自由
自由という言葉の解釈は
人それぞれですが、私なりの
解釈を書きたいと思います。
こんな話は少し宗教っぽく
なってしまいますが。
人は自らの意思でお母さんから
生まれてきたわけではありません。
英語では受動態で生まされたと
なります。
つまり自分がこの世に誕生してきたのは
何か役割があって誕生してきたのです。
そう考えれば自分の意志で生まれて
きたわけではないので死ぬ時も勝手に
自分の意志で命を絶ってはならないのです。
よく自分の命だからどう生きようと自分の自由
と思っている人もいますが、
あるルールのなかでどう頑張ろうが、どう努力
しようがどう目標を設定しようが、どういう夢を
抱こうがこれは人それぞれ自由だと思います。
しかしサボろうが、怠けようが、組織からはみ出した
ルール違反をしようが、いい年になっても働かなくても
自分の自由という自由はないように思います。
昔の日本人の生活を聞いたり、書物で読んだりしていると
今はたくさんの選択の自由があると思います。
それなのにもっともっと楽な自由を求めている人が
多くなってしまったのは日本が豊かになったせいでしょう。
何をするにも俺の自由、私の自由と思っている人に
本当の自由の意味を理解してもらいたいです。
人の生まれてきた意味は命のバトンを次の世代に
渡すためです。
なんでもかんでも好き放題、自由に生きればいいわけでは
決してないのです!
37年間にピリオド
先週、グランドセレモニーが開かれました。
私たちの地域の少年野球の
一番愛されていたグランドが閉鎖されることに
なってしまったのです。
この地域で開催される大会に使用されていて
必ず決勝戦はこのグランドで行われて
いたのです。
寂しい限りです。
今後は住宅かマンション建設が始まるのか
分かりませんがこのグランドは私にとって
もう一つ違った思い出があるのです。
私の小学生時代の思い出もたくさん詰まった
グランドなのです。
私が小学6年生の時のチームも強かったのですが
もうひとチーム強いチームがあり大会はいつも
準優勝、そして当時2月に行われた6年生最後の
大会の決勝戦で見事逆転優勝を飾りみんなでうれし涙
を流したのもこのグランドなのです。
私には特別な思い出があったのでセレモニー中ずっと
昔のことを思い出していました。
私が少年野球をやっていた頃あって今はなくなって
しまったグランドはもうすでに2つあるのでこのグランド
で3つ目です。
あと何年もすれば跡形もなくなって昔はここに
グランドがあったなんて誰も分からなくなって
しまうと思いますが私の中ではこのグランドの
近くを通るたびに思い出だけが蘇ることでしょう。

