3つの決意をした。
ゲンタ「ヤスさん、マキさん、僕も結婚しますわ!!!!」
マキさん「うん、それがいいよ!!結婚本当に良いから!!」
ゲンタ「まぁ、相手がいないんですけどね!」
「あの一人で道を歩いている時のドキドキは、本当にたまらないです!」
22歳にして世界一周をしているミカちゃんが言っていた。
「ドキドキ」「ワクワク」をみんな求めて旅をしているのだと、一人でボリビアとペルーの道を歩いている時に思った。
本当に感動させられました、自然も文化遺産も。
やはり「ホンモノ」は「ホンモノ」です。
「精神と時の部屋じゃないっすかぁ!!」って一番初めに言ってしまった、ウユニ塩湖
一番、ベタなところでベタな格好で撮るマチュピチュwithゲンタ
ただ、そんな自然よりも文化よりも感動したのが、「人」でした。
今回の一人旅で出会った「ヤスさん」と「マキさん」は、ウユニ塩湖以上の「広さ」とマチュピチュ以上の「深さ」を合わせ持った人だった。
新婚旅行で来ていた二人とウユニ塩湖のツアーで一緒になり、素敵すぎる人間性に引かれ、もう一度、会いたいなと思っていたら、マチュピチュにあるワイナピチュという山の頂上で奇跡の再会。
調子にのった私は、二人の優しい言葉に甘え、ペルーのリマで時間と場所だけを約束し、意図的な再会を果たす。
一人旅と言いながら、新婚旅行夫婦と3日間も一緒に過す厚かましさ。
ハネムーンの二人の思い出に入り込んだ私をあたたかく、そして優しく受け入れてくれたヤスさん、マキさん、本当にありがとうございました。
この旅で何が一番、楽しかったかというと間違いなく3人で笑いながら酒を飲んでいる時でした!
素敵すぎるお二人、真生さん・ヤスさん
末永くお幸せに!東京の家行かせて頂きます!!
日本でもできることだが、旅だからこその「出会い」があるため、これからも「旅」をしたいと思う。
二人があまりにも素敵すぎるため、私は決意した。
結婚します!!
「仕事ない」、「金ない」、「彼女いない」という気づけばとんでもない状況に陥っておりますが、宣言しておきます・・・。
「おかん、10年以内に素敵すぎる嫁とかわいすぎる子どもの顔を見せたるから、楽しみにしといて!!」
そんな決意をした旅であったが他にも決意したことがある。
ブラジルに「行く」と決めてから、恩師からいただいた言葉、
「世の中、一人くらい社会に出遅れたところで、日本社会は何も困らないんだよ。むしらゲンタみたいな奴は、早く社会に出ない方が日本社会のためだ!チケットをすぐに取って、明日にでもブラジルに行きなさい」
気持ちが一瞬にして楽になった。
「早く働きたい」という想いがありながらも、それ以上に「ブラジルに行きたい」という想いが強かった。
同期が「厳しい日本社会」と言われる場所で、活躍している姿を見聞きし、多少の「焦り」と「憧れ」みたいなのがあったのも事実。
そんなことを恩師に言ったときにいただいた一言だった。
簡単に「焦り」と「憧れ」を消し去ってくれた。
だからこそ、この一年迷うことなく、「自分のやりたいこと」を貫けたと思う。
そして、決意した。
「日本社会は甘くないよ」「日本社会は厳しいからね」と言われ続け、同期から遅れること5年・・・、
「石部元太、日本社会にデビューします!!!」
拍手、拍手、拍手!!!!!!!!!!!!
まぁ、まだ仕事も何も決まっていないんですけどね・・・。
「日本社会」さんが待ち望んでくれていたのかは知りませんが、個人的に待たせてしまったと思っているので、これから、ガッツリと活躍させていただきたいと思います。
また、日本社会は「厳しい」「甘くない」「しんどい」「大変」「辛い」そんな言葉をよく聞かされましたが、私、それらに「勝つ方法」をブラジルで学ばせていただきました。
「戦う術」ではなく「勝つ術」を。
「これからは、日本社会の中を旅させていただきます!!!!!」
ブラジル最後の夜にわざわざ集まってくれた企業の方々。
本当にありがとうございました、楽しかったです!!ちなみに前の4人、同い年という・・・。
石部に違和感があるのは気のせいでしょう!!
タカさん、本当にありがーど!!!
最後の決意ですが、偉大な指導者と偉大な先輩がずっと言っていた言葉ある。
「世界一になる」
偉大な先輩があまりにも「世界一」「世界一」と言うため、今まで考えたこともなかったが、ブラジルに来てから私も言うようになった。
「世界一になる」
ただ、それは先輩を真似て言っているだけであって、具体的にどのように「世界一」になるかなど全くもってプランがなかったし、イメージもできていなかった。
しかし、言い続けてやろうと思った。
言い続けていたからではないが、ブラジルでの学びを終えようとしている今、はっきりと見えてきた。
「世界一への道」が・・・。
ということで、声を大にして言いたいと思います。
「世界一になる!!!!!!!!!!!!! 」
最後に、2月12日の便でブラジルを発ちます。
「サッカーコーチとしてブラジルに行きたい」と言い出し、びわこ成蹊スポーツ大学の松田保先生、的地 元副学長のアドバイスにはじまり、滋賀県庁の高木さんの協力を得て、多くの方々に助けられ、そして家族の理解と支えにより、ブラジルサッカーコーチ留学を実現することができました。
ブラジルに来てからも、ウルギス大学のトモコ先生はじめ、ウルギス大学サッカー部、ウルギス大学フットサル部、クルゼイロ、インテルナシオナル、ブラジルの友達、日本からの語学留学生、日本企業の方々、アパートの家族、近所の人たち、JICAの方々、宇野さん、ブラジルまで来てくれたミッシェルさん、道端で名前も知らないけど助けてくれる人たちに助けられ、支えられ、協力していただき、一年間の留学を無事終えようとしています。
この場を借りて、皆様に感謝したいと思います。
本当にありがとうございました。
Muito obrigado!!
本当に人としてサッカー指導者としてたくさんのことを学ばせていただきました。
多くのことを学ばせていただきましたが、Grande amigo(偉大な友人)である、ホジェリオの卒業式後の家族・親戚・友人を招いたパーティーにしっかりと私の名前が刻まれていた時に思いました。
たくさんのことを学び、勉強させてもらい、教えていただき、多くのことを手に入れさせてもらいましたが、何よりも一番大切で重要だったものは、間違いなく一つ一つの「出会い」だったのだと。
今までの「出会い」、これからの「出会い」を大切に、宝物にし、感謝しながら、もっともっと多くのことを学び、「世界一」を目指し突き進みたいと思います。
こんな石部元太ですが、これからもどうぞよろしくお願いします。
Grande abraço!
ホジェリオの家族・親戚・友達 Obrigado por tudo!!!!
