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ぽっちゃりひしょのブログ

私の日々に起こったこと(?)をあれこれ書いております。
作文の練習みたいですんません。

私事で恐縮ではございますが、

先週末に風邪を引いてしまい、なんか調子が戻りません。

風邪自体は治っているのですが、季節の移り替わる時期は

老若男女が同じように体調を崩したりしがち。

 

みなさま、養生いたしましょうクローバー

 

・・・とーとつですが、今回はたぬき。

(↓信楽駅前 公衆電話つきジャイアントたぬきさん)

信楽へ行ったのは、夏まっさかりの8月。

案の定、夏の話を3カ月経ってから書くというスローモーションぶりです。

 

なもんで、上の信楽駅前たぬきさんは、オシャレな浴衣を着ています。

(言われなきゃ何着てるのかちょっとわかりづらいかも・・・汗

 

駅前を撮ってはおりますが、電車で行ったわけではありません。

まずは、相変わらずのタコ息子宇宙人と母の会話をお楽しみください。

 

ブタネコ たぬき見に行きたい。

宇宙人 動物園におるんとちゃう?

 

ブタネコ ちゃうがな。あの、店先に飾ってるタヌキがい~っぱいいるとこ

宇宙人 あぁ、信楽か。ま、車ですぐ行けるけど。(注:すぐ=2時間半)

 

ブタネコ ほな、行く。タヌキも欲しい。

  (玄関に置いて来客の度肝を抜いてやろうかと一瞬思った人)

 

・・・ということで、なぜかタヌキがいっぱい並んでいるところを

見たい、という気持ちがずっとあった私は、タコの運転で

信楽へ行くことにしたのです。それもメチャクチャ暑い時に・・・

 

信楽の町は、それほど大きいというわけではありませんが、

車で近づくと、あちこちにタヌキ集団がいるので、

もう近くだなーとわかります。

 

町に入ると、早速こういう光景が。

 

ブタネコ ひゃあぁぁ。タヌキがいっぱいで楽しいラブラブ (興奮)

宇宙人 はいはい。たぬきたぬき。

 

こちら、主役の2匹がちょっとディズニーっぽいかも。

 

      ファインディングたぬき

上の写真、真ん中にカエルさんがいることにも注目。

(左奥の七福神っぽい方々も気になる)

 

こちらは、大きなタヌキさんの横に仙人っぽい人が。

 

まるで団体旅行の集合写真。はい、チーズ。

 

今では信楽といえばたぬきがぱっと頭に浮かびますが、

信楽とたぬきのつながるイメージを一躍有名にしたのは、

昭和26年(1951年)の昭和天皇が信楽行幸の時のこと。

小旗を持った信楽狸が沿道に並んで天皇をお迎えし、

幼い頃にたぬきの置物を集めておられた

天皇がその光景に感興を覚えて歌を詠まれ、これが

全国に報道されたことがきっかけだったそうです。

 

タヌキの置物は、藤原鐵造という陶芸家が

修行中の若い頃に 大小のタヌキが腹鼓を打っている夢を見て

自分で狸を飼い、観察して縁起物としてのタヌキを

作ったのが由来だとか。(その発想はどうだい)

 

関西では飲食店などの入口あたりに

信楽のたぬきさんを見ることは日常。

私も小さい時からあのタヌキは「信楽のたぬき」という

呼び名でなじみがありました。

 

タヌキで有名になったとはいえ、信楽は元々焼物の町です。

信楽町観光協会のページによると、この町は

鎌倉時代よりも前から続いていて大きな産地となった

日本六古窯と呼ばれる6つの窯のひとつだそうです。

(他は、瀬戸、常滑、越前、丹波、備前)

 

なので、大多数のタヌキの中に他の色々な焼物も見えます。

でっかいカエルとか・・・(うしろのタヌキ親子も注目ですが)

 

そうそう。狛犬も結構見ました。あら、五重塔とかもちょっと魅かれますねぇ。

 

仙人や七福神っぽい方々、動物の形の置物、

壺や甕や花器などもタヌキと共に頑張っているようです。

 

この方もちょっとばっかし気になりました。 何者だろう・・・

 

町中はあらゆるところがこの調子。

甲賀市(そう、信楽町は甲賀なんだわね手裏剣 信楽地域市民センターの入口では

タヌキさんたちが市民をお迎え。

 

こちらもタヌキと一緒に花器やツボがずらり。

大即売会・・・おお。

 

さて、最初の写真で信楽駅にいるタヌキさんをお見せしましたが、

その駅。正面からは撮っていませんが、このような感じです。

入口にはもちろんタヌキ。

 

