ロケット2005.11.6 OA 小林 聡 キックボクシングに賭ける(1)あし

澤田:今日はキックボクシングライト級チャンピオンの小林聡さんを紹介しましょう。
聡&tomo

飛行機インタビュー1)運動神経切れてるって言われて!?カエル
澤田:今日はキックボクサーでライト級チャンピオンの小林聡さんに来て頂きました。よろしくお願いします。
小林:よろしくお願いします。
澤田:やはり鍛えられた体してますね!元々ですが小林さんがキックボクサーになったきっかけって言うのは?
小林:そうですね、キックボクシングやろうと決めた時は自分が14か15歳の時だったんですね。今から18年くらい前ですか。もうその頃は今みたいにK-1とかプライドとかなかったんで、やっぱり自分が憧れてたジャッキーチェーンが最大のきっかけかな。ジャッキーチェーンの『酔拳』が上映された当時だったんですね。
澤田:あ~なるほど、覚えてます!
小林:あれ見てビビって衝撃受けて、その日から自分でくるみ割ったり(笑)カンフーシューズ買ったりとか、拳法の本買い始めたりとかして自己流でやってたんですよ。そうこうしているうちに自分の同級生が少林寺拳法やってるって話を聞いて、お~ちょっとやらせてくれよ~て言ってそれで一緒に通うようになって。自分は出身長野なんですけど、スキーとかもダメだしスポーツ全然ダメだったんですよ!
澤田:スポーツが全然ダメって言うのは信じられないですね!
小林:うちのお姉ちゃんとかけっこうスポーツ万能の方だったんですけど、僕は運動神経切れてるって言われたんですよ(笑)。運動音痴じゃなくて切れてるって言われたんですよ~!(笑)
澤田:神経がもう切れてたんですか?(笑)
小林:もうダメ、もうスポーツ向いてないって!
澤田:姉弟の間でもすごい表現ですよね、それ!(笑)
小林:でもやっぱり格闘技が好きになって、始めてみたら何やるにも自分の方が天才というか同じ技やるにも自分の方がワンテンポ早いんですよ!のみ込みも早いし。あ~もしかしたらこれ向いてるんじゃないかって。
澤田:それは格闘技ですね!
小林:はい。もう全然運動なんかしようと思わなかったのに、格闘技始めて、初めて走ろうとか思ったり、腕立てやろうとか腹筋やろうとか初めて思ったんですよ!
澤田:天性だなと思ったわけですね!
小林:そうですね!それでやっぱりそれで飯食うって言ったら、当時キックボクシングしかなかったんです。でだんだんキックボクシングやりたくなって、勝手に自分が通ってた道場の子とかに昼間つき合わせて、グローブつけさせてわざわざキックボクシングの練習とか自己流でやってたんですね!そのうちに自分の高校の友達が繁華街のスナックの地下にキックボクシングのジムができたらしいって知らせにきたんです。すぐに見に行ったんですよ。でも2回3回見に行ったら誰もいないんですね!これはホントにやってんのかなって思ってまぁ一応リングはあるんですけどね。
澤田:ちゃんとリングはあるわけですか?
小林:あるんですよ。問合せはこちらにって壁に書いてあるんですよ!それで電話したら裏にある居酒屋の連絡先だったんです。よやく連絡がとれて、ちょっと来るようにって言われて行ったらそこの居酒屋のカウンターにマスターがいて、じゃあ会長とつなげてやるよって言って、そしたらなんかチンピラっぽい会長の口調でこれホントに格闘技やってる先生かよって思ったんですけど・・・「じゃあお前明日来いよ」とか言われて、で行ってみたんです。それでちょっとキック、パンチ見せてみろって言われて少林寺拳法やってたから、バババーンってやって「ちょっと俺とスパーリングやってみるか!」って言って相手は50歳くらいの酒ばっか飲んでるパジャマ着たオヤジで、こっちはもうキックトランクスまで買って着て、いざやるってなった時、30秒くらいでパ~ンってパンチでKOされちゃったんですよ!
澤田:へぇ~!
小林:「明日のジョー」の矢吹ジョウが丹下ダンペイにノックアウトされたみたいな感じで!
澤田;見ましたよ僕そのシーンは!
小林:それで感動しちゃって・・・!
澤田:キックすごいなと思ったわけですね。
小林:ちょっとこの人に弟子入りしてみようかな~と。でポンポンと通っているうちに、その会長が「お前キックやりたいならすぐプロになった方がいいよ」って、その当時今みたいにプロテストとかなかったですから、全然わからなかったんですよ何歳で出ていいとか知らなかったしね。それで会長が「お前プロでやった方がいいよ」って言われるがままになって、学校は行ってたんですけど授業は受けてなかったんですね。しょっちゅう休んでたし、友達と遊んでばっかりでしたから(笑)。そしたらプロデビューの直前に先生に「あと1日休んだらもうお前退学だぞ」って言われて、あ~でも試合の日1日休まなきゃなぁって思っちゃって(笑)。それで母ちゃんにも「あんたいい加減にしなさい」とか言われて、その会長に会いに行ったんですよ、うちの母ちゃん。そしたらその会長がですね、「あいつはキックをやるために産まれてきたんだよ!」って。
澤田:すごいじゃないですか~!
小林:それでうちの母ちゃんも田舎もので単純だから「そうか~」って舞い上がって、、、、、(笑)
澤田:ガハハハ(笑)
小林:そんで許してくれたんですよ、学校やめること。
澤田:じゃあもうそっから一気に突き進んでいったんですね!
小林:だからもうやらざるをえないっていうか(笑)
澤田:人生決まっちゃったわけですね、そこで(笑)
           