偉大すぎる人生の大先輩、大学・JICA大後輩 宇野さん
残り半年、活躍期待しております。本当にありがとうございました。
ポルトアレグレ最終日に送り出してくれた企業の方々とホジェリオ
本当にありがとうございました!ありがとう、ポルトアレグレ!!
4コマ写真「旅人」
①♪旅立って 一人になって 踏み出して 孤独になって♪
②♪鳥のように 自由になって 丘に立って 風に吹かれて♪
③♪あきらめずに ずっと歩いて あきらめずに ちゃんと笑って行こう♪
④♪僕だけのありのままの旅へ♪
暴走機関車ゲンターマスは日本社会に旅立ちます!!
お後がよろしいようで・・・。
Puta que legal!!!!!!Rogério!!!!!
彼がいなければ私のブラジルは全く違うものになっていたと思う。
心から感謝している。
ありがとう、ホジェリオ!
Muito obrigado,Rogério!
テーマ「世界一」
「君のチームはどこ!?」
こんな質問をされたら、みなさん何と答えますか!?
ブラジルに来た当初、こういう質問をされ、何と答えていいかわからなかったが、いつの日からかこう答えるようになった。
ゲンタ「セレッソ大阪だ!」
すると、ブラジル人はこう言う。
ブラジレイロ「おぉ!!セレッソ大阪な!」
ゲンタ「えっ!?知ってるの!?」
ブラジレイロ「知ってるよ!!鹿島アントラーズじゃないんだろ!?ヴェルディ川崎でも!?」
ゲンタ「君は絶対に知らないよね!!!」
そう、ブラジル人は「応援しているチーム」を「私のチーム」「僕のチーム」というような言い方をする。
ということで、私もセレッソ大阪でプロ選手だったわけでもなければ、働いていたわけでもないが、昔から「地元」という理由だけでさりげなく応援していたチームである「セレッソ大阪」を「俺のチーム」とあたかも自分の「所有物」かのように言っている。
ということで、日本に帰国後は「俺のチーム」と散々言ってきたので、「J1優勝」目指して「本気」で戦いたいと思います・・・。
さりげなく本当に好きなのです・・・。
以前知り合った女子アナのお姉さんが言っていた。
アナ「トム・クルーズが『いいとも!』のレギュラーになるようなもんなんですか!?」
ゲンタ「めちゃめちゃ上手いこと言いますね!!そんな感じです!!」
インテルに入れてもらう前の練習を見学させてもらっていた時、Sub10・11のフィジカルコーチであるルーキーニョと一緒に「U-17 FIFAワールドカップ」をテレビで観ていた。
ルーキーニョ「おっ!!レオが入るじゃないか!?」
ゲンタ「えっ!?誰!?この選手!?」
ルーキーニョ「俺たちのチームの選手だよ!」
ゲンタ「俺たちのチーム・・・。インテルの選手なの!?」
ルーキーニョ「そうだよ!後、センターバックのエドワルドも俺たちのチームの選手だよ!」
「俺たちのチームの選手」という言葉がものすごく「かっこよく」聞こえ、ブラジル代表に名を連ねる選手を出している、このクラブの大きさを改めて痛感したのを覚えている。
ゲンタ(俺も言いたいわぁ~「俺たちのチームの選手」って!!!何とかして、入らしてもらえんやろかぁ・・・!?)
あれから約4ヶ月。
あっという間だった。
本当に毎日が「刺激」と「感動」の連続で、おもしろくておもしろくて仕方がなかった。
「えっ!?嘘ん!?ホンマに!?」「そこで、それするー!?」「そんなんできるの!?」「そこはそうするんやー!?」
興奮のあまり、「何でなん!?」を繰り返す日々。
ブラジルに来る前に、「何でブラジルなん!?」「指導者として勉強するならヨーロッパの方がええんちゃうの!?」と何人かの人に言われた。
ゲンタ「そうかもしれないですけど、ブラジルに行きたいんですよ!」
そんなことを言っていましたが、今なら胸を張って言えます。
「ブラジルでよかったです!!間違いなかったです!!」
「戦術にとても詳しくなった」「指導力のレベルが上がった」「最新の練習メニューを知った」かは、正直「?」である。
だが、ものすごく「大切なもの」を教えてもらった。
人として指導者として、ブラジルから、ブラジル人から、ブラジルサッカーから教えてもらった。
ミッシェルさんがブラジルに来たときに言っていた。
ミッシェル「俺はサッカーの試合を観ている量は絶対に誰にも負けへん。自信がある!」
私も「絶対に誰にも負けないもの」を何か作ってやろうと思った。
一つだけ見つかった。
この一年でサッカーの面において、「誰よりも感動した自信」がある。
これだけは本当にどの指導者にも負けていない思う。
心が奮えた回数、興奮した回数、衝撃を受けた回数、ドキドキした回数、「おっしゃー!!!」「マジで!?」と言った回数、とてもとても多かった。
特にこのインテルに関わらしてもらった4ヶ月間は、感動の連続で、私の中ですごく「大きなもの」となった。
今後の指導者人生の中での「基礎」になり「武器」になっていく経験ができた。
こころから感謝している。
突然現れた日本人に対して、本当によくしてくれたインテルの関係者の皆様、いつも最高の「笑顔」と「プレー」で私を感動させてくれた選手たち、そして、指導者としての「大切なもの」を教えてくれたコーチたち、本当にありがとうございました。
また、こんな経験ができたのも、多くの人々の「つながり」があってのことでした。
ブログのタイトルではありませんが、日本でお世話になっています皆様からブラジルで出会った皆様まで、「パス」をつないでいただき、ここまでこれました。
残りわずかのブラジル留学となりましたが、皆様への感謝の気持ちを忘れず、しっかり「ゴール」につなげたいと思います。Muito obrigado!!!
インテルでの学びを終えて、2つの大きな「覚悟」と「決意」ができました。
これをブログに書いていると日がくれるので、みなさん再会したときにぜひ話させてください!!
ブラジレイロ「ゲンダのチームはどこだ!?」
ゲンタ「もちろん、ここだよ!」
ゲンタ「俺のこころだ!!」
インテルナシオナル Sub10
インテルナシオナル Sub11
4コマ写真「感動」
①ボールが来る前の動き
②コントロールで敢えて浮かします。
③ディフェンスが喰いついてきます。
④「トゥンッ!!」 これがブラジルの強みです。
テーマ「こころ」
こちらこそ、心からありがとうございました。
こんな質問をされたら、みなさん何と答えますか!?
