教師は芸術家であり、

「授業は芸術体験とならなければならない」

と、シュタイナーは主張していたそうです。

 

シュタイナーは人間は誰しも大人もこどもも

本質が分かる人、芸術家でなければならない

と言っているのではないかと思いました。

教える教師はもちろん分かっていなければ

ならないし、教えられる子どもたちも本質を

掴む芸術家を目指さなきゃならない。

芸術家と言ってもプロの芸術家を目指せという

わけではなく、本質を掴むことができる人に

なりなさい、ということだと思います。

 

教師はその子独自の道を邪魔することなく、

独自の個性に至るまでの方法を、シュタイナー

教育の方法論に沿って示すだけなのではないか

と思いました。

個性は人によって違うので、目に見える結果は

違うけれど、それで良いということなのかと

思いました。

 

結局、大人もこどもも関係なく、生きる上で

大切なのは、本質を掴むことなのだと

シュタイナーは伝えたかったのではないかと

思います。

自分自身に対する嘘(見ないように蓋をしている

感情や問題点)や、他人の嘘にも敏感になる。

本質が分かるようになると、あれ?何かおかしい

と違和感に気づける人になるのではないかと思い

ます。

そうすると支配的な人の奥にあるものにも気づけ

るようになる。

人生の舵取りを人に任せるような人にはならない

ように思います。

本物は自由意思を尊重する、そことも繋がって

いるなあと思います。

 

芸術家であれと説いたシュタイナーのことを

〇ットラーは目の敵にしていたようです。

厳密に言うと〇ットラーのバックの存在かも

しれませんが。

私たちに見る目があれば〇ットラーは存在しえ

なかったかもしれません。

そして〇ットラー自身も自分の欲をコントロール

できていれば、良くない存在に憑かれることも

なかったのかもしれません。

 

いつの時代も支配的な指導者は現れます。

実は、小さな〇ットラーは私たちの身の周り

にも沢山いるのかもしれません。

そして自分も利己的であれば、いつでも支配的な

人間になりえます。

 

私も芸術家にならなくてはなあと思いました。