原田常治を狂わせた『先代旧事本紀』 | “縄文の蘇り”&”ろくでもない世界”の粉砕

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前回は『古代日本正史』が描く、「ニギハヤヒ」

 

出雲・日向の覇者スサノオの子であり、

大和に天降った神であり、天照大神でもあり、

 

大物主神でもあり、日本の本当の主祭神である、

という像をご紹介しました。

 

原田常治のニギハヤヒ探索の最初の言葉が次のものです。

 

『この古代の調査で一番難関だったのは、

古事記以前の天照大神、即ち

 

「天照国照日子天火明奇甕玉饒速日尊」であった。』 

 

(原田常治著 同志社刊 『記紀以前の資料による古代日本正史』より)

 

 

 これが「誤りのすべて」と言ってもいいと思います。

 

この神名が各地の神社に掲げられていて、

神社の由緒書きを重視した原田常治が

 

これを出発点としたのは無理からぬことです。

 

この神名の出所は、有名な『先代旧事本紀』です。

 

この書は平安時代に書かれたと見なされていて、著者は不明ですが、

内容からして物部氏か尾張氏に関係する人とされています。

 

ズバリ言うとこの神は、ニニギ尊の兄「天火明尊」と

その養子「饒速日尊」の二人を一人にした

 

「でっち上げ」です。

 

 

それでこんなにやたらと長ったらしい名前を

持っているんですね。

 

ホツマツタヱのところで詳説しますが、

 

「天火明尊」はオシホミミ尊の長男であり、

アマテルカミの正統な後継者として、

 

「十種神宝」を授けられ、

三十二人の重臣をはじめ総勢八百六十四人もの、

 

ものものしい一行を引き連れて大和の地に赴きますが、

失政もありじり貧になります。

 

そのあとは逆に、弟ニニギ尊の華々しい活躍により、

アマテルカミは三種の神器を授けて全国の統治を委ねました。

 

形の上では二朝並立です。

 

 

天火明尊が亡くなりましたが子がなかったので、

ニニギ尊の孫、天火明尊にとっては甥の子の、

 

ニギハヤヒを養子にしました。

 

ニギハヤヒはナガスネヒコの妹を娶り、

生まれた子が物部氏の始祖です。

 

物部氏の子孫が、先祖であるニギハヤヒを

偉大な存在にするために、

 

自分たちを高めるために、

 

天火明尊の栄光をニギハヤヒのものにしてしまった

のだと推測されます。

 

 

「天照国照日子天火明奇甕玉饒速日尊」の分析をしてみます。

 

天火明尊のイミナ(生まれたときにつける名前)が「テルヒコ」です。

これで「照日子天火明」そのものです。

 

ニギハヤヒのイミナが「クニテル」です。

これで「国照」もはっきりしました。

 

両名ともイミナに「照(テル)」がついていますが、

これも因縁なのでしょうか。

 

 

最初の「天照」ですが、ホツマツタヱの文章、

『ハラミヤの クニテルお嗣ぎ あまてらす ニギハヤヒ君 喪に入りて』

 

と、「あまてらすニギハヤヒ」と書いていますので、

強いて言えば、ここから来たのかもしれません。

 

 

あとは「奇甕玉(クシミカタマ)」ですが、

これは六代目大物主の名前です。

 

そして、このクシミカタマこそが、

ホツマツタヱの最初の二十八アヤを書いた人です。

 

「オオモノヌシ」というのは役職名で、

初代大物主がスサノオの子の「オホナムチ」で世襲されました。

 

二代目が「コトシロヌシ」の名で有名な、イミナがクシヒコ、

三輪山の祭神・大物主もこの人です) 

 

なぜ「奇甕玉」の文字を入れたのかは不明ですが、

大物主の威光まで欲張ったのでしょうか。

 

(坂本政道氏によると、物部氏の始祖は呪術の人で

三輪山の祭祀に関わり、

 

オリオンの存在からの助けを得て、なんと、

オオモノヌシを封印してしまったそうです。

 

オオモノヌシを無力化し支配下においたことを

誇示する意味の「奇甕玉」なのかもしれません。

 

そして確かに、崇神天皇の時に祟りをなして

三輪山に祀られた後、

 

オオモノヌシは鳴りを潜めてしまいましたね!

封印されてしまったのでしょう)

 

 

それでは、

 

『先代旧事本紀』のなかで、天火明尊の事績ではない、

ニギハヤヒ自身の部分がどう描かれているのか。

 

 

 

『饒速日尊は順調に事が進んで長髄彦の妹の御炊屋姫を妻とし、

后は懐妊した。

 

しかし出産の前に、饒速日尊はお亡くなりになられてしまった』

 

(安本美典監修 批評社刊 『先代旧事本紀[現代語訳]』より) 

 

 

これには驚きました。

 

ニギハヤヒの活躍をどんなふうに描いているのかと

期待していましたが、

 

何もすることなく亡くなった。

子をもうけただけ!

 

これで終わりです。

 

このニギハヤヒと、あの長々としたご神名。

このギャップはまさに、「天と地」です。

 

そして、

 

神武天皇とのやり取りはニギハヤヒの実態を表すので、

書かなかったということなのでしょう。

 

 

『先代旧事本紀』の確定されていない著者は、

「我よし」の、

 

後の世の人を惑わしたツミな人ですね。

 

 

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