『ホツマツタヱ勉強会』でお伝えしていますが、
「ホツマツタヱは古事記・日本書紀よりも600年前に編纂され、
その間に国に大きな変化があったために内容が正しく伝えられず、
ホツマツタヱ自身が闇に葬り去られてしまった」
と思われます。
その大きな変化のなかには、天皇自体に密かに
「入れ替え」のようなものがあったのではないか
と個人的に考えていました。
すると、矢作直樹・並木良和の最近の共著、
『失われた日本人と人類の記憶』(青林堂刊)のなかに、
それに直接かかわる発言が出ていて、びっくりしました。
それによると、
「どうも第十六代仁徳天皇が
変わり目になっているようです。
そのときに正統な天皇とそうではない者が入れかわる、
というようなことが起こっているように感じます。・・・
確かに、その前の応神天皇と仁徳天皇は、
それまでとは別系統の「河内王朝」の存在を
匂わせているわけですが」
さらにさらにもう一つ、
「神代文字が地下に潜ってしまったのは
西暦663年の白村江の戦いがきっかけで、
この敗戦によって唐が日本に乗り込んできています。
非常に短い期間ではありますが。
そこで神代文字を含めた日本の文化を
抹殺しているんですね」
(矢作直樹・並木良和著 青林堂刊
『失われた日本人と人類の記憶』より)
私がいろいろと推測していたことの直接の答え
になるかもしれない重大発言です。
仁徳天皇の在位期間は西暦313年から399年なので、
ホツマツタヱが編纂されてから200年以上も後のことであり、
白村江の戦いはまた、仁徳天皇在位時期よりも
250年以上も後のことです。
矢作さんと並木さんの指摘が本当かどうかは
知る由もありませんが、
刺激的な内容です。
俄然、面白くなってきました!
このあたりも来週12/6(金)の大阪での勉強会で
お話したいと思いますので、
興味がありましたらご参加いただきたいと思います。
詳細とお申込みは以下をご覧ください。
