今回の本紹介は新しい試みでこんなのを紹介したいと思います。
演芸画報 明治44年7月号
戦後から今日に至るまで唯一の歌舞伎専門月刊誌として77年の歴史を持つ演劇界、その前身に当たる雑誌がこちらの演芸画報です。
明治40年の創刊から1943年に演劇界に統合されるまでの37年間に渡り発行され、創刊から大正4年までは第一次歌舞伎と、大正5年から大正14年までは新演芸と、大正14年から昭和5年までは第二次歌舞伎と共に戦前の歌舞伎雑誌の基幹的位置を占めていました。
それまで論評中心で写真が僅かであった第一次歌舞伎に比べて見開きを含む大胆な舞台写真を前面に出しつつ、劇評も載せて号によっては役者からの告知や上方歌舞伎や小芝居、地方巡業の情報や懸賞脚本の掲載なども掲載するなど今の演劇界と然程変わらない斬新な内容になっています。
今回の7月号では5月に新富座に初代中村鴈治郎が初出演した事に加えて帝国劇場に七代目市川團蔵がこちらも初出演し、歌舞伎座では歌右衛門と仁左衛門による心中宵庚申の上演、5月の明治座の二代目市川左團次と十五代目市村羽左衛門が初共演と話題目白押しとあってZ折りのグラビアページには四座の写真がデカデカと表裏に印刷されています。
新富座の心中天網島の鴈治郎
心中宵庚申の歌右衛門と仁左衛門
帝国劇場の桜門五三桐の團蔵
明治座の御所五郎蔵の羽左衛門と左團次
カラーと白黒の違いさえ目をつぶれば今の演劇界の写真ページと遜色ない出来栄えです。
他にもこの号では市村座、本郷座などに加えて宮戸座、演技座といった小芝居の劇場の写真や市川左團次が主催する自由劇場の舞台写真も収録されています。
無論、グラビアだけでなく文章の方も現在と違い容赦ない辛口の劇評に加えて芝居の様子、段取りをそのまま掲載する芝居見たままなどに加えて消息(噂・ゴシップ)や役割一覧、地方芸信(地方の興行のニュース)が掲載されていて中でも今号では寄稿文の明治末期に既に菊五郎と吉右衛門、菊五郎と羽左衛門に関する鋭い比較記事は当時の菊吉の様子をリアルに描写していて充実していてかなり読み応えがあります。
菊吉、菊羽の比較についての寄稿文
ルビも振ってあってこの時代の文章としてはかなり読みやすいです。
因みにこの翌月の8月号から中村歌右衛門襲名を巡る芝翫と鴈治郎の争いが勃発し、芝翫、鴈治郎本人の手記に加えて双方の関係者が自身の主張を数ヶ月に渡ってこの演芸画報に掲載するなどして舌戦を展開したり、更に9月号では松竹の歌舞伎座買収未遂事件が起こった事で様々な劇場関係者の意見が乗るなど百花繚乱の如く紙面を賑やかにしました。そして劇評や芸の評論のウェイトが多く、主催者の三木竹二も亡くなり勢いを失っていた第一次歌舞伎に代わり劇界御用達のメディアとして飛躍していく事になります。
明治時代の雑誌とあって一見すると入手が難しいように感じられますが、東京の神保町の古書店では大正・昭和時代の号は明治時代の号に比べて比較的安価で容易に入手する事が出来る他、明治時代の号もインターネットオークションでも多数出品されていますのでもし見つけたら試しに1冊手に入れてみる事をお勧めいたします。