ブラジルに来た当初、こういう質問をされ、何と答えていいかわからなかったが、いつの日からかこう答えるようになった。
ゲンタ「セレッソ大阪だ!」
すると、ブラジル人はこう言う。
ブラジレイロ「おぉ!!セレッソ大阪な!」
ゲンタ「えっ!?知ってるの!?」
ブラジレイロ「知ってるよ!!鹿島アントラーズじゃないんだろ!?ヴェルディ川崎でも!?」
ゲンタ「君は絶対に知らないよね!!!」
そう、ブラジル人は「応援しているチーム」を「私のチーム」「僕のチーム」というような言い方をする。
ということで、私もセレッソ大阪でプロ選手だったわけでもなければ、働いていたわけでもないが、昔から「地元」という理由だけでさりげなく応援していたチームである「セレッソ大阪」を「俺のチーム」とあたかも自分の「所有物」かのように言っている。
ということで、日本に帰国後は「俺のチーム」と散々言ってきたので、「J1優勝」目指して「本気」で戦いたいと思います・・・。
さりげなく本当に好きなのです・・・。
以前知り合った女子アナのお姉さんが言っていた。
アナ「トム・クルーズが『いいとも!』のレギュラーになるようなもんなんですか!?」
ゲンタ「めちゃめちゃ上手いこと言いますね!!そんな感じです!!」
インテルに入れてもらう前の練習を見学させてもらっていた時、Sub10・11のフィジカルコーチであるルーキーニョと一緒に「U-17 FIFAワールドカップ」をテレビで観ていた。
ルーキーニョ「おっ!!レオが入るじゃないか!?」
ゲンタ「えっ!?誰!?この選手!?」
ルーキーニョ「俺たちのチームの選手だよ!」
ゲンタ「俺たちのチーム・・・。インテルの選手なの!?」
ルーキーニョ「そうだよ!後、センターバックのエドワルドも俺たちのチームの選手だよ!」
「俺たちのチームの選手」という言葉がものすごく「かっこよく」聞こえ、ブラジル代表に名を連ねる選手を出している、このクラブの大きさを改めて痛感したのを覚えている。
ゲンタ(俺も言いたいわぁ~「俺たちのチームの選手」って!!!何とかして、入らしてもらえんやろかぁ・・・!?)
あれから約4ヶ月。
あっという間だった。
本当に毎日が「刺激」と「感動」の連続で、おもしろくておもしろくて仕方がなかった。
「えっ!?嘘ん!?ホンマに!?」「そこで、それするー!?」「そんなんできるの!?」「そこはそうするんやー!?」
興奮のあまり、「何でなん!?」を繰り返す日々。
ブラジルに来る前に、「何でブラジルなん!?」「指導者として勉強するならヨーロッパの方がええんちゃうの!?」と何人かの人に言われた。
ゲンタ「そうかもしれないですけど、ブラジルに行きたいんですよ!」
そんなことを言っていましたが、今なら胸を張って言えます。
「ブラジルでよかったです!!間違いなかったです!!」
「戦術にとても詳しくなった」「指導力のレベルが上がった」「最新の練習メニューを知った」かは、正直「?」である。
だが、ものすごく「大切なもの」を教えてもらった。
人として指導者として、ブラジルから、ブラジル人から、ブラジルサッカーから教えてもらった。
ミッシェルさんがブラジルに来たときに言っていた。
ミッシェル「俺はサッカーの試合を観ている量は絶対に誰にも負けへん。自信がある!」
私も「絶対に誰にも負けないもの」を何か作ってやろうと思った。
一つだけ見つかった。
この一年でサッカーの面において、「誰よりも感動した自信」がある。
これだけは本当にどの指導者にも負けていない思う。
心が奮えた回数、興奮した回数、衝撃を受けた回数、ドキドキした回数、「おっしゃー!!!」「マジで!?」と言った回数、とてもとても多かった。
特にこのインテルに関わらしてもらった4ヶ月間は、感動の連続で、私の中ですごく「大きなもの」となった。
今後の指導者人生の中での「基礎」になり「武器」になっていく経験ができた。
こころから感謝している。
突然現れた日本人に対して、本当によくしてくれたインテルの関係者の皆様、いつも最高の「笑顔」と「プレー」で私を感動させてくれた選手たち、そして、指導者としての「大切なもの」を教えてくれたコーチたち、本当にありがとうございました。
また、こんな経験ができたのも、多くの人々の「つながり」があってのことでした。
ブログのタイトルではありませんが、日本でお世話になっています皆様からブラジルで出会った皆様まで、「パス」をつないでいただき、ここまでこれました。
残りわずかのブラジル留学となりましたが、皆様への感謝の気持ちを忘れず、しっかり「ゴール」につなげたいと思います。Muito obrigado!!!
インテルでの学びを終えて、2つの大きな「覚悟」と「決意」ができました。
これをブログに書いていると日がくれるので、みなさん再会したときにぜひ話させてください!!
ブラジレイロ「ゲンダのチームはどこだ!?」
ゲンタ「もちろん、ここだよ!」
ゲンタ「俺のこころだ!!」
インテルナシオナル Sub10
インテルナシオナル Sub11
4コマ写真「感動」
①ボールが来る前の動き
②コントロールで敢えて浮かします。
③ディフェンスが喰いついてきます。
④「トゥンッ!!」 これがブラジルの強みです。
テーマ「こころ」
こちらこそ、心からありがとうございました。
「元ちゃんは、働き始めて2~3年したら、めっちゃええ男になると思うわぁ~」
いや、私もそう思います・・・。
全くええ男になる気配がない今日この頃ですが、キレイなお姉さんが昔に言っていたことを信じたいと思います。
そんな、ええ男になろうと思っていた矢先、久しぶりにブラジルでバチ切れてしまった・・・。
航空券を買おうとスーパーの中にある代理店に行った時、若いお兄ちゃんがあまりにも仕事ができず、もたもたしていた・・・。
ものすごい時間がかかっていたが、私は全くキレなかった。
ゲンタ「こんなんで、怒ってるようでは小さい男やでぇ~エチオピアで鍛えた忍耐力はやっぱ最強やわ!!」
そんなことを思っていたが、数分後に切れた。
切れただけではなく、言い訳してくる兄ちゃんに、ど説教してやった。
エチオピアで切れに切れまくっていた時代を思い出した。
相手が涙目になった瞬間、
「勝った!」と思った。と同時に、
「うわっ、めっちゃポルトガル語上手くなったなぁ~俺!!」と自己満足した。さらに、
「いやいや、めっちゃ、小さいで、俺・・・」と反省した。
なぜこのように切れてしまったのか分析。
答えがすぐに見つかった。
その日の朝、くそ暑すぎて、汗ダラダラになりながら、4時に目を覚ました私は、時間を有効に使おうと思い、映画を観た。
