やはり、神さまはいる | “縄文の蘇り”&”ろくでもない世界”の粉砕

“縄文の蘇り”&”ろくでもない世界”の粉砕

第一ステップ:戦後の常識の徹底的な破壊(GHQの洗脳解除)
第二ステップ:弥生以降の常識の破壊(大陸思想の廃棄)
第三ステップ:奥底に眠っている縄文人DNAの起動

『元気な暮らし6月号』に載っていた

「立花大敬さんのしあわせ通信 第258回」

より転載させていただきます。

 

立花さんの文章は初めて読んだのですが、

とても印象に残りました。

 

立花さんは高校教師を3年間した後、

禅道場に入門したものの、

 

禅僧にもなれず、定職にもつかず、

中途半端なまま42歳になっていたそうです。

 

 

『未だ生きていることの意味が見つからず、

自分のような者がこの世で生きていても

 

世の邪魔になっているだけのように感じられて、

もういっそのこと、死んでしまったほうが

いいのではないかと思いました。

 

しかし、ひょっとして自分のような者にでも、

なにか世の人々のために貢献できる役割が

あるかもしれない。

 

「神さま、もし私のような者にでも

世のためにやれる役割があるなら

 

どんな小さな役割でも結構ですから

やらせてください。

 

もし、私にはやれる役割はないよ

とおっしゃるなら命を取り去ってください」

 

と伊勢の内宮さまの神前で祈った時に、

突然「天窓」が開いて、

 

天と地を結ぶ柱(天の浮橋)の中に

立っている私がいたのです。

 

その柱の中では、上昇気流と下降気流が

同時に感じられました。

 

 

伊勢の体験の後、私は突然「文章」が書けるようになって

次々本が出版され現在に至っています。

 

神さまから私に与えられた「役割」は、

どうやら「筆(ことば)の御用」であったようです。

 

 

私の中に「文才」の持ち前など

まったくないカラッポで、

 

必要に応じて「天」から

供給されて来る能力なので、

 

どうやら尽きるということは

ないようです。』

 

 

凄い神秘体験ですね。

 

模索しつづけて迷いのまま、でも

その時に機が熟していたということだと思います。

 

死をも覚悟して、

本気で祈った結果なのでしょう。

 

 

それにしても、やっぱり

神さまはいるのですね。