2007/5/6 「天ぷら油でオーストラリア一周」小林良正 1)

澤田:今日は、オーストラリア大陸を天ぷら油の車で一周しようという壮大な計画を立てている小林良正さんを紹介いたします。

晴れインタビュー1天ぷら油でGO!!

澤田:小林さんよろしくお願いします。

小林:よろしくお願いします。



小林2

澤田:小林さんは、天ぷら油の廃油で車を走らせ、オーストラリアを一周するという計画を立てていると聞いたんですが、何故、そんなことを始めようと思ったんでしょうか!?

小林:もともとは天ぷら油ではなかったんですよ。私自身が非常にオーストラリアと縁が深くて、一昨年くらいから自分でオーストラリア専門のSNSのようなコミュニティを立ち上げていたんです。その中でインターネットコミュニケーションではなくて、実際に顔を合わせたコミュニケーションを各地でイベントをやっていたんです。そこでは色々なおもしろいことをやったんですけど、今年はもっと究極に面白い何かができないかなぁってことで考えてたんです。そこでオーストラリアを一周しながら、毎日交流会をしたらおもしろいんじゃないかと、、、、そこから始まってアイディアを積み重ねていくうちに、車で周るということにしたんです。でも車で走るということは排気ガスで環境破壊に繋がってしまう。自分の大好きなオーストラリアを地球にやさしい旅というか、そのモデルになるような旅ができないかということで天ぷら油の車で走るという計画になりました。天ぷら油を集めるために人と会いますよね。毎日、交流会をしたいと思っているので、例えば交流会の参加費ということで自分の飲み物代と+天ぷら油持参みたいな(笑)

澤田:アハハハ!おもしろいこと考えましたね。

小林:そんなことをしながら周ったらおもしろいんじゃないかなって思ったんですよね。

澤田:なるほどね~!でも実際に天ぷら油って廃油として昔から捨てられていましたよね?

小林:そうですよ。

澤田:最近、温暖化対策の一環で、天ぷら油で車が走れるような形に改良しているのがあるみたいですけど、実際には増えているんですか?

小林:増えてまいすね。例えば横浜市の市バスが天ぷら油をリユースしてバイオディーゼルフュールというのに変えて走っているんです。

澤田:単純な質問ですけど、天ぷら臭くないですか(笑)?

小林:天ぷら臭いらしいですね(笑)

澤田:じゃあ~バスの後ろを走っている車は、窓を開けていると天ぷらの臭いがしてくるって可能性もありますよね(笑)

小林:実は、天ぷら油の燃料も大きく分けてふたつあるんですよ。天ぷら油を完全にバイオディーゼルフュールとして加工する場合、それとストレートベジタブルオイルっていうらしいですけど、天ぷら油をそのまま車に入れちゃって走る。その天ぷら油を直接車に入れちゃうほうは結構天ぷら臭いらしいですね。(笑)知り合いがその車で選挙に出た人がいるんですけど、やっぱり走っていると「アイツ来た~!」「天ぷら来た~!」みたいな(笑)

澤田:天ぷら男が来たって感じですか。(笑)ところでご出身は北海道ということですよね?

小林:はい、旭川出身です。

澤田:大自然の中で育ってきたんですね。子どもの頃にお話を移させてもらいますが、冒険心の大きな子供だったということはあるんですか。

小林:そうですね、とにかくスピード狂みたいな部分があったのかなぁなんて思うんですよ。

澤田:スピード狂ですか?

小林:はい、2才からスキーをやっていて、いつもスキーのレースに出ていて、その後バイクですよね。

澤田:なるほど~。

小林:田舎のあぜ道をガンガン走って、、、、(笑)その後は車の免許を取って、峠に行ってカーブを攻めたりとか!サーキットでも走ったことがありますね。

澤田:スピード狂&ワクワク感が大好きなん少年だったんですね。なんかやっちゃおうぜみたいなところがあるわけですかね。

小林:そうですね。あとはとにかく人と同じことをやるのが嫌で、いつも変わったことをしていたのかもしれませんね。

澤田:そうですか。あと空手をされていたとか?

