「ありがと〜う!今年も助かるわぁ〜!」

毎年、叔母からお米をもらうたび

私は心の底から感謝していました。


「これがなきゃ、うちは飢えます」

ってくらい、本気で。


だけどね。

ある日、突然、気づいちゃったんです。


そのお米、

除草剤まきまき、農薬シュッシュ

化学肥料ドバー!

の“フル装備栽培米”だったんです。


え、えぇえぇえぇーっ!?

ありがたくいただいてたあのお米が!?

私のなかで

まさかの“農薬まみれショック”が走りました。


叔母の名誉のために言っておきますが、

これは昔からの“ザ・慣行農法”。

「草が伸びるの?ほな除草剤しとき〜」

「元気がない?肥料ぶっかけたらええやん」

昭和から続く愛あるルーティン。


叔母も農家さんも

悪気なんてゼロどころかマイナス。

なんなら良かれと思ってやってた。


そして私もずっとその恩恵を受けてた。

スーパーのツヤッツヤ野菜たちを

ありがたく買って

何も考えずにパクパク食べてた。


……でも。


いざ自分が田んぼに立って

農薬やら肥料やらが

目の前でまかれる瞬間を見たとき

胸の奥がぎゅーっと痛くなったんです。


うわぁ…これ…

ほんまに“命”ってよろこんでるんかな?

って。


叔母は言いました。

「こんなんせんかったら、育たへんのよ」って。


そらそうや。

それが“今の農業の常識”やし。

効率的やし、たくさん穫れるし。


だけど私は、

その“常識”に、どうしても馴染めなかった。


ずっと食べてきたごはん。

うちの子たちも、当たり前のように食べてた。


そのお米のなかに

もし少しでも…ほんのちょっとでも…

子どもたちの体調や発達と関係があったとしたら?


なんて、そんなこと考えたくもないのに

ふと頭をよぎってしまったんです。


もう、悶々ループです。

寝ても覚めても「この違和感は何?」状態。


だから、決めました。

「なら、自分で作ろう。」って。


もっと自然に。もっとやさしく。

命が喜ぶように。


草が生えたら、草に聞こう。

「抜いてほしい?」って。


虫が来たら、虫と話そう。

「この子、元気なんやけど、葉っぱ食べすぎちゃう?」って。


(※たぶん通じないけど、気持ちは大事!)


農薬に頼らず、化学肥料に頼らず、

自分の手で、じっくり命と向き合って育てる。

それが、私が選んだ“腑に落ちた生き方”でした。


この違和感こそが

私のはじまりだったんです。



魂のすみか 〜本来の自分へ還る場所〜

西尾美香