「いわき炭鉱」(炭鉱主は浅野総一郎、出資者は根津嘉一郎)で、
千五、六百人が賃上げを要求して暴動が起った。
この命懸けのストライキを解決するために、まず
日蓮宗の僧侶である田中智学が派遣されたが、
炭鉱労働者はまったく聞く耳を持たない。
次に派遣されたのは大迫陸軍大将だったが、
やはり相手にされない。そこで浅野、根津の両氏は、
右翼の頭目の頭山満に解決を依頼した。
頭山の命で、天風はいわきへと向かい到着した。
炭鉱は谷川の向こうにあり、天風が橋を渡ろうとすると、
向こうから鉄砲でパンパンと撃ってくる。
自分は調停のためにやって来た。
ケンカしようとか、功名を立てようとか、
いくらもらおうという気は毛頭ない。
そんな真心の自分に弾が当たってたまるか。
天風は炭鉱に向かって平然と直進していく。
弾は外套の腰のあたりを五発抜いた。
しかし天風の身体にはまったく当たらない。
炭鉱から出てきて天風にドスを突き付ける男に、
天風は頭目に合わせろと要求するが突っぱねられる。
そこで天風は近くにいた五、六羽の鶏を、
持っていたステッキで動けなくしてしまったり、
男からドスを奪って、刃を掌の平でゴシゴシと
こすっても掌は何ともないところを見せたりした。
驚いた男は、ストライキの頭目を天風に会わせた。
天風は頭目たちと話をして、思い切った手を打った。
掘ってある炭を全部売却させたのである。
勝手に自分たちの炭を売られたと根津が訴えたり、
怒った頭山に根津が訴えを取り下げたりと、
トラブルはあったが、やがて暴動はおさまった。
「成功報酬」の一万円をすべて一円札にして、
天風は炭鉱の男たち全員に分けさせた。
もちろん、男たちは泣いて感動した。
正しいことをしているのだから、弾が当たってたまるか、
天風の信念の力を示すエピソードであり、
超能力と言っていい術を使うことができ、
大胆な策で騒動をおさめてしまう知力と胆力、
受け取った報酬をすべて与えてしまう
あっぱれな心意気を示しているエピソードです。
~松本幸夫著 総合法令刊 『中村天風伝』より~