小林:はい。今はなかなかできなくなっているんですけど、大学までは空手をしていました。もともとは、オーストラリアに空手以外に自分の将来のことを考えに行ったんですよ。オーストラリアに住んでいる空手の先生から誘われたんですが、その先生の息子さんがやはり空手をやっていまして、一緒に大会に出てみないかってことで、、、結局、クイーンズランドの大会に出たりして、現地の子供に空手を教えたりしていたんですけどね。

澤田:やはりそういうところからオーストラリアが好きになって、こういうことをやろうということになったんですね。

小林:そうですね。

澤田:ところで名刺に縁出家と書いてあるんですが、この縁出家のエンっていうのは“縁を結ぶ縁”ということですよね。それもやっぱり人と会うことが大好きだっていうことの表れですよね。

林:そうですね。やはり自分自身、空手で大学に行けたのもそうですし、オーストラリアで色々な気づきもあったんですけど、全てその時々に誰かがいるんですよね。色んな方のサポートやアドバイスをもらったり、いろんな力になってくれたり、そういうことがあって今までの自分があるんだなって部分を大変大に思っています。

澤田:なるほど~。

小林:そういった部分で今後もそれを広げていきたいなという意味で演出家のエンを縁に変えたんですよね。

澤田:素晴らしいですよね~。

              

<サウンドブレイク:Daniel Pawter/song6>


ひらめき電球次回に続くアップ


2004/11/7パーソナルトレーナー ヒデ三好

メラメラインタビュー1)小比類巻選手のトレーナーも

澤田:今日は、格闘技のパーソナルトレーナーのヒデ三好さんを紹介します。よろしくお願いします!

三好:はい、よろしくお願いします。


ヒデ三好1

澤田:格闘技のパーソナルトレーナーということで、プロの格闘家や一般の方にもお教えているということですが、実際にどんなことをやられているのかお聞きしたいんですが。

三好:そうですね。フィジカル面で特にウエイトトレーニングやストレッチとか、個人にあったプログラムを作っています。自分でもキックボクシングもやっていましたので、その指導もやっています。

澤田:ここに資料がありますけども、実は25歳~27歳までプロのキックボクサーだったんですね!

三好:はい2年間やっていましたね!

澤田:すごいですね!だから体格ががっちりとして、足なんか見ているとすごいですよ!その頃から既にトレーナーもやられていたというお話を聞いたんですが。

三好:そうです。選手をやりながら同時にトレーニング指導させてもらいました。

澤田:特にプロの格闘家のトレーナーをするということは、その選手と一緒に日々の練習プログラムを組んでいくということですか?

三好:そうですね。選手と話し合って、お互い納得いくように、戦うフィジカルプログラムを作っていきます。

澤田:なるほど!例えばですが、いままで担当された格闘家の人でどんな人がいらっしゃいますか?

三好:そうですね。有名なところでは、今活躍しているK-1小比類巻選手もいますよ。

澤田:えっ!あの有名な小比類巻選手!K-1のカリスマ選手ですよね!

三好:間違いなく彼はカリスマですね。

澤田:僕も何度かKー1で見たことあります!彼のトレーナーはいつ頃までやられていたんですか?

三好:今年、2004年の7月までやっていましたよ。

澤田:小比類巻選手ってどんな人ですか?

三好:すごく勝利に執着したストイックな人ですね。

澤田:やっぱ噂の通りなんですね。

三好:はい。強くなるということに対してはすごくストイックな選手ですね。普段は普通の青年ですけど、やっぱり練習とかになるとものすごく真剣になるし、どの選手だって真剣ですけど、彼はすごく入り込む選手でしたね。

澤田:あのクラスの選手は毎日トレーニングするんですか?

三好:彼は、週2回は休みを取って息抜きはしていましたけど、それ以外はかなり厳しい練習していました。

澤田:そういう時、三好さんはいつも一緒にいて、そのトレーニングを見ながら、練習方法なんかを改良していったんですか。

三好:そうですね。選手の生活習慣も見ながら、なるべく邪魔をしないように最良のトレーニングを見つけていくんです。

澤田:三好さんが担当したプロの選手は、小比類巻選手も含めて何人くらいですか?

三好:10人~15人くらいのプロ選手みてきましたね。

澤田:一人にどれくらいの期間をトレーナーとしてつくんですか?

