”サインの正体” | “縄文の蘇り”&”ろくでもない世界”との決別

“縄文の蘇り”&”ろくでもない世界”との決別

第一ステップ:戦後の常識の徹底的な破壊(GHQの洗脳解除)
第二ステップ:弥生以降の常識の破壊(大陸思想の廃棄)
第三ステップ:奥底に眠っている縄文人DNAの起動

CHIEさんのブログから。

 

身近でおきた出来事が自分にとっての

何らかの”サイン”である場合があります。

 

それをどう評価したらいいのか?

同じ出来事でもいろいろ解釈可能です。

 

同じような出来事が、良い兆しであることもあり、

不吉なお知らせかもしれません。

 

そこらあたりについてのCHIEさんの見解です。

 

 

『一番大事なのは

何かのサインだと感じることが目の前に起きた時

 

どう思ったか。

それが答えで、そこに意味があります。

 

1つの出来事に何通りもの意味があって、

「自分がどう感じたか」、

 

最初の感触や

最初に思い浮かべたことが

 

あなたへのメッセージです。

 

自分の外で起きていることは

自分の内でおきていること。

 

サインはすべて

自分の内側の状態を表します。

 

だから何かサインを見つけて

偶然に嬉しくなったり吉兆に感じた時、

 

良いものを見つけられるのは

今の自分が良い状態だからなのです。』

 

 

客観的に見ればいろいろと解釈ができても、

その時どう思ったか、どう感じたか、

 

それが答えのようです。

 

 

で、最後のところが特に印象に残りました。

 

良いものを見つけられるのは

今の自分が良い状態だからなのです。

 

自分の中が良い状態だから、

外側にも良いことが起きる。

 

そして、良いことのサインだと

思える。

 

 

納得できるとともに、

心が満たされてくるような感じがします。

 

 

ちょうど明日、白石泰三さんとの

トークライブがあり、楽しみです。