コロナ禍の今、過熱するマスコミ報道の影響などにより“ゼロリスク”に盲従し、冷静さや他者への寛容性を失っている現代の社会の中で、改めて見直されるべき話があります。

 

 

2011年11月、東日本大震災がもたらした福島第一原発の爆発事故により放射性物質の拡散が心配される中、震災後初の国賓としてブータン王国ワンチュク国王が来日し、衆議院本会議場で演説を行いました。

ブータン王国は、国民の心理的幸福を指標する「国民総幸福量」(GNH)を重視する国として知られています。

 

演説で国王は東日本大震災について、「いかなる国の国民も決してこのような苦難を経験すべきでありません」とした上で、「しかしこのような不幸からより強く、より大きく、立ち上がれる国が一つあるとすれば、それは日本と日本国民だと確信している」と語り、ブータンの言葉(ゾンカ語)で日本や日本国民に祈りを捧げました。

 

 

この演説は単に外交辞令としてのお世辞の羅列ではなく、ワンチュク国王の日本に対する情愛に裏打ちされたものだと考えられ、日本が国際社会やアジアに果たしてきた役割の大きさと、日本人が伝統的に継承してきた「気質」の部分に触れつつ、言葉の限りを尽くして称賛され、多くの日本人を奮い立たせました。

 

演説終了後、本会議場の出席議員は満場総立ちの拍手喝采で応えました。

 

東日本大震災の発災後、国際社会は、我が国に対し多くの支援と激励を寄せましたが、日本と日本人への深い友情と信頼感をこれほど雄弁に述べた賓客はいません。

 

当時の国王の演説は客観的視点から日本のこれまでの歩みを称賛しつつ、その成果の要因は日本人の独特な性質によるものだとし、日本国民に失いかけていた自信を取り戻させることになったと同時に、

 

日本人が伝統的に継承してきた、「自己よりも公益を高く位置付ける強い気持ち」や名誉と誇りを改めて現代に思い返させる内容でした。

 

 

現代の我々は、あふれる恣意的情報に振り回されることなく、誇れる国や地域を自らの手で作り守っていく自覚が必要だと思います。

 

コロナ禍で国情や人心が荒れ、感情的に物事を決めつけ、自分の正義感からか他人に一方的な価値観を押し付けることが散見される昨今だからこそ、グローバルな観点から客観的に見た日本は世界の人々の目にはどのように映っているかを知ることも価値観の多様性を学ぶ機会となり、人々の心に希望や静かなる尊厳を見いだすことになるでしょう。

 

 

 

 

震災後、ワンチュク国王から日本に寄せられた演説の要旨全文を記します。

 

要旨は私がまとめたものですので過不足あるかもしれませんので、要旨の次に全文掲載しています。

 

 

 

国王演説 要旨

 

3月に東日本大震災に見舞われた日本に対し深く哀悼の意を表すとともに、このような不幸から、より強く、より大きく立ち上がれる国が一つあるとすれば、日本国民だと確信している。

 

日本は以前、開発途上地域であったアジアに自信と進むべき道の自覚をもたらし、以降日本の後に続いて世界経済の最先端に躍り出た数々の国に希望を与えてきました。

 

世界は常に日本のことを、大変な名誉と誇り、そして規律を重んじる国民、歴史に裏打ちされた誇り高き伝統を持つ国民、不屈の精神、断固たる決意、そして秀でることへ願望を持って何事にも取り組む国民、知行合一、兄弟愛や友人と揺るがない強さと気丈さをあわせ持つ国民であると認識してまいりました。

 

これは神話ではなく、現実であると慎んで申し上げたいと思います。

 

それは近年の不幸な経済不況や3月の自然災害への皆様の対応にも示されています。

 

ほかの国であれば、国家を打ち砕き、無秩序、大混乱、そして悲観をもたらしたであろう事態に、日本国民の皆様は最悪の状況下でさえ、静かな尊厳、自信、規律、心の強さを持って対処されました。

 

文化、伝統及び価値にしっかりと根づいたこのような卓越した資質の組み合わせは、我々の現代の世界では見出すことはほぼ不可能です。

 

全ての国がそうありたいと切望しますが、これは日本人特有の特性であり、不可分の要素です。

 

そうした力を備えた日本は、非常にすばらしい未来が待っていることでしょう。

 

この力を通じて日本はあらゆる逆境から繰り返し立ち直り、世界で最も成功した国の1つとして地位を築いてきました。

 

