仕事はじめて先週で一ヶ月たちました。

人間って贅沢なもんだよな~。

あんなに就労できない苦悩を語っていたものなのに、仕事をはじめたらはじめたで、また新たな苦悩が生まれてくる。

と言うか、仕事に就けない不安から、その悩みが消されていただけだったのだと思う。塗り潰されてたのだと思う。

今現在居住する横浜には、彼氏(事故で決定的な別れに至りました)を宛てに来ていたものですから、ここ横浜には誰一人知り合いがいないのです。地元・埼玉川越に住んでいた時は、気楽に飲みに誘える男友達はいました。今日はお仕事お休みでした。何もする事がない。いや、バンドはライフワークだと思ってます。だから、スタジオに一人で入ったりします。でも、毎度の休み(平日二日休みあります)にスタジオ入ろうとは思いません。まだ、バンドが始まってもないのですから。

スーパーで働きはじめたんですが、そこはちょっと高級なスーパーなので(成城石井ほどではない)私は利用しないのですよ、散財が怖くて。だから、職場と逆方面にある「エブリデーロープライススーパー」と呼ばれる同業種のスーパーへ、食材の買い足しに行くくらい。もー、買い食いはいやや、常に作って食いたいビンボー癖。ビンボー生活。入院生活を長くして思いましたね。あと無収入な療養期間。

どうしても、彼氏と暮らしていた頃を思い出してしまいます。暇な時なんてなかったな。いつも彼氏が外に連れ出してくれてたから。

金かかんない所ばかり。それでも、十分ふたりで過ごす時間が楽しかったから。

ひとりじゃ何しても楽しくないんだ。それくらいに、元彼氏の存在は大っきかったんだね。

地元へ帰って、家族と暮らす手もあったかも知れない。でも、私は家族にとって受け入れられない存在でもあったようだ。横浜に出て行って、家族はせいせいしてたんだろうね。だから、彼氏がそそくさ荷物を引き揚げて、今私の住むアパートから歩いて15分程の元彼氏の実家へ帰って行ったのがうらやましくもあった。うん、今彼は家族に囲まれ、たくさんの会話をし、楽しい日々を送ってるんだね…私にあきらかにない物。

話す相手もいない。何で生きてんのかわからない。ただ、命をつなぐために、食料や住まいを自分に与えるためだけに働いてる生活。ま、もしや今もそれが出来てなくていまだに実家の仕送りだけで生活してたんなら、なおさら悲しくなっちゃう。

生憎、私の仕事のルーティーンは、バンド活動を望んでる私にとってはなかなか厳しいスタイル。深夜までの業務。土日出勤。でも、事故の結果、そうそう仕事を選んでもいられないご身分になったのだから、仕方のない事よ。一生、自分の衣食住をまかなうためだけの生活になったらいやだな~~。そうそう、結婚はとうに諦めてるよ。

ただ、人工股関節になって、どこも働かせてもらえる所はないんじゃないか、と思ってたくらいがから、踏ん張って生きてくしかないんだよね。


一日、ボ~ッとしてた。コンビニの前のチェアで缶チューハイ飲みながら、たばこ吸いながら、ボ~ッとしてた。早く忘れたい。楽しかった日の事。

事務の面接ばかり受けまくってた。ご覧のように足が不自由だから。ちょっと前まで杖ついて歩いてたから。杖ついて面接行ってたから。

やっと採用の返事をいただいたんですっ。

最近、杖なしで歩けるようになった。思いきって「一年はつけてなさい」と言われたギプスも勝手に外して面接に行った。

採用された。事務でなく接客。あー、オレが一番望んでいたところだっ!!接客業好き~。



なんせ、障害年金も生活保護も受けられないんだからね~。ひとり暮らしだしね~。半年もよく生きてたわ~。あ~、なんなら二年前に彼氏頼って来たこの街で、知ってる人も誰ひとりいね~や~。まったく友達いね~。頼って来た彼氏は、私が起こした事故で二ヶ月に渡る入院の間に荷物をまとめて出ていきましたよ~。(ま、事故の前に別れ話があったのでやむを得ない)

先月の診察で、障害者申請の書類を主治医がこころよく引き受けてくれたものの、数日たって病院受付の方から「(人工股関節)術後半年経たないと出せないとの事です」とのよーわからんちんな電話。書類代返金しますとな。

待ったよ。待ったのよ。5月7日で晴れて術後半年になったわけだ。障害者になれる??

別に障害者もろもろの免除受けよーってんじゃねーよ。ただ働きたいだけ。自分で稼いだお金が欲しいだけ。オレは酒もタバコもやるから。下手に一生懸命稼いでる皆様の税金から援助は受けられない。ただこの足ではどこも採用してくれなかった。不採用続きで現実を知って疲れ果ててたから、障害者枠で就活に臨みたかった。相手に面接の時間を取らせるのさえ悪いと思っていたから。ならば、最初から障害者枠で応募すれば話は早いよね?

