昨日、おとといはGLAYのハイコミツアーの「最後のファイナル」で武道館に行ってきました。


このツアーは昨年の10月から半年間、GLAYが全国各地を回ってきて、

全部で51公演という超ロングランでした。

私は、幸運にも、11月の府中2日目、12月年内最終公演だった渋谷2日目、

そして、武道館3daysのうちの後半2日間と、

都内での公演は各会場とも足を運ぶことができて、かなり堪能しました。

ちなみに、武道館に来るのは2009年の12月以来だったから、

かなり感動でした。

横浜や埼玉のように比較的新しいアリーナに比べると、

武道館は設備が古かったり、収容人数も少なめだったりするわけですが、

やっぱり、数々のアーティストが伝説を作ってきた会場だし、

たくさんのアーティストにとって「夢」の舞台だけあって、

観に行く方もテンションが上がります。

あの傾斜が急すぎて、跳ねると落ちそうなところとかもスリリングで好きです。


そんな今回のツアーで私にとって最大の収穫は、

「生きてく強さ」を心からいい曲だと思えたことです。

私、あの曲の歌詞にもともとあまり共感できなかったんです。

「努力が実れば そうたやすく もう迷わない」

って本当かな・・・って。

人間、努力するのをやめて楽な方に流れれば経験しなくてもいい迷いとか

結構たくさんあるんじゃないかって。


もともとそういう思いがあったところで、

震災が起きて、あの曲はGLAYの「応援ソング」的な扱いになっていったけど、

私はその感覚も、正直よく分からなくて、

被災地の人は、この曲の歌詞を聴いて本当に救われた思いがするんだろうか・・・

って、謎に思っていました。

努力して築き上げたものを不条理に奪われて、途方に暮れる人たちに、

「努力が実れば そうたやすく もう迷わない」って、私は言えないなって。


ただ、その一方で、東京に誰のためなのかわからない閉塞感が漂っていた時期に、

偶然にもあの曲がウォークマンから流れてきて、

「心も全部 深く沈む この街はヤダ」って歌詞に、

ふと救われる思いを感じていたのも事実で、

少なくとも、被災地以外の人は、この曲の歌詞を心に持って生きていかなきゃな、

という思いもずっとあって、なんか両義的な感情を抱いていました。


そんな「生きてく強さ」、今回のツアーで毎回やって、みんなで歌って・・・

すごく好きになりました。

被災地の人に、そして全国の人に、歌で思いを届けたいっていうGLAYのメンバーと、

そこに集まっているたくさんの人たちがいて、その中に自分もいて、

なんかいいな、って感じて、なんか涙が出そうになりました。

歌詞もすごくいいな、って。


きっと、誰だって、そして、あの震災がなくたって、

世の中、「努力が実れば そうたやすく もう迷わない」ことばかりじゃなくて、

上を目指して、前を目指して進んでいこうとする以上、

悩んだり迷ったりすることがあるはずだけど、

それでもなお、あるいは、それだからこそ、

あの曲を口ずさみながら、今日ももう少し頑張ろう・・・って思いながら、

毎日生きていけば、自分もまわりもちょっとは幸せになれるんだろうな、

と思うようになりました。


そう思わせてくれて、あの曲を大好きにさせてくれたのは、間違いなくGLAYです。

GLAYの曲なんだから当たり前だろ、って感じですが、

今回のツアーでのGLAYの思いに触れたことで、「生きてく強さ」が本当に大好きになりました。

GLAYの皆さんのおかげです。

参戦できて、本当に良かったです。



ちなみに・・・

そんなことを思って、自分の日々の生活ももっと、いろいろと前向きに生きていこう

って改めて感じて始まった今日。

図書館→事務室→研究室、と移動していたら、移動献血カー?が来ていたので、

献血をしようと思い立ち、問診とか検査を受けたのですが、

体重、血圧は下限ぎりぎりで何とかなったものの、

最後のヘモグロビンの濃度?が、わずかに足りず、お断りされました。

過去、ヘモグロビンで引っかかったことないんですが、

「普段、問題ない方でも激しい運動の後とか、一時的に下がったりするんですよ。週末、何か運動でもされました?」

と聞かれました。

2日間武道館ではしゃぎすぎましたのかな、とちょっと思いました。


明日から鉄分をちゃんと取って、長居2daysに備えます!


