2021年12月掲載
さて、あと何話書けるでしょうか?
GQブログも今月半ばで終わりますが、何と我らが鈴木編集長も勇退という事でビックリ。GQは大幅に刷新されるタイミングなのですね。
でも、また読者の為の有益情報はある!
という事で、今回はオークションとオメガ・スピードマスターの事を。
私は現在英国のオークションハウスBonhams=ボナムズの
時計部門のスペシャリストを拝命しているので、自社を持ち上げねばらないのですが、腕時計オークションにおいて業界ナンバーワンはPHILLIPS=フィリップスで
話題性と落札価格の高さでは、ぶっちぎりです。
どうしてPHILLIPSがトップか。
これは各オークションハウスの方針にも関係しますが、
話は長いので、またどこかの誌面でお会いした時って事で。
さて、なぜ今回オメガのスピードマスターかというと、
このPHILLIPSオークションが二つの話題を提供してくれたからです。
1つは、11月5日と7日の二日に渡り開催された
” The Geneva Watch Auction: XIV "
で数々のオメガヴィンテージが高値で落札されただけでなく、
そのうちスピードマスターのアーリーモデルである CK2915-1が、
311万5500 SFr(約3億8700万円)で落札された事です。
落札予想価格が8万〜12万 SFrであった事から、何事が!?と、とにかく話題になりました。落札価格からは正直過熱感は否めませんが、今まであまり主役級ではなかったオメガが、オークションの目玉、トップロットとして再認識された事は、
これは嬉しい事件です。
オメガが腕時計の歴史に於いて、極めて重要な役割を果たしているだけでなく、
時計の完成度も昔からとても高いので、今までの不当に低い評価には
不満でしたから。
オークションでの評価が今までそれほど芳しくなったのは、高級ブランドではなく、
実用高級機だった事と、製造数とSKU共に多かった事でしょう。
しかし、実用機は実際にしっかり使用されている事が殆どで、
いざコンディションの良い個体を探そうにも、まあそれは困難です。
ロレックス・デイトナ同様に、価値の再評価によって死蔵品のマイニングが加速し、
新たな発見など、オメガ研究がより進む事を期待します。
2つめは、同じくPHILLIPSの今月11日、12日にニューヨークオークションで、
注目されるヒストリカルモデルが登場することです。
それはアメリカでは最も重要な作家である、アフリカ系アメリカ人の
「ラルフ・エリソン」= " Ralph Waldo Ellison " が購入、着用していた
1968年製 " Speedmaster Professional Reference No:ST145.012 " です。
彼は小説家、エッセスト、文芸評論家、音楽評論家、そして大学での教鞭もとり、
アメリカの最高勲章である大統領自由勲章と、フランス芸術文化勲章を受賞し、
例えが正しくはありませんが、芥川賞と直木賞と文化勲章をまとめて受賞している
感じでしょうか。
そのアメリカ文学史に残る彼が選んだ時計が『オメガスピードマスター』ですが、
製造年、デリバリー、販売先、そして購入者まで全て時系列的にはっきりしている、
『 Complete history 』だという事。
資料的にユニークなのは、彼が自身の貴重品に掛けている保険証書に
受賞したゴールドメダルなどに並んで、スピードマスターが入っています。
ムーンウオッチとしての究極の信頼性を誇る時計です。
よほどのお気に入りだった事もさることながら、
1968年当時でも、相当高価な時計であった事が想像できます。
今熱くなって来ているオメガのヴィンテージ・スピードマスター。
これだけ文学的、歴史的に貴重と言える完璧なヒストリーを持つ個体ですが、
まだエスティメートがLow estimateで 10,000 US$ と格安。
我々でも入手のチャンスかもしれませんが、
どうやらオメガ本社が、アーカイブ用に狙っているとの噂も!?
以前のブログにも書きましたが、
いまヴィンテージウオッチは、その「来歴」が特別な意味合いを持ちます。
歴史は次の「一時預かり人」に託されるものなのです。
※ ( Photo Credit:Phillips Auction House Via Omega )