「この映画は実話をもとに作られています」と言うジャンルの映画が好きな私は、これを観た。
その映画がこちら・・・。1,2,3・・・
この世は12個の「宇宙」から作られていることを初めて知り、「上には上がいる」ということを改めて教えられた私は、完全にメラメラしていたのだ・・・。
「言い過ぎた」と思った私は、スーパーで買った「ガラナジュース」をコップにつぎ、
ゲンタ「暑いやろ!?飲み!ちょっと言い過ぎたわ、ごめんな!努力せぇよ!ほなな!」
と言い立ち去り、思った。
ゲンタ「こんなんしたけど、全然かっこよくないで!!俺!!!」
石部の「ええ男」への道はつづく・・・。
世界のドラゴンボールZ in アルゼンチン
1月から運良く、Sub20(20歳以下)の遠征メンバーに入れなかった選手たちのトレーニングに関わらしてもらっていた。
同じ時間帯で、Sub23(23歳以下)のチームも練習をするときがあり、Sub23の選手に初めて会った。
衝撃だった。
「かっこ良過ぎた」のだ。
「挨拶」だけでその人の「人間性」全てがわかるはずもないのだが、彼らの握手には「力強さ」があり、声には「明るさ」、姿勢には「たくましさ」が表れていた。
「生き方」が滲み出ていた。
それが一人だけでなく、全員に感じられる。
もちろん、カテゴリー的には「プロ」なのだが、「プロ」だからの「かっこ良さ」ではない。
練習を観て、何となく理由がわかった。
全員の目が、
「ギラギラ」
していたのだった。
そう、彼らは「プロ契約」をし、「プロサッカー選手」であり、給料もJリーガーくらいもらっている。
だが、インテルの「トップチーム」ではないのだ。
言わば2軍であり、「トップチーム」に行くための「最後の壁」。
ここで上がれなければ、他のチームに「移籍」、もしくは「チーム探し」をしなければいけない。
そのまま「プロ」の世界から離れていく選手もいるだろう。
毎年Sub23からトップチームに上がる選手は2~3人とのこと。
幼い頃から勝負し続け、生き残ってきた彼らが、かっこ悪いわけがなかった。
かっこ良過ぎるSub23の選手
「Jリーグもこのカテゴリー作ったら、いろいろな意味でかなり良い方向に行くと思うけどなぁ~でも経済的に難しいよなぁ~」などと一人で考える。
ただ、このボール回しは20対2!くらい・・・
ほとんどのカテゴリーが最後の遠征を行い、1月いっぱいで「休暇」に入る。
私が関わってきた、4チームも残り2チームとなり、最後の遠征メンバーの発表が行われていた。
ここ2週間で35人が30人になり、30人から25人になり、最後に20人に絞られる。
Sub10のカテゴリーの発表で、昨年からずっとレギュラーで出ていた3人が落とされた。
最後に落とされた5人だけを残し、コーチ陣が言葉をかける。
いつも明るく「キラキラ」した彼らの目からは、これでもかというくらいの大粒の「涙」が流れる。
たまたま、側にいたSub23のGKコーチ・アンドレが言ってきた。
アンドレ「彼らを見たまえ!」
横のコートでフィジカルトレーニングをしていた、Sub23のメンバー外の選手たちを指差して言った。
アンドレ「彼らは、プロだ。だが、今夜の試合のメンバーに入れなかった。だが、彼らは次の試合に向けてトレーニングをしている。君たちは10歳でこれからトップチームに行くまでに同じような経験をたくさんする。しかし、大切なのは『明るさ』を忘れずに『前に行く』ことなんだ。前に行くしかないんだ!顔上げて!!!」
そんなアンドレの言葉を聞きながら、左に涙をボロボロと流す10歳の選手たち、右にゼェーゼェー言いながら、身体を追い込み続ける23歳の選手たち・・・、その光景を同時に見ていた私は、
必死に涙をこらえながら、本当に大事なものを学んだ気がした。
「キラキラ」が「ギラギラ」になっていく過程だった。
遠征に行ってしまったSub13のコーチ・ホドフォ(右)とフィジコのアリソン(中央左)、ホペイロのパウリーニョ(中央右)ともお別れ。
とうとう終盤です。
4コマ写真「憧れ」
①ポルトアレグレでは有名な「ビートルズタクシー」。
ジョン・レノンみたいなおっちゃんが運転手です。
いやいや、ピースとかええから!!
②ええって、ピース!!!
③ええっちゅうねん!!!!ピース!!!!
④「ちょっと、悟空みたいに撮って!!」と言うてる私も人のことは言えん・・・。
テーマ「前に!」
この「キラキラ」をいつまでも忘れず「ギラギラ」いきたいですね!!
いや、私もそう思います・・・。
全くええ男になる気配がない今日この頃ですが、キレイなお姉さんが昔に言っていたことを信じたいと思います。
そんな、ええ男になろうと思っていた矢先、久しぶりにブラジルでバチ切れてしまった・・・。
航空券を買おうとスーパーの中にある代理店に行った時、若いお兄ちゃんがあまりにも仕事ができず、もたもたしていた・・・。
ものすごい時間がかかっていたが、私は全くキレなかった。
ゲンタ「こんなんで、怒ってるようでは小さい男やでぇ~エチオピアで鍛えた忍耐力はやっぱ最強やわ!!」
そんなことを思っていたが、数分後に切れた。
切れただけではなく、言い訳してくる兄ちゃんに、ど説教してやった。
エチオピアで切れに切れまくっていた時代を思い出した。
相手が涙目になった瞬間、
「勝った!」と思った。と同時に、
「うわっ、めっちゃポルトガル語上手くなったなぁ~俺!!」と自己満足した。さらに、
「いやいや、めっちゃ、小さいで、俺・・・」と反省した。
なぜこのように切れてしまったのか分析。
答えがすぐに見つかった。
その日の朝、くそ暑すぎて、汗ダラダラになりながら、4時に目を覚ました私は、時間を有効に使おうと思い、映画を観た。
「この映画は実話をもとに作られています」と言うジャンルの映画が好きな私は、これを観た。
その映画がこちら・・・。1,2,3・・・
この世は12個の「宇宙」から作られていることを初めて知り、「上には上がいる」ということを改めて教えられた私は、完全にメラメラしていたのだ・・・。
「言い過ぎた」と思った私は、スーパーで買った「ガラナジュース」をコップにつぎ、
ゲンタ「暑いやろ!?飲み!ちょっと言い過ぎたわ、ごめんな!努力せぇよ!ほなな!」
と言い立ち去り、思った。
ゲンタ「こんなんしたけど、全然かっこよくないで!!俺!!!」
石部の「ええ男」への道はつづく・・・。
世界のドラゴンボールZ in アルゼンチン
1月から運良く、Sub20(20歳以下)の遠征メンバーに入れなかった選手たちのトレーニングに関わらしてもらっていた。
同じ時間帯で、Sub23(23歳以下)のチームも練習をするときがあり、Sub23の選手に初めて会った。
