占いとカウンセリング、レイキヒーリングをして、人生を変えるお手伝いをしています。ふじ原ツトムです。

 

最初にちょっと告知です。
今回のスーパーゴールデンウィーク中は休まずにやってます。セッションや講座にアチューメントなんでも可能です(期間中はプレゼント企画もやってます)
長い休みですから時間も取りやすいでしょうから、よかったらお待ちしています。

では本編スタートです~

人生って「体験」だと思うのですよ。

だから、いろいろな体験をしているひ人って心が豊かだったり、器が広かったり物事を多角的にみれてるから「こうでなくては」がなかったり。

とは言っても、物事には限界もありますよね。

みんなが世界を旅して回らないといけないのでは、できない人の方がほとんどです。

その人の能力と言うよりは生まれた環境とかにかなり左右されます。

例えば僕なんかだと鳥取県ってど田舎に生まれています。
いろいろな物を見たり出会ったりはどうしても、「都会」の方が多い場合がありますよね。

その点ではどうしても「不利」ですよね、電車で1時間で東京都心にいけるのと飛行機で1時間以上かけて泊まりでいかないと行けないのでは、そもそも「難易度」が違います。

まあ、このあたりの「距離」っていう部分はインターネットの発達でかなり関係なくなってきてはきていますよね。

さらに僕は基本とっても「人見知り」・・・公共交通機関にも一人で乗れないし・・鳥取にいると電車やバスなんて乗る機会無いですからね~


そんな僕が思う(僕が体験した)「人生を豊かにしたいなら経験するとよいこと」です。

あくまでも「僕が思う」なんでムキになって反論するとかおバカな事はしないでね(笑)


①光害の少ない場所で星を見る。

いきなり「田舎」の利点を活かしたものです(笑)
鳥取県は「星取県」って名乗ってるぐらいに星空の綺麗なところです。

都会からのお客さんで僕の住む米子の街なかで星がいくつも見えるのに驚いてるのを見て「星なんて見えるのが当たり前」の僕はそれを聞いて驚いたことがあります^^

街なかでも星は普通に見えますからね~

これが光害の無い山の方に少し行けば、天の川まで普通に見えます。
街なかでも「星座」とかはいつも見えるんですけどね。

天気などの条件が良くて山の上に行くと、流星はもちろん星の向こうに更に星が見えて「宇宙の奥行き」が見れます。

これはね。
圧倒的な大自然を見るってことでこの世界の広さがわかるんですよ。

もちろん星空だけでなくて山でも海でも大自然をみるとよいのですが、やはり「宇宙」はスケールが違いますからね~

するとね。
自分が見えいる世界の小ささがわかるから、「可能性」はいくらでもある事がわかるんですよ。
自分に起こっている嫌なこと事なんて小さく見えてきて、困難なこともこんな小さなことなら大したことじゃなく感じたり簡単に解決するようにみえてきます。

悩んでいたりハマってると、どうしても見えている世界が小さくなって同じところしか見なくなちゃうんですよ。

本当は少し視点を変えたら解決したり、そもそも悩む必要が無いことに気がついたりできるんですよ。

そして「こうでなくては」にハマるのもやはり、見ているものが小さいからです。

自分が住んでいる世界の大きさを知ると物事を大きく見れるようになります。

それと、自分が「どこにいる」ってのを認識ます。

「そんなのわかってる」
いやいや、多くの人は「地球の上に自分が立っている」事を認識してないし意識できていません。

それではまさに「地に足がついてない」状態です。
それが無意識に不安を生み出していたりもするんですね。

一度は人間の思考が追いつかないくらいの圧倒的な自然は見るとよいですよ。


②一人暮らし。

急にスケールが小さくなりました(笑)
僕は家族は母親しか子供のときからいなかったのですが、その母とはずっと一緒に暮らしていました。

ある時、母が脳梗塞で倒れそのまま寝たきりになり突然、一人暮らしが強制的に始まったんです。
やってみるといろいろな事がわかるんですよ。

セッションで女性のお客さんから結婚の相談をされる時に「1年以上は一人暮らしをしたことのある人を選ぶほうがよいよ」ってアドバイスをする時があります。

ある芸能人の人が言っていました。
「一人暮らしをしたことない男性は食事の後の食器は『妖精さんが洗ってる』と思ってるからね」(笑)