<ミュージックブレイク STING「it probably me」>

アップ次回に続きます。ヽ(゜▽、゜)ノ

DASH!2004.5/02 0A 天の上を目指して!スーパークライマー小西浩文(2)流れ星



虹インタビュー2)天の上を目指して!!ダウン




澤田:そういうモチベーションというのはどこからくるんですか?
小西:自分の今やりたいことはハッキリ言って高い山に登るとうことだけんです!他にやりたいことってないんですよ。例えば過去の登山家の方たちにも冒険家みたになった人はいっぱいいるわけですね!ヒマラヤも登ってそのあと山を離れて、南極に行ったり北極に行ったりサハラ砂漠に行ったりアマゾン川下るとかですね、これが自分には全く興味ないわけです。それは何かっていうと、高くて厳しい非常に困難な山に登るのと、そういう水平の冒険っていうのはやっぱり危険率が圧倒的に違うわけですね!非常に高い山に登るっていう方がどう考えたってはるかに難しくて危険なわけですよ。だからそれを上回るものがあるとしたらですね、それに興味を惹かれるかもしれないですけど、なかなかないわけですね。でそれを上回るものってなってきたらですね、これはハッキリ言って戦場になってくるんですよ!戦場の最前線っていうのが舞台になってくるわけですよ。
澤田:非常にストイックな世界ですね。いつも自分に挑戦しているんですね。

