戦国時代の小説を読むにつれ、リアリズムがないなぁ、と思ってしまう。
もちろんそれは平安時代やら江戸時代やら、過去を描いた作品に共通しているのだけれど。
私だって本当の戦国時代や江戸時代を見たわけではないから、何をもってリアリズムとするのかはわからない。
でも、時代劇に描かれるような綺羅の世界、華美な世界は本当にあったのかな?
殿上だってもっと質素でシンプルだったんじゃないかな?
戦国時代なんて、あんなに戦争ばかりしていて農作業に影響はなかったのかな?
確かに商業、物流が発達して文化があれだけ花開いた戦国時代だから人々の生活には余裕があったのだとは思いますけど。
鎧は、戦国時代だって普段から着るようなことはなかったらしい。
重いし、着るのにとても苦労するし。
それにあの下着。
あんなのを着ていたらトイレに行くのだって不自由する。
そう言えばトイレはいつ頃から普及するようになったのだろう?
武田信玄の居室はトイレだったそうだけど。
やっぱり農業の普及とともにトイレが普及したのかな?
糞尿が肥料になる、のはいつから広く知られたのだろう?
馬はドラマや映画で使われている馬よりも小さかったらしい。
そのあまり大きくない馬を駆って上杉謙信は北陸、関東、信濃、京都までの縦横無尽に行動したわけで、すごいな、と思うのです。
飛行機や新幹線や高速道路のある今だって面倒だと思います。
農繁期と厳冬期を除いて年がら年中行軍、戦をしていたのかもしれない。
風呂だって毎日入ったわけではないだろうから、服だって結構垢だらけ?
夏は水浴びなどしたでしょうが、冬場はどうだったんでしょう?
城跡に行ってみると、思ったよりも狭い。
ここに何千、何万の兵士が戦ったの?、と思うと???
身体がぶつかって斬り合いなんかできそうもない。
だいたい本当に何万人もの兵士が集まったのだろうか?、などとも思うわけです。
新選組が強かったのは、天然理心流が突きを得意とする剣法だったからとか。
天井の低い京都の家の中で斬り合うには刀を振り回す剣法は不向きだったらしい。
ただドラマでは突きばかりでは地味になってしまいますよね。
天井も当時並みに低くしてしまうと絵にならないし。
などと、時代小説、過去の時代を描いた小説を読むにつれて不思議は増えてゆきます。
飯はどうだったのかな、とか、兵糧=Cレーションは干し飯と芋がらと味噌ばかりだったのかな、とか、味噌汁を作った兜や味噌を染み込ませた顎紐なんか気持ち悪くなかったのかな、とか、いろいろたくさん。
だから、時代小説を読むにつれ、リアルでないなぁ、と思ってしまうわけです。
きっと何人もの人がそう思っているのだと思います。
そんな背景があるから「タイムスクープハンター」
のような番組が成立するのでしょう。
子母澤寛氏が新選組の記録を残したのは、ぎりぎり本当の新選組を見た人たちがまだ尊命中で生の経験談を聞けたから、聞いています。
というので、リアリズムで説明的ではない時代小説を描いてみたいと思っています。
まだまだ勉強が足りませんけれど。
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シジン