もちろん「理屈」では母親とか奥さんが洗ってるのはわかってますが、自分が体験したことない事は「実感」はないわけですよ。
これ母親とかがやるんだけど、たまに自分もやるとかではダメなんです。

「もしもやらなくても誰かやってくれる」のと「もしもやらなければ誰もしてくれない」では体験の内容が違います。

前者は体調が悪かったり忙しかったらやらないですが、後者はそれでもやらないといけません。

余裕のある状況でやっても、毎日やらないといけない人の大変さなんてわかりません。

これ男性だけでなくて女性にもいえます。
ずっと実家ぐらしの女性とかは、男性よりは家事はするでしょうけどやっぱり先程の「前者」の状況です。

そして、一人暮らしをしてないから「生きていく」のに全体でどのくらいのお金がかかったり労力がかかるのかを実感していません。

これもある意味では「地に足の着いた生き方」をするのに必要だったりします。



③ブログを書く

ここまではわりと「ありがち」な事を書きましたが、ここからは少し「僕ならでは」の視点で書いていきますね。

「ブログ?別に起業とかするわけでもないし・・・」
確かに個人事業とかでもしてないと多くの人には読むことはあっても「書く」のは無縁なものかもしれません。

これとくにブログでなくても良いのはよいんですよ。
目的は「アウトプット」をすることなんですね。

多くの人は「インプット」はするのですがアウトプットをしていません。

昔、いろいろな事を習っている時に一緒に習った人達と僕とで「理解度」がかなり差があるって思った時があるんですね。
もちろん「得手不得手」ってのもあるんでしょう。

でも、それだけではないように思ったんですね。

僕が特に頭が良いわけでもないでしょうし、それに僕はそんな時にあまりメモとかとりません(めんどくさいので)

みんなは一生懸命にメモとか取ってるのに・・・・・

そんな時からかなり経ってから「違い」がわかったんですよ。

僕はその時の立場上、その習った事をすぐに別の人に話したり相談されたりした時にその内容を使ったりしないといけなかったんです。

今のように「セラピスト」としてお金をもらっていたのではないんですが、その時に関わっていたことの「相談役」のような立場にいたんです。

それともともとが僕のパーソナル心理学的に僕自身を見ると、僕は「人に情報を伝える」のが好きなんですね。

だから、自然と「アウトプット」をしていたわけですよ。

頭の中に「記憶」としてあるだけの状態は、実はあまり整理されていないし「理解」になっていないくて「知ってる」だけでしかなかったりするんですね。

セッションをしていると、「占いジプシー」とか「ノウハウコレクター」みたいになってる人っているんですよ。
「知ってる」ことだけは下手すると僕より多かったりします。

でも、その知ってるの殆どを「理解」していません。

表面的な「知ってる」だけで僕の話に「でも~」とか「だって~」と言い出すんですね。
そしてお僕のアドバイスも「それはもうやりました」とか「それでは変われなかったです」とか・・・・

だいたい、そんな人って「表面をなどった」だけなんですよ。
例えるなら、野球を観戦に何度か行って「野球をやった」って言っているような感じです。

やりながら理解していくって部分もあるんですが、多くの場合は「知ってる」だけでそれでやっても本質的な事が気が付けないんですね。

インプットした事を理解するのには、アウトプットするほうが早いんですよ。


それは僕みたいに「誰か」に喋るのもよいのですが、そんな機会はなかなか普通にはなかったりしますよね。

それに、そもそも喋ろうにもどう喋っていいのかとか、うまく喋れないって事の方が多いでしょうから、喋るって事も勇気もでないし難しいのです。

その点でブログは自分のペースで書けますし、「喋る」と「書く」の違いはやってみるとよくわかります。

人は喋ってる時には「ニュアンス」とかで意外と細かい部分はごまかしています。

でも、文章にするにはそのごまかしがあまり通用しないんですよ。


こんな経験はないですか?

