ここ最近パタパタと変化があったので
そろそろ書いてみることにしました
心屋リセットカウンセラー
ジャージコバ認定カウンセラー
ほげ子です
ずっと
男の人に守ってもらおうと
思っていました
そのために
途切れなく
付き合っていました
以前も書きましたが
男性が怖かったんです
襲ってこないとわかれば
安心なんですけど
その
安心カテゴリーの中に入る男性
以外には
どうせ私を襲うでしょ!?
と思っていました
電車に乗っていても
道を歩いていても
常に心の深いところで
思っていました
自意識過剰
確かにそうなんですけど
そうなったきっかけの出来事を
紹介しようと思います
私は
小学生時代の4年半ほどを
シンガポールという国で過ごしました
父の仕事の都合です
父は仕事が忙しく
転勤先のシンガポールにはほぼ居らず
母、姉、私(ほげ子)の3人で過ごすことが
ほとんどでした
小学校5年生のとき
だったと思うんですが
父以外の3人で
旅行に行ったんです
父の会社の同僚のご家族も
一緒でした
日本からのツアーに
途中から参加する形で安く行けるので
シンガポール在住の日本人は
休みがあると
たくさんの人が旅行に行っていました
そのとき行った国も
初めてではなく
今まで
何回も行ったことのある国でした
オプションで付けられる
カメの産卵を見に行く夜ツアー
みたいなものに参加した夜のこと
観光バス複数台で移動していて
仲間のバスが遅れているとか
入る時間がどうとか
何かの理由で
時間つぶしをしていました
海岸沿いの
少し広めの道端にバスが停まり
バスの付近には
夜警なのか
軍服姿の軍人が3人ぐらい居て
ライフルのような
大きい銃を携えていました
少し時間があるので
砂浜に降りてもいいと言われ
母、姉、私の3人で
夜の海って素敵ねー
軍人さんいるから安心だねー
警備してくれるのかなー
というような話をしながら
波打ち際に向けて
砂浜をプラプラ歩いていました
母が何か言って
え?と聞き返したときには
もう
後ろに人が来ていました
チラッと見えたのは軍服
さっき見た軍人だったのでしょう
3人が
それぞれ1人ずつ
母、姉、私の後ろに
来ていました
何?何?
と慌てたことは覚えていますが
元々トロいほうなので
瞬時に逃げるとかそういう選択は
一切せずに
固まっていました
軍人たちは
何か言っているのですが
英語でも日本語でもなく
理解できませんでした
気付くと
服の中に手が入ってきていて
より手を入れようと密着したからか
その後
銃が背中から脇腹に
当たる感じがありました
ゴツゴツした銃が
当たっているところだけ
スーッと血が引く感じと
ゾクっとする寒さを感じ
撃たれるかも?と思いました
独特の体臭と
汗の臭いと体温
息づかい
そんなものが
背後から絡まりついて来ました
身をよじらせて避けようと試みると
母が
「動いちゃダメ!」と
小さく、けれど鋭い声で言い
そこから耐えました
数分経った頃でしょうか
服から手が出て行って
行ってよし、みたいな
身振り手振りをされました
母が歩を進め始め
「振り向いちゃダメよ」
というようなことを言っていました
道路のほうは明るくて
私たちのいるところから
さほど離れていないところに
バスはありました
その明かりに向けて
無言で砂浜を歩きました
そこからは
背後から撃たれるかも
という恐怖だけを覚えています
気付いたらバスの中に居ました
一緒に参加していた
父の会社の同僚のご家族が
笑顔で乗っていて
どこ行ってたの?
というような質問に
母が適当に受け答えていたのを
最近思い出しました
ホテルに帰ってから
先ほど起きたことを誰にも言わないように
と
母に言い含められました
「人から変に思われるから、
言ってはいけません」
というのが理由でした
翌日も旅行は続き
そこでも誰にも言うことはなく
ほどなくして
学校も始まりました
あまりにもあっさり
平和な日常に戻り
あれは夢だったんじゃないか
と思うほどの
現実との落差
言いつけを守り
誰にも言うことはありませんでした
それが理由なのかは
わかりませんが
私はこのことを
19歳か20歳あたりまで
すっかり忘れていました
その旅行に行ったことは
うっすら覚えていましたが
そういうことがあったというのは
全く思い出しませんでした
19歳か20歳あたりになって
あまりにも頻繁に夢で見るので
「こういうことあった?」と
姉に確認して
現実にあったと判明し
それから
姉とふたりで母に確認して
事実だったとわかったことです
私は
この出来事に関して
思い出しはしましたが
そのときの感情は
覚えていません
思い出していない
というほうが近いのかもしれません
銃で撃たれるかもー
と怖かった
ということ以外の
感情は全く出てきていません
だからなのか
感情を覚えていないというわりに
このことを人に話すとき
私は、必ず泣くんです
こらえられるときも
ごくまれにありますが
泣いてしまうことが多い
自動的に涙が出る感じで
自分で自分を哀れんでいるようで
嫌なんですけども
涙が出て来るんです
でも
そこを越えないと
言えないところもあって
この話をするのは
実は苦痛でもあります
本人的に
話して楽しい話でもないですからね
しかし
忘れるって
最大の防御ですよね
心と頭ってつながってますね
すごいなーーーと思います
ここまでスッパリ
忘れて過ごせるものなんですね
そのことに
自分でとてもびっくりしました
思い出してからは
男性との付き合い方が変わりました
そして
このこととは別に起った
高校の時の出来事と合わさって
男性は襲ってくるもの
男性は危害を加えてくるもの
守ってもらわないと
自分で自分は守れない
誰か守ってくれる人と
行動を共にしなければ
そういう考えになっていきました
途切れるのが怖いので
常に誰か置いておきたいんですね
このあたりから
ダメ男を量産し始めました
この小学生の時の出来事を
思い出してからというもの
私はずっと母を責めていました
なぜ、動くなと言ったのか
なぜ、身を挺して
庇(かば)ってくれなかったのか
実家に帰ってきてから
心屋を始めて間もない頃まで
ことあるごとに
母に言い続けていました
お母さんには失望した
親としてどうかと思う
自分が撃たれてでも
助けるのが当然じゃないか
そんなことを言って
責め続けていました
その裏で
自分を責めていることに気付いたのは
マスターコース中にも続けていた
まりこさまのビュートレでした
衝撃でしたね
母が悪いんだ!
と言い続けている裏で
自分で自分を守れなかったことを
責めていたんです
衝撃過ぎて
泣き笑いだったことを覚えていますよ
まだまだ続くよー
傷が傷でなくなるとき~高校生のときの話~