衝撃だった。
「かっこ良過ぎた」のだ。
「挨拶」だけでその人の「人間性」全てがわかるはずもないのだが、彼らの握手には「力強さ」があり、声には「明るさ」、姿勢には「たくましさ」が表れていた。
「生き方」が滲み出ていた。
それが一人だけでなく、全員に感じられる。
もちろん、カテゴリー的には「プロ」なのだが、「プロ」だからの「かっこ良さ」ではない。
練習を観て、何となく理由がわかった。
全員の目が、
「ギラギラ」
していたのだった。
そう、彼らは「プロ契約」をし、「プロサッカー選手」であり、給料もJリーガーくらいもらっている。
だが、インテルの「トップチーム」ではないのだ。
言わば2軍であり、「トップチーム」に行くための「最後の壁」。
ここで上がれなければ、他のチームに「移籍」、もしくは「チーム探し」をしなければいけない。
そのまま「プロ」の世界から離れていく選手もいるだろう。
毎年Sub23からトップチームに上がる選手は2~3人とのこと。
幼い頃から勝負し続け、生き残ってきた彼らが、かっこ悪いわけがなかった。
かっこ良過ぎるSub23の選手
「Jリーグもこのカテゴリー作ったら、いろいろな意味でかなり良い方向に行くと思うけどなぁ~でも経済的に難しいよなぁ~」などと一人で考える。
ただ、このボール回しは20対2!くらい・・・
ほとんどのカテゴリーが最後の遠征を行い、1月いっぱいで「休暇」に入る。
私が関わってきた、4チームも残り2チームとなり、最後の遠征メンバーの発表が行われていた。
ここ2週間で35人が30人になり、30人から25人になり、最後に20人に絞られる。
Sub10のカテゴリーの発表で、昨年からずっとレギュラーで出ていた3人が落とされた。
最後に落とされた5人だけを残し、コーチ陣が言葉をかける。
いつも明るく「キラキラ」した彼らの目からは、これでもかというくらいの大粒の「涙」が流れる。
たまたま、側にいたSub23のGKコーチ・アンドレが言ってきた。
アンドレ「彼らを見たまえ!」
横のコートでフィジカルトレーニングをしていた、Sub23のメンバー外の選手たちを指差して言った。
アンドレ「彼らは、プロだ。だが、今夜の試合のメンバーに入れなかった。だが、彼らは次の試合に向けてトレーニングをしている。君たちは10歳でこれからトップチームに行くまでに同じような経験をたくさんする。しかし、大切なのは『明るさ』を忘れずに『前に行く』ことなんだ。前に行くしかないんだ!顔上げて!!!」
そんなアンドレの言葉を聞きながら、左に涙をボロボロと流す10歳の選手たち、右にゼェーゼェー言いながら、身体を追い込み続ける23歳の選手たち・・・、その光景を同時に見ていた私は、
必死に涙をこらえながら、本当に大事なものを学んだ気がした。
「キラキラ」が「ギラギラ」になっていく過程だった。
遠征に行ってしまったSub13のコーチ・ホドフォ(右)とフィジコのアリソン(中央左)、ホペイロのパウリーニョ(中央右)ともお別れ。
とうとう終盤です。
4コマ写真「憧れ」
①ポルトアレグレでは有名な「ビートルズタクシー」。
ジョン・レノンみたいなおっちゃんが運転手です。
いやいや、ピースとかええから!!
②ええって、ピース!!!
③ええっちゅうねん!!!!ピース!!!!
④「ちょっと、悟空みたいに撮って!!」と言うてる私も人のことは言えん・・・。
テーマ「前に!」
この「キラキラ」をいつまでも忘れず「ギラギラ」いきたいですね!!
エンヒキ「ゲンタ!!!日本の女性ってめちゃくちゃかわいいな!!」
カワエ「あのブランカ(白)の服の人、すごいかわいいじゃないか、ゲンタ!!」
ギレルミ「日本の女性ってあんなにかわいいんだぁ!!」
マテウス「ゲンタ!!あの人と付き合いたい!?もちろん、付き合いたいでしょ!?」
初めて見る、日本人女性にものすごくテンションが上がる10歳の子どもたち。
「君たち、本当に10歳か!?」と言いたくなる。
普段は「全力の笑顔」と「無邪気な行動」で10歳の「かわいさ」が溢れているが、「サッカー」と「女性」のことになると、顔色が変わり、大人顔負けである。
ゲンタ「あのね、あの人は日本人女性の中でもトップクラスにきれいな人だからね!それから、あんなキレイな人は絶対彼氏がいるからね!」
カワエ「えっ!?さっき聞いたけど、いないって言ってたよ!」
ゲンタ「何で聞いてるねん!!」
マテウス「じゃ、ゲンタ、あの人と付き合いたい!?」
エンヒキ「付き合いでしょ!?キスしたいでしょ!?」
ゲンタ「そらぁ、あんな人と付き合いたいよ!!」
「うわああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!!!!!」
10歳に振り回される26歳・・・。
先月、コーディネーターのフィリッピに呼ばれた。
フィリッピ「ゲンタ!!1月に『フイハモス』が来るぞ!」
ゲンタ「誰!?それ!?」
フィリッピ「えっ!?知らないのか、フイハモス!?」
ゲンタ「知らない!?誰!?」
フィリッピ「昔、日本代表だったフイハモスだよ!!ブラジルから帰化した!」
ゲンタ「帰化した日本代表・・・三都主、呂比須・・・」
「ラモス瑠偉かぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!!!!」
そうです、何度がブログでも書きましたが、ブラジルは「R」は「ハ行」で発音するのです。
そのため、「ロナウジーニョ」は「ホナウジーニョ」で「ロナウド」は「ホナウド」、「リバウド」は「ヒバウド」であるからして、この定義により、
ラモス瑠偉=フイハマス
となる。
ということで、ハモスさんとNHK BS1の番組スタッフ、そして、フリーアナウンサーである、「西島まどか」さんがインテルの練習を取材しに来てくれました。
この西島まどかさんに10歳の少年たちは大興奮。
インテルの下部組織を取材だったのですが、来てみたら、「なぜか日本人がいる」ということで当然のように、
ディレクター「あの、ちょっとだけインタビューさせてもらっていいですか?まぁ、使うかどうかわからないんですけど・・・」
ゲンタ「(絶対、使う気ないやん、それーーーーーーーーー!!!!)もちろん、良いですよぉ!!何時間でも喋れますよ!!!」
ハモスさんとまどかさんと並びながら話し始めた。
5分後・・・
監督「はい、OKです!!インタビューの分は撮れましたんでOKです!」
私は確信した、オールカットを・・・。
この熱弁もオールカット・・・。
はっきりと言って、私は全くもってテレビに出たいわけではない。
私はハモスさんと話がしたかったのだ!!!