そして、駅前にいるのが、この たぬきタクシー。ナイスです。

(後ろにちょっとだけあの大きなおタヌキ様が写っております)

 

町中には、信楽伝統産業会館があります。

そういうの大好きな私達は、もちろん入らせていただきました。

 

入口では可愛いたぬきたちがお出迎え。

顔出しのキャラクターは、信楽観光協会のゆるキャラのようです。

お名前は「ぽんぽこちゃん」あはは。いいねぇ。

中は、信楽焼の歴史や現代の作品などが展示されています。

 

ひとつ目を引いたのは、この建物の中にある自販機横のリサイクルボックス。

こんなん、うちの近くにもあったらええなぁ(自販機にもタヌキが)

 

そして、道に出たら、可愛い方が旗を振っていました。

タヌキじゃないけど、こちらも信楽焼のようです。

 

 

さて、信楽に行ったらタヌキの置物を手に入れようと思っていた私。

ある店に入ったら、こちらを見ているステキなぽっちゃりタヌキを見つけました。

 

実はこのタヌキくん、貯金箱なのです。

 

上から見たら、笠の部分にお金を入れるところがあります。

 

信楽のたぬきは、八相縁起 と呼ばれる縁起を表しているそうです。

 

笑顔は、愛想のよく暮らし、誠をもって努めにはげむ

は、災難を避けるための準備

大きな目は、周りを見回し、気配りして正しい判断をする

大きなお腹は、冷静さと大胆さを持っていること

とっくりは、人徳を身につけるもの

 

こちらの通い帳。世渡りにはまず、信用第一!

金袋(!)は、ずばり金運。

 

そして、写真ではちょっとわかりづらいのですが、

太いしっぽは、何事も終りは大きくしっかりと身を立てる

 

というような意味があるそうです。

いやぁ~、ブログ書くのに調べて初めてわかったわ。

なにやら幸せな気持ちになれました太陽

 

ちなみに このタヌキくんは、私が時々「タヌキく~ん音譜」と呼びながら

入れたお金を大切に持っていてくれるまことに可愛いヤツです。

 

また信楽に行きたいなーと思っている私ですが、

次は友達誘って信楽たぬきの日のイベントなんぞをやっている

11月に訪れ、信楽高原鉄道に乗りたいなーと思っております。

 

 

 

 

 

 

 

最初にも山から京都市内を見下ろした写真をご紹介しましたが、

善峯寺の境内のまた別の場所から街を見下ろした景色です。

どっちにしても山の中っぽいわね。(・・・って山の中だし)

 

坂道を少し上ると、薬師堂がありました。奥の院でもあるのですね。

ご本尊はもちろん薬師如来で、桂昌院出生の由緒によって

出世薬師如来と言われるそうです。

 

きれいなお庭。蓮華寿院旧跡庭です。

 

 

・・・と、突然お墓が現れました。

これは、青連院親王の御陵と功績ある祖師の御墓です。

御陵だけ宮内庁管轄って書いてありますが、どれやね~んと思った私。

この一角、両側には山下家とか山田家とか、普通のお墓がありますが、

友人と、「この林さんとかは普通のお家?」と話はそっちに行く。

 

参道の一番高いところを通過したので、あとはまた下りです。

緑の季節。(真夏だったし) 

道はきれいにしているので歩きやすいです。

 

前回最後にご紹介したお稲荷さんの前をまた通って進むと、

阿弥陀堂がありました。

寄って阿弥陀如来さんの写真を撮ることも可だったのですが、

ここはちょっと遠慮してしまった。

 

ここは常行三昧道場で、常行堂とも呼ばれるそうです。

常行三昧とは、阿弥陀仏を讃えて極楽往生を願う勤行だそうです。

おおお。この説明だけ読んだらどんな修行か見てみたいと思うけど

多分お経唱えるところを見れるだけかなぁ。

 

さて、そこから下ると、あのなが~い松のところへ戻るのですが、

上っていく時には見なかったものが。 経堂

心願成就の絵馬堂 という表示。そう。中は絵馬の奉納所です。

この、半眼のおじいさまは傅大士(ふだいし)という方で、

中国南北朝時代の僧です。

 

そして、これも上りでは見逃した多宝塔です。

こちらは国の重要文化財に指定された1621年建立。

 

これで、境内一周が無事終了です。

文殊寺の宝館もあったのですが、真夏は開けていないようなので

行ってはおりませぬ。

 

善峯寺は山の中にあるとはいえ、京都の中心地からは近いし

車で行くぶんには立派な駐車場もあり、境内もとても手入れが行き届いた

気持ちのよいお寺でした。

また、入山時にいただく冊子もわかりやすいです。

(ブログ書くのにこれだけ見ればよかったのは珍しい)

