今年最後のブログでの神社仏閣訪問記録は
新薬師寺です。
前回の春日神社から歩いて行けますが・・・
春日大社の人混みがさっぱりなくなっています。
これで合うてるんやろか?
はっと気がついたら三田の山の中とか嫌やね~(←ローカルな話)
でも、最初に出た道標ではこれで合っているようなので
しばらく山道を歩き、人里へ帰ってしばらく行くと・・・
あ、あったあった!あそこやわ。
新薬師寺は、どちらかというと地味な場所にあります。
写真に誰も写り込んでいないことでもおわかりでしょうが、
とても静かでした。 これは本堂。
新薬師寺は747年に聖武天皇の病気平癒を祈って
光明皇后が創建したものです。
聖武天皇はその前の743年に盧舎那大仏の造立を発願し
これに着手したものの、火事や地震の頻発で工事を中断。
天皇は平城京に戻りましたが、大仏造立は平城宮の
現在の東大寺で再開。でも天皇は体調を崩されてしまったと。
(東大寺に大仏が造立されたのはそういういきさつがあったのね)
天皇の病気を治すために都と諸国に薬師如来像七軀を造立し
薬師経七巻を写経することが命じられたことなどがきっかけで
春日山と高円山の麓に新薬師寺が造営されたということです。
(最初は違う名前だったそうな)
新薬師寺で何が素晴らしいかというと、本堂におられる
薬師如来とそれを取り囲む男前の十二神将の像です。
ほぼすべてが国宝ですが、すぐ近くに寄って観ることができます。
(このけち臭くないところが素晴らしい)
仏像の写真はもちろん撮れないのでここにはありませんが、
新薬師寺のホームページでご覧になってください。
仏像さまを存分に見学した後、案内に沿って歩いて行くと
ある建物の和室で面白いビデオを見せていました。
それは、十二神将のバザラ像にこれが元々作られた時の
天平時代の色をつける試みをした記録です。
単なるデジタル処理だけではなく、当時はどのような色が
出せたのか、また仏像はどのような色だったのかを
専門家(史学でそういうことを研究している方とか)の
協力を得て再現しようとしている記録だったのですが
最終的に出来上がった像は現在残っている
「木の色」しか見えないものとは全く違う
きらびやかでさらに力強い像でした。
かなり印象的ってか、今私達が見ている神社仏閣や仏像って
できた当時は派手なものが多かったんでしょうなぁ。
ビデオ鑑賞は結構時間を取りましたが、見てよかった1本です。
観賞したお部屋の前の庭。(あぁ、境内のどこだったかわからん・・・)
このお寺の境内はそれほどたくさんのものがあるわけではなく、
写真もそれほど撮ってはいません。
真ん中は地蔵堂です。左側には石仏群が見えており、
右側の塔は実忠和尚御歯塔です。
そして、こちらは竜王社。(赤いのに魅かれて写真を撮ったに違いない)
よく考えたら、南門から入ったのですが、そこも撮ってませんね。
(寝とったんかぃ)
・・・ということで、新薬師寺はひたすら仏像観賞をさせていただき
それだけで有難いことでございました。
帰りはそこから歩いて春日大社の参道近くに戻り、
行った道とは違う経路で近鉄奈良駅まで出ましたが
これが結構な距離でした。(たくさん歩きたい私達には大満足)
では最後に、途中で見たこの景色。
その時はわかっていなかったのですが、
これは奈良公園の鷺池に浮かぶ浮見堂というお堂です。
たまたまここを通って帰ったのと 景色がよかったので最後の1枚。
これで、今年行った主要な神社仏閣の報告は
何とかブログに納まりました。
何と言っても西国33カ所の満願が私にとっては大きいことでしたが
逆にこれをきっかけに もっとたくさんの場所に出かけたいし
仏像も見たいと思っております。足腰が続くまでやるぞ~。
今年も私のつたないブログを見にきてくださった方
ありがとうございました。
自分が忘れないために(むしろ思い出すために)つけている
記録のようになってきたとはいえ、
ひとりでも来訪していただいていると
ちょっと嬉しい気分です。
来年もよろしければ、ちょこっと寄ってやってください。
では皆さま、よいお年を! (*^ー^)ノ



























































