『太郎が恋をする頃までには・・・』栗原美和子・著 | 雑記帳(旧・ジェルボー、時々ゲリの東京日記)

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アマゾンで取り寄せておいた本を読みました。


太郎が恋をする頃までには…/栗原 美和子
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フジテレビのプロデューサー栗原美和子氏が、猿回し芸人で被差別部落出身の村崎太郎氏と結婚に至るエピソードを小説化したものです。

『ピュア』というドラマが大好きでしたが、最近は注目していませんでした。村崎太郎氏と結婚したことも、小説を書いていることもまったく知りませんでした。


小説は、被差別部落出身という出自を背負った太郎さんをモデルにした男性「ハジメ」の半生と、彼と結婚を決意する栗原さんモデルの女性「今日子」の葛藤がテーマになっています。設定や結末は実際とは異なっているようですが、実際のお二人の半生を小説化しており、自伝的要素の強い作品です。


※以下、いわゆる「ネタバレ」に触れる部分があります※



栗原さんの小説は初めて読んだのですが、ストーリーと勢いを重視しているようで、文体や語彙はこれと言った個性がありません。ライトノベル調というのでしょうか。


主人公の女性は流行の類型的な「アラフォー」キャリアウーマンとして描写されており、特に冒頭部分などよくあるドラマを見せられている気分になります。もっともこれは、現実の栗原さんがいかにも華やかな業界人でテレビドラマなんかを作ってる人ですから、ありのままに描写しても「ドラマ臭く」なるのは仕方ないのかもしれません(笑)。


ハジメが自らの半生を告白し、結婚につきすすむ後半からは一気に筆力が増します。否応なしに引き込まれ、思わず涙する部分もありました。ハジメの人物描写は、単にヒロイックではなく深みとリアリティがありますし、ヒロインの今日子や周囲の人々の姿も単純な描かれ方はしていません。これがもしまったくの創作ならその想像力と創造力に感嘆するところですが、このあたりはかなり実際の出来事や会話を忠実に描いているそうです。


結末は救いがありません。あえていうなら、このモデル小説が書かれた、モデルとなったお二人の現実の結婚が救いなのかもしれませんが、それなら結論を変えなくても良かったような気もします。

あえて救いのない結末にすることで、読者により深く考えてもらおうという意図があるのかもしれません。あるいは、現実のお二人がまだ葛藤のただ中にいるのかもしれません。


結婚においては、部落という重い現実から、国籍、民族、職業、経済的状況、趣味嗜好、容姿に至るまで、色々なことが障害になりうるでしょう。

「障害」とはまず第一に当事者の心の問題、第二に周囲の人間の問題です。第一の部分を愛し合って克服しても、第二の部分になると二人だけではどうしようもない。周囲の人間が「障害」となる理由が、当事者である自分への「愛」からであれば、そこには甲乙をつけられない2つの愛への葛藤が生じます。

「誰が悪いわけじゃない」という台詞が何度も出てきますが、悪気がなくても傷つけ合う当事者、でもだれもが好きでそのようなことをしているわけではないのです。切ないです。


この小説を読むと、誰かが犠牲となって愛する者(それはたいていの場合もっとも近しい家族です)を傷つけなければ、本当の意味で差別と闘うことができないのだと分かります。そういう現実は「哀しい」としか言いようがありませんが、その闘いができる人間は本当に心の強い人にちがいないと感じました。



☆ジェルボー☆