ホツマツタヱゆかりの神社 籠神社・真名井神社 | “縄文の蘇り”&”ろくでもない世界”の粉砕

“縄文の蘇り”&”ろくでもない世界”の粉砕

第一ステップ:戦後の常識の徹底的な破壊(GHQの洗脳解除)
第二ステップ:弥生以降の常識の破壊(大陸思想の廃棄)
第三ステップ:奥底に眠っている縄文人DNAの起動

丹生川上神社下社と天河神社をお参りした後に

向かった大阪で泊まり、翌日の早朝、

 

二度目のサムハラ神社に寄り、

奥の宮参拝時のお礼と

前回参拝後の恩恵への感謝を捧げました。

 

そして向かったのがホツマツタヱでも縁の深い、

京都・天橋立近くの「籠神社」です。

 

 

京都といっても京都市からは車で2時間半も

離れていて日本海に面しています。

 

ここはもともと豊受大神が祀られていたところに、

天照大御神の遷座地を求めて皇居から出て

 

2番目に祀られた場所で、

元伊勢と呼ばれています。

 

でもいっしょに祀られていたのは4年だけで

すぐにまた天照大御神は次の地へ遷ったようです。

 

 

なぜ豊受大神がこの地に祀られているのかは

伝承ではさっぱりわかりません。

 

ホツマツタヱによりますと、豊受は天照の祖父にあたります。

 

トヨウケ(トヨケ)の娘がイザナミで、その長男がアマテルです。

アマテルを教育した人でもあります。

 

トヨウケは、仙台の多賀城付近で東北一帯を治めていた

「タカミムスビ」の5代目で特に優れた人物でした。

 

山陰地方の失政から世が乱れた状況を何とか収拾したアマテルが、

その山陰地方の立て直しのためにトヨウケに出馬を願い出ました。

 

トヨウケがそれに応えて、東北は息子に譲って移ってきて

根拠地としたのが籠神社の地でした。

 

そして、トヨウケは見事にこの地方を安定させました。

ですから、やはり籠神社はトヨウケの神社ですが、

 

トヨウケが神上がりした後に

アマテルがしばらくこの地で過ごしていますので、

 

アマテルにとっても縁の深い神社です。

 

 

日本三景のひとつ、天橋立のすぐ近くですので、

参拝客は多いですね。

 

境内に入ると拝殿の左側に「天照大神和魂社」が見えましたので、

先にこちらでしばらく手を合わせていました。

 

そして拝殿では左側に出て

お社が見えるところで手を合わせました。

 

どちらもご神気を充分に感じることができました。

 

 

籠神社の奥宮が「真名井神社」と呼ばれ、

歩いて10分くらい登ったところにありました。

 

手水所のすぐ近くに有名な「天の真名井の水」が湧き出ています。

 

 

社名そのものであり、有名人もよく飲んで霊験あらたかのようで、

そのときも水を汲んでいる人がいました。

 

そこから少し登っていくと拝殿があり、

その奥に立派な磐座がいくつかあるようですが

 

禁足地であり、一部しか見えません。

 

 

その見えるところで、私にとっていま最も重要な豊受大神に、

お参りさせていただけたことに感謝の祈りを捧げました。

 

やはり奥宮ということで人は比較的に少なく、

落ち着いて手を合わせていることができ、

 

満足感をもって下りていくことができました。