でも、障害者申請の書類を書いてもらえる事になっても、実際手帳がこれから手元に届くまでに三ヶ月はいるわな。それまで無収入は正直厳しい。

足を引き摺りながらも面接を受け続け、やっと先日、大手スーパーのパートに採用された。半年前の手術の話をし、人工股関節である事も伝えた。その上での採用ありがたい。感謝~\(^▽^)/


あーー、でもオレ、5年前から左耳まったく聴こえないんです。なんなら、耳鳴りしてるぐらいよ。


障害だらけだね~。

足を認めてもらうの必死で、耳の事忘れてたわ。

まず、足の事ふまえ座って出来るお仕事。事務職。でも採用枠が少ないんですわ。そして、ヤングが求められるから採用されない。面接受けまくったけど、わかってたけど、現実を見た。んで、とりあえず金欲しいから、派遣でもなんでもいいのよ、コールセンター?ヤングじゃなくても大丈夫そう。でも、片耳イヤホンして、片耳で指示聞けないだろ~?と思い応募は断念していた。


そして接客、応募しちまったよ~。なんだろ?23時まで働ける人がいないらしくて、私はんなのおかまいなしだからね、とにかく働きたいからね。働きたい一心。行けんじゃねぇーか?って応募してた。関係ねーー!!

決まりました。

人工股関節の話もしました。ギプスは外して行ったものの、なんかあったら迷惑かけるから。なんせ退院後一ヶ月も経たないうちに、二回もその人工股関節が脱臼し、救急車のお世話になって入院しましたからね。まったく一回目の脱臼でびびりまくって安静にしてたにも関わらず、その退院の翌日、また脱臼して救急車で、また入院ね。(で、ギプス強制着用←これなかったらめちゃくちゃ不安やった。あっても不安は半端なかったよ~泣。)

接客、大丈夫なのかな~。

ああ、今更ながら不安。大手スーパーだけに。たかがパートと言えど。

書店員時代が長かったです。書店で勤務している時に身内による傷害事故で左耳が聴こえなくなりました。当時は接客トレーナーをずっと任されてたほどだったんですが、両耳聴こえるうちに仕事は慣れていたんで問題はなかったんです。片耳は聴こえるから。どっちかと言うと教わるより教える側だったから。お客さまに対しては、大きな支障がなかったように思う。

書店員を退職して、新しい接客業で働き始めた時に不自由を感じました。常時聴こえる右耳にはインカムを付けて、売場の指示を仰がなくてはならない。空いてる左耳では持ち場の担当の先輩の話を聞かなくてはならない、しかしインカムをつけてない方の耳はまったく聞こえないから、インカムを外すしかない。どっちかしかできない。限界が来て一年も経たず退職しました。結局、左耳が聞こえないのは上司に打ち明けないまま辞めました。

きっと接客ではさほど問題ないと思う。片耳は聴こえるんだもの。先輩に教えを乞う時「こっいつわっかんねぇ~な~、ツンボじゃねぇ~か~?」って不快な気分にさせてしまうんでしょうね。正直、先行き不安です。出来れば続けたいです。まだ始まってもないのだけど。

☆余談ですが、人工股関節の障害者申請で役所に相談をしに行った際、人工股関節の障害者手帳に関する話は聞かせてもらえたんですが、片耳が聞こえない件は「片耳ぐらいじゃ障害者にならない」と言われたので、気にするほどでもないんだなと気を良くし、面接ではまったく言わなかったし気にしなかったのです。
人工股関節の身体障害者手帳を申請するにあたって、術後六ヶ月たたないと書類を医師に書いてもらえない事をはじめて知りました。

主治医から「術後よくなる事はない」と断言されているだけに、なんか納得いかない。六ヶ月の経過を見るって事はそこで何か変化が起こりうるって事でしょ?先日、先生に書類をお願いする話をして「(障害者)手帳出るよ」と言われ、診断書代を払って書類も預けたところだったからがっくりきてしまった。今朝、病院側からその返金の連絡が来た。


ま、法律で決まってるならしょうがないか。


たびたび書いてる事だが、仕事が見つからない。だから、障害者手帳をあてにしていたのだ。障害者手帳で自分が障害者であると明示する事で、いくぶん仕事も見つけやすくなると考えた私の甘えなのか?足を引き摺って面接に行き、ことごとく不採用になるのはツラい。かなりビビりが出始めている。傷つくの怖い。

それと以前にブログで書いてる事だと思うけど、私は5年前から左耳が聞こえない。四肢体が万全でなくても雇用してもらえるんじゃないか、というコールセンターなどの仕事もなかなか取り合ってもらえない現実。かなり道が塞がれてる訳だ。

手術を受けたのは昨年の11月7日。
書類をあらためてお願いするのは来月になってからだな。
書類が出来上がるのに二、三週間。
そこから市役所にお願いして二ヶ月ほど。
三ヶ月はかかるものなのだ。
手帳が出来上がるのには、夏も通り越して秋になってからなのだな。

それまで職探しを待てというのか…。


待てるハズない。また懲りずに面接に行き続けなければならない。傷つくのを恐れず。


仕事もろくにしないで、生きていていいのかわからなくなる。パニック寸前だ。一ヶ月さきになっただけの話かも知れないけど、少しの希望を持っていただけに残念でしょうがない。

生きたい。生きたい。

こんな後ろめたさを感じて生きているのは、辛すぎる。