私たち親は、無意識のうちに、「良い(普通の)家庭」というイメージを作り、それに沿った役割を演じ、また他のメンバーにもそれぞれの役割を演じ続けることを求める、というのが前回までのお話でした。
しかし、強引にイメージに相手を当てはめ、そうでなければ責め立てる(表現する、しないに関わらず)という夫婦関係は、必ず何かしらの歪みを引き起こすものです。
それが日常となった時、子供たちは、実に見事に夫婦の緊張や歪みを察知し、ごく自然に、一家の安定を保つために、与えられた役割を生きることに同意し、役割を演じ始めます。
家族内で子供たちが演じる主な役割を紹介します。子供の頃、私はどんな役割だったのかな?と思い出しながら読んで下さると嬉しいです。
○ヒーロー役
自分がヒーロー(期待の星)になることで、家族を救おうとします。
古い漫画になりますが「巨人の星」の主人公・星飛雄馬がこれにあたり、世間に評価される子供がその家族に出現すると、その子供のいっそうの活躍に熱中して、夫婦のさめた関係が一時的に良くなったりします。
周囲からは、成功者に見えますが、本人はプレッシャーに押しつぶされる寸前であることが多く、耐え切れなくなったヒーロー役は後述するスケープゴートやロストワン役になることがあります。
○スケープゴート(犠牲のヤギ)
ヒーローの裏返しに当たるのがスケープゴートです。
自分が最大の問題児になることで、家族の真の問題から目を逸らせる役割を果します。病気をするのはこの子ばかり。学校に呼び出されるのも、近所の親に叱られるのも、すべてこの子が原因と思わせるほどの問題児ぶりは、実は自らを生贄にすることで、家族を救おうとする姿なのです。
○ロスト・ワン(いない子)
ヒーローやスケープゴートとは異なり、「いない子」という存在のしかたをとる子供もいます。「私なんていないほうがいい」と感じ、いつも独りでいますが、この役割を取る子供たちは、家族から離れることで、家族を救おうとすると同時に、家族内の人間関係を離れ、自分の心がこれ以上傷つかないようにしています。
○殉教者(なぐさめ役)
家の中でいつもくらい顔をしてため息をついている親(母親であることが多い)をなぐさめる役割で、夫の問題(正確には夫との問題)の犠牲者となっている母親を、自分が損をしたり、人生を捨ててまで、救おうとします。
○クラン(道化役)
ユーモアを使って家族を楽しませ、家族を緊張状態から遠ざけようとします。愛すべきペットのような存在で、本人もそれを楽しんでいるように見えますが、仮面の下では、自分には何かが足りない、役に立たない、無価値だと思っています。
○イネイブラー(支え役)
偽親とも呼ばれ、家族の他のメンバーの世話を焼いて回る役割です。母親の代わりにきょうだいの面倒をみたり、お父さんの役割を補完するかのように父親代わりをしたりします。
これらの役割の担いながら、子供たちは成長しますが、役割を演じているという意識は全くありません。
これらは全て・・・そうとは見えにくいスケープゴートでさえ、「我が家族」を守るために働くのです。この子はどういった役割を果そうとしているのか?という視点から見ると、「この子が問題」に見えても、「とっても良い子」に見えても、真実はそうではない、ことに気づきます。
また、この役割は、長年演じ続けることで、その人の「癖」の一つとなっていきます。そのため、家族以外の集団でも、同じ役割を果そうとする傾向があります。
つまり、家族の中の道化役は、会社内でもやっぱり道化役で、家族の中の支え役は、会社でもやっぱり支え役であろうとするのですね。
こうした役割を果すことの結果、得られるものは、最大に良い場合であっても演じている役割に対する賞賛にすぎません。
それとて、多くの場合、役割の途中で燃え尽きたり、役割をこなしながらもむなしさを感じて途方に暮れてしまうものなのです。
役割を演じることに忙しく、決して、真の喜びや生きていく楽しさを感じることはできないのです。
しかし、強引にイメージに相手を当てはめ、そうでなければ責め立てる(表現する、しないに関わらず)という夫婦関係は、必ず何かしらの歪みを引き起こすものです。
それが日常となった時、子供たちは、実に見事に夫婦の緊張や歪みを察知し、ごく自然に、一家の安定を保つために、与えられた役割を生きることに同意し、役割を演じ始めます。
家族内で子供たちが演じる主な役割を紹介します。子供の頃、私はどんな役割だったのかな?と思い出しながら読んで下さると嬉しいです。
○ヒーロー役
自分がヒーロー(期待の星)になることで、家族を救おうとします。
古い漫画になりますが「巨人の星」の主人公・星飛雄馬がこれにあたり、世間に評価される子供がその家族に出現すると、その子供のいっそうの活躍に熱中して、夫婦のさめた関係が一時的に良くなったりします。
周囲からは、成功者に見えますが、本人はプレッシャーに押しつぶされる寸前であることが多く、耐え切れなくなったヒーロー役は後述するスケープゴートやロストワン役になることがあります。
○スケープゴート(犠牲のヤギ)
ヒーローの裏返しに当たるのがスケープゴートです。
自分が最大の問題児になることで、家族の真の問題から目を逸らせる役割を果します。病気をするのはこの子ばかり。学校に呼び出されるのも、近所の親に叱られるのも、すべてこの子が原因と思わせるほどの問題児ぶりは、実は自らを生贄にすることで、家族を救おうとする姿なのです。
○ロスト・ワン(いない子)
ヒーローやスケープゴートとは異なり、「いない子」という存在のしかたをとる子供もいます。「私なんていないほうがいい」と感じ、いつも独りでいますが、この役割を取る子供たちは、家族から離れることで、家族を救おうとすると同時に、家族内の人間関係を離れ、自分の心がこれ以上傷つかないようにしています。
○殉教者(なぐさめ役)
家の中でいつもくらい顔をしてため息をついている親(母親であることが多い)をなぐさめる役割で、夫の問題(正確には夫との問題)の犠牲者となっている母親を、自分が損をしたり、人生を捨ててまで、救おうとします。
○クラン(道化役)
ユーモアを使って家族を楽しませ、家族を緊張状態から遠ざけようとします。愛すべきペットのような存在で、本人もそれを楽しんでいるように見えますが、仮面の下では、自分には何かが足りない、役に立たない、無価値だと思っています。
○イネイブラー(支え役)
偽親とも呼ばれ、家族の他のメンバーの世話を焼いて回る役割です。母親の代わりにきょうだいの面倒をみたり、お父さんの役割を補完するかのように父親代わりをしたりします。
これらの役割の担いながら、子供たちは成長しますが、役割を演じているという意識は全くありません。
これらは全て・・・そうとは見えにくいスケープゴートでさえ、「我が家族」を守るために働くのです。この子はどういった役割を果そうとしているのか?という視点から見ると、「この子が問題」に見えても、「とっても良い子」に見えても、真実はそうではない、ことに気づきます。
また、この役割は、長年演じ続けることで、その人の「癖」の一つとなっていきます。そのため、家族以外の集団でも、同じ役割を果そうとする傾向があります。
つまり、家族の中の道化役は、会社内でもやっぱり道化役で、家族の中の支え役は、会社でもやっぱり支え役であろうとするのですね。
こうした役割を果すことの結果、得られるものは、最大に良い場合であっても演じている役割に対する賞賛にすぎません。
それとて、多くの場合、役割の途中で燃え尽きたり、役割をこなしながらもむなしさを感じて途方に暮れてしまうものなのです。
役割を演じることに忙しく、決して、真の喜びや生きていく楽しさを感じることはできないのです。