LINEとかするのに、「これ相手にどう送ったらいいかな?」みたいな相談を友達とかにされた時に、「こうこうこんな内容で送ったら?」って言葉で喋ってアドバイスはできても、その内容を文章で打とうとするとうまくできない。

これも同じ理由です。

言葉だと、「口調」とか「身振り手振り」とか後は相手が「察してくれる」部分でかなりごまかせます。

でも、いざ「文字」にしようとするとそれがほとんどできないので、自分の頭の中の情報を整理し理解しないといけなくなるんです。

「イメージ」として存在していた記憶を、左脳で「文章」というデーターに変換する為に脳はフル活動をはじめるんですよ。


自分が文章を書く(打つ)って事は一番最初に読んでいるのは「自分」です。

バラバラだったイメージの記憶を文章に変換して、その過程で理解しさらにそれを自分で読むことで「再インストール」する。

こうやって理解をしていくと、今度はその理解したものを「自分の考え」にすることができて「自分の科学」にできるんです。

日記とかでもよいですが、僕は「文字を書く」って作業が億劫なので・・・

それに日記って基本誰も他の人が読まないので、そのごまかしの部分が多少できたりします。

ブログなら誰かが読む可能性はあるわですから、「他人がわかるように」書くって言う意識はより理解を深めるし、書いている過程で「あ!そういうことか」とか気づいたりするんですよ。

でも、そうすると「人に見られるのは恥ずかしい」って言う人もいますよね~

大丈夫ですよ。
やってる事を友達とかに話さなければ、ほとんど誰も読んだりしませんから(笑)

そんな簡単に読んでくれたら、「ブログで集客」とかってみんなお金出してでも習ったりしませんから~

宣伝もしてないあなたのブログに辿り着くには、「鳥取砂丘で砂を一粒みつける」みたいな話ですよ。それに仮に誰か読んでもそれは一生会うこともない人ですから~


④物語をみる(読む)

