「ニセの自分」にとどめを刺す | “縄文の蘇り”&”ろくでもない世界”との決別

“縄文の蘇り”&”ろくでもない世界”との決別

第一ステップ:戦後の常識の徹底的な破壊(GHQの洗脳解除)
第二ステップ:弥生以降の常識の破壊(大陸思想の廃棄)
第三ステップ:奥底に眠っている縄文人DNAの起動

今月の初めにミユさんの体験を取り上げました。

 

「未来の自分」との対面

 
過去の自分、7歳のときの自分が、
本当に時空を越えて現れ、
ミユさんと対面したのではないか
 
という点での話でした。
 
対面してその後どうなったかを含めて、
毎朝このストーリーを読まずにはいられません。
心にビシビシと響いてきます。
 
 
 
電車のなかで涙が出て嗚咽が止まらず、
人目もはばからずに泣きつづけた後です。
 
『駅を出て寒空の下で星を見た。
空気は凍って、いつになく澄んでいた。
 
泣くのにものすごい体力を消耗したのを感じながら、
わたしは汗だくの身体で深呼吸をした。
 
呼吸がヒクヒクして涙は止まらなかったが、
憑き物が落ちたような爽快感があった。
 
そのとき、満天の星を見て湧いてきたのは、
必ずあの子を幸せにする。
 
わたしが必ず喜ばせてみせる!
という、どこにも誰にも説明の必要のない
 
北極星に誓えるようなひとりの決意だった。』
 
 
『あれから10年が経ち、
わたしはこの日のことを思うと今でも涙が出る。
 
けれど、それはもう幼き自分に顔向けできない
という悔しさのためではない。
 
今このときも、自分を突き動かしてくれるあの日の思いが、
わたしにとってかけがえのない自分への愛だったとわかるからだ。
 
幸せでないときなどなかった。それに気がつくことができたのは、
ここまで突っ走ってきて、今の自分が幼かった自分と対面して、
 
彼女が嬉しそうにニコニコしているのを見ることができるから。
過去の自分を幸せにするのは、まぎれもなく今の自分だけだ。
 
過去は書き換えることができるというのを、
わたしは自分の経験から理解した。
 
今の自分が思いのとおりに生きていなければ、
過去の自分を不憫に思う。
 
今を納得して生きていれば、過去の自分は
幸せな未来が待っている幸福な人に見える。
 
子供の頃の自分に、
「よかったな、お前!」と言えるのだ。』
 
 
これは、私の追い求める「自己実現」を果たした
決定的な瞬間の物語だと思います。
 

あるコンサルタントの講演が胸に突き刺さり、

自分自身に対するいら立ちがつのった。

 

今のふがいない自分に対して、

「憤りの刃」を向けて、

 

逃げることを許さず、

最終回答を迫る気分になっていた。

 
 
今のふがいない自分が「ニセの自分」であり、
「憤りの刃」を抜いたのが「本当の自分」です。
 
この「本当の自分」が充分に成熟していて、
講演を聴いたのをきっかけに目覚めた。
 
完全に目覚めてしまったために、
鞘に仕舞ってあった「憤りの刃」が抜かれて
 
敵を切りつけなければ済まない状態になった。
 
「自分がどんなに傷ついたって構わないから
自分の本当を見てやる!」
 
これが、「ニセの自分」と生死をかけた対決をするのだ
という「本当の自分」の決意です。
 
 
そこに現われたのが7歳の自分でした。
7歳の自分が、「本当の自分」の原点だった。
 
その原点の自分を見つけて、
それとつながることができて、
 
形勢が完全に逆転した。
「本当の自分」の勝利が確定した。
 
それで、
憑き物が落ちたような爽快感を感じた。
 
結局、あの無邪気な7歳の少女が
「ニセの自分」にとどめを刺したのです!
 
 
 
「人間の最大の敵は自分自身であり
常に自分自身との戦いが
何より激しい戦いとなる。
それに勝てば生涯最大の勝利となる。」
 
この私のテーマにそのまま該当する
決定的な瞬間を、ミユさんの物語が
表わしているのだと思います。
 
それで読まずにはいられず、
そのたびに心が動かされる
 
ことになるのだと思います。