肉体的なエクササイズは何かやられてるんですか?走る人
小西:都内にいるときはで家に固定自転車を置いてるのでこいだりとか、あるいは家の近くを走ったりスポーツジムにも会員になってますので、ランニングマシーンを傾斜つけてずっと走ったりとか、あとはベーシックな腹筋、背筋、懸垂、指立てふせとかストレッチとか、まぁ~オールラウンドに鍛えるという形をとっています。
澤田:山登りは毎年長期にわたって向こうに行っちゃいますよね?いわゆる日本にいるより向こうにいる方が長いんじゃないかって年だってあると思うんですけど、どうですか?東京の生活は!
小西:やっぱり東京にいると、何気にくだらないことが気にかかることが多いですね。山の中にいる時間っていうのは危険にさらされてる時間が多いわけですよ。この危険っていうのはあくまで命の危険で直接的な現実的な危険のことなんです!そういうところで、非常に集中する時間を持った場合はですね、その日常生活のどうでもいいこととかが気にならなくなるわけですね!もう極端に言えば生きてるだけで儲けもんじゃないかと、別に年収がどうのお金がどうのこうの、人間関係のどうのこうのとかそういうことが気にならなくなるわけですね。そういうのが吹っ飛ぶくらの世界にいるわけですから。それが東京に帰って来るとホットしているのか、やっぱり東京の人間になっちゃうわけですかね!
澤田:そのへんは自分では嫌なんですか?
小西:これはですね、どんなに山が好きであっても一生死ぬまで山を登っていることはできないわけです!山に登るにはお金は絶対必要なわけです。このお金を稼ぐ手段っていうのが山の中では難しいですから、お金を稼ぐ手段っていうことでこの都会にいるわけです。もうひとつは、山の動きっていうのは縦の動きなわけですよね!垂直に動くわけですよね。垂直を目指していく世界。でも生きてる人間の世界っていうのは横の動きなわけですよ!この人々の暮らしの世界の動きをしっかりと身につけておかなくちゃいけない。死ぬまで山の中や無人島で一人で暮らすわけにはいかないですからね。以前、友人にそんなことを言われて、これからは山に登る縦の動きだけじゃなくて横の動きも覚えなきゃと考えてます。人の生きる世界の難しさ、厳しさ、辛さ喜びっていうのが最近ちょっと解りかけてきました。山の中にいる登山家の自分と、東京にいる自分という両方で強く生きていかなきゃならない。山に登るのは優秀だけども人間社会においてはダメだってことになれば世捨て人ですからね。そういう意味で山の達人にもなって、尚且つ人生の達人になれたらいずれ山に登れなくなった時に自分の財産になるんじゃないかって思うんですよ。
澤田:その通りですね!今後ですが、、、多分このインタビューが放送される5月にはヒマラヤに行かれてますよね?
小西:はい。
澤田:今回はどれくらいの山に登るんですか?
小西:今回は6200m弱の山ですから自分にとってはトレーニングというなんです。ただやっぱり6000mというのは何があってもおかしくない世界で、一歩外に出たら絶対に気を抜いちゃいけない世界です。
澤田:今回はどれくらいの期間行かれるんですか?
小西:そうですね約1ヶ月です。
澤田:今度戻られて、いわゆる無酸素で登る偉業をトライするんだろと思いますけど、れを実行に移す時期というのはいつくらいになるんですか?
小西:この春のコンディションによると思うんですけど、問題なければ今年の秋に8000mに挑戦することになりますね。
澤田:今までは8000m級を無酸素でというのはいくつ制覇されてるんですか?
小西:今までで6座です。6峰ですね。
澤田:そうすると14の中の6座を制覇していますから、、、!
小西:あと8座あるわけです!だからもう無限なくらいの遥か遠いところに目標はあるんですけど、これはやってみなければわかりませんね。一番大切なのはその人の心の問題だと思うんです!やっぱり心が折れちゃいけないですよね!そういう意味では今の自分の心は全く折れてないですから、そういう意味では十分可能性はあるとみているわけです!
澤田:今回のトレーニングも含めて、是非とも無酸素で色んな山を制覇して頂いてホントに世界一になって頂きたいと思います!
小西:ありがとうございます。 

               
<ミュージックブレイク 葉加瀬太郎「エトピリカ」爆弾

晴れ感想)ペンギン

澤田:小西さんのお話を聞いて頂いたわけですけど、この番組っていうのは5/2にオンエアされるんですね。その時はもうヒマラヤに行って6200mの山を登ってるんですね!しかしながらこういう方が日本人にいるというのはホントにすごいよね!
安田:隣で同じ空気を吸っているということが信じられないですよ。話を聞いていてもちょっと想像ができない世界ですね。
澤田:8000mを無酸素で登るっていうこと自体信じられない世界ですね。私たちにはどうして?っていう疑問があるんですが、やっぱりそこはプロの登山家ですよね!冒険心を持ち続けて挑戦するっていうみなぎるパワーはものすごい!
安田:ほんとにすごい人なんですね。でもだからと言って気取ってないし押し付けてもない、だから一緒にいて黙っていても受ける影響力みたいなものが感じられますね!
澤田:とっても人間味溢れて、山の厳しさと人としての優しさ備えている人だなと思いました。この間6200mへ行くということで小西さんの行会があって我々も参加させて頂きました。なかなかおもしろい人達が集まってきましてワイワイガヤガヤと色んな話をしながら、そんな中でも小西さんの暖かな人柄っていうのがわかりました。年齢は42歳ですから私と一緒なんですよね~。同い年でこうも違う人もですね!(笑)
安田:いや~でもやっぱり個性的な人が多い年代なんじゃないですか?澤田さんも含めてですけど!(笑)
澤田:そうかもしれないですね~(爆笑)しかしやっぱり同世代ということも含めて是非、頑張ってほしいです。周りを取り囲む人たちも小西さんのことを一生懸命応援していますし、それに答えられるようなガッツな人だと強く感じました。垂直な「山の世界」、水平な「人の世界」、この両方の達人を目指す小西浩文さん!「心技一体」とはまさしくスーパークライマーに必要な言葉かもしれません。

アップ好評発売中!無酸素登頂8000m14座への挑戦スーパークライマー小西浩文の愛と墓標著:長尾三郎(講談社)ロケット

波2004.5/02 天の上を目指して!スーパークライマー小西浩文(1)



