“縄文の蘇り”&”ろくでもない世界”の粉砕

“縄文の蘇り”&”ろくでもない世界”の粉砕

第一ステップ:戦後の常識の徹底的な破壊(GHQの洗脳解除)
第二ステップ:弥生以降の常識の破壊(大陸思想の超克)
第三ステップ:奥底に眠っている縄文人DNAの起動

朝鮮半島で発掘された古人骨

縄文人と同じ遺伝的要素を持っていたこと、

 

 

 

それは日本列島の縄文人が移住して

行ったからであろうことを書きました。

 

 

 

 

 

縄文人移住の可能性については

以前にとり上げています。

 

 

 

時系列でみると、

 

12,000年前~ 朝鮮半島は無人地帯

 

約7,300年前 九州でカルデラ大噴火

 

約7,000年前~ 朝鮮半島に人が住み始めた

 

朝鮮半島の古人骨は遺伝子的には縄文人

 

 

これらを見れば、

 

縄文人が日本列島から移り住んだ

ことは間違いないでしょう。

 

 

 

 

ところで、朝鮮半島にいた縄文人の

遺伝的要素を持った人たちですが、

 

その後、他の遺伝的特徴に

急速に置き換わっていったようです。

 

そして、彼らの子孫が弥生時代初期に

日本列島にやって来ます。

 

彼らはどんな人たちから

影響を受けたのでしょうか?

 

 

『渡来系弥生人と同じ遺伝的な要素を

もつ集団の源郷は、

 

5000年ほど前の西遼河流域の雑穀農耕民

であることが明らかとなっている。

 

この地域で雑穀農耕を始めた集団は、

4000年前以降に朝鮮半島へと

南下を始めた。

 

そこで在来系集団との混合を経て、

その中から3000年前以降に

 

日本列島へと到達する集団が

生まれたと考えられる。』

 

(篠田謙一編 朝倉書店 『ヤポネシアの古代人ゲノム』14ページ)

 

 

 

 

朝鮮半島の北、中国東北部にいた

雑穀農耕民が4000年前から南下してきて

現地人と混血したようです。

 

その雑穀農耕民の遺伝的要素が

濃くなっていったということは、

彼らが現地人に君臨し

支配していったのでしょう。

 

なにしろ、戦いを知らない現地人は

戦いに慣れた人たちの侵入を

跳ね返すことはできなかったでしょうから。

 

 

そして、1000年くらい経った3000年前

(弥生初期)に一部の現地人たちが

日本列島に渡来してきます。

 

 

北方人に支配され、圧迫され、

追い出されるように、難を逃れようと、

 

遙か昔に渡ってきた故郷の地、

日本列島に戻ってきたのでしょうか。

 

 

そして今度はこの日本列島で、

渡ってきた渡来人たちが、自分たちの

遺伝子をどんどん広めていきます。

 

故郷に戻ってきたと言っても、

中身はまったく”別人”に変わっています。

 

 

大陸産は植物でも、動物でも、人間でも、

繁殖力が旺盛です。

 

 

(つづく)