トッちゃんとマトちゃん | DRAGON

トッちゃんとマトちゃん

市民文学賞に応募したところ、佳作ではありますが、入選しましたので、今回はそれを掲載させていただきます。(とても短いです)


「トッちゃんとマトちゃん」


トッちゃんとマトちゃんという2つのトマトの種がありました。ある日、その2つの種は、お互い、ほど近いところに植えられました。植えられてから、彼女たちは土の中で仲良く話をするようになりました。


そんなある日の会話こと

「今は土の中だけど、もうすぐ地上に芽を出せる。地上はどんなんだろう。楽しみだね。」とトッちゃんは言いました。それに応えてマトちゃんは言いました。

「うん、今からうずうすしているよ。地上に出たら、大きくてきれいな実をつけるんだ。どっちが大きくてきれいになるか、競争だ。」

「いいとも。」


やがて二人は芽を出しました。地上に出て、太陽の光をサンサンと浴び、二人とも大喜びです。

「ついに地上に出たね。地上には、お花さんたちが色んな色できれいに咲いているし、木々は緑が眩しい。みんな輝いている。わたしたちも負けないくらい光り輝こうね。」

「うん。」マトちゃんも希望に胸を膨らませて応えました。


でも、それからの二人の境遇は正反対でした。マトちゃんは、たくさんの肥料や水を与えてもらい、何不自由なく育てられました。一方、トッちゃんは、ほとんど水や肥料を与えてもらえませんでした。


それにです。二人とも根を張るうちに、互いの土壌の違いに気がつき始めました。マトちゃんの土壌は肥沃なのに対し、トッちゃんの土壌は石ころだらけです。


「どうしてこんなに差別されるの。」トッちゃんは憤慨しました。「ひいきだわ!差別はんた~い!」


一方、マトちゃんは優越感に浸りました。

「わたしの方が大事に育てられているんだ。きっわたしの方がかわいいからだわ。」

そう思うとなんだか嬉しくなり、トッちゃんを見下すようにもなりました。


マトちゃんは、どんどん大きくなっていきましたが、さらに肥料を与えられ肥満気味です。それでも肥料を与えられ、ついには吸収しきれず、水や養分を排出していくまでになっていきました。みずみずしさが失われ、はりもありません。ぶよぶよです。


トッちゃんの方はというと、いつまで経っても扱いが良くならず、もはや人には頼れないと悟り、自力でなんとかしようとし始めました。


水はほとんど与えてもらえないので、雨の降った日には、根からできるだけ吸収しようとしましたし、雨が降らない日が続くと、空気中に含まれている水分を吸収しようとしました。養分があまりない土から無駄なく摂り、そして、あますことなく吸収しました。

その努力が実り、ついには、トッちゃんは生命力と若さに溢れるようになりました。


この頃、二人は、もはや口をきくこともなくなっていましたが、やがて、二人とも実をつけました。


マトちゃんの実はみずみずしさや張りがなく、みるからに不味そうです。一方、トッちゃんの実はみずみずしくはちきれんばかりで、いかにも美味しそうです。

「どう、見て見て。今まで恵まれない境遇だったけれど、自分の力で、こんなにきれいになったわよ。」

それを見て、マトちゃんは地団駄を踏んでいます。

「畜生!」


どっちを食べたいか、誰の目にも一目瞭然です。

食べる?そう、食べられる運命なのです。

食べられる宿命に気がついたのでした。


「いや、食べないで、」

トッちゃんは必死に叫びましたが、その声は誰にも聞こえません。

トッちゃんは食べられ、その一生を終えました。


その様子を見て、マトちゃんは、ほっと胸をなでおろしました。

「わたしは食べられなくてすんだ。生き延びられたんだわ。」


マトちゃんは食べられることなく月日が流れていきました。しかし、そのうち実が腐り始め、本当に醜くなっていったのでした。

「ああ、どんどん醜くなっていく。耐えられないわ。誰か早くわたしを食べて。」

でも、決して食べられることはないと分かっていました。

「早く死にたい。でも、死ねない。」

でも、死は確実に迫ってきていました。ただ、じわりじわりで、その苦しみは絶望的でした。


そしてとうとう、マトちゃんにも死が訪れました。ポトっと地面に落ち、微生物たちに分解され、そして土に返っていきました。


すると、そこには食べられ排出され、一足先に土に返っていたトッちゃんに再会しました。


「また、会ったね。」トッちゃんは、マトちゃんに声をかけました。

バツが悪そうに、マトちゃんは返しました。

「トマトだったときはごめんね。許してくれる。」

「うん。気にしないで。また、仲良くしようね。」


その後、彼女たちは同じ花の養分になり、きれいな花を咲かせました。