さらに注目に値すべきは、日本がためらうことなく、世界中の人々と自国の成功を常に分かち合ってきたということです。

 

日本がアジアと世界を導き、また、世界情勢における日本の存在が日本国民の偉大な業績と歴史を反映するにつけ、ブータンは皆様を応援してまいります。

 

日本及び日本国民が平和と安定、調和を経験し、これからも繁栄を享受されますように

 

 

 

 

 

演説 全文

 

 天皇皇后両陛下、日本国民と皆さまに深い敬意を表しますとともにこのたび日本国国会で演説する機会を賜りましたことを謹んでお受けします。

 衆議院議長閣下、参議院議長閣下、内閣総理大臣閣下、国会議員の皆様、ご列席の皆様。世界史においてかくも傑出し、重要性を持つ機関である日本国国会のなかで、 
 
 私は偉大なる叡智、経験および功績を持つ皆様の前に、ひとりの若者として立っております。皆様のお役に立てるようなことを私の口から多くを申しあげられるとは思いません。それどころか、この歴史的瞬間から多くを得ようとしているのは私のほうです。このことに対し、感謝いたします。 

 妻ヅェチェンと私は、結婚のわずか1ヶ月後に日本にお招きいただき、ご厚情を賜りましたことに心から感謝申しあげます。ありがとうございます。 

 これは両国間の長年の友情を支える皆さまの、寛大な精神の表れであり、特別のおもてなしであると認識しております。 

 ご列席の皆様、演説を進める前に先代の国王ジグミ・シンゲ・ワンチュク陛下およびブータン政府およびブータン国民からの皆様への祈りと祝福の言葉をお伝えしなければなりません。

 ブータン国民は常に日本に強い愛着の心を持ち、何十年ものあいだ偉大な日本の成功を心情的に分かちあってまいりました。 

 3月の壊滅的な地震と津波のあと、ブータンの至るところで大勢のブータン人が寺院や僧院を訪れ、日本国民になぐさめと支えを与えようと、供養のための灯明を捧げつつ、ささやかながらも心のこもった勤めを行うのを目にし、私は深く心を動かされました。 

 私自身は押し寄せる津波のニュースをなすすべもなく見つめていたことを覚えております。そのときからずっと、私は愛する人々を失くした家族の痛みと苦しみ、生活基盤を失った人々、人生が完全に変わってしまった若者たち、そして大災害から復興しなければならない日本国民に対し私の深い同情を、直接お伝えできる日を待ち望んでまいりました。 

 いかなる国の国民も決してこのような苦難を経験すべきではありません。しかし仮にこのような不幸からより強く、より大きく立ち上がれる国があるとすれば、それは日本と日本国民であります。 

 私はそう確信しています。

 


 皆様が生活を再建し復興に向け歩まれるなかで、我々ブータン人は皆様とともにあります。我々の物質的支援はつましいものですが、我々の友情、連帯、思いやりは心からの真実味のあるものです。

 ご列席の皆様、我々ブータンに暮らす者は常に日本国民を親愛なる兄弟・姉妹であると考えてまいりました。両国民を結びつけるものは家族、誠実さ。そして名誉を守り個人の希望よりも地域社会や国家の望みを優先し、また自己よりも公益を高く位置づける強い気持ちなどであります。2011年は両国の国交樹立25周年にあたる特別な年であります。 

 しかしブータン国民は常に、公式な関係を超えた特別な愛着を日本に対し抱いてまいりました。私は若き父とその世代の者が何十年も前から、日本がアジアを近代化に導くのを誇らしく見ていたのを知っています。 

 すなわち日本は当時開発途上地域であったアジアに自信と進むべき道の自覚をもたらし、以降日本のあとについて世界経済の最先端に躍り出た数々の国々に希望を与えてきました。日本は過去にも、そして現代もリーダーであり続けます。

 このグローバル化した世界において、日本は技術と確信の力、勤勉さと責任、強固な伝統的価値における模範であり、これまで以上にリーダーにふさわしいのです。 

 世界は常に日本のことを大変な名誉と誇り、そして規律を重んじる国民、歴史に裏打ちされた誇り高き伝統を持つ国民、不屈の精神、断固たる決意、そして秀でることへ願望を持って何事にも取り組む国民。知行合一、兄弟愛や友人との揺るぎない強さと気丈さを併せ持つ国民であると認識してまいりました。 

 これは神話ではなく現実であると謹んで申しあげたいと思います。

 

