個人出版(自費出版)の幻冬舎ルネッサンス新社です。
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幻冬舎ルネッサンス新社の2月の新刊のご紹介です
幻冬舎ルネッサンス新社 2月の新刊~10冊目~
花の賦(牧田龍二・著)1300円+税
<帯文>
流麗な筆致で描かれた創作作品。
国内外の文学、美術、映画など、ジャンルを超えて
自由に論じた評論など全23篇。
<はじめにためし読み>
花
ほととぎす我とはなしに卯の花の
うき世の中に鳴きわたるらん
豆腐のしぼりかすを、別名卯の花というらしい。空木は下町の朝の路地に、ときおり豆腐屋のたてる湯けむりを見るたび、ふと子供の頃を思いだした。母からときどき豆腐屋に使いを頼まれたことがあった。たいした距離ではないのだが、豆腐をいれる器をもって、その中の豆腐を家まで持って帰ることは、子供にはすこしばかり難儀なことであった。壊れないように豆腐と一緒に水を器にいれてくれる。その重たい器を大事に抱えて帰るのに、子供ながらもそうとうな緊張を強いられた。
豆腐屋にはおからという豆腐のかすが、店の隅に捨てられたように置かれて白くもりあがっていた。寒い朝に、ほんわりと湯気をあげている、おからの山をながめる気分はいいものであった。そういう豆腐屋を街角で見ることはもうほとんどない。だから一軒ばかり残っているような店のまえを通りたいばかりに、駅へいくいつもの道を変えることさえあった。つまらない道草である。が、空木にはそうでもしなければ散じられない思いがひとつあったのである。
卯の花は四弁の白い花である。五月の筑波山の山野に、白く浮き立っている梅に似たその花を指さし、空木に教えてくれた女はもうこの世にいない。そのすみえという女の妹から、急の電話で「昨夜姉が亡くなりました」と告げられ、あわてて葬儀に参列したのはもう三年まえのことである。
すみえは茨城県の高岡という町に、妹と二人でひっそりと暮らしていた。最後にすみえに逢ってから十年ほどが経ち、どちらからともなく音信が絶えたのが七、八年も前であった。いつかまた逢えるだろうと勝ってに思いなして、歳月だけがいたずらに過ぎていった。あえて取り戻そうとしなければ、ひとの縁は陽炎のようにたわいなく消えていくものだと、それが自身の老いのあらわれとも知らずに、空木はそれでいいと思った。