愚痴しかないので愚痴風呂 -19ページ目

自分ならどうする?

毎回不満の火種になるのはこの話題ばかり
だけど。

何かを行う場合っていうのは
どのように行うのかを考える。

どのように行うのかを先輩は後輩に
伝えて会社は人を育てていく。

人に何かを教えたり、伝えたりする場合に
私はまず自分の考える理想を伝えるようにしている。

なぜかは簡単で、現実解を理想解と勘違いされては
その人のためにならないし、現実解を理想解だと思い込んだまま、
あたかもそれが正しい選択なんだと
堂々と別の人にそれを伝えてしまう可能性があるからだ。

こういった現実解をあたかも理想解だと思い込んだまま
人材を成長させている軍団は若い人材が育ちづらい。
かわいそうだと思う。

そういった文化で育った人から仕事を請ける人に私はこう言う。
「この仕事を人に任せるなら・・・させるといいますけど、もしあなたがやるならどうやりますか?」と聞いてみたらと。

仕事を人にディスパッチばかりして
人の管理や金勘定が主業務の人たちは
「人に任せるなら・・・させろ」
つまり
「この仕事はこうやれば、どんな人でも均等な品質が保てる」
という思考回路でしか、仕事の仕方を考えていない。

この考えも決して間違いではないし、
それはそれで企業を育てていくには必要なメソッドだと思う。

でもそれが常に正しいと考えることは怖い。
行き過ぎた官僚主義は人の成長を時として
妨げることを忘れてはならない。

「本当はこうあるべきだけど、誰がやっても同じようなものが作れるようにこうしているんだ」ということを理解した上で、目の前の課題に対する最適解を導く必要がある。

そうなるためには
「あなたが自分でやるならどうしますか?」
と聞くことだ。

その結果、大した返事が返ってこなかった場合、
あるいは現実解しか帰ってこなかった場合には
自分で理想解を見つけて欲しい。
もし、理想解が帰ってきた場合には、
その理想解を現実解に落とし込む作業は
自分自身でやって欲しい。

相手のスキルレベルに合わせて最適な解を伝える優れた人も
いるので、そこは勘違いしないで欲しいけど。
その場合も、「もしあなたがやるならどうしますか?」と聞いた方が絶対いい。
ものすごい勉強になるから。

もうダメだ

今日ホントもうダメだと思った。

ダメだダメだダメだ。
もう限界だ。

人間が持つ根本の何か、いやビジネスをする人が
根底に持っていなければならない何か、
目標、目的、ビジョン、ミッション、
どんな言葉で表してもいいんだけど
そういったもの。
そこのズレ、いやズレというか同意、合意できない
プロジェクトにおいて自分が成せる事は
今の自分には何もない。というかできない。

ある漫画の言葉を借りれば

義なき信念は無に等しい

目の前に自分には高すぎる壁が立ちはだかった時
その壁を避けよう、あるいは見てみぬ振りをするような
方々と一緒にできることは何一つない。

自分がサラリーマンとして、雇われの身として失格であろうが、
批判されようが非難されようが、もうできないものはできない。

この仕事の契約は3月末だから
後3週間、抜け殻のような自分と対峙しながら
何とかこの場を凌がねばならない。

それにしても
・なんで勉強しないんだろう
・なんで自分の知識レベル内でしか話ができないんだろう
・なんで「自分はこうしたい」みたいな意思を示さないんだろう
・なんで「とりあえず」で仕事ができるんだろう
・なんで「今までこうしていたんだから」みたいな発想しかないんだろう
・なんで上司の顔色ばかり伺うんだろう
・なんで今のままでよいと思うんだろう
・何のために働いているんだろう
・誰のために働いているんだろう
・何が楽しいのだろう
・果たして何ができるんだろう

バリウム初体験

今日バリウムを初体験した。

アレは最悪だ。
あんなもんを飲まないと検査できないなんて
医療機器業界もまだまだ発展途上の分野なのかなぁと感じる。

バリウム、バリウムとよく言われるが、
胃のX線の検査が実際にどのように
行われたのかをメモ。

①まず部屋に写真が取れる部屋に通される。
②「バリウムはまずいですが・・」と技師の人にびびらされる。
③ラムネを砕いたものと少量の水を渡される。
④ラムネを砕いたものをまずのみ、少量の水でそれを流し込む
⑤流し込んだ後、ゲップを我慢する(これはかなり無理がある)
⑥少量のバリウムを飲む(ちょっとだけ甘い)
⑦大きな台に横になり、その台が立てになったり横になったりする。
⑧台の上で「仰向けからうつぶせに」「うつぶせから仰向けに」などの指示に従いながら写真を撮る
⑨2,3分した後、大量のバリウムを飲まされる(量にして300mlぐらいかなぁー)
⑩大量のバリウムはかなり辛い。吐きそうになる。
⑪その後、⑦、⑧を5分ほど続け終了。

こんな流れだ。
ホントホント辛かとです。

当たり前と魅力的

ちょっと前にお会いした人が
言っていたことを思い出した。

「製品の品質には当たり前品質と魅力的品質がある」
と。

で製品の品質に関してはここで自分の見解を述べると
収拾がつかなくなるのでやめるとして
ここで気に止まったのが
当たり前魅力的の二文字である。

「どんなに見栄えのよい時計でも1年で動かなくなってしまっては駄目。」
これが当たり前を求める考え方。
「1年で動かなくなっても今までにない時計を作ろう」
これが魅力的を求める考え方。