①で書きましたが、想像を超えるような体験って人の器を大きくしてくれます。

とは言え、人生は1度だし使える時間やお金も有限です。
人間1人が体験できる量なんてたかが知れています。

これも最初にか書いたように、物理的に体験した量だけが重要なら生まれた環境にあまりにも左右されてしまいます。

田舎で貧乏だった時点で、ほぼ詰んでますよね。

なので、もちろん「実際の体験」が重要ではあるんですが、「質より量」な面もあるのでそれなら「別の人の脳」を借りればよいわけですよ。

それが「物語」です。
物語は誰かの「脳」が作り出したものですから、「自分以外の体験」が可能になります。


実際、脳は体験にはリアルかバーチャルかはあまり関係ないんですね。

違いは「情報量」だけです。

リアルだと「匂い」とか「感触」とか、あとは目に見えない情報や「シックスセンス」の部分の情報なんかもあるんでバーチャルに比べたら圧倒的に情報量が多いわけです。

でも、そのリアルには物理的な限度があるわけですよ。

そこで物語です。

これは別段、実話とか歴史だけである必要はありません。ファンタジーも体験になるんですよ。

ファンタジーはリアルではほぼ不可能ですからね。

僕がお勧めするのは「マンガ」と「アニメ」です。

こう言うと「まんが~」みたいに言う人がいますよね。

マンガやアニメは幼稚で「小説」や「歴史的な文学」が素晴らしいみたいに言う人がいますが・・・・

小説や歴史的な文学がダメとか言うきはないですし、それなりに触れておくのは良いことだと思います。

でも、僕的にはそこは「それなり」で良い気がします。

理由はいくつかあります。

まず歴史的なものとか古典的な文学は、「不変な考え」とか「変わらないもの」ってのもあるんで「基本」としての知識には良い気はします。

でも、それだけです。

今のような常識すらもあっという間に変化してしまうような時代には情報が古すぎます。

価値観とか科学技術とかが変化しすぎていて、共感ができないから自分の中で想像という体験になりにくいんですよ。

読んでいていけないわけじゃないし、それが楽しいならぜんぜんかまいませんが「優先順位」って思ったら高くはないと思います。

あと「小説」ですが~
これ「想像力を養う」っていう人がいるんですが僕はあまりそうは思いません。

「読解力」って点では良いとは思うんですが・・・・

文字で作られている小説で「想像」をするのって、その「原資」になるのは「その人の記憶」です。

どんなに自分では予測できないような事を書かれても、どんなに自分では想像できないような世界を描かれても、その想像の「材料」になってるのは「自分の記憶」でしかありません。

そうなるとその想像はどうやっても自分の記憶以上にはならないんですよ。

一部の天才的なクリエーターたちは、その記憶から自分の記憶以上の物を作り出しますが普通の人にはできません。

すると、小説を読んでいると「自分の記憶」から外にでないんですよ。

これそんな思考の「癖」がついてしまうと、無意識に「自分の記憶」が全ての正しさみたになりがちなんです。

ようは「頭が固くなる」のですね。

よくこのブログで書きますが、人は無意識の中に入っている「習慣」とか「癖」っていプログラムの通りに動いています。

これは意外と逆らえないんですよ。
なにせ「無意識」ですから、自分では「そうしている」ってことすら通常は意識できていません。

なので、「自分の記憶」の中での想像ばかりをしていると、「自分の記憶」がすべての正しさみたいになっいいくんですね。

「こうでなくては」とか「こうやるべきだ」が強まってしまうんですよ。

今回の「豊かにする」ってこととは正反対の状態になって、世界が「自分の記憶」っていうたかだか「1テラバイト」程度のものだと言う認識になってしまいます。

こういう人って、「自分の外の世界」があるって事が認識しにくくなってしまうんですよ。
自分の外の世界が認識できないから、「他人」も違う価値観で見れません。

全ては自分の価値観に相手も押し込もおうとして、そうでないものを「間違い」としてしまいます。

だから、そういう人って他人を自分の価値観でコントロールしようとする人が多いんです。


偏見かもしれませんが、実際にいろいろな人を見てきて思うのが「自分が正しい」って他人をコントロールするような人とか、自分の考えから抜け出せなくなってるような人って「マンガやアニメ」を否定していたりする人が多いんです。

逆に多様な価値観を持っていたり柔軟な発想をできたり、他人の価値観を受容するような人は「マンガやアニメ」をよく見ている人が多いんです。

日本の「マンガやアニメ」は非常に優秀ですし、海外では高い評価を受けています。

多くのアニメを見ない人の「アニメ」はドラえもんやサザエさんですが(それも優秀なアニメですが)本当の日本のアニメは深夜とネット配信もしくはDVDでしか見れません。

マンガというのは世界でもあるんですが日本の物は独特なんですよ。

さっき書いた「小説」の欠点である、「想像が自分の記憶以上のものにならない」って言う点ではマンガは「絵」を見せてくれます。

ビジュアルとして自分の記憶の想像を超えたものもを見せてくれるんですね。

実際に「流行るもの」というのは、この「自分の記憶の想像を超えている」ものなんです。

日本のマンガやアニメは「リアルな絵」ではなくて「デフォルメ」された絵なんです。

よくマンガやアニメは「絵があるから想像力がつかない」みたいな事を言う人がいますが、日本のマンガやアニメの絵は脳の中でリアルに想像するためにデフォルメされた「記号」なんです。

