幸せとは、誰かが決めるものでもなく、自分自身‘心から‘幸せだと思えることが、その人にとっての真の幸せではないだろうか。
他者が「○○したほうが幸せになれる」といくら言っても、それはその人が想像する幸せでしかない。
結局のところ、自分のことは自分にしかわからないのだ。
例えば、就職にしても世間一般的には、「地元の大手企業に勤めることが幸せになる」「国家公務員・地方公務員など、公務員に勤めれば幸せになれる」そういわれる。
そう思われがちだが、果たしてどうだろうか?
本当に幸せになれるのだろうか?
それは、実際にそこに入ってみないと誰にもわからないのだ。
名の知れない一般企業でも、人に恵まれ、いい結婚相手と出会い、いい家庭を築けばそれはその人にとっての≪幸せ≫なのだ。
逆に、世間一般的にいいと思われている、大手企業や公務員に就けたとしても、人間関係が悪く、うつ病などの心の病にかかってしまったら?
それは幸せといえるのだろうか。
もちろん、公務員に入ったり、大手企業に勤めて、いい人に恵まれ幸せと思える人もいるだろう。ただ、入ったからと言ってみんながみんなそうなれるはずなどないのだ。
先ほども書いたが、結局の幸せというものは、他者が認めるものではなく、本人が心から幸せだと思えることである。
幸せは本当に人それぞれであろう。
体が不自由な人・病気にかかっている人からしたら、健康な体であれば幸せだと思うし、お米が食べられない貧しい人からしたら、一口でも食べることができたら幸せだと思うだろう。
先ほど書いたもの(「強いてあげるとすれば、‘その人が幸せだと思えることが幸せ‘であるとは思っている。」)と矛盾するかもしれないが、私は幸せに答えはないと思っている。
例えば、片思い中の異性の人がいたとしよう。
最初は、連絡を取り合えることだけで幸せと思う。
しかし、次は付き合いたい・愛されたいと欲が出てくる。
これは当たり前のことであり、だれもがそういう欲を持っている。
だからこそ、幸せに終わりはないのではないかと思う。
最初は、隣にいるだけで幸せだと思っていたとしても、ずっと一緒にいたい、結婚したいとおもうようになる。
一時は幸せを感じる。
しかし、欲が出てくることによって、その時の幸せだった感情は薄れ、また新たな幸せへとシフトしていく。
幸せとはその場にとどまらないものだ。