明日は天気もいいみたいだし、マフラータオルとかTシャツとかお日様の下で、

すっきり乾かしたいです。


おしまい。

先週の水曜日も、この間の土曜日も、今日の午後も、

雨が降ったから、満開の桜もあっという間に散り始めて、

その代わりに、少しずつ緑の葉っぱが顔を出して、

葉桜の季節になりましたね。


葉桜の季節になると、あっという間にお花見客が来なくなって、

桜の木もまわりもなんだか静かになりますが・・・

葉桜って綺麗ですよね。

前々から、なんかそう思っていたのですが、

今日、改めてそう思いました。


夕方、ちょっと休憩って思って、売店にお菓子を買いに行って、

研究室に戻ろうと歩いていて、ふと、上を見たら、

一時間くらい前の雷雨で濡れた葉桜に西日が差していて、綺麗だなぁって。

思わず、ケータイで写真撮ってしまいました。


満開の桜の写真を撮るのは、なんかミーハーっぽくて嫌だなって思って、

まったく撮らずに見て楽しんでいたんですが、

ある意味、その満開の桜よりも、なんか心惹かれるものがあったので、

ついカシャっと。


桜は、なんといっても満開が一番・・・って誰が決めたのかなぁって思います。

葉桜の下でお花見したって、綺麗で楽しいんじゃないかと。

葉っぱが増えてくるとケムシが落ちてくるから、やめた方がよさそうですが。


そんなことを考えていて、ふと、

どれが卑怯な手とか誰が決めたんだろう…

みたいな歌詞あったよな、って思いました。

GLAYの「サヴィル ロウ~」です。


あの曲は、すごくメジャーというわけではないですが、ファンからの人気の高い名曲ですよね。

私も、15歳の時に初めて聴いて以来、すごく好きな曲の一つです。

歌い手の葛藤が伝わってくるような、ほろ苦い世界観のある歌詞と、

綺麗な音楽が、うまくマッチしたいい曲だなって思います。

間奏のチェンバロっぽい音のキーボードのメロディーも好きです。


私、2年前に調査でロンドンに行ったときに、

一週間、ハイドパークのすぐ近くのホテルに泊まっていたんですが、

ハイドパークは「サヴィル ロウ~」の歌詞に出てくるので、

「ああ、リアルハイドパーク!」って感激したのを覚えています。

あの曲、赤いバスも出てくるし、ロンドンが舞台なんですよね。

「赤いバスよりもたくましく」って歌詞とか・・・

どういう状況で描かれた曲なのかなって。。


ただ、あの曲の「いつの日か僕に すべてを癒せるような 歌を作る 力をくれ」

という言葉は、

今のGLAYのスタンスにもつながるところがある気がして、

一つ一つのフレーズが全部大好きだし、

その歌詞に出てきたハイドパークに行ったことあるのは、結構自慢です!

リスいたし。


葉桜を見ながら、そんなことを思い出しました。

葉桜もいいものですよ、皆さん。

って、こんなこと書いて、大学の構内や周辺の道が

また満開のころ並みに混雑して、

大学構内でベビーカーママを避けようとして、ちびっこの三輪車に轢かれる

(うちの大学は部外者の出入り自由なので、子ども連れのピクニックとかザラです)

とかいった面倒なことになるのは嫌だなぁ。。


だから、私はマイペースで葉桜を楽しみたいです。


おしまい。

今日は寒かったですね。。


家庭教師で吉祥寺に行ったんですが、

フードにファーの付いたダウンのコートや、ニット帽、手袋・・・

という冬のいでたちでお花見をしている

カップルや友達集団、子ども連れなどがたくさんいました。


私は、季節感にすごくこだわる人で、3月に入ったらファー付きのものは着ないし、

お彼岸を過ぎたら、どんなに寒くてもダウンや手袋、冬用のニット帽やブーツは着ない、

というようなスタイルなので、

よくもまぁ、そんなスキー場みたいな恰好で桜が見られたもんだと呆れてしまいます。

そんなに寒いの嫌なら、おうちにいるなり、買い物や映画などインドアなことするなりしたら?