 

そうそう。最後にひとつ。

ここのお守りですが、阪神淡路大震災の時に

崩れかけた阪神高速で宙吊りになったバスの運転手さんが

持っていたのが善峯寺のお守りだったそうで、
「おちないお守り」として評判になったそうです。

(もちろん、乗客ともども無事に助かりました)

入試や交通安全に、とありました。

試験を受ける時の心の平穏が欲しい方はどうぞ。

 

 

 

 

 

 

善峯寺の遊龍の松は、樹齢600年以上。

国指定天然記念物であります。現在の全長は37メートル。

 

写真では到底全貌をうまくお伝えできませんが、

まずはとっぱし。上へ37メートルではなく、横に伸びているのでございますぞ。

こういう感じですが、おわかりいただけますでしょうか。

あちら側の石碑は、遊龍とあり、手前は昭和七年七月建設、とあります。

支えている枠を作ったのがこの年かしらん・・・?


松を見ながら境内を進んでいきますと、開山堂がありました。

源算上人の117歳の尊像が祀られております。(ひゃくじゅうななさい!)

 

さて、ここは山の中のことでもありますし、眺望はとてもよろしいです。

京都市内・・・のはず。(他にどこだというのだ、この場所で)

 

山道っぽい参道を行くと、幸福地蔵さまがおられました。

実は、なぜか自分でも思い出せないのですが、

お地蔵さまの近くからの写真は撮っていません。(う~ん汗)

 

お地蔵さまの前には、「自分以外の幸せを願いましょう」とありました。

これってね・・・結構 そういうふうに願おうと頭に浮かべるのって難しいです。

てか、勢い家族のこと考えなきゃって思ってしまう。

世界平和」は到底浮かびませんでした。

 

お地蔵さまのアップはありませんが、

お地蔵さまの横に立って向い側の白山社は撮っていました。

 

ものすごい山の中のように見えますが、

実は舗装された道があります。

 

先ほどの白山社の向こうには、桜あじさい苑があって

それぞれの季節にはきれいなお花が一帯を彩るようです。

 

さらに進むと、廟がありました。

これが、前回の最初にちょっと書いた、このお寺を復興した

桂昌院廟です。(徳川5代将軍、綱吉の生母でござります)

 

こちらは、鎮守杜。どれも1692年に建立されています。

左から、十三仏堂、弁財天堂、毘沙門堂、護法堂、となります。

(右が切れていて申し訳ございませぬ)

 

こちらは、釈迦堂。建物は明治18年(1885年)建立。

 

仏さまの写真が撮れるのは珍しいかもしれないのですが、

こちらがご本尊の釈迦如来さま。源算上人の作と伝わるそうです。

アップも撮らせていただきました。

冊子によると、腰痛、神経痛に霊験あらたかなお釈迦様でございます。

 

釈迦堂の前はちょっとした展望スペース。

 

真夏でしたが、ここらあたりにくると

暑いけれども気持ちよかったことを思い出します。

こちらが、薬師堂へ向かう道です。

 

折角の狛犬さんたちなので、もちろん写真を撮りました。

阿の方。

吽の方。 オーソドックスな可愛い型でございます。(勝手に型つける人)

 

途中にあった お稲荷さん。

 

いやぁ、善峯寺は広いのでまだもう少しありますゆえに。

残りは次回ご紹介。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今回は、西国二十番札所の善峰寺です。

 

前回ブログでご紹介した穴太寺とこの善峰寺

車で動くぶんにはそれほど離れてはおりません。

実際、40分ぐらいで移動できましたが、

何があれって、駐車場を見てまずびっくり。

 

ブタネコ おお、ここはなんぞショッピングモールのような

 

バスも停められるようになっているようですが

私たちが行ったのは真夏だったので

屋根のある駐車場は助かりました。(ちなみに有料です)

 

駐車場からお寺のほうを向くとこのように。

 

東門です。雰囲気が出てきました。

山門への道はきれいに舗装されています。

この大きさでは読めませんが、右上の石碑には、

「日本一の松 天然記念物 遊龍」という字。

この松については、後ほど出てまいりますので乞うご期待。

 

ほどなく西国二十番の石碑、お寺の説明と境内の案内図がありました。

ここの境内は広いです。一周約40分というのがお寺の冊子の表示。

善峰寺は1029年に恵心僧都の弟子の源算上人が開基。

ご本尊は千手観世音菩薩です。

室町時代には僧坊が50以上あったそうですが

応仁の乱で大半が消失(またそのパターン)

その後、徳川綱吉の母桂昌院の寄進で諸堂が復興されたとのことです。

(なので、境内には桂昌院廟もあります)