それは近年の不幸な経済不況や、3月の自然災害への皆様の対応にも示されています。皆様、日本および日本国民は素晴らしい資質を示されました。他の国であれば国家を打ち砕き、無秩序、大混乱、そして悲嘆をもたらしたであろう事態に、日本国民の皆様は最悪の状況下でさえ静かな尊厳、自信、規律、心の強さを持って対処されました。 

 文化、伝統および価値にしっかりと根付いたこのような卓越した資質の組み合わせは、我々の現代の世界で見出すことはほぼ不可能です。 すべての国がそうありたいと切望しますが、これは日本人特有の特性であり、不可分の要素です。 

 このような価値観や資質が、昨日生まれたものではなく、何世紀もの歴史から生まれてきたものなのです。それは数年数十年で失われることはありません。

 そうした力を備えた日本には、非常に素晴らしい未来が待っていることでしょう。この力を通じて日本はあらゆる逆境から繰り返し立ち直り、世界で最も成功した国のひとつとして地位を築いてきました。 

 さらに注目に値すべきは、日本がためらうことなく世界中の人々と自国の成功を常に分かち合ってきたということです。 

 「ブータンは小さな国ではありますが強い国でもあります」 

 ご列席の皆様。私はすべてのブータン人に代わり、心からいまお話をしています。私は専門家でも学者でもなく日本に深い親愛の情を抱くごく普通の人間に過ぎません。

 その私が申しあげたいのは、世界は日本から大きな恩恵を受けるであろうということです。卓越性や技術革新がなんたるかを体現する日本。偉大な決断と業績を成し遂げつつも、静かな尊厳と謙虚さとを兼ね備えた日本国民。他の国々の模範となるこの国から、世界は大きな恩恵を受けるでしょう。

 

日本がアジアと世界を導き、また世界情勢における日本の存在が、日本国民の偉大な業績と歴史を反映するにつけ、ブータンは皆様を応援し支持してまいります。
ブータンは国連安全保障理事会の議席拡大の必要性だけでなく、日本がそのなかで主導的な役割を果たさなければならないと確認しております。 

 日本はブータンの全面的な約束と支持を得ております。ご列席の皆様、ブータンは人口約70万人の小さなヒマラヤの国です。国の魅力的な外形的特徴と、豊かで人の心をとらえて離さない歴史が、ブータン人の人格や性質を形作っています。 

 ブータンは美しい国であり、面積が小さいながらも国土全体に拡がるさまざまな異なる地形に数々の寺院、僧院、城砦が点在し何世代ものブータン人の精神性を反映しています。 

 手付かずの自然が残されており、我々の文化と伝統は今も強靭に活気を保っています。ブータン人は何世紀も続けてきたように人々のあいだに深い調和の精神を持ち、質素で謙虚な生活を続けています。今日のめまぐるしく変化する世界において、国民が何よりも調和を重んじる社会、若者が優れた才能、勇気や品位を持ち先祖の価値観によって導かれる社会。そうした思いやりのある社会で生きている我々のあり方を、私は最も誇りに思います。 

 我が国は有能な若きブータン人の手のなかに委ねられています。我々は歴史ある価値観を持つ若々しい現代的な国民です。

 小さな美しい国ではありますが、強い国でもあります。それゆえブータンの成長と開発における日本の役割は大変特別なものです。我々が独自の願望を満たすべく努力するなかで、日本からは貴重な援助や支援だけでなく力強い励ましをいただいてきました。 

 ブータン国民の寛大さ、両国民のあいだを結ぶより次元の高い大きな自然の絆。言葉には言い表せない非常に深い精神的な絆によってブータンは常に日本の友人であり続けます。 

 日本はかねてよりブータンの最も重大な開発パートナーのひとつです。それゆえに日本政府、およびブータンで暮らし、我々とともに働いてきてくれた日本人の方々の、ブータン国民のゆるぎない支援と善意に対し、感謝の意を伝えることができて大変嬉しく思います。 

 私はここに、両国民のあいだの絆をより強め深めるために不断の努力を行うことを誓います。

 改めてここで、ブータン国民からの祈りと祝福をお伝えします。ご列席の皆様。簡単ではありますがゾンカ語、国の言葉でお話したいと思います。 

 ご列席の皆様。いま私は祈りを捧げました。小さな祈りですけれど、日本そして日本国民が常に平和と安定、調和を経験しそしてこれからも繁栄を享受されますようにという祈りです。ありがとうございました。