「死の家」の主体的な鉄人 | “縄文の蘇り”&”ろくでもない世界”との決別

“縄文の蘇り”&”ろくでもない世界”との決別

第一ステップ:戦後の常識の徹底的な破壊(GHQの洗脳解除)
第二ステップ:弥生以降の常識の破壊(大陸思想の廃棄)
第三ステップ:奥底に眠っている縄文人DNAの起動

二十歳のときに「主体性」のないことが

判明して生活が崩壊しました。

 

そこから立て直すためにまず、

日本の小説を読み始めましたが、

 

暗く、重苦しくて逆効果なので

外国のものに移り、

 

最後はドストエフスキーに

到着しました。

 

ドストエフスキーの小説には

力強く主体的に生きる人物が

たくさん描かれています。

 

特に愛読したのが

『死の家の記録』でした。

 

政治犯として逮捕、死刑判決を受け、

恩赦によりシベリア流刑になり、

5年間過ごした監獄生活の記録です。

 

服役囚のなかには極悪の犯罪人から

愛すべき人柄の人物まで多種多様です。

 

その中でとくに「主体性」という点で

印象に残る人物を取り上げたいと思います。

 

それは凶悪犯と言われていたオルロフ。

列間笞刑を受けて半死半生の状態で

監獄の病室内に運びこまれてきた。

 

 

『あくる日には、彼はすっかり意識を回復して

二度ほど病室内を行き来したのだ!

これには私も驚いた。

 

彼が病院に運ばれてきたときは、

すっかり弱りはてて、

死んだようになっていたのである。

 

彼は宣告された笞(むち)の半分まで、

一度も倒れずに歩きぬいたのだった。

 

医者がこれ以上刑をつづけたら

確実に死ぬと認めたときに、

はじめて刑を中止させたのである。

 

それに、オルロフは小男で、

身体つきがきゃしゃであり、

加えて、長い間営倉に入れられて

いたので身体が弱りきっていた。

 

それにもかかわらず、

オルロフは急速に回復した。

 

彼の内部に秘められた精神力が、

強く肉体を助けたことは明らかである。

 

たしかに、これは並みの人間ではなかった。

 

私は好奇心をそそられて、彼と近づきになり、

まる一週間彼という人間を観察した。

 

私はぜったいの自信をもって言いきれるが、

私の生涯を通じて、彼ほど強い

鉄のような性格をもった男には

一度も会ったことがない。』

 

 

『私はこの男の異常な高慢さに驚かされた。

彼はみんなをばかばかしいほどの

高みから見くだしていたが、

 

かと言って、無理に背のびをしている

ようなところはぜんぜんなく、

それが妙に自然なのである。

 

おそらく、権威だけで彼を動かす

ことのできるような人間は、

この世に一人もいなかったろう。

 

みんなに向ける彼の目は、

こちらがどぎまぎするほど静かで、

 

まるで彼を驚かすことのできるようなものは、

この世に何も存在しないのだと

言っているようであった。

 

そして彼は他の囚人たちに

尊敬の目で見られていることを、

十分に承知していたが、

彼らのまえで少しも気どらなかった。』

 

(~ドストエフスキー著 新潮文庫

 『死の家の記録』より~)

 

 

ナポレオンをも想起する、

虎の檻に入った中村天風にも匹敵する

 

本物の、侵されることのない

強い魂を持った人間です。

 

強い人間はやはり、外面は穏やかで

余裕がありますね。

 

強いオーラのようなものが出ているので

威嚇したりする必要がないのでしょう。

 

どこからそんな威力がもたらされるのか

大いに知りたいところです。

 

当時はあまりにもかけ離れていて、

自分とはまったく異質でしたが、

 

いま読み返してみて、多少は

親近感のようなものを感じるのは

いい傾向なのでしょう。