三好:大体3ヶ月くらいみていますね。その間に成果や結果が出せたらまた続いていくみたいな感じでやっていますよ。

澤田:どうゆうところが難しいところですか?

三好:まず、選手と自分の信頼関係を作るというのがやっぱり一番難しいと思います。信頼関係がないと体は預けられないですよね。

澤田:そういう意味では、三好さんもキックボクサーだったから選手の気持ちもよくわかるし、一緒にいても安心で、信頼も得られるんじゃないんですか。では逆に楽しさはどんなところですか?

三好:そうですね~色んな人に会えるのも楽しいですね。やはり選手にトレーニングの成果が出るっていうことがすごく嬉しいことです。根気よくやってきた甲斐がありますね。あとは~面白いけど言えない選手の裏話がたくさんあるんですよ。でもここでは言えません(笑)。

<サウンドブレイク BRUCE SPRINGSTEEN LONSOME DAY>

爆弾インタビュー2)子供の頃から格闘技オンリーパンチ!

澤田:もともと三好さんにはそういう格闘技に通じるものがあったんですか?

三好:そうですね。小さい頃から格闘技をやっていたんですよ。小学校の時は相撲をやっていました。とにかく格闘技オンリーなんですよ。

澤田:相撲~(笑)。空手とかじゃなくて相撲っていうのもおもしろいですね!

三好:はい。殴られるのがキライだったのですよ。(笑)

澤田:じゃあ~張り倒すのが好きだったんですね。(笑)

三好:そうですね。押し出すのが好きでした。(笑)小さいなりに地区大会とかで優勝させてもらいました。

澤田:じゃあ中学の時はどうだったんですか?

三好:中学の時は柔道をやっていました。

澤田:相撲をやって柔道!それは鬼に金棒じゃないですか!で柔道はどうだったんですか?

三好:柔道は県チャンピオンにはなりました!

澤田:へぇ~すごいですね!只者じゃないですね。じゃあそこからキックボクシングですか?

三好:いや、高校の時にはレスリングをやっていました。それからキックボクサーになりました!


ヒデ三好2

澤田:もうそれだけやっていればトレーナーの素質十分ですよね!どの選手も認めざるを得ないですよ!

三好:ハハハッ、それは嬉しいです!

澤田:最後になりますけどが、三好さんの夢を聞かせてもらいたいんです!

三好:自分の手で、自分が育てた選手が世界チャンピオンになることですね!これが夢です。実は、11/14にロサンゼルスでKOTCという金網の中でやる総合格闘技の試合があるんですけども、それに僕がトレーナーとしてみている中山巧という選手が出るんです。それにはチャンピオンシップかかっているので楽しみなんですよ。

澤田:その試合はもうすぐじゃないですか!じゃあ今は毎日のように中山選手に付きっきりなんですね。

三好:そうですね。彼は大阪に行っちゃったので、月に1回くらい僕が行ってみたり、彼が逆に東京に来て僕にみてもらったりという感じです。勝ってくれれば、プライド武士道とかUFCとかに出られるんですよ。かなり期待してるんですよ。

澤田:勝ってくれるといいですね。 実は三好さんもおもしろいことやっていて、トレーナーではあるんですが、焼闘家というお好み焼き屋さんを経営しているんですよ。実は六本木に9/1にデビューしているんですね。ここには有名な格闘家の人達も集まるそうですね。

三好:そうです!是非いらしてください。

<ミュージックブレイク INCOGNITO Don’t turn my love away

晴れ 感想)ガッツだぜ!

澤田:三好さんのお話を聞いてもらいました。なんと小比類巻さんのトレーナーを今年の7月までしていたと言うんですよ。これはすごいですよ! 

安田:そうですよね!めちゃめちゃ有名ですよね。あと、これからラスベガスで試合する中山巧さんも楽しみですよね。

澤田:三好さんはトレーナーの資格を取るための学校にも通い、なんと栄養士の免許も取っているんですよね。

安田:食事から必要な筋肉・体を作るということをやっているんですね。

澤田:単なるフィジカルトレーナーだけではなくて、食事療法も取り入れた、体の外と中からトレーニングしているんですね。

安田:やはりプロですね。私もジムでボクササイズを受けたことがあるんですけど、その時間は興奮していて、どうもその気になっちゃうんですよ!インストラクターの人達はそういう気分にさせるのがすごく上手い!

