、

もう、チェロやばい、みたいなww


あ、あと、宮沢賢治の「セロ弾きのゴーシュ」って童話も、なんか好きで、

あのネズミだかキツネだかの子どもが病気で、

チェロの中に入れてあげて、それで練習していたら病気が治る、みたいのが

すごく心温まるなって、今考えても思います。

あれ、絶対に、高音域の楽器だったら治らないと思うんですよ。

まぁ、そもそもバイオリンの中とか、アリくらいしか入らないんじゃないかって話ですけどww


そうそう、吹奏楽とかオーケストラとか合唱とかの部活をやっていた人で

共感する人多いと思うことなんですが、

ああいう音楽系の部活って、担当する楽器なりパートの特性とその人の人間性が似てくる

ってところが絶対にある気がします。

で、中低音の楽器の人は、なんか中間管理職的で裏方的になることが多くて、

高音のメロディーパートの女の子って、わがままなお嬢様タイプが多かったりww

だから、絶対「セロ弾きのゴーシュ」の動物の子どもの病気が治ったのも、

チェロだったからだって思ってますww

なんか音が優しいから、癒されたんだよ、その動物もって。


という具合にチェロが好きなので、そのCDも気になります。

新聞でその二人のチェリストのインタビューを読んだんですが、

「モーツァルトも今の時代にいたら、交響曲なんて書かずに

クラブのDJをやっていたかもしれないよ」とか

「チェロはドラッグ漬けになっていたら弾けない楽器だから、

すごくロックンロール向きだよ」とか

言うことが面白くて、音楽のジャンルとか、「格」みたいなものにとらわれずに

自分たちが楽しいと思う音楽を、チェロという楽器で追求していこう

という姿勢にすごく感銘を受けました。


そもそも、ロックをチェロやバイオリンでやってはいけない理由って自明じゃないし、

逆にエレキギターで交響曲を演奏したり、

コントラバスの代わりにベースでオーケストラに出たりしちゃいけないって法律もなくて、

この音楽にはこの楽器って勝手に決めなくてもいいんじゃないかなって思ったり。

まぁ、実際には奏法が違ったりするところがあるから難しいのかもですが・・・

特に金管楽器とか、クラッシックで「こういう吹き方はダメ」って怒られるような音の出し方や切り方が

ジャズではかっこいいってされることも多いから、

どっちかに慣れている人からしたら、やりにくいとかもあるのかもしれないし、

誠実な演奏家ほど、そういう奏法から違うジャンルを音楽をやったら、

変な癖がついてうまくならないって危惧して、一つのジャンルに集中するのが大事

って思うのもあるかもしれないし。


うん・・・なんか、いろいろ語っちゃいましたww

やっぱ、いろんな音楽を聴きたいなって思います。

最近、ちょっと、いろいろな理由からCD屋さんから足が遠のいているのですが、

久々にCD屋さんに行こうかなって思います。


おしまい。