ハモスさんがどんな人で、日本サッカーに対してどういうことを考えているのかなど、奥深く掘り下げて聞いてみたかったのだ。
インタビューが終わってすぐに、ここだと思った。
ゲンタ(まずは、相手に心開いてもらわなければ・・・)
そんなことを考えながら、いきなり私は必殺技を出した。
学生時代よくコンパで使った技なのだが、
ゲンタ「えっ!?何高校出身!?」
女の子「○○高校!」
ゲンタ「えっ!?じゃ、同い年の○○高校ってことは、ハンド部に△△っておったやろ!?」
女の子「おった!!おった!!何で知ってるん!?」
ゲンタ「友達友達!サッカー部には××がおるやろ!?」
98パーセント盛り上がる「共通の友達」作戦。
私はこれを「ハートブレイクショット」作戦と呼んでいる。
ハモスさんと本気の話がしたいという一心から、卑怯だとは思いつつも、「ハートブレイクショット」作戦を決行した。
ゲンタ「ハモスさん!望月聡さんと仲良いですよね!?」
ハモス「望月!?ツルピカの望月!?」
ゲンタ「はい!!そうです!!」
ハモス「知ってるよーー!!むちゃめちぇ仲良いよーーー!!あいつ、めちゃめちゃおもしろいんだよねーーーー!!何で知ってるの!?」
一気にテンションが上がるフイハモスさん・・・。
ゲンタ「大学時代教えてもらってて、恩師です!」
ハモス「そうなんだー!!あいつ、本当良い奴でさぁ~この前もさぁ・・・」
「モチさん」ネタで二人で爆笑していたとき、確信した。
ゲンタ(完全に懐に入って「インファイト」できる。「はじめの一歩」は成功した!!こっから、いろいろ聞いたれー!!!)
と思った瞬間、
監督「ラモスさん、西島さん、あちらにお願いします!!撮影します!!あっ、石部くんは、練習に戻ってもらって大丈夫なんで!これにメールくれたら、ラモスさんとの写真送りますんで。どうもありがとう!」
ゲンタ「あっ、はい。ありがとうございました・・・」
その後、ハモスさんもまどかさんも、スタッフの方々も、子どもたちの練習が終わる前に、あっという間にいなくなっていた・・・。
前振りが長くなりましたが、私は驚かされていた。
と同時に焦りも感じた。
ブラジルに来て生活していたからこそ、感じられるこの「違い」。
一分、一秒たりとも決して無駄せずに去っていた撮影スタッフの方々・・・。
これが日本人である。これが日本なのだ。
「時間」は一定であるが、「流れ」方は人それぞれであり、あきらかに日本人とブラジル人+今の自分では「違い」があると感じた。
どちらが良くてどちらが悪いかなどは一概には言えませんが・・・。
帰国前にこれに気づけたことはかなり大きい・・・。
練習後、Sub10のコーチのホドリゴが言ってきた。
ホドリゴ「ゲンタ!!!日本の女性ってあんなにもかわいいものなのか!?」
ちなみに、可愛すぎる西島まどかさんとの写真は石部が、
ゲンタ「ハモスさんとまどかさんの写真はブログとかFacebookとかにアップしてもいいんですかねぇ!?」
と芸能界ちょっとわかってますよオーラを調子のって出してしまい、
アップしてはいけませんと言われました・・・すいません・・・。
4コマ写真「10歳」
①サッカーになると普段の「かわいい10歳の少年」から「サッカー選手」の顔つきになります。
②技術もかなり高い。
③試合のコートは大人と同じ大きさを使用。
④でも靴ヒモの結び方は10歳・・・。必殺「五重の団子結び」!
テーマ「流れ」
カワエ「あのブランカ(白)の服の人、すごいかわいいじゃないか、ゲンタ!!」
ギレルミ「日本の女性ってあんなにかわいいんだぁ!!」
マテウス「ゲンタ!!あの人と付き合いたい!?もちろん、付き合いたいでしょ!?」
初めて見る、日本人女性にものすごくテンションが上がる10歳の子どもたち。
「君たち、本当に10歳か!?」と言いたくなる。
普段は「全力の笑顔」と「無邪気な行動」で10歳の「かわいさ」が溢れているが、「サッカー」と「女性」のことになると、顔色が変わり、大人顔負けである。
ゲンタ「あのね、あの人は日本人女性の中でもトップクラスにきれいな人だからね!それから、あんなキレイな人は絶対彼氏がいるからね!」
カワエ「えっ!?さっき聞いたけど、いないって言ってたよ!」
ゲンタ「何で聞いてるねん!!」
マテウス「じゃ、ゲンタ、あの人と付き合いたい!?」
エンヒキ「付き合いでしょ!?キスしたいでしょ!?」
ゲンタ「そらぁ、あんな人と付き合いたいよ!!」
「うわああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!!!!!」
10歳に振り回される26歳・・・。
先月、コーディネーターのフィリッピに呼ばれた。
フィリッピ「ゲンタ!!1月に『フイハモス』が来るぞ!」
ゲンタ「誰!?それ!?」
フィリッピ「えっ!?知らないのか、フイハモス!?」
ゲンタ「知らない!?誰!?」
フィリッピ「昔、日本代表だったフイハモスだよ!!ブラジルから帰化した!」
ゲンタ「帰化した日本代表・・・三都主、呂比須・・・」
「ラモス瑠偉かぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!!!!」
そうです、何度がブログでも書きましたが、ブラジルは「R」は「ハ行」で発音するのです。
そのため、「ロナウジーニョ」は「ホナウジーニョ」で「ロナウド」は「ホナウド」、「リバウド」は「ヒバウド」であるからして、この定義により、
ラモス瑠偉=フイハマス
となる。
ということで、ハモスさんとNHK BS1の番組スタッフ、そして、フリーアナウンサーである、「西島まどか」さんがインテルの練習を取材しに来てくれました。
この西島まどかさんに10歳の少年たちは大興奮。
インテルの下部組織を取材だったのですが、来てみたら、「なぜか日本人がいる」ということで当然のように、
ディレクター「あの、ちょっとだけインタビューさせてもらっていいですか?まぁ、使うかどうかわからないんですけど・・・」
ゲンタ「(絶対、使う気ないやん、それーーーーーーーーー!!!!)もちろん、良いですよぉ!!何時間でも喋れますよ!!!」
ハモスさんとまどかさんと並びながら話し始めた。
5分後・・・
監督「はい、OKです!!インタビューの分は撮れましたんでOKです!」
私は確信した、オールカットを・・・。
この熱弁もオールカット・・・。
はっきりと言って、私は全くもってテレビに出たいわけではない。
私はハモスさんと話がしたかったのだ!!!
