感じ方などは違っても人それぞれ想いがある。
「人間だから当たり前だ」
そう思うかもしれない。
本当にその通り。
何も特別なことは言っていない。
《当たり前》なのだ。
けれど、最近思うことがある。
当たり前であればあるほど、そこへの意識が途切れていき、わかっているつもりでも忘れている。
忘れているというよりは、「わかっているはずなのに見落としている」という方がしっくりくるかもしれない。
何かあったとき、まず自分の感情を表にする。
何か1つ例を作ってみようか。
お互い好意を抱いて交際していた男女がいたとしよう。
その2人は結婚まで考え、約束し、結婚するものだと疑わなかった。
しかし、それから数カ月が経ち、女性は体調が悪くなっていた。
病院に通院したり、会社を休むこともあった。
最初は、男性に調子が悪いときは素直に言い、男性も女性を気遣っていた。
しかし、女性の体調は回復するどころか、悪化する一方。
女性は、男性に報告をしないようになった。
「体調はどうか」「会社を休むのか」聞かれても、はぐらかすようになった。
女性は言わない代わりに、一緒にいる間は体調の悪さはかくして過ごしていた。
少しずつ、二人の間で信頼関係が崩れていった。
そんな関係でうまくいくはずもなく、喧嘩が増え、口数も少なくなっていき、破局を迎えた。
月日もあまり経たないうちに、相手は新しい交際を始めていた。
女性は、「どれほど体調が悪くても、口や態度に出さず、あの人のためにできる限りのことはしてきたのに、さんざんじゃない
か。」と、悲しみよりも怒りを抱いていた。
しかし、これは女性が自分の想いしか考えていない。
「自分はこうだった。」「自分はこう思ってそうしていた。」
では、男性は?
男性も1人の人間だ。
もちろんいろいろ想っただろう。
「大切だからこそ隠さずに言って欲しかった。」
「話し合っていれば、もっとお互いがいい結果をうめたのに。」
もちろん、本当にどう思っているかなんて本人しかわからない。
例としてあげたが、男性も女性もほかの想いがあったのかもしれない。
具体的すぎるので、大体察していたかもしれないが、実際に私の体験したことだった。
相手の本当の気持ちはわからないが、私自身色んな想いを抱えていたのと同じくらい、もしかしたらそれ以上かもしれない。
相手も色々想っていたと思う。
当時の私は、自分の想いばかりで相手の想いをあまり考えていなかった。
もちろん、自分の感情というものは、とても大切にすべきだと思うし、大切にしてほしい。
しかし、それと同じくらい、相手(他者)の気持ちも大切にしてほしいと願う。
「自分は○○と感じた」で終わるのではなく、では相手はどう感じたのか?と少し考えてほしい。
例として、恋愛を上げたが、ほかでも言えることだ。
友人との付き合いの中でも、自分にとって不快なことをされても、相手の行動には何らかの意図があったかもしれない。
「なぜ、そのようなことをしたのか?」と、考えてみたら、少し相手の気持ちもわかるかもしれない。
行動に感情は伴うものだ。
1人1人が相手の気持ちを尊重しあえたら。
少しでも考えることができたら。
もっと、たくさんの人が住みやすい世の中になるのではないか。
良い人間関係が作れるのではないか。
間違えても、相手の気持ちを踏みにじるような出来事は起きないのではないか。
わたしは、良い小説やブログを作りたい。
なんでもいい。みんなの想いを何らかの形で伝えてほしい。