神経痛、腰痛への霊験があるお寺だそうです。

 

さて、やって参りました。山門

 

今回仁王さんはガラス張りの中。反射しててすんません。

右の方。

 

左の方。 どちらも下手打つとどつかれそうです。

 

山門の前にはゆったりした参道があり、

目の前の階段を上ると観音堂(本堂)があります。

 

観音堂・・・んー写真あんまりよくないよね。(いつものことか)

 

左の像も右の社も弘法大師です。真ん中はお地蔵さまが祀られています。

何となく祠(ほこら)好きな私は、すぐに写真に撮る。

 

こちらは鐘楼堂(つりがね堂)で、綱吉の厄年に桂昌院が寄進したそうです。

「厄除けの鐘」という札が。

 

その横にある護摩堂です。

 

ははは。中には五大明王がおられるのでございますぞ。

左から、大威徳、軍茶利、不動、降三世、金剛夜叉と、明王さんも様々。

大威徳明王は牛に乗っているのでしょうか。なかなか面白いです。

 

さて、この先には最初にご紹介した遊龍の松があるのですが、

そこから先は次回に譲りましょう。

 

 

 

 

 

穴太寺は西国二十一番のお寺です。

京都市の西、亀岡市にあるので、その後で行った

京都の善峰寺とセットにして車で行きました。

 

車を止めたところはお寺の近くなのですが、

この日(8月はお盆に入る頃)は無料で駐車できますということで

お店の横に留めさせてもらいました。

 

お寺に行ってわかったのですが、お盆に入るので

地元の人たちがたくさんお詣りに来る時だったのですね。

 

お寺は、住宅の多いところに位置しています。

まずは、仁王門

 

おなじみ仁王さんは、こちら右の方。赤いですなぁ。

 

そして、こちらが左の方。今回も網のほうに焦点が当たっていてすみません。

 

門を抜けると境内が・・・そう。夏祭りの準備にかかっているようです。

 

入るとすぐに鐘楼があります。

 

実は、正面が本堂だったのですが、私たちはなぜか

本堂とつながる円応堂のほうへ先に行っています。

(順番ちゃうやん、と言うなかれ)

 

これは、本堂と円応堂をつなぐ渡り廊下。

 

円応堂の入口

中は、まぁ日本家屋ってか。書院造だそうで、和風です。

(左側の椅子とかは見ないことにしましょう)

真夏でしたが、風通しはよかったです。

こんな大きなお座敷で生活してみたいぞ。

 

床の間に飾ってあるものも結構面白く拝見しました。

そして、ここのご自慢の庭園。

 

あちら側には多宝塔が見えます。

 

夏だからか水は濁っていますが、大きな鯉が何匹もいました。

 

そしてまた和室。襖の絵がなかなか個性的です。

 

円応堂から本堂への渡り廊下を写したところです。

 

円応堂を出て、こちら、先ほどの多宝塔を正面のほうから。

提灯はお祭り用でご愛嬌。

 

そして、これが本殿です。

 

この日は参拝の方が結構おまいりしていて、

ご先祖様の名前を書いてもらって納めているような感じでした。

(正確に何をしていたのかはちょっとわかりません)

 

でも、地元の人たちのようだったので、このお寺は

地元になじみの深い場所なのだなと思います。

お祭りもその一環なんでしょうね。

 

本堂の中には、お釈迦様の涅槃像がありました。(写真は撮れません)

等身大で、お布団をかぶって

横になっておられますが、布団はちゃんと夏布団だったので感心。

 

わんわん いやぁ、夏のお布団かけてもろてるねー

 

涅槃像は、身体の悪いところを撫でてもよいので、

あちこちをすりすりしてきました。(頭=脳みそとか)

 

何かリラックスしていてほっとする仏さまです。

 

本堂の隣りにある納経所の文字。念仏堂です。

こちらはその先にありますが、まだ念仏堂かな・・・

 

その先にある地蔵堂

 

このお寺には、重要文化財の木造聖観音立像があったそうなのですが、

1968年に盗難に遭い、いまだに行方不明のままだとか。

 

新たな観音像も祀られていますが、これは特別拝観の日にしか

公開しないそうで、私たちは見ておりません。

 

お盆と夏祭りの雰囲気の中のお詣りでしたが、

庶民的で地元で愛されているような雰囲気のお寺でした。

 

ちなみに、車を停めさせていただいたお店では

ホオズキを売っていたので、お墓参りに持っていくつもりで

友人も私もひと房(?)ずつ売っていただきました。

 

お店のご夫婦も優しくて親切で、この周辺は

温かいのかもなぁと思わせたお詣りでございました。

 

では次回、この日おとずれた2つ目のお寺、善峰寺です。