ハモスさんがどんな人で、日本サッカーに対してどういうことを考えているのかなど、奥深く掘り下げて聞いてみたかったのだ。
インタビューが終わってすぐに、ここだと思った。
ゲンタ(まずは、相手に心開いてもらわなければ・・・)
そんなことを考えながら、いきなり私は必殺技を出した。
学生時代よくコンパで使った技なのだが、
ゲンタ「えっ!?何高校出身!?」
女の子「○○高校!」
ゲンタ「えっ!?じゃ、同い年の○○高校ってことは、ハンド部に△△っておったやろ!?」
女の子「おった!!おった!!何で知ってるん!?」
ゲンタ「友達友達!サッカー部には××がおるやろ!?」
98パーセント盛り上がる「共通の友達」作戦。
私はこれを「ハートブレイクショット」作戦と呼んでいる。
ハモスさんと本気の話がしたいという一心から、卑怯だとは思いつつも、「ハートブレイクショット」作戦を決行した。
ゲンタ「ハモスさん!望月聡さんと仲良いですよね!?」
ハモス「望月!?ツルピカの望月!?」
ゲンタ「はい!!そうです!!」
ハモス「知ってるよーー!!むちゃめちぇ仲良いよーーー!!あいつ、めちゃめちゃおもしろいんだよねーーーー!!何で知ってるの!?」
一気にテンションが上がるフイハモスさん・・・。
ゲンタ「大学時代教えてもらってて、恩師です!」
ハモス「そうなんだー!!あいつ、本当良い奴でさぁ~この前もさぁ・・・」
「モチさん」ネタで二人で爆笑していたとき、確信した。
ゲンタ(完全に懐に入って「インファイト」できる。「はじめの一歩」は成功した!!こっから、いろいろ聞いたれー!!!)
と思った瞬間、
監督「ラモスさん、西島さん、あちらにお願いします!!撮影します!!あっ、石部くんは、練習に戻ってもらって大丈夫なんで!これにメールくれたら、ラモスさんとの写真送りますんで。どうもありがとう!」
ゲンタ「あっ、はい。ありがとうございました・・・」
その後、ハモスさんもまどかさんも、スタッフの方々も、子どもたちの練習が終わる前に、あっという間にいなくなっていた・・・。
前振りが長くなりましたが、私は驚かされていた。
と同時に焦りも感じた。
ブラジルに来て生活していたからこそ、感じられるこの「違い」。
一分、一秒たりとも決して無駄せずに去っていた撮影スタッフの方々・・・。
これが日本人である。これが日本なのだ。
「時間」は一定であるが、「流れ」方は人それぞれであり、あきらかに日本人とブラジル人+今の自分では「違い」があると感じた。
どちらが良くてどちらが悪いかなどは一概には言えませんが・・・。
帰国前にこれに気づけたことはかなり大きい・・・。
練習後、Sub10のコーチのホドリゴが言ってきた。
ホドリゴ「ゲンタ!!!日本の女性ってあんなにもかわいいものなのか!?」
ちなみに、可愛すぎる西島まどかさんとの写真は石部が、
ゲンタ「ハモスさんとまどかさんの写真はブログとかFacebookとかにアップしてもいいんですかねぇ!?」
と芸能界ちょっとわかってますよオーラを調子のって出してしまい、
アップしてはいけませんと言われました・・・すいません・・・。
4コマ写真「10歳」
①サッカーになると普段の「かわいい10歳の少年」から「サッカー選手」の顔つきになります。
②技術もかなり高い。
③試合のコートは大人と同じ大きさを使用。
④でも靴ヒモの結び方は10歳・・・。必殺「五重の団子結び」!
テーマ「流れ」
ゲンタ「あぁ、俺やったら、3倍、いや4倍の速さでレジ打てるのになぁ・・・」
ブラジルのスーパーのレジに並んでいて、いつも思う。
ゲンタ「あぁ、右手で次の品物持って用意してたらええのに!!あぁ!!今の時間の左手すごくもったいない!!」
ただ、いくら待たされようとも、そこには「イライラ」しなくなった私がいた。
やはり、あのエチオピアでの経験が生きている。
停電になってレジが打てなくなり、何十分も文句も言わず、話もせず、静かに列に並びながら、電気が戻るのをひたすら待つエチオピア人、最強・最高です。
ということで「恋するフォーチュンクッキー エチオピアVer.」が素敵すぎなのでどうぞ!!
ゲンタ「エチオピアのレジで待ってる時間考えたら、全然大したことない!!」
といつも自分に言い聞かせながらも、「イライラ」はしていないが、心の奥底から「モヤモヤ」した気持ち悪い感じのものが口から言葉になって出てきそうになるのを必死にこらえている私がいる。
店員のレジ打ちの遅さにより、何十分も待たされるため、我慢しきれずに、今からレジを通す品物であるジュースをその場で飲んだり、お菓子を食べたりしながら、レジ待ちをするブラジル人、最強、最高です。
ただ、いかに客を待たせないようにするかということを常に考え、あらゆることを計算に入れながら行われる日本のレジ打ち、世界的に見たら「異常な速さ」であり、それを「スタンダード」で行う日本人、最強、最高です。
この待ち時間を有効に使うのがブラジル人
2014年になって、インテルでは厳しい「テスト」が行われている。
来シーズンに向けた、新しいメンバーの「獲得」「補強」。
子どもたちは、「プロサッカー選手」になるために入団テストを受けにくる。
「良い選手」は残り、「使えない選手」は去る。
去年までいたメンバーが年を明ければいなくなっている。
テストを受けに来て、「不合格」を伝えられ、大声で泣きながら去っていく子もいる。
つい最近までレギュラーで出ていた選手でさえ、遠征メンバーから外され、残るか落とされるからのボーダーラインの選手となることもある。
これが10歳からプロになるまで、当然のように繰り返される世界。
これが「世界スタンダード」。
言わば、これが「日本のレジ打ち」。
10歳から、「生き残る」ため、「プロになる」ため、「必要とされる」ため、必死に毎日努力し、戦い続ける子どもたちを見て、26歳の私がやらないわけにはいかないですよね!
そんな、急な「別れ」が続く中、Sub12のチームが遠征に出発するため、私は選手たちとコーチたちに声をかけていた。
「Boa viagem!!」:ボアヴィアージェン(よい旅を!)
「Bom jogo!!」:ボンジョーゴ(良い試合を!)
私のポルトガル語の好きな「よい~を!!」というフレーズを言っていた。
別れ際には、
「Até amanhã!!」:アテーアマニャン(また明日まで!)
「Até mais!! 」:アテーマイス(またね!)
「Até próxima!!」:アテープロッシマ(また次会う時まで!)
これも私のポルトガル語の好きな点で、必ず「Até~」(また~まで!)と言うように次の会う時のことを言って別れる。
コーチ・ベルテイにも一言かけた。
ゲンタ「よい旅をね!良い試合してきて!!」
ベルテイ「ありがとう!ゲンタ!!」
ゲンタ「それじゃ、アテー・・・、(あれ!?次いつ会うんやろ!?)」
言葉が詰まった。
ベルテイ「おい!!!ゲンタ!!!もう会わないじゃないか!!!!」
ゲンタ「えぇぇぇぇぇ!!!!!!遠征の後、戻ってこないの!?」
ベルテイ「遠征の後は、もう長期休みに入るから、俺はここには帰ってこないよ!」
ついに来てしまった、この瞬間が・・・。
ベルテイは、私がインテルの練習に来てすぐに、誰かもわからないにも関らず、ものすごい優しい笑顔と声のトーンで声をかけてくれ、
下手なポルトガル語で、毎回の練習終わりによくわからない質問をする私に、丁寧に答えてくれるだけでなく、違うことまでも教えてくれた。
Sub12のチームが州の大会で優勝したとき、
ゲンタ「優勝おめでとう!!ベルテイ!!」
とベルテイに声をかけた。するとベルテイは・・・、
ベルテイ「何言ってるんだ!俺たちの優勝だ!ゲンタ、お前も『おめでとう』だ!!」
この時は、ただただ嬉しくて涙が出そうになった。
約3ヶ月間だったが、ベルテイの指導から多くのことを学び、これらは間違いなく私の今後の指導に大きく影響してくると思われる。
そんなベルテイとの思いがけない急な別れ。
彼は最後に言ってくれた。
ベルテイ「全て上手くいくように!将来、ゲンタのチームとインテルでホーム&アウェーで試合をしよう!!」
試合終盤、猛攻をかけたいと思います。
Até próxima!!