両方を実現することが何をするにも最適解ではあるが、
時間は有限であり、何かを得るためには
何かを捨てなければならないケースもある。

ここで問題がある。
多くの人は当たり前ばかりを求めて
魅力的を疎かにしているのではないか
ということである。
多くの人という表現は正しくないかもしれないが
役人や役人のようなサラリーマンに多い。

疎かという表現も正直正しくない。
疎かにしているのではなく、
魅力的なコンセプトや魅力的なアイデアを
出す能力に欠如しているだけなのだ。

出す能力がないという表現も正しくない。
出す能力を知らず知らずの内に
上司から封印されてしまっているのだ。

そのような環境で数年を過ごすと
もう元に戻れない。

ということに気づかない人間が多すぎる。

みんな学校を卒業し、希望を抱き、自分のやりたいことを実現するために企業に就職したはずなのに、いつの間にか自分の信念とか情熱とか失っている。

それが企業人なんだと自分に言い聞かせるかのように。。。

否定された原因の追究

なぜ否定されたのか?
を結構考えてしまった。

2,3日は頭から離れなかった。
考えてはいけないと思えば思うほど
考えてしまうのだ。

でなぜ彼らが否定したのかだが、
・自分ができないことはお前もできないという考え
・費用対効果が見えない

の2つの結論に至った。
別にこの結論をもとにどうのこうのするつもりはなく
自分を納得させたかったただそれだけだ。

一つ目の理由は
「お前はできなくても俺はできる」
という結論でよし。

二つ目の理由は
「効果が見えづらいなら費用を抑えればよい」
という結論でよし。
効果に関しては今回の場合、
そう簡単に結論を導くことが難しい課題なので
それを明らかにするにはそれ相応の根拠を
集める必要がある。それこそコストがかかる。
なので、費用を抑えればいい。要は自分の人件費
だから、今しゃかりきになって実施している。
ささっとやってババンと出しちまえば、文句ねぇーだろ!
的な感じだ。

そこまでやる必要があるのか?
ということは今回は考えないようにしている。

だってぶっちゃけ、彼らのためにそこまでやる必要があるのか
と言われれば、答えは100%ノーだから。

あえて言えば、今やっていることは自分のためであり、
言い方は悪いが自己満だ。
でもその自己満が最終的に誰か(彼らではなく)の
役に立つという信念は持っている。

否定すること

否定することしかできない人種が
大企業に多くいるのは文化だ。

文化だからそれに腹を立てることは
時間の無駄なのだ。

このような文化で生きる人間は
知らない間に多くの新しい芽を
潰しているんだ。
でも当の本人はそれに気づきもしない。

無念だ。

「もっとこうした方がいい」
「こうするよりこうした方がいい」
という発想は一つもないし、
出す気もさらさらないのだ。

なぜなら責任を取りたくないからだ。
何か今までと違う新しいことをしようとして
仮にうまくいかなかったら自分の責任になる。
だから、とりあえず新しい芽は潰しておけば
自分の責任にはならない。
新しい芽を潰したことによる機会損失で
責任を取るようなことはほとんどないようだ。

悲しい。無念だ。

ぶっちゃけここで会社名と部署名をあげてやりたい気持ちだが
それはいろいろ問題があるのでやめておく。

本当はもの凄くムカついているのだが
最初にも言っているように
企業文化なので怒ってはいけないと
自分に言い聞かせている。

某転職エージェントから

某大手転職エージェントからメールが来た。「一度お話を・・・」という内容のメール。この方には既に数週間前に面談の日程に関する返信を送っていた。見てねぇーのか?とちょっと苛立ったが再度、日程に関するメールを返信した。また別の転職エージェントから来ていた求人案内のいくつかに応募しておいた。応募したらその後どうなるのかはよく知らん。とりあえず待つか。。。

セミナーで切れそうになった

今日セミナーを行った。
受講者8名。ドタキャンが数名。

まぁー今日は
受講者のスキルレベルに合わせて
柔軟に講義を進めていこうと考えていた。

でもそれが裏目に出た。

何を聞きたいのかよくわからない質問や
言葉の語源を聞かれたり(例えば、何でトラックはトラックって言うのかみたいなもの)
知る必要のないことを知ろうとしたり

自分の尺度でしか物を語れない人が今日は多かった。
物事を最初から否定に入る。
自分の考えと違うことを私がしゃべると突っかかってくる。

そんなこんなで今日のセミナーは本当に疲れた。
受講者のために少しでも役に立てれば
という気持ちは失せてしまった。

明日は気楽にやろう。

このブログを再読してみると

自分の書いた記事を
再度読み直していて、
思うこと。

ぶっちゃけすぎちゃーいないか???

会社の先輩や一緒に仕事をしているメンバならびにお客さんがもし、これを書いている人が誰かを知ったら、どうなるだろう?

怖い怖い・・・

まぁーでも気づかれることはまずない。
会社では決してこのブログは見ないし、
複数のブログを同じタイトルで書いていたのも
結構前にバラバラに変えたし、足がつくことはない。

まぁー気づかれたら気づかれた時で
別にうそをついているわけではないし、
まーいっか。

孤独な作業

今日はずっと孤独な作業を続けていた。

孤独な作業を続けていると
自分が世間から取り残されたような気持ちになり、
作業をしながら鬱になっていく自分を感じる。

やっぱりワイワイしながら
仕事するのがベストだし、
それが仕事の楽しさにつながる。

孤独な作業は
あまり長時間してはならないと
今日改めて思った。