澤田:なるほど!アマチュアの人に指導するときは、闘志が燃えさかるように雰囲気を作るんですかね。あれ、でもなんでやっているの、ボクササイズ?

安田:なんか、勢いつけて~ちょっと怖く見せたいとか思ったりして。(笑)

澤田:鬱憤が溜まっているとか(笑)、誰かに仕返ししてやろうとか(笑)

安田:ハハハッ!でもホント気持ちが良いんですよ!別に人を打たなくても、空中でその気になってやっているだけで、体がスカっとするんですよね。

澤田:強くなった気分で!いいね、僕もやってみようかな。トレーナーがいれば、バランスよく上達していくんじゃないですかね。最後に、三好さんが経営しているお好み焼きのお店が六本木にあります。『焼闘家』と言いますが、9/1にオープンしたので是非、足を運んでほしいと思います。なんてったってプロの格闘家がここに来るんですよ。小比類巻さんとかね魔裟斗さんとかに会えるかもしれませんよ。

澤田:格闘技がスキな人は是非とも行くべきところですね。


メラメラヒデ三好キックスクール www.hidemiyoshi.jp


船2004.10.3ドーバー海峡泳いじゃった!~大貫英子

澤田:今週は、なんとドーバー海峡33キロを泳いで渡り、日本人初の公認記録を持っている大貫映子さんを紹介します。ここは東京の辰巳国際プールにお邪魔しました。

   このプールはとても有名なんです。オリンピックで金メダルをとった、北島選手をはじめ、オリンピックの選考会を行うプールなんですよ。

              

安田:そうですね。今年の春くらいに北島選手が泳いだと思いますよ。

澤田:大貫さんは『海人クラブ』という水泳クラブの代表でもあって、そのクラブの練習を、ここ辰巳国際プールで実施しているんです。私たちもここにお邪魔して、大貫映子さんのお話を聞いてきました。

波インタビュー1)水泳と出会ったキッカケは?



澤田:今日は、『海人クラブ』代表、そしてレジャースポーツアドバイザーでもあります、大貫映子さんに話しを伺いに辰巳国際プールに来ました。水泳の指導中ですが、ちょっと公園に連れ出してお話をお聞きします。よろしくお願いします!

大貫:よろしくお願いします。

澤田:今ちょうど『海人クラブ』の練習ですよね。今日の調子はいかがですか?

大貫:私ですか(笑)?みなさんはとっても楽しく練習していますよ。夏は海の大会がたくさん増えていて、個人でどんどん出てもらっているので、練習会ってちょっと少ないんですよ。だから久しぶりにみなさんにお会いしたので盛り上がりました!

澤田:今日は何人くらい練習に参加しているんですか?

大貫:今日は26人くらいですね。

澤田:みなさんの練習を見せてもらいましたけど、かなりみんな強烈な泳ぎをしていましたよね!

大貫:ゆっくり、そして長くなんだけど、みんなずっと泳いでいましたね。

澤田:インターネットを見させていただきましたが、なんと、イギリスとフランス間のドーバー海峡を横断したそうですね。そういうすごい記録の持ち主なんですよね。

大貫:ハハハッ!ずいぶん前の話ですよ。

澤田:いえいえ、とんでもない!古いとかそんなことではなく、ものすごい偉業ですよ!ところで素朴な疑問ですが、大貫さんが水泳と出会ったきっかけをお聞きしてもいいですか?

大貫:水泳ということではなくて水遊びでしたね、、、、。私は暑いのが苦手で、夏になると必ず水の中に入っていた子だったんですよ。小さい時の写真では、バケツの中に入っていたりとか(笑)、父親がプールに連れて行ってくれて、ただ飛び込んで遊ぶみたいなことだったんですけれど、ちゃんと泳げるようになったのは小学校3年生の夏ですかね。小学校の担任がとっても水泳に熱心で、毎日プールに遊びに来い!みたいなノリでしたから。夏が終わった時、3年生の中で一番泳げるようになっていて、距離にしたら75mくらい泳げていましたね。たぶん、今はスイミングクラブもいっぱいあるので、それくらい泳げる子はかなりいると思うんですけど、当時はクラブの数もなく、小学生で通っている人はあまりいなかったような気がします。私の場合は、とにかく、一年間ずっと泳ぎたいと思ってスイミングクラブに通い始めました。小学校3年生の秋から、高校3年生の夏まで、選手としてずっと泳いでいたんですよ。

澤田:すごいですね。毎日のように水泳していたんですね。それで、イギリスとフランス間のドーバー海峡へ挑戦して、日本人初の公認記録とったわけですけども、これはいつくらいですか?