だから、脳の中ではリアルな想像がされるんですね。

そしてその絵という記号が自分の記憶の想像を超えたものを見せてくれます。

そうやって、常に自分の記憶の想像を超えてくることで、無意識に「自分の外が無限にある」って習慣になるんですね。

そんな習慣があると、他人の価値観も自分の知らない事も受け入れるのが簡単になります。

それに「絵」は文字に比べて情報量が圧倒的に多いんですよ。

「文字だけ」で蝶々結びを説明するには400字の原稿用紙何枚分も必要ですが、絵なら
「4コマ」でできます。

あとマンガはイメージを扱う右脳で文字を言葉を扱う左脳で読んでいます。
「頭の良さ」って右脳と左脳をつなぐ「脳幹」の情報処理能力だって考え方がありますが、絵と文字を同時に見ているマンガはこの脳幹を鍛えれます。

これ小説ばかり読んでいる人がマンガを読むと、文字だけ読んでその後に絵を見るから内容が理解できないらしいのですよ。

僕がこのブログで書いていることも、マンガやアニメから得たことがベースになってる物が多くあるんです。

楽しみながらできるのもよいですしね~

今はアニメはNetflixとかアマゾンプライムで配信でいくらでも見れますし、マンガも携帯やタブレットのアプリでいくらでも読めます。

偏見なくみてみると世界が大きく変わったりしますよ。


⑤リスクのあることをする

最後はちょっと抽象的な表現になりましたね。

これは何でもよいんですよ。

これも多くの人を見てきて思うのは、知識が豊かだったり価値観が多様だったりする人ってリスクのあることを経験しているんです。

多くのそうでない人は、誰からなんとなく聞いたような「知ったかぶり」で「あれは○○だから」とか「やっても××にしかならない」って何もやりません。

その誰からの知識の「誰か」も同じようになんとなくの誰かからの情報を言ってるに過ぎなかったりします。

リスクのあることをして来なかった人って、どこまでのリスクならリカバリーできるかって境界線みたいのがわらないんです。

だから、1か0の世界になってしまってて全くやらないかハマってしまうかになるんですね。

リスクのあることであればあるほど、得る体験も大きかったりします。
しかし、ず~っとやらない人は体験が得れないから「加減」もわかりません。

加減がわからないから、まったくやらなくて体験が増えないかリカバリーできないところまでやってしまって大失敗をするか・・・・

そしてその1回の大失敗で何もしなくなってしまいます。


リスクって賭金がないと体験って報酬はなかなか得れないんです。

大きな報酬を得るにはそれなりのリスクが必要になりますが、その「加減」を見つけるのもやはり「リスク」って体験をした人でしか得れないんです。

いつまでも安全なところにばかりいる人は、いつまでも必要な経験を得れないから豊かになれなかったりします。

そして安全なところばかりにいると、予期せぬリスクが起こった時に脆かったりするんですね。

体験を得ることとリスクはセットだったりしますから、自分の「加減」って知っておくのも重要ですよ。


最後はちょっと抽象的でしたね~

まあ、全体にいろいな意見があるでしょうしこれがすべての「正解」でもありません。
ただ、これは僕が体験したことであるのは間違いない事実です。

それではこれで終わります。

最近始めた「ひまし油温湿布」、受けた人にいろいろと変化が・・・
「鬱の薬を飲まなくてもよくなった人」「腰のヘルニアの痛みが無くなった人」「何錠も眠剤を飲まないと眠れなかったのに大幅に減らせた人」「長年の頑固な便秘が解消された人」などなど・・・
こんな口コミももらいました。

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ひまし油温湿布に関する事はこちらの僕のブログに書いています。
https://ameblo.jp/getlabo/entry-12446041718.html

嫁さんと二人で書いているブログ
http://getterlabo.jugem.jp/

人生が変わるネットショップ
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