と思ってしまうんです。


とは言え、桜の満開の時期は短いから、

今週は寒いから来週、とか思っていると、見ごろを過ぎてしまうんだろうな、

というのも分かります。

でもでも・・・寒いのに、冬の装いで着ぶくれて、震えながらお花見しても、

風情も何もないよな、って気がしてしまいます。

楽しいのかな?って。


それで考えたんですが、今の時代、そういう季節のイベントって、

それをして、楽しむこと自体が目的っていうよりも、

それをすることが、一種の関門みたいな感じで、

ちゃんとそれを突破していますよというアリバイ工作としてやってる人が多いんじゃないかな

と思います。


フェイスブックとか、ツィッターとかしてる人の中には、

今日並みに寒くても、お天気もイマイチでも

「彼氏(あるいは友達)とお花見行ってきたぁ。寒かったけど、超綺麗だったぁ」って

スマホやらデジカメやらで撮った写真をアップして、

他の人から「いいなぁ」「綺麗~」ってコメントしてもらえないと、

リア充で幸せな自分を確認できなくて不安、という感覚を持つ人が、

ある程度いるんじゃないかな、って。

だから、頑張って、防寒着で雪だるまみたいに着ぶくれて、桜を見る、

というシュールなカップルや友達集団がたくさんいるんだろうなって。


大変だなぁ、みんな。。


フェイスブックとかツィッターとかって、

「ただの人」が「ただの日常」を発信できるから、

ある意味で、無限の多様性を認めている空間のようで、

「幸せ」のあり方とか、「リア充」のあり方というのを規定する側面があるように思って、

なんかフーコーっぽいよなぁって思ったりします。

やっぱ、毎月毎月、季節のイベント事に合わせて、規定されたあり方っていうのがあって、

それをアップできない人は、なんか自分がダメみたいな、不幸みたいな気分になる。

で、不幸みたいな気分になりたくないから、

一生懸命、アップできることをしている自分の証拠写真を撮るために、

雪だるまみたいな恰好でお花見したりしないといけなくなる・・・


大変ですね、みんな。


そういうのに薄々気づいていて、でも、急にやめたら、「アップすべき幸せがなくなったイタイやつ」に思われそうだから、

やめるにやめられない、みたいな人とか結構いるんだろうなぁ・・・って。


大変ですね、みんな。


私はやってないから、呑気なもんです。


ちなみに、私の周りの院生は、フェイスブックで年上の研究者の方と友達?みたいな登録をしてしまったために、

「こいつ、遊んでばっかで研究してないな」って思われるのが怖くて、

規定された「幸せな20代女子」をアップできなくなって、

それゆえに、「地元の友達とかから、非リアに思われるぅ~涙」みたいな人多いです。

でも、一応、年上の研究者の方とフェイスブックでつながってるっていうのが自慢みたいで、

「私、あなたより、学界で顔広いから」っていうノリで、そういう話されます。


変なの・・・って思っちゃいます。

どう思われるかよりも、実際どうかのほうが大事じゃん?みたいな。

でも、そういう当たり前すぎることがわかっていてもなお、

どう思われるかが大事ってなっちゃうんでしょうね、

ああいうのやってると・・・


大変ですね。


ちなみに、今日は寒いだけあって、月がものすごく綺麗でした。

着ぶくれて、一生懸命、証拠写真を撮っていても気づかなかったかもしれませんが。

満月で、とても明るくて、いいなって思いました。

もう少し暖かかったら、月と桜を一緒に眺めたら気持ちよさそうですね・・・


そんなことを考えながら、ラジオを聴いています。

葵さんのおしゃべりは癒されます。。


おしまい。