大貫:1982年の731日、大学3年生の時に初めて成功したんです。実はその前の年にも2回挑戦しているんですけど、残念ながら、泳ぎつかなかったんです。

澤田:3回目にして、達成したんですね。どうしてそのレースに出ようと考えたんですか?

大貫:実はレースではなく、挑戦だったんですよ。例えば、山を登る人が頂上まで行ったぞという意味と同じで、自分への挑戦であって、競争じゃないところがまず魅力でしたね。かなり難しいというのは知っていましたが、世界中の人が挑戦しているところへ私も参加したい!というような気持ちでしたね。あと自分が頑張った分だけ自分に還ってくる。競泳の選手だと早い選手がいると勝てない!勝ち負けで、自分自身に納得できなかったりするんですけど、この場合は、あるところから、ある地点へ泳ぐというのが目標で、自分自身との戦いで、頑張った分だけ自分に還ってくるというところです。

澤田:なるほど!ちょっと調べてみたら、ドーバー海峡は、直線で、端から端まで34キロくらいです。でも、実際泳ぐと泳ぐ距離は、なんと60キロくらいですよね。

大貫:そうですね!真横からの流れなので、流されながら、ひらがなの「く」の字みたいに泳いでいくんですよ。

<ミュージックブレイク オリジナルラブ world of love

ダウンインタビュー2)どんな感じだったんですか?

澤田:実際、どんな形でスタートして、どんな形でゴールするものなんですか?

大貫:まず、イギリスに英仏海峡横断水泳協会という組織があって、そこにまず登録をして情報をもらうんですよ。その時に人間が泳げる潮の状態が表が出てきて、その日は夏の間、7月~8月だったら4、5回しかないんですよ。その中の、どの日を泳ぐかをまず決めて、船長さんがその時期天気がいいかどうか、波がいいかどうかを前日に決めて、明日スタートするぞ!明日はダメだから明後日まで待て!とかそういう形で決めていくんです。だから、泳ごうと思って行っても、すぐ泳げるわけではなくて、何日も待ってやっと来たスタートは、満潮の1時間後。潮が引いてくるのに合わせて、泳ぎ出すみたいな感じです。

澤田:それは、船が一艘、一緒についていていくわけですか?

大貫:はい、そうです。

澤田:その船の上には、どういう人が乗船しているんですか?

大貫:船長さんっていうのは地元の漁師さんで、それから審判員という水泳協会から派遣されたボランティアの人が来ます。あとは私の場合は水泳のコーチと水泳クラブの仲間たちが応援に来てくれました。

澤田:泳ぎ始めはどんな感じなんですか?

大貫:水温がすごく冷たくて、日本でいうと真冬の寒さ。真冬というか3月、4月くらいの水温。そのための練習はもちろんしていたんですけど、ホントに冷たさとの戦いですね。失敗した2回は、あと100回かいたらやめよう、でも100回かいた時にまだ元気だったから、じゃああと100回かいたらやめよう、いつやめようかって感じでずっと泳いでいたんですが、成功した年は、その失敗談とか踏まえてかなり練習していたので、一度もやめようと思わずにずっといけました!

澤田:すごいですね~!ゴールまでは何時間くらいかかったんですか?

大貫:成功した時は9時間32分ですね。

澤田:9時間32分!そんなに泳いでいるんですか?ゴールの着いた時の感想は?

大貫:わぁ~!もう泳がなくていいって感じです。(笑)

澤田:陸上では、すごいフィーバーでしょう!?

