沈むことはないと皆に信じられていた
戦艦大和ですが、ついに
沈没してしまいました。
船が沈むとき、海水が引っ張られて
渦巻きが発生します。
船が大きいほど、渦巻きも
大きくなります。
戦艦大和が沈むとき艦橋の高い位置に
いた山口甚之助氏がその時の様子を
話しています。
『出てきた山口たちの目の前で、
見たこともない巨大な渦が
巻っていたのである。
「部屋から出た瞬間に、もう、うわーっと
ものすごい渦が巻いていててな。
ぐうーっと白波が渦を巻きながら、
海面そのものがあがってきてるように
見えたな。
あんな渦巻きは見たことがない。
戦後、鳴戸の渦潮というのを見たけど、
あんなもんじゃなかったねえ。
鳴戸の渦潮は、こんなもんなら
怖いこともないわと思うたもん。
それほど大きかったな
…
もがいても、もがいても、もう真っ暗闇。
その渦の中へ入ってもうたもんでな。
それで、意識がもうろうとしていったわけや。
なんか意識が薄うしかけた時に、
急に目の前が赤うなったような感じが
したんやね。
爆発やね。
ああっと思うて、うわっと気がついた。
そうしたら、不思議なことに、
自分が浮いとったわ」』
(門田隆将 角川文庫 『太平洋戦争 最後の証言 大和沈没編』335~336ページ)
渦に巻き込まれたら、普通であれば
船といっしょに海底まで沈んでいき、
その間に息絶えてしまいます。
ところが、九死に一生を得て生還し、
その後70年以上生きて証言しています。
何があったのか?
大和が沈んでいくとき、庫内にあった弾薬が
誘爆を起こしたようです。
別の乗組員の証言です。
『「海兵団や砲術学校で、
渦に巻き込まれた時にどうするか
私たちは教えられていました。
まっすぐじゃないぞ、
ものすごい圧力がきて、
うわーっと巻き込まれるから、
目を開けとけ、明るい方が海面だ、
そして大丈夫と思ったら、
最後の力を振り絞って、
明るい方へ行けと教わっています。
そして、これ以上息がつづかない
最後の時に海水を腹いっぱい飲めと。
息を吸ったら三秒で意識がのうなって
死ぬから海水を飲め、と教えられました。
海水の中にも酸素は入っているから
一瞬楽になるから、その時、
明るい方へ向かってあがって来いと。
それを渦の中でやりました。
…
巻き込まれたのは、おそらく
二、三十メートルぐらいだと思いますね
…
そのうちに苦しくなってどうしようもないから、
水を腹いっぱい飲んだら、
ちょっと楽になったんです。
あっ、ほんとだな、と思った瞬間に、
見たこともない光がばーっと海中で
青黒く光りました。
何かわからなかったですが、
おそらく大和の爆発だと思います。
赤さび色の光に、ちょっとブルーが
混じったような色です。
その時、ぱっと海面に浮いていました」』
(同上354~355ページ)
水中で息が苦しくなった時、
息を吸うとすぐに死ぬが、
腹いっぱい水を飲むと少し楽になり、
しばらくは生きていられる。
これが海に生きる人たちの
知恵なのでしょう。
驚きです。
本当なら渦に巻き込まれた軍人も
引き連れて海の底に沈んでいくはず
なのに、それを返させるべく大和が
自ら爆弾を爆発させた?
偶然なのでしょうが、そんなふうにも
思えてしまいます。
彼らは奇跡的に生き延びることが
できましたが、乗組員のごく一部です。
『大和の生存者は、最上甲板より
上にいた人間がほとんどである。
そこから下にいた人間は
まず助かっていない。
総員退去の命令が遅かったことと、
電源が失われ、真っ暗闇となった
艦の中から、迷路のような複雑な
ルートを辿って上まであがってくる時間が
なかったからである。』
(同上338ページ)
乗組員の総数3,332人のうち、
助かったのが279人。
意外と多い印象ですが、しかし、
残りの91パーセントを超える
3,056人もの兵士たちは、
戦艦大和と運命を共にしました。
3,000を超える人たち!
「やまと=日本」
戦艦大和の沈没は
大日本帝国の消滅
を象徴するものでもありました。