アップ次回に続きます!メラメラ

澤田:今日は神の粋に達しているそんな人です。スーパークライマーの小西浩文さんを紹介します。

流れ星 インタビュー1)なぜ無酸素で8000mに挑戦するの?音譜
小西

澤田:小西さんをテーマにしている『無酸素登頂8000m14座への挑戦』という講談社から出版されている本を読ませて頂きました。ものすごく壮絶な内容で感動しましたがそもそも小西さんがクライマーになろうと思ったきっかけは何なんですか?
小西:自分の場合は具体的に父親の影響を受けたとかテレビの影響を受けたとか本の影響を受けたとか一切ないわけです。じゃあ何でそういう道を選んだかというと純粋な自分の心から出ている欲求があったということなんです!それは何かっていうと、自分の先祖のお墓が四国の高松にあってそれが100mくらいの高さのぼた山にあるわけです。そこに4歳くらいの時にお墓参り行った時にあの山のてっぺんから何が見えるんだろうっていうことを感じて登ってみたいなと思ったわけですね。これが自分の山に登りたいっていう最初の気持ちだったと思うんですね。ですから何かの影響を受けて登り出したっていうことは一切ないわけですよ。もうひたすら自分がそういう山に登りたいっていう気持ちが根底からあって、もうそれに忠実にやってきたということですね。自分はいろんな所で講演などお話をさせてもらうんですが肉体的な素質というのは人それぞれあるわけですよね!野球に向いてる人、あるいはサッカーに向いてる人、水泳に向いてる人。やっぱりそれぞれ肉体的な素質ってあると思うんです。それにプラスで心の素質っていうのが結構必要なんじゃないかと思うんですよね。
澤田:それは重要な話ですよね~。
小西:だからいくら野球に向いてる人であっても、野球が好きで好きでたまらないぐらいじゃないと野球のトッププレイヤーにはなれないと思うんですよ。山登りっていうのはまさしくそれの象徴になってくると思うんですよ!もう山が好きで好きでたまらないってことがないと山を登る強靱な精神、頑張りさってのは出てこないと思うんですよね。
澤田:なるほど!酸素を吸って登頂を目指すだけでも大変ことだと思うのに本当に8000m級を無酸素で登るなんていうのは信じられないんです。無酸素なんていう並はずれた挑戦をどうして小西さんがやろうと思ったのかお聞きしたいんです。
小西:そうですね、自分は子供の時から超人願望っていうのがあったんですよ。超人っていうのは鳥の人じゃなくて超える人ってことですね。そういうスーパーマンみたいな、一般の人と違う次元で肉体能力を発揮できるような人、そういう超人願望ってのがベースにあるわけですね!山登りとか始めたのは15歳くらいから始め出したんですけどね。ヒマラヤは22年前の二十歳の時初めて行ったんですけど、自分が登山に向いている!ヒマラヤみたいな高いところに向いているとわかったんですね。自分はそういう意味では肉体的な素質はある!それを自分で確認できたから、自分はプロの登山家になろうと決めたわけですよ!
澤田:なるほど~。
小西:結局今までくるわけですけど。要は登山家の評価っていうのは、まぁ~ハッキリ言えばより危険なこと、難しいことに挑戦しないと評価されないわけですよ。それとはどういうことかと言うと、結局、登山では死ぬ確立がかなりあるような挑戦をしないとダメってことになってきちゃうわけですね!それをしないと、登山家としては注目されないし一流にはなれないってことなんですね!
澤田:なかなかシビアな世界ですね。
小西:それをやり続けるっていうことは当然その死ぬ可能性がいっぱいあるわけですよ!極端に言えば山に行く度にあるわけですよ。恐いっていうのはこれは永遠に恐いわけです。誰だって死にたい訳ないですから。自分も山で死んだ人間をいっぱい見ていますから、山で死ぬことがどういうことかもある程度わかっているんです。恐さはものすごくあるんです。でも今の自分に「その恐さを克服できる勇気がまだあるわけです」。その勇気があるから山に登れるんです。もし恐怖心がこの勇気を上回り出したら恐らく自分は登っちゃいけないと思うんですよね!ですから幸か不幸か今まであまりの恐怖でもう二度とやりたくないと思ったことはないんです。ただ恐いのは永遠に恐いんですけどね。永遠に恐怖心はあります。               

<ミュージックブレイク スピッツ「SUGINAMI MELODY」>