コーチ・ベルテイ
Sub12カンピオン!!
4コマ写真「スタンダード」
①ガンガンに冷えた水をホペイロさんたちが用意してくれます。
②練習着、ユニホーム、遠征用のジャージなどもホペイロさんたちが用意してくれます。
③ピッチ管理ももちろん、プロの方々が・・・
④そんな「プロ」の世界で、プロデビューしている選手がゴロゴロいるSub20の練習に関わり始め、人数合わせでゲームに参加させられ、「うわぁ~めっちゃラッキー!」とヘラヘラするのが石部のスタンダード。
テーマ「絆」
ブラジルのスーパーのレジに並んでいて、いつも思う。
ゲンタ「あぁ、右手で次の品物持って用意してたらええのに!!あぁ!!今の時間の左手すごくもったいない!!」
ただ、いくら待たされようとも、そこには「イライラ」しなくなった私がいた。
やはり、あのエチオピアでの経験が生きている。
停電になってレジが打てなくなり、何十分も文句も言わず、話もせず、静かに列に並びながら、電気が戻るのをひたすら待つエチオピア人、最強・最高です。
ということで「恋するフォーチュンクッキー エチオピアVer.」が素敵すぎなのでどうぞ!!
ゲンタ「エチオピアのレジで待ってる時間考えたら、全然大したことない!!」
といつも自分に言い聞かせながらも、「イライラ」はしていないが、心の奥底から「モヤモヤ」した気持ち悪い感じのものが口から言葉になって出てきそうになるのを必死にこらえている私がいる。
店員のレジ打ちの遅さにより、何十分も待たされるため、我慢しきれずに、今からレジを通す品物であるジュースをその場で飲んだり、お菓子を食べたりしながら、レジ待ちをするブラジル人、最強、最高です。
ただ、いかに客を待たせないようにするかということを常に考え、あらゆることを計算に入れながら行われる日本のレジ打ち、世界的に見たら「異常な速さ」であり、それを「スタンダード」で行う日本人、最強、最高です。
この待ち時間を有効に使うのがブラジル人
2014年になって、インテルでは厳しい「テスト」が行われている。
来シーズンに向けた、新しいメンバーの「獲得」「補強」。
子どもたちは、「プロサッカー選手」になるために入団テストを受けにくる。
「良い選手」は残り、「使えない選手」は去る。
去年までいたメンバーが年を明ければいなくなっている。
テストを受けに来て、「不合格」を伝えられ、大声で泣きながら去っていく子もいる。
つい最近までレギュラーで出ていた選手でさえ、遠征メンバーから外され、残るか落とされるからのボーダーラインの選手となることもある。
これが10歳からプロになるまで、当然のように繰り返される世界。
これが「世界スタンダード」。
言わば、これが「日本のレジ打ち」。
10歳から、「生き残る」ため、「プロになる」ため、「必要とされる」ため、必死に毎日努力し、戦い続ける子どもたちを見て、26歳の私がやらないわけにはいかないですよね!
そんな、急な「別れ」が続く中、Sub12のチームが遠征に出発するため、私は選手たちとコーチたちに声をかけていた。
「Boa viagem!!」:ボアヴィアージェン(よい旅を!)
「Bom jogo!!」:ボンジョーゴ(良い試合を!)
私のポルトガル語の好きな「よい~を!!」というフレーズを言っていた。
別れ際には、
「Até amanhã!!」:アテーアマニャン(また明日まで!)
「Até mais!! 」:アテーマイス(またね!)
「Até próxima!!」:アテープロッシマ(また次会う時まで!)
これも私のポルトガル語の好きな点で、必ず「Até~」(また~まで!)と言うように次の会う時のことを言って別れる。
コーチ・ベルテイにも一言かけた。
ゲンタ「よい旅をね!良い試合してきて!!」
ベルテイ「ありがとう!ゲンタ!!」
ゲンタ「それじゃ、アテー・・・、(あれ!?次いつ会うんやろ!?)」
言葉が詰まった。
ベルテイ「おい!!!ゲンタ!!!もう会わないじゃないか!!!!」
ゲンタ「えぇぇぇぇぇ!!!!!!遠征の後、戻ってこないの!?」
ベルテイ「遠征の後は、もう長期休みに入るから、俺はここには帰ってこないよ!」
ついに来てしまった、この瞬間が・・・。
ベルテイは、私がインテルの練習に来てすぐに、誰かもわからないにも関らず、ものすごい優しい笑顔と声のトーンで声をかけてくれ、
下手なポルトガル語で、毎回の練習終わりによくわからない質問をする私に、丁寧に答えてくれるだけでなく、違うことまでも教えてくれた。
Sub12のチームが州の大会で優勝したとき、
ゲンタ「優勝おめでとう!!ベルテイ!!」
とベルテイに声をかけた。するとベルテイは・・・、
ベルテイ「何言ってるんだ!俺たちの優勝だ!ゲンタ、お前も『おめでとう』だ!!」
この時は、ただただ嬉しくて涙が出そうになった。
約3ヶ月間だったが、ベルテイの指導から多くのことを学び、これらは間違いなく私の今後の指導に大きく影響してくると思われる。
そんなベルテイとの思いがけない急な別れ。
彼は最後に言ってくれた。
ベルテイ「全て上手くいくように!将来、ゲンタのチームとインテルでホーム&アウェーで試合をしよう!!」
試合終盤、猛攻をかけたいと思います。
Até próxima!!
コーチ・ベルテイ
Sub12カンピオン!!
4コマ写真「スタンダード」
①ガンガンに冷えた水をホペイロさんたちが用意してくれます。
②練習着、ユニホーム、遠征用のジャージなどもホペイロさんたちが用意してくれます。
③ピッチ管理ももちろん、プロの方々が・・・
④そんな「プロ」の世界で、プロデビューしている選手がゴロゴロいるSub20の練習に関わり始め、人数合わせでゲームに参加させられ、「うわぁ~めっちゃラッキー!」とヘラヘラするのが石部のスタンダード。
テーマ「絆」