大貫:船の上はすごかったですよ!当時はテレビ番組になって、あとでそれを見て、船の上の人たちはこんなに喜んでいたのか~って。私自身は、ずっと水の中だったので、ただひたすら硬いものに触れたり、硬いものに座ったりしたいと思って泳いでいましたから。

澤田:そうですよね。9時間も泳いでいたら、体が海洋生物って感じになっちゃいますよね。ドーバー海峡の挑戦が終わったあと、他のレースにも出られていると思うんですが、最後になりますが、今後の目標や夢があればお聞かせいただけますか。

大貫:そうですね。漠然とした思いですが、世の中、遊ぶのが大好きな人が増えて、みんなそれぞれ相手の楽しみを大事にしてあげられる世の中になって欲しいと思っているんです。世の中、経済面でちょっと暗い話ばかりがでてきてますが、そういう時こそ心の中の楽しいものがないと人生楽しくないんじゃないかと思います。人が生きるのは生活のためとかじゃなくて、人生を楽しむために生きているんだということをもっともっと広めたいと思っています。それって具体的に何ってことは言えないんですけど、自分はもっともっと楽しいところにいようといつも思っているんです。世の中の女性も子育てで大変だと思うんですが、実際に私も小学校2年生と中学2年生の子供がいて、それぞれ小さな問題を抱えていますが、それを逆に今しかかか関われない面白いことだと発想して付き合うと結構楽しかったりしますよね。海人クラブの中でもワイワイ、ガヤガヤやりながら、みんなの生活の悩みを解消する役割もあるんじゃないかと思っているんですよ。

澤田:いいですよね。それぞれの悩みを、泳いで水に流すみたいな感じで(笑)

大貫:その通り!その通り!だから早く自分がもっとたくさん泳げる時期が早く来ないかな~って思っているんですけど。

澤田:いろんな大会に会員のみなさんと海に行ったりしていますもんね!

大貫:遊んでばっかりとかよく言われたりするんです、遊ぶことが一番大事なんですよ。

<ミュージックブレイク 一青耀窈 あこるでぃおん>

流れ星感想)

安田:なんかすごくパワフルな人でしたね!

澤田:凄いことを達成した人なんですけど、あっさりしていますよね!

安田:割と小柄な方ですが、よくドーバー海峡なんか泳ぎましたよね。

澤田:うん。ドーバー海峡はイギリスとフランスの間にあって33キロくらい、ただ実際に泳ぐと60キロくらいあるんですよ!

安田:60キロ!!

澤田:はい。60キロですよ!

安田:何回、手で水をかくんでしょうね?あと、面白いのが陸に上がった時に硬いものにつかまりたかったという感覚ですよね。

澤田:なんとなくわかるような気がするというか、でも実際にそういう経験ないからね~(笑)、なんかクラゲみたいな感じですね!

安田:オーストラリア・パースの大学、大学院でレジャー学を学んだ経歴を持っているんですよ。

澤田:そうですよね!水泳教師の資格もっています。それで日本に戻り、もっと楽しく水泳をみんなに広めたいということで、今活動している『海人クラブ』を作ったそうです。海の人と書いて「うみんちゅ」と読みますが、沖縄地方の読み方ですよね。会員は200人ほどで、この『海人クラブ』には、ユニークなタイトルのコースがあるんですよ。「ぬくぬくコース」、「がんがんコース」、そして「ぶくぶくパ~」(笑)?なんですかね、これは?このぶくぶくパーというのは一体なんだろう?

安田:パッーって感じで、水の中での息継ぎですかね?(笑)

澤田:そうかもね?ぬくぬくっていういのはなんとなくわかるけど、がんがんっていうのは、がんがん泳ごう!って感じかな。とにかく楽しそうですね。

安田:いろんな年齢の方がいらっしゃいましたよね。

澤田:そうですね。大貫さんは本も出版されています。ドーバー海峡を泳いだことを綴った本、他にスイミングやスポーツに関した本など多数の著書・共著があります。

安田:ホームページの大貫さんのプロフィールを是非、みてください。

台風著書:やっぱりスポーツが気にかかる!(窓社)

   大貫英子のスイミング(千早書房)

   ジョイフルトライアウロン・マニュアル(千草書房)

   ドーバー海峡泳いじゃった!(新日本出版社)、他

キラキラ海人クラブ:http://www.uminchu21.com/