こんにちは!渡辺厳太郎です。


本日は紀尾井町にある都市センタービルに地域医療政策セミナーに来ています。


日本全国から311名を超える地方議員が集まっています。

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1項目目の講師は北海道の札幌と旭川の間にある砂川市の砂川市立病院の事業管理者である小熊豊 院長です。 

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北海道は日本の全国土の22%をもしめ、医療としては札幌等の都市部を除けば広域分散医療をしなくてはならず、経営上、病院を維持することすらむずか難しい所です。


中空地2次医療圏は10市からなり、東京23区と同じ面積ですが、人口は町田市の1/4しかなく、11万人です。


その過疎の環境下ですと従来の自治体病院が高齢化に対応出来ない為に、砂川市立病院は回復期病棟を含む地域包括ケアを目指して新しい病院を建て替えしました。


急性期病棟を減らし回復期病棟を増やし、元気になって自宅に帰ってもらおうとの方針で、地域の医療への要望に答えてきました。


病院を建て替え、経営を立て直した事により、公営企業法の全部適用後は27億円以上の赤字でしたが、


地域の中での病院の果たすべき役割、目標を見つめ直した事により、無駄な検査を 省き、入院日数を減らして、在宅でできることは在宅でとすることにより、患者の満足度も向上させながら病院事業会計も回復させました。


今後の地域包括ケアの中での課題としては、

管内に『がん終末期患者』が入院出来る療養型病床が少ない為、症状コントロールが不十分で在宅療養が困難となるケースが多いこと、


地域が広域の為、在宅療養を支える診療所が少なく、訪問診療できる地域が限定されること、


24時間体制の訪問看護ステーションと連携して在宅での看取りの支援、


などがあげられていました。


病院も経営を無視しては継続しません。


砂川市民病院では、

コストをかけずに増収+医療の質の向上を更に目指しています。


砂川市民病院のコンセプトは、『病院が破綻すれば 市・地域が崩壊する』


『知恵がある者は知恵を、汗を出すものは汗をだせ』


です。


平成28年度の取り組みとしては写真の通りです。

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今多くのドクターが寝食を忘れて働いています。


サービス残業が月間160時間なんてざらだそうです。


解決策はドクターを増やすか患者を減らすかしかありません。


ドクターを増やす事は現実難しいですし、患者は増える一方です。


看護師や介護福祉士も一緒になって地域医療の担い手としてやっていくしかないとの言葉が印象的でした。


2項目目は

『地域医療を守る私達の取り組みと考え方』と題しまして、『宮崎県北の地域医療を守る会』の事務局長、福田正憲 先生が講師をして下さいました。

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福田正憲さんはもともと新聞記者の出身で、医療従事者ではありません。


宮崎県の延岡市は人口12万6000人です。



宮崎県の面積の41%をしめる県北部の三次救急医療機関内人口は24万人。


その中で三次救急医療が出来るところは県立延岡病院のみです。



その県立延岡病院では麻酔科医師5人が全員退職。


眼科、精神科、消化器内科、神経内科が休診し、医師の補充の見込みが全く無くなりました。



全国的に医師不足が叫ばれているなか、いかにして専門的なメディカルスタッフを確保するかが病院経営には非常に大切で、それがなければ成り立ちません。



透析を受ける事もできず、今まで当たり前だと思っていた医療を受ける事が、医師の疲弊によりそうではないということ、住民の命の砦の危機となりました。


福田さんはこれを災害に例えられ、災害復旧、復興への道筋を解りやすく教えて下さいました。



命の砦の危機に直面した地域の市民が考えた事は、問題の原因は国や県、市町村の行政の施策や医師だけでなく、地域住民にもあるということでした。



地域の医療資源には限りがあり、今あるものを役割分担しながら地域総力戦で協働で守っていく、として市民の意識改革から始めました。



『延岡市の地域医療を守る条例』を可決し、市民の責務として


①かかりつけ医を持つ

②適正な受診(時間内も)

③医師等への感謝

④検診、健康診査の積極受診


を定め、本来、憲法上保証されている権利・自由の制限ともとれる、市民の公人化をする事により、市民の意識改革を促したそうです。


市民は、市民の責務として、押し付けられるものではなく、意欲をもって取り組むものと覚悟し、個人の健康管理は公のものと意識し、地域で受けれる医療を守ろうと活動してきました。


それ以前の宮崎県北の1次2次医療圏の小児救急医療体制は12診療所で輪番で365日24時間運営していましたが、疲弊により5診療所が離脱、廃業。


小児救急医療も無くなる危機に なりました。


そこで小児科医の声を聞いてみると、


『血気盛んな若い親が恫喝し物を蹴飛ばして帰ることも』


『本当に診療の必要性があるのは10%くらい』


患者の認識と、救急医療の認識に違いがあることが解りました。


そこで市民の意識改革を求め、市民の医療に対する考え方を変える活動を訴えてきました。


近年どうにか1院が復活し、2院が開設され、どうにか地域の小児科を守っているとの事でした。


市民の意識改革により、市民は自分達で出来ることは自分達で!と、

きちんとした手洗いうがい、適正な受診、医師への感謝や挨拶をするようになり、

ドクターの激務は報われ、モチベーションが上がったそうです。


福田正憲さんは地域の医療を守るべく小学校や親子連れのイベント等で様々な活動をしています。


そして子供達に未来の医師を目指してもらえるような環境づくり、街づくりに奔走されています。


医療を通じて地域を良くする『医育』をしています。


市民の責務として、市民は健康管理をして、医師にかからない『健康長寿』を目指していき、さらには

『幸福寿命』を全うするような社会にしていくためには、、、、、



最終的には医療の不確実性の理解が必用だとの事でした。


私も過去に直面したことがありますが、納得しているつもりです。


ですので生きている今をより充実させねばと思っています。


四時間にわたる講義でしたが、日本の先進事例を学べ大変有意義な時間でした。


地方都市の現状に触れられ、回避する術は有るのかどうかも研究したく思いました。