この方の場合は募金活動開始1か月で目標額を達成したそうで、葵彩ちゃんと両親は早ければ今月中旬に渡米し、ドナーを探すらしい…
この類の記事を読むたびに思い出す話があります。
職場が一緒だった友人が結婚して2年、彼女はご主人と生後8か月の長男、高齢の母親と千葉のベッドタウン内の団地に暮らしていました。
ずいぶん長い間アルコール中毒だった彼女の父は入院中。元気だった頃は家庭内暴力も絶えなかったらしく友人の口癖は「すみません」。その父が肝がんになってしまったというのです。
60代だったのでしょうか。長寿が当たり前の時代、なんとかして助けたいと相談されました。
彼女は当時担当だった医師の方針は到底受け入れられないと、セカンドオピニオンを聞きに著名な医師(肝臓については日本で一番らしい)の予約をとり、診察をうけに行ったらしい。
結果は…、手術をして延命できる可能性は25%。それでもよければ750万円…といわれたらしい。
ブラックジャックのようなお話で私は正直信じられなかったが、彼女は本気で借金をしようとしていた。
実の父親なのだから、何としてでも助けたい気持ちは分からなくないでもないが、25%の確率=ほぼ無理で成功しても多分ほぼ廃人、に750万円はきついな~と思ってしまった。
「私だったらそんな手術に大金をかけるんだったら、緩和ケアにお金をかけるなぁ~」とつぶやいたかもしれない。
一か月後に彼女に再会した時は、手術はしないことにしたと報告された。
何かに憑かれたようだった彼女の眼は、優しいママの眼に戻っていた。
恥ずかしながら、この時(私28歳)初めて「命には値段があるんだ」と気が付かされました。
生まれたばかりの幼いわが子を救う道が臓器移植しかなかった場合に私たちはその運命をどう受け入れるのでしょうか?
2008年のイスタンブール宣言により,国際移植学会は「臓器売買・移植ツーリズムの禁止、自国での臓器移植の推進、生体ドナーの保護」を 提言しています。
上記http://www.asas.or.jp/jst/pdf/20080805.pdfより要約抜粋。
日本は脳死下の臓器提供条件を大幅に緩和した改正臓器移植法が2010年7月17日に全面施行されおり、技術も高い日本での移植が可能になった現在、提供数が少ないからと、ほかの国の枠を独占してひんしゅくを買ったそうですが、国際人として到底認められることではないと思います。
医療は万能ではありません。
命を預かる医師をはじめとする医療関係者こそ、そう思っています。
命はいつか尽きるもの…天から授かった今の命を自分なりに精一杯生きませんか?
生きて当然ではなく、
生かされていることへの感謝の気持ちを忘れてはいけないのだと思います。
死ぬ間際のじたばたを見たことはありますか?
信心深い人は安らかに眠りにつくようにお亡くなりになります。
「死にたくない死にたくない」と声にならない悲鳴のような音をたてて、酸素チューブや遺漏でぐるぐるになりながら亡くなっていかれる方もみてきました。
今では命だけはお金では買えないものだとそう信じるようになりました。