「すべての命は同じ一つのもの」のわかりやすい例え | “縄文の蘇り”&”ろくでもない世界”との決別

“縄文の蘇り”&”ろくでもない世界”との決別

第一ステップ:戦後の常識の徹底的な破壊(GHQの洗脳解除)
第二ステップ:弥生以降の常識の破壊(大陸思想の廃棄)
第三ステップ:奥底に眠っている縄文人DNAの起動

以前、雲黒斎さんの本、

『あの世に聞いた、この世の仕組み』

を取り上げました。

 

その続編を読みましたが、

これも素晴らしく、前作以上だと思いました。

 

これで、あの世とこの世の仕組みが

本当にわかってしまった、という感じです。

 

ここまで書いてしまっていいのか

とさえ、思ってしまいました。

 

 

宇宙には「たった一つの命」があるだけで、

別々の命のように見えて、

 

実は元は一つの同じ命だと言います。

 

そして、人間と宇宙との関係を

「風船」にたとえています。

 

 

『「たった一つの命」を風船にたとえると、

その風船の中に詰まっている空気を

 

「意識」と呼んでみよう。

 

これが「分離」という幻想世界が生まれる以前の

「神の意識」だ。

 

風船の一部をつまんで

内側から外側に向けて圧力をかけると

 

そこに小さな膨らみが生まれる。

この小さな膨らみが「赤ちゃん」として

 

現象界で認識できる次元に突き出る。

 

それは新たな命・意識が

誕生したということではない。

 

風船の形状に変化があったというだけのことだ。

 

で、その小さな膨らみの根元に

「捻じれ」を加えてやると、

 

元の意識との間が閉ざされる。

 

ここにできた出っ張り、

小さな膨らみの中に隔離されている空気が

 

「私」という独立した感覚を生む。

 

 

この小さな空間に隔離されている意識が

「自我」と呼ばれるもの。

 

またこの「分離」の感覚を生む「捻じれ」のことを

「カルマ」と呼ぶ。

 

だから、「自我という何か」が存在しているのではなく、

「自我という状態」があるということ。

 

また、「カルマという何か」が存在しているのではなく、

「捻じれという状態」がある、ということなんだ。

 

この関係から、「カルマ(捻じれ)が解消されることで

自我(という分離意識)は消失する」という、

 

精神世界でおなじみの話になるんだな。』

 

(~雲黒斎著 サンマーク出版刊

 『もっとあの世に聞いた、この世の仕組み』より~)

 

 

とてもわかりやすい例えだと思いますが

いかがでしょう。

 

もとの意識は風船の中の空気で、

人も動物も神もみんなで一つの全体意識。

 

そこから突き出たのがそれぞれの生物で、

そのままではもとのままの全体意識。

 

でも、根元でねじると空気が遮断されて

自分だけの「自我意識」になる。

 

でもまた、そのねじれをほどくと

もとの全体意識といっしょになる。

 

 

死ぬことは、このねじれをほどくことであり、

恐れる必要はないですね。

 

これは一種の「悟り」と言ってもいいような

ものすごくわかりやすい例えだと思います。

